073話 べヘット店内
すみません、こんな時間になってしまいました
店内に入ると、外の様子とは全く違いとても整頓されており、清潔感すら漂うように見えた。
外のあのボロさは何なんだ?カモフラージュか?
店内ではかなり腕が立つと思われる人間、獣人が入り混じって酒を呑んだり密談をしていた。
それでもこの男より弱いのは確かだ。
俺達が入るなり、一斉にこっちを見てきて驚いた。
「ここに新規で正面から入った奴は久しぶりだよ。」
無精髭の男は心なしか先程よりも上機嫌に見える。
さっき見ただけでかなりの数の者が挑んで、俺一人しか通らなかった。
それが久しぶりと言うんだから、上機嫌にもなるのか。
周りを見ると新参者がよほど珍しいのか、皆がこっちを見て声を潜めて話している。
「ん?見ねぇ顔だな…まさかご新規さんかい?」
バーカウンターにいる毛むくじゃらの男がそう言う。
比喩ではない、本当に毛むくじゃらの獣人なのだ。
あの丸っこい耳は…クマか?
「あぁ。俺の試験を軽くクリアしやがった。多分だが、この店の中で勝てる奴はいねぇな。」
無精髭の男がそう話す。
たった一合打ち合っただけだが、俺の力量を随分と買ってくれる。
「お前がそこまで言うとはね、将来有望だな。まぁいい、ここに来たってことはなんかの"ネタ"が欲しいんだろ?モノによっては金だけで教えるぜ。」
モノによっては金だけで。
つまりは、情報料は金で支払えないものの可能性もあるってわけか。
だけど俺が知りたいのは三人の情報のみ、普通に考えて金で解決できるだろう。
「ある人物を探しててな。その情報…まぁそいつらも昨日今日でこの街に来たはずだから、目撃情報程度しかないだろうけど。」
「人探しね。まぁよっぽど変な事情じゃない限り金で解決できるな。」
毛むくじゃらの男…マスターだろう、そいつにクリスたちの特徴を伝える。
「うーん、昨日今日で『赤髪の剣士』『蒼髪の魔術師』『銀髪の狼の獣人の子』ねぇ…そんだけ特徴的ならどっかで聞いたって話があるはずなんだが…」
マスターは手元の台帳のようなものをペラペラめくりながらそう話す。
俺もそう思う、しかも恐らく今日の昼間から今にかけての時間帯という、かなり限られた条件まであるんだ。
…もしここでも情報がなかったらどうしよう。
もう一日足で探すしかないか。
「ねぇなぁ………」
マスターが頭をガリガリかきむしる。
あ、爪が結構鋭い。
やっぱクマか。
「………待てよ、もしかして。」
別の所にある、厳重に封をされた台帳を手にとってペラっと一枚めくると、マスターの顔つきが一気に変わった。
「……すまねぇ、俺じゃ教えらんねぇわ。」
そう言って、無精髭の男に何かを耳打ちする。
それを聞き無精髭の男は物凄く嫌そうな顔をして頷く。
「あー、あんたら。一番奥まで案内するわ。」
「情報はあるってことでいいんだな?」
「その情報があんたらが探している人物かどうかは知らねぇが、それに近い情報はあるってこった。」
しかも一番奥ってことは、かなり重要な情報…
あいつら何したんだよ
俺とアレクは無精髭の男に続いて奥へと足を踏み入れる。
その様子を他の客が見て、更にヒソヒソされたので、若干イラっとした。
「そういや、そっちのべっぴんさんは戦わないのかい?」
奥に行く道すがら、男が尋ねる。
「わかってるだろう。こいつは戦闘はからっきしだ、あくまで付き添い。戦うのは俺だけ。」
今の状態のアレクでは、そこら辺の駆け出し冒険者にも余裕で負ける。
アレクから何も感じないのは、この男レベルだとわかっているだろうに、敢えて聞いたな。
「だと思ったよ、なんだい?あんたの"コレ"かい?」
「そうなんだよねぇ。僕ってばこの人の捕われちゃってるのさ。」
語尾にハートマークが見えるくらいの甘ったるい声でふざけるアレク。
確かに捕えてるさ、捕虜って意味でな、言葉自体は間違ってないよ。
でもな
「…………」
「じょーだんじょーだん、そんな怒んないでよ。」
「なんか…めんどくさい関係なんだってことはわかった。」
俺の無言の殺意に慌てて訂正するアレク。
それを聞いて、深入りしない方がいいと賢明な判断をした男。
そんな話をしていると、目の前に随分と高級そうな扉が見えた。
てか随分と歩いたな。
外から見た時はそんな大きい店とは思わなかったが…どうなってんだ?
