062話 門前にて(弐)
筆の向くまま書いてたら、若干長めになってしまいました。(当社比)
地震のような音が轟き、その音の残響が消え去らないうちに魔法の炸裂音が聞こえる。
「『サンダージャベリン』!『アースジャベリン』!」
シンが使ったような『超電磁砲』のようなものは出せないが、硬質化した土魔法と雷魔法は相性が良い、互いに威力を高めてくれる。
それを放って、相手に距離を取らせようとする。
その意図通り、意外な魔法の威力に一旦距離を取るナージェス。
剣で受けつつ、切り払いつつ、後方に跳躍する。
「クリスさん!大丈夫ですか!?」
「……なんとかね。」
先ほどと違い、今度はかすっただけでは済まなかった。
だが理解できないことがある、
クリスが使ったスキルは『剛剣』
発動後の一撃だけ、通常の倍以上の力で攻撃ができるスキル。
使用直後、硬直が発生するため一対一や一対多ではまず使用されることはないが、今回は多対一、更に時間はかけられないということから最初から勝負に出たのだ。
そして、確実にその一撃は命中したはずだった。
少なくとも、サラには決まったように見えた。
「あいつ、聞いた以上に『異常』だと思う。」
クリスの剣がナージェスに届く直前、通常なら防御するなどの行動を取るはずが『一切の回避・防御をしなかった』のだ。
そして、クリスが剣を振りぬいた後、その無防備の胴に向かって一撃を入れてきたのだ。
硬直が始まる直前、ギリギリのタイミングで身体を反らし、致命傷を避けたクリスは流石というしか無い。
「なるほど、騎士団を退けるだけのことはあるな。」
距離を取ったナージェスが感心する。
「今の一撃、かなりの威力だった。そして、私の一撃を躱せた人間も久しぶりだな。」
「完全には躱せなかったけどね。それより、あんたの身体はどうなってんの?」
そう苦々しく言うクリス、それが理解できずナージェスの身体を見たサラは、自分の目を疑った。
「え?その身体……」
「『鎧の下』を見た人間も久しぶりだよ、だいたいの相手は"最初の"一撃で倒してしまうからね。」
ナージェスのバターのように切り裂かれた鎧の下には、鋼の肉体があった。
比喩ではない、本当に『鋼の肉体』なのだ。
「これが私の常時発生型スキル『鋼体』。まぁ効果は見た目と名前のままだな。」
ナージェスはそう言うと、顔まで鋼になっていった。
「自分の身体ならば、自由に範囲は決められる。本来はここまで出さないが、私の本気を出すに値すると認識させてもらった。」
声もどことなく金属質なものに変わり、闘気も全身から溢れ出てくる。
「あたしの最初の一撃はわざと受けたってことね…さっきの身のこなしなら回避は不可能でも、軽減することは出来たし。」
「まぁな。だから言っただろう?"だいたいの相手は最初の一撃で倒してしまう"とね。」
カウンター前提…相手が倒したと油断した所に、不意打ちの一撃。
ナージェスにとっての"最初の一撃"。
自身の防御力に絶対の自信がないと出来ない芸当だ。
「ふぅん…そう。」
サラが会話をしながら密かに回復魔法を使っていたので、クリスの傷もだいぶ良くなった。
「ならそのご自慢の身体ごと斬り裂いてあげる。」
そう言ってクリスが立ち上がる。
サラも自身にできる戦略を練りながら、周りに警戒し魔力を練る。
「やってみろ。言っておくが、私の身体は鋼だけでなく、魔力でも防御しているからな。その辺の鋼鉄を斬れるからと言って、私に通用するとは思わないほうが良いぞ。」
言うが速いか、ナージェスが物凄い速度で距離を詰めてきた。
「!!」
クリスが剣で応戦する。
先ほどの全力の『剛剣』は間違いなく直撃した。
にも関わらず斬り裂けなかったということは、今現在のクリスにとって有効な技、攻撃は存在しない。
ナージェスが斬撃を繰り出し続けるが、クリスは防戦一方となる。
下手に攻撃しても防御の必要すら無く、カウンターを受けるのが必然。
幸運にもナージェスの純粋な剣技は、クリスと同じか低いくらいだ。
そのおかげで、防ぎきれてはいるが…
「『サンダー…」
サラはそこまで言って詠唱を中断した。
奴の身体は鋼、金属であるなら雷魔法はほぼ効かないと思っていい。
「くっ…『アースジャベリン』!」
一瞬ではあるが時間を無駄にした。
切り替えた魔法は、シンが使ったような『アースジャベリン』。
出来る限り硬く、それに加えての高速回転。
この世界には存在しないが、一種の掘削機に相当するかのような出で立ち。
それをナージェスに向かって高速でぶつける。
「フンッ!」
ナージェスは片手を振り払い、飛んできた『アースジャベリン』を難なく粉砕した。
直撃させれば…もしかするとダメージが有るかもしれない。
だが、それでもダメージでしかない。
決定打は無理だ。
サラは一瞬でそれを理解してしまった。
「そ、そんな…どうすれば…」
こうしている間にも、クリスは追いつめられている。
魔法で援護しているが、はっきり言って焼け石に水だ。
