068話 刃の後には
「……気配は感じない。絶命したか…」
ガインがそう言って、細切れになった瓦礫に近寄る。
対象者が死んだ場合、無論『気配察知』にはかからない。
スキルが当たる瞬間、確実に気配が消えた。
だがこいつの場合、それだけで死んだと決め付けるのはあまりにも危険だ。
その目で死体を見て、死んでいるのを確認しなければ。
瓦礫を足で避け、注意深く探る。
魔法で吹き飛ばしてもいいが、細切れになっていたら散らばって回収が面倒だ。
万が一、本物の『ウバワレ』だった場合、死体から能力を奪うにしても、ある程度の身体の要素がないと不可能なのだ。
「………どこまでも油断できないやつだ。」
数分ほど捜索していたガインが、そう呟いた。
次の瞬間
言い知れぬ圧迫感、緊張感がその場を支配する。
陸地なのに海の底のような、まるでそこだけ空気が、重力が少し重くなったかのような。
無表情のガインが創り出したというモノも、心なしか緊張しているように感じる。
それは、ガインがここ数百年表に出していなかった感情のほんの少しの発露、"怒り"だった。
「……向こうか。」
シンの細かな動きすら逃さまいとしていたため、範囲を小さくしていた『気配察知』を限界まで広げる。
そして、その端に奴がいた。
それを感じ取り、ガインは今までとは比にならないスピードで走り出した。
瓦礫の中にあったのは、いくらかの血痕のみ。
これは肩の怪我の分の出血だろう。
つまりは、シンは生きている。
しかも、先程のスキルを受けることなく。
ガインにとっては珍しく、そのことを一切思案することもなく、ただただシンを追いかけるのだった。
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「あ!危なかった!」
ギリギリだ、マジでギリギリ。
あとコンマ何秒か遅れてたら、間違いなく文字通り細切れだった。
予定では、なにか煙幕か爆発の粉塵に紛れて逃げ出すつもりだったが…
「あのタイミングしかなかった、というか無理。あの時使ってなければ死んでた。」
自分自身に言い訳をする。
時間稼ぎは十分だろうか?
今この距離はガインの『気配察知』の範囲内だろうか?
命は助かったが、シンの頭の中は自分の役目を果たせたかどうかでいっぱいだった。
なぜシンが助かったのか?
それはもちろん、とあるスキルによるものだ。
といっても、ここ最近に発現した新しいものではない。
ブルムの街での戦争より前、更にはシンが発現したものではない。
「お前のスキルが俺を助けてくれたよ、やっぱまだ勝てないなぁ……クリスには。」
それは俺の刀を新調した時の模擬戦で、クリスが一度だけ使ったスキル。
『霞』だ。
その時に原理を理解し、俺も使えるようになっていた。
ちなみに、クリスはこのスキルを俺への不意打ちとして使用した。
おそらくそれが本来の使い方だろう。
このスキルの効果としては
『最大で一秒間、自身の存在を装備ごと霞のようにし、あらゆる物理攻撃、魔法攻撃を受け付けない。』
というものだ。
お約束のごとく強力なスキルなので、リスクはある。
『このスキルは連続で使用できないし、自身の装備、魔法で相手に攻撃もできない。更に、物質に触れることも出来ない。』
確かに単純な攻撃スキルとして使う際には、一回限りのだまし討くらいにしか使えない。
それでも強力なのだが、そもそも攻撃の際に使わなければ、ものすごく便利な能力だった。
このスキルのリスクも含めて。
俺は『絶対切断』の無数の斬撃が飛んできた時、ぎりぎりまで引きつけてから『霞』のスキルを使った。
直後、瓦礫を"通りぬけ"、"自分自身に肉体強化魔法"をかけ、全速力で離脱した。
物質に触れることが出来ないならば、通り抜けることも可能。
攻撃魔法は効かないが、自分自身への肉体強化魔法は効く。
もちろん、この辺のことはしっかり事前に確認している。
更に、これは俺がこのスキルをクリスに使われていたから気付いたのだが、スキルの効果中は『気配察知』にも感知されない。
『気配察知』が使える者にとって、戦闘前に『気配察知』を使うのは当然(らしいとクリスに聞いた)だ。
そしてクリスとの模擬戦中、『霞』を使われて、あろうことか俺の『気配察知』でも完全に見失ってしまったのだ。
これはクリスも気付いていなかった。
この作戦実行前に確認した際、「…このスキル、かなり使える」と感心したように言っていた。
「!ガインがこっちに気付いたっぽいな、俺も急いで逃げないと!」
俺は"敢えて"ガインの気配察知のスキル範囲内にいるように、逃げる速度を落としていた。
理由は、俺の役目は時間稼ぎだからだ。
クリス、サラ、ウィルの方に少しでも騎士団が行かないように、出来る限り俺の方に来るように。
だからガインに俺を完全に見失ってもらうと、それはそれで困るのだ。
「って、速!!」
俺の『気配察知』範囲内のガインが、物凄い速度でこっちに迫ってくる。
そう簡単には追いつかれないだろうが…俺の全速力より速い!
「やべぇ!"あそこまで"もつのか!?」
そう叫びながら、俺はある場所を目指して全速力で駆けるのだった。
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時はほんの少し遡る
「おぉ、やってるやってる。」
国境の町から少し離れた、小高い丘の上。
金髪黄眼の少女(実年齢百歳以上)が、所々で建物が崩壊するのを芝生に座りながら遠目に見ていた。
「うーん、スキルも魔法も使えないから、何が起こってるのか詳しくはわからないのが残念……お、国境の方も随分と盛大に暴れてるねぇ。」
クリスとサラがちょうど門前で最初の一撃を放った時だろう、爆発音と粉塵が舞っている。
「んー…あそこで屋根の上飛び跳ねてるのは…ウィル?」
純粋な視力のみで見るため、目をかなり細めている。
「あ、尻尾らしきものが…ウィルだね。」
それを確認し、意外にも寂しそうな顔をする。
「あの子達と結構旅をしたけど…そんなに悪くなかったかなぁ。」
二ヶ月行かないくらいの旅路。
それを思い出すかのように、遠くを見つめる。
「僕も………誰か信頼できる仲間がいたら…………」
アレクの顔が更に陰る。
はたから見れば『薄幸の美少女』と言われても不思議ではないほど絵になっている。
それは本心から零れ出た、本来であればまず口にしない言葉だからだろうか。
それとも、決して取り戻せない過去を悔やんでの懺悔だからなのだろうか。
「……………何言ってんだ。」
アレクは下を向き、力なく首を振る。
自分が今までやってきたこと、これからやろうとしていること。
別にそのことに後悔はない…そう言い聞かせてきた。
これからもそのつもりだった。
今は、少しぬるま湯に長く浸かっていたせいで、変に逆上せているだけだ。
例え、自分の過去に何があっても、これからの未来に何があっても。
「……っ」
その時、急な風が吹いた。
その風にハッとしたアレクは今までの陰りのある表情はどこへやら、いつもどおりの顔をして正面を向き直した。
そしてその時
「ん?あぁ…"バケモノ"が"バケモノ"を連れてきたよってかい。」
国境の町の入り口の一つ、そこが勢い良く破壊され…いや、爆破されて、ある人影が飛び出てくるのを確認した。
「さて…やりますか。」
そう言って、アレクは芝生から立ち上がった。
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