066話 ガイン戦(弐)
「なんで…お前…」
"異世界"という単語を出せるんだ?
この世界では、"異世界"という概念自体がほとんど浸透していない。
あの物知りなサラでさえ、"異世界"という物を知らなかった。
百歩譲って、こことは違う世界、時代、なんかの表現なら…
でも一言目が"異世界"
「やはりか。」
俺の驚きを肯定と取ったんだろう、ガインが頷き顔をする。
「そうか。だから『ウバワレ』等という"嘘"をついていたのか。」
「……」
「だがまぁやることは変わらない。」
ガインは剣を構える。
「お前を回収する必要はなくなったが、邪魔なことには変わりない。」
ガインの剣が迫る。
先程よりも一段階ギアを上げたのだろう、かなりの衝撃が俺の剣に伝わる。
「回収ってなんだよ!」
「また問答か?良いだろう。これを耐えれたらな!」
更にギアを上げるガイン。
純粋な剣技は俺より上であるため、ステータスで上乗せしている俺もきつくなってくる。
「くっ!」
「どうした?ここまでか?」
ガインの剣筋にギリギリで追いつく。
奴はまだ余裕があるんだろう、涼しい顔をして剣撃を繰り出す。
激しい金属音が鳴り響く中
「しまっ…!」
剣運びをミスり、刀を上に弾かれた。
ガインの表情は変わらない、そのまま俺の胴体を真っ二つに…
「な!?」
俺の刀がありえない軌道を描き、奴の剣を叩き落とした。
「なんだそれは?」
警戒のため、ガインが少し距離を取る。
俺の刀は、先程からの淡い光から更に力強く光り輝いていた。
「……そういう感じか。」
こいつは俺がピンチにならないと発動しないのか。
もしくは、俺一人の力では勝てない場合にのみ発動するか。
どのみち今発動したのは非常に助かった。
「悪いな。こっちはこいつ含め、二対一でやらせてもらう。卑怯とは言うなよ?」
軽く刀を持ち上げる。
やる気を出しているのか、刀が短く瞬く。
「そうか、別に構わん。」
そう言ってガインは急に俺の正面から、少し横に移動する。
「こっちも"二人"なんでな。」
直後、ガインに会う直前に感じとものと同じ殺気を感じる。
急いで俺も横に飛んで、"それ"を躱す。
小気味いい綺麗な斬撃音がして、直前まで俺が立っていた場所の地面に、先程の無駄のない剣閃の跡が残った。
「さっきのはこれか!」
「だから言っただろう、気づかなかったのか?とな。」
そうか、俺が最初に感じた違和感はこれか。
ガインは不気味なほど殺気を出さない。
俺たちを殺そうとした時すら、全く殺気を出さなかった。
俺と戦っている最中もだ。
つまり、最初に感じた殺気はガインのものではない、誰か別のものだ。
「ほんと、恐ろしいほどの勘の良さだな。今ので決まると思ったんだが。」
驚いているような声色だが、その表情は何一つ変わっていない。
「来い。」
ガインは奴の後方にいる人物を呼び寄せる。
そこから現れたのは、ストレートの黒髪に、感情のない人形のような表情をした、年端もいかない少女だった。
その子を見た瞬間、俺の全身に言いようのない鳥肌が立った。
「命令だ。隙ができ次第スキルを叩きこめ。私は巻き込まないようにな。」
そう言われた少女は無表情に頷き、その体に似つかわしくない大剣を水平に構えて、一言短く小声でこう言った。
「『絶対切断』」
その言葉とともに、不可視の斬撃が飛んで斬る。
正確には不可視故見えてはいない、感じるのだ、無慈悲な凶刃を、無感情な殺気を。
「!!」
防いではダメだ!
本能でそう感じ取り、その剣閃の延長線上から身体をそらす。
それが正解であったことは言うまでもない。
剣閃の延長線上の物は尽く切り裂かれ、斜めに切断された建物は、上部が滑り落ち轟音を立てて崩れ落ちた。
「な…なんだよ、"それ"……」
俺は先程の鳥肌の原因が、言い知れない恐怖からのものだと遅まきながら理解した。
何に恐怖したのか?