火魔法も、奴の鋼の肉体を溶かすほどの火力は出せない。
水魔法も、奴の身体を切り裂ける水圧は出せない。
土魔法は少しだけ希望があるが、それでも奴の身体に傷をつけるのが精一杯だろう。
雷魔法は論外だ。
「ガッ!」
「クリスさん!」
肉体強化の魔法を使っているクリスが吹き飛ばされる。
サラは同じく肉体強化の魔法を使い、飛ばされたクリスを受け止める。
「ごめん…」
「い、いえ!」
クリスの体力はまだ大丈夫なはず。
だがしかし、攻め切れない、攻撃できないというプレッシャーと焦りからか精神的な消耗が大きく見える。
「そろそろ終わりにしよう。貴様らを処分すれば、団長の方へ加勢に行けるのでな。」
ナージェスの視線が、突き刺さる。
だが敵としてではない、ただ単に邪魔者を見る目だ。
それに対して悔しさ……ではなく恐怖を感じるサラ。
(私のせいだ…私が魔法しか使えないから…剣も使えないし、近接戦闘では無詠唱でも魔術師ってだけで隙ができる…なんて弱いんだろう…)
サラはどちらかと言わなくても、内気な性格だ。
自己を不当に過小評価し、その結果さらに自信を失っていくという、負のスパイラルに陥る。
通常時なら冷静沈着で頼りになるはずが、土壇場ではその性格ゆえ、ドツボにハマってしまう。
余談として、シンもクリスも知らないことだが、サラは対人の実戦経験は殆ど無い。
まして、今のような圧倒的な強さを持つ相手からの純然の殺意など受けたことはない。
ガインの殺気は、はっきり言って不自然なほど穏やかだった。
更に側にシンがいた、その精神的支えは大きい。
サラに対しクリスの性格は正反対だ。
自信がなくとも、自分を鼓舞するためにも敢えて自信満々に言う。
『できない』とは思わず『できる』とも違い、『やる』という意識が強い。
故に行き当たりばったり、無計画と揶揄される傾向にあるが、土壇場ではこういう人間のほうが強い。
そんな二人が窮地に立たされる。
わかりきった結果になるだろう。
「…あたしが捨て身で攻撃する。それしか無い。」
ボロボロの身体でクリスがそう呟く。
恐らく再度の『剛剣』、しかも今度は捨て身、間違いなく命を落とすレベルの捨て身だ。
「でもさっき効かなかったですよ!?」
「もしかすると…あいつにも脆い部分があるかも、口の中とか目とかね。」
どういう原理かわからないが、口内も瞳ですら鋼になっているように見える。
クリスが気休めで言っているのは一目瞭然だ。
「まぁ…あいつがあたしを殺した、と思えば警戒と防御が緩むかも…って考えてるんだけどね。」
全く勝機がないというわけではない、というアピールのつもりだろう。
「そんなの!間違いなく死んじゃいます!!」
クリスが苦笑する。
「逃げましょう!逃げて…シンさんと作戦を練り直しましょう!!」
サラは完全に冷静さを欠いていた。
今まではなんだかんだ言って、規格外の強さを持つシンが側にいた。
絶望的な状況でも、それをひっくり返してきた英雄がいた。
だが今はその英雄がいない、助けも期待できない。
そしてその英雄並みに強い、同じく側にいた仲間が勝てないと思ってしまっている。
元々強くはない精神、それを壊す状況としては十分だった。
「……そう、できれば、良かったんだけどね。」
クリスはサラが錯乱気味なのを理解したのだろう。
怒るでもなく、諭すでもなく、ただ優しく微笑みかけた。
このタイミングで奇襲をかける理由はみんなで話しをした。
これ以上の時間をかけると、余計に突破が難しくなる、そういう結論だったのだ。
だが、サラはそのことを持ち出しなどしない、ただただ優しく微笑む。
残念だが、今の状態のサラに何を言っても通じない可能性が高い。
「逃すとでも?」
そう言いながらナージェスが近づいてくる。
元より逃がすつもりなど無く、生かして捕えるつもりもない、そう言外に言っている。
「ひっ…」
サラはその殺気に当てられて、完全に萎縮してしまっている。
「別に、あたしがあんたを倒せばいいんでしょ?」
クリスがのろのろと立ち上がり、取り落としていた黒鉄の剣を手に取る。
そして腰を抜かしているサラを庇うかのように、サラとナージェスの間に立ちふさがる。
「この期に及んで、そんな世迷い事を言えるとはな。同僚だったら頼もしいんだが。」
ナージェスは剣を少し斜めにしつつ正面に構え、クリスは右肩を前に出し下段に剣を構える。
「…こちらへの増援が遅いようだな。向こうがかなり手間取っているんだろう…急がせてもらう。」
「安心しな。こっちも急いでるから。」
一瞬の沈黙の後
つい数分前に見た光景の焼き増しのような光景が目の前に広がる。
その時は土煙が舞い、クリスがかすり傷を負った。
…だが今回は明らかに勝敗はわかりきっている。
届かない刃と崩せぬ盾
「いやぁぁぁぁ!!!」
サラのその細い身体のどこからそれほどの声が出るのか。
そう思えるほどの絶叫。
二人の結末を見たくない、聞きたくないかと言うように、両耳を両手で押さえつけ蹲るような体勢を取ってしまう。
完全な現実逃避。
そんