078話 二度目のべヘット
「そーかそーか、大変だったんだなぁ、お前も。」
「ボクチンもね、やっぱあそこで全滅するわけには行かないかなーってさ!必死に逃……戦略的撤……後方に下がったのさ!」
「別に僕は怒ってないけどねぇ。」
「心外な。まるで俺が怒ってるみたいな言い方ですね、アレックスさん。」
「そーだよね!やっぱり人類みーんな兄弟!友好的に対話で解決しないとネ!」
「そうそう、友好的に、冷静に、な。」
場所はべヘット店内、一番奥の部屋。
前回もここでドンと会った、今回もここでドンと会っている。
そう、『友好的』に『刀を首元に突きつけ』て『笑顔』で『爽やか』に。
「できればー!できればでいーんだけどー!刀を下げては…」
「ん?」
ドンの懇願に対し、笑顔のまま小首を傾げて返事をする。
言外に伝える『てめぇ何言ってんだ?』が正確に伝わったのだろう、ドンは諦めたように「あ、なんでもないです」と、キャラに似合わない小さい声を上げた。
「で?カースドラゴンは倒したけど?何なら確認に行くか?ちょっと不気味な程度の沼地に戻ってるぞ。」
沼地で思い出した。
カースドラゴンの死体を浄化した直後に、こいつのスキルの効果が切れて普通の沼地になった、普通の足がぬかるむ沼地に。
泥だらけになりつつも、やっとのことで沼地を抜けだしたと思ったら、今度は復活した樹木の魔物に襲われるという、なかなか散々な目にあったのだ。
もちろん、強さ自体は全くの雑魚だったが、如何せんドンが逃げ出したせいでイライラしていたので、思いっきり蹴散らしてしまった。
まぁ、魔物相手に八つ当たりしてしまったということだ。
そして、その足でべヘットまで戻って来て、止めるみすぼらしい守衛?を押しのけて、前回の部屋まで来たわけだ。
ちなみに、今日はあんまり店前で倒れてる人はいなかった、昨日のは何だったんだ?
「さぁ、お前の知ってる情報を教えてもらおうか?」
「いやぁ、でもカースドラゴンを倒したか確認が…」
そう言われるのもわかっていたので、いくらか細切れにしたカースドラゴンの死体をアイテムボックスから無造作に放り投げる。
部屋にいた数人の護衛と思しき人達が、小さく悲鳴をあげていた。
「これで確認は取れただろう?早く情報をくれないかな?」
ちなみに、べヘットに着いてから今に至るまで、俺は爽やかに笑いかけている。
まぁ、形上は依頼を達成したから報酬を受け取りに来ただけだからな。
「お、おぉ!あそこからホントーに逆転したんだネ!」
「…………」
「…………………」
「ソーリーソーリー!悪ふざけが過ぎた!じゃぁ君たちが知りたがってた情報を教えようじゃないか!」
俺とアレクの無言の笑顔がお気に召したのだろう、急に話がわかる男になったじゃないか。
ドンは咳払いをし姿勢を正すと、先程までのふざけた雰囲気とは一転、真面目な表情と声色で語りだした。
「君たちの探している三人…かどうかは分からないが、よく似た特徴の三人の情報はある。」
その真面目な雰囲気に押され、俺も顔を引き締めた。
「君たちが来る半日前かな。その三人の目撃情報があったんだ。特徴だけでも結構目立つし、そんな目立つ余所者が来ればすぐに噂になるしね。
まぁ、そんな感じでボクチンのところにもすぐに話しは来た、『三つ』ね。」
さすがに情報屋だけあって、耳が早い。
だが三つ?