スキル自体も恐怖の対象だ、『絶対切断』、名前からして防ぎようのない最強スキルの一つだろう。
だが、俺の恐怖の対象は"それ"ではない。
「"それ"は何なんだよ……お前の隣りにいる、いや、"ある"それは………」
そう、その…少女。
見た目は少女なのだ、それは間違いない。
だが俺の『気配察知』では感じ取れていないのだ。
人間の気配はない、魔物でも動物でも、生き物の気配もない。
そう、何も感じ取れていないのだ。
「そうか、貴様の『気配察知』もかなり高性能だったな。そうだ、"これ"は少女ではない。そもそも人間ではない。」
ガインは剣を下げた。
「先程の質問にも答えよう。こいつの斬撃を躱しながらになるがな。」
そう言ってその少女…"それ"はスキルを放ち続ける。
「これは私がスキルで創りだしたモノだ。
単純な命令しか行使できない。更に命令がなければ動くことすらしない。まぁ失敗作だな。
だが、スキルだけはかなりのものが発現したため使っている。」
「創った!だと!なにを!言って!」
斬撃を躱しながら息も絶え絶えで答える。
一撃一撃は単純なものだ。
だが、一つのミスも許されず、防ぐことも出来ない。
なかなかに精神力が削られる。
「私のオリジナルではない。奪ったものだ。」
奪うだと?
そんなことが…いや、俺も少しその可能性は考えていた。
「貴様が『ウバワレ』を勘違いしたのも無理は無い。現代において『ウバワレ』とは記憶喪失と同義になっている。
貴様も誰かに聞いたのだろう?『ウバワレ』とはそういうものだと。」
そうだ、クリスからそう聞いたのだ。
スキルもステータスも記憶も何者かに奪われたとされる…いや、待てよ
「まさか…」
「そうだ。『ウバワレ』とはそのままの意味で奪われた者。
更に『ウバワレ』とは本来の意味では種族名だ。」
種族名?
種族名が何で…
「納得出来ないという顔だな。
かつて、『ウバワレ』とは世界中に散らばっていた。その特徴は一つ、『他者に全てを分け与えることができる』こと。
スキルも、ステータスも、記憶も、更には技術すら。
その稀有な能力故、あらゆる種族、主に人間にだが、狙われていた。」
目を細めて昔を懐かしむような顔をするガイン。
「そして『ウバワレ』は急激に数を減らしていった。
当然だな、そんな種族がいるなら脅してでも自分を強くして全てを奪おうとするものは後を絶たない。」
「『ウバワレ』がこの世界から姿を消すのに時間はかからなかった。
その理由は…『ウバワレ』の死体からも能力を奪えたことに起因する。」
そんなことが可能なら、こぞって殺して能力を奪うだろうな。
おそらく、元の世界の絶滅危惧種もそういうものなんだろう。
「そして『ウバワレ』が絶滅して数百年…今や意味が変わって、記憶喪失になった者が『ウバワレ』と呼ばれるようになっている。
まぁ、それは王政が『ウバワレ』の事をひた隠しにしたからというのも遠因だがな。」
ひた隠しにする、つまりは王政としてもなにか後ろめたいことがあったのか。
「『ウバワレ』は、本質的に普通の人間とは異なる。奪われることが前提だからか、強くなりやすい。更に人里離れた山奥などにいることが多かった。」
なるほど、まさに俺じゃないか。
確かにそんなことを知っていたら、俺が種族としての『ウバワレ』だったとしても不思議ではない。
「私は最初に貴様が『ウバワレ』だと聞いた時、生き残りかもしくは、誰かに命を奪われずに"能力全てを奪われたもの"かと思った。」
その線も考えれるだろうな。
だからこいつは俺を殺そうとして…だがおかしい
「なんで!お前は!そのことを!」
「知っているのか?ということか。」
俺の質問の続きを代弁した。
そしてガインは呆れたようにため息を付いた。
「貴様なら今までの情報を整理して、答えに行き着くと思ったが…」
今までの情報?
『ウバワレ』は元は種族名。
『ウバワレ』は数百年前に絶滅している。
王政はそれをひた隠しにした。
ガインはそれらの情報を知っていた。
そして…ガインは…俺を異世界からの転生者と……
「!!!」
導き出した結論に驚いてしまい、一瞬足が止まる。
そして、その少女の斬撃が俺を襲う。
「ぐ…ああああああ!」
肩に激痛が走る。
左肩の一部を肉ごと…いや、骨ごとか、切断された。
綺麗な切断面だ、一瞬肉と骨が綺麗な状態で見えたかと思うと、そこから血が吹き出す。
だが痛みに悶絶している場合ではない、次の斬撃が控えているのだ。
「くっ……そ!」
少女の斬撃を躱しつつ、ガインに向かって俺の行き着いた答えを叫ぶ。
「お前は!」
可能性が低いからと、思考の外に追いやっていた考え。
それをはめ込めば一瞬でわかることだった。
「勇者候補だったのか!!」
しかも、そんな昔のことを知っているということは、確実にアレクより前の勇者候補だろう。
ガインは、初めて見る表情で…そう、不気味なほど冷酷な笑みで答えた。
「その通り、正解だ。」
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