「入るぜ、旦那。」
軽くノックをし、そう声をかけてから扉を開ける男。
中に入ると、贅を尽くした部屋と言う他ないくらい豪華な部屋だった。
一目見て、かなりの値打ちものだとわかる調度品の数々、机もグラスも壺も、果ては絨毯や壁紙まで。
だが金ピカだらけ、というわけでもない。
すべての家具家財が計算され尽くしているかのように、絶妙な配置で置かれている。
下品さは一切なく、洗練された調度品と色合いで、荘厳…というのか、なんとも不思議な圧迫感がある。
そして、真正面のソファーには、グラスを片手に一人の男が数人の美女を侍らせていた。
「はいよ~!……ん!?なんだい~君は???」
その男は、なんというか、うん、胡散臭い、物凄く胡散臭い。
この部屋の雰囲気とは全くそぐわないくらい胡散臭い。
派手な原色の黄色いスーツのようなもの、丸メガネ、やたらとでかい宝石の指輪、絶対邪魔になるであろう宝石のネックレス。
なんだこいつは…
「旦那、こいつが最高ランクの情報が欲しいそうで。」
無精髭の男は特に気にする様子もなく、そう報告する。
え?これがデフォなの?
「サイコーランクとな!ほほぅ!ほほぅ!!珍しい!しかも新顔!いいねぇ~いいねぇ~!」
……ウザイケメンこと、マキシムとは違ったウザさだ。
「何番??何番の情報???」
「五二九です。」
二人で俺たちを押しのけて話をする。
ついでに美女たちも無視している。
「え~っと…あぁ~、あれか!よし!ボクチンの条件を飲んでくれたら教えちゃうよぉ~??」
「………………え?は?あ、はい。」
交渉事のはずなのに、いつもやってたポーカーフェイスを維持できないくらい呆気にとられてた。
いや、いきなり本題に入るってどういうことだよ。
てか、試験とかは?そういうのはあるんじゃないの?
「ボクチンと一緒に、とある沼に住み着いた魔物を狩ってもらいたいんだぁ~!」
こっちの動揺を他所に、どんどん交渉を進めていく。
やばい、向こうのペースに乗せられてる。
「ちなみに交渉の余地は?」
「ぶっぶ~!」
ないってわけか。
……正直、ここ以外にあんな目立つ三人の目撃情報がないんだ、交渉の余地がなくても引き受けるしかない。
「わかった。ちなみに場所とその魔物は教えてもらえるのか?」
「もっちろん!場所はこの街から三時間ほど歩いた所にある『死者の沼』、住み着いたのは『カースドラゴン』!」
カースドラゴン…
聞いたことはないな。
「カースドラゴンだって?一体何をやったんだい。」
アレクが苦々しい顔をする。
こいつは魔物に詳しかったな。
「どういう意味だ?」
「カースドラゴン…"堕ちた"ドラゴンさ。本来ドラゴンってのは、知能も生命力も人間や獣人なんかよりずっと上なんだ。ただ世界そのものに興味がないから、特に干渉とかはしてこない。
でも、そのドラゴンを狩るとか素材が…ってのが人間の性。そして、何らかの負の感情により、変質したドラゴンがカースドラゴン。」
なるほどね。
干渉してこないドラゴンが負の感情を抱くってことは、間違いなく人間がちょっかいを出したから。
「ノンノン!ボクチンたちはなーんもしてないよ!どっかのバカが子ドラゴンを狩っちゃったのさ~。」
「親ドラゴンは怒り心頭…絶望してるだろうね。」
「…そういうことか。とにかく、そのカースドラゴンを狩ればいいのか?」
「そのと~り!」
「約束は守れよ?」
少し脅しの意味も込めてそう伝える。
「ボクチンたちは情報と信頼によって商売してるんだよ!?そこは絶対安心!必ず約束は守るよ~」
まぁそれでもダメなら、多少痛い思いしてもらってでも教えてもらうがな。
そんなことを思いつつ、明日昼ごろにまたここに来ることを伝え、俺達は部屋を後にした。
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「良かったんで?旦那。」
「ん~、彼ら…男のほうだけどめっちゃ強いよ、うん。試験とかする必要ないって~」
シンとアレクが帰った後、部屋で寛ぎながらそう話す二人。
「あ、やっぱ強いっすか。俺も一瞬で勝てねぇって思いましたもん。」
「あれは無理無理~。本気になったら、この店の奴ら全員でかかっても、勝てるかどうか……相手がこっちを本気で殺す気なら、勝てないだろうね~」
「旦那にそこまで言わせるとは…余計な手を出さなくてよかったっすわ。」
「『上位スキル』もかなりの数持ってるし、そもそも地力からして、ボクチンが今まで見た中で一番ってレベル。」
「……そこまでっすか。」
「うん、だからカースドラゴンの討伐を交渉材料にしたんだけどねぇ~」
「まぁ、普通は無理っすからね。」
「カースドラゴンの素材と『希少種』。どっちか手に入るなら問題ナッシ!!」
そう言いながら二人は酒を飲みつつ、怪しげな会話をするのだった。
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