「まず一つ目は派手な余所者が街に来たってこと。次は、その余所者たちが騒ぎを起こしたってこと。」
「…その騒ぎってのは?」
「この街の一番奥にある、やたらとでかい屋敷がわかるかい?」
そういえばそんなものも見た気がする。
「あそこの主人…まぁ、ゴミクソ野郎なんだが。そいつが無類の珍獣好きでね、余所者の中の『銀髪の獣人』を大層気に入ったみたいで、私兵を使って攫おうとしたのさ。」
なるほど。
どこの世界にも気持ちの悪いコレクターってのはいるもんだな。
銀髪の獣人ってことはウィルだな。
この国ではそこらに獣人がいるが、確かに銀髪ってのはウィル以外には見てないな。
「つまりそいつらに攫われた、と?」
そうなれば助けに行くまでだ。
だが予想に反して、ドンは首を横に振った。
「いーや、そいつらもめちゃくちゃ強くてね、私兵は完璧に返り討ちさ。」
「僕から見てもあの子たちはかなり強いからねぇ。奇襲でもそう簡単にやられないでしょ。」
「なら、あいつらはどこに…」
次の瞬間、ドンの気配が更に真面目なものに変わった。
商売人…いや、闇を生きる情報屋、といった感じだろうか、プレッシャーというか有無を言わさぬ圧力を感じる。
俺もこの世界と元の世界でそれなりに修羅場はくぐってきたはずだが、サラリーマン時代の大手取引先の専務クラスを怒らせた時のような圧迫感、こちらの世界で初めて現実的な死を直感したバロックとの戦闘時の緊張感。
その両方を兼ね備えている感じだ。
もちろん、それぞれのほうがプレッシャーという意味では強いのかもしれないが、それが混合されると未知の感覚に押しつぶされそうになる。
「……そのゴミクズ野郎は、ボクチンも何回か取引しているんでわかるんだが、金払いだけはいい。自分でできないなら、できるやつに頼めばいいって結論に至ったのさ。」
そこまでして手に入れたいか。
獣人を…俺の弟子をなんだと思ってやがる。
「つまり、誰かに捕縛を依頼した、と。」
「あぁ、しかもかなりの手練だ。」
帝国の人間は、総じて王国よりも強い。
弱肉強食そのものの国、強くなければ行きていけない。
それが体力か、筋力か、戦闘力か、財力か。
どのみち敵に回すのは厄介だな。
だが
「俺には関係ないな。その捕縛を依頼された奴を教えてくれ。」
この街は結構広いが、それでも恐らく全体を歩いたはずだ。
それでも三人の気配が感じられないって事は、すでにやられて何か特殊な結界内にでも囚われているから、俺のスキルでは感じ取れないのだろう。
最悪殺されている…というのはもちろん考えないようにする。
それに、恐らくガインクラスでもなければ、俺が負けはしないだろう。
カースドラゴンを放置していたことも考えて、あれより強い奴もいないはずだ。
「……残念ながら、そいつは出来ない相談だねぇ。」
「訳を聞いても?」
相手も生粋の商売人だ。
おそらく返ってくる答えも俺の予想どおりだろう。
「そっからは別料金ってこーと。」
ドンは変わらぬプレッシャーで、真剣な目をしこちらに交渉を持ちかけようとする。
まぁそうなるよな。
だけどそれは構わない、もう目的は『達成したも同然』だからな。
「そうか、ならいい。」
「あれ!?意外すぎてこっからの交渉の流れはナッシング!?」
ドンがいつものふざけた感じに戻る。
こっからが一番いいところだったのを、俺が梯子を外したからな。
「あぁ、今もらった情報で大体はつかめたからな。」
「ぶー。まぁそう言うなら。」
ドンはふてくされた顔してソッポを向く。
「って、話が終わりなら一つお願いがあるんだけどなー、ボクチン!」
調子を起用に変換する。
初めて見た人間だと情緒不安定な奴に見えるだろうが、俺にはそうは見えない。
「この刀…そろそろ下げてくれる?」
額に汗を光らせ、ドンが首元にある刀を指差して言う。
「ん?」
話を聴き終わったので、俺は先程までと同じように爽やかな笑みで小首をかしげて返事をする。
「いやいやいや!カースドラゴンの時は悪かったって!許しテーナ!」
胡散臭さに磨きがかかった言い方をするドン。
それを全く意に介さず、俺はさわやかな笑みで微笑むだけだ。
「よーしわかった!カースドラゴン倒してくれたお礼と、ボクチンの謝罪の意味も込めて、謝礼金をs「そんなもんはどうだっていい。」
言葉を言い切らせること無く、俺は自分の言葉を被せた。
「え」
ドンは自分の言葉が遮られたせいか、目を点にしている。
「もういい、ふざけた声は聞き飽きた。」
笑みを消し、声も一段低くし、カースドラゴンと戦った時のように
感覚を研ぎ澄ませ
殺気を刀に乗せ
次の一言に
全ての意思を乗せるかの如く
言葉を紡ぐ
「三人を返してもらうぞ、ドン・べヘット。」
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ・感想・評価等本当にありがうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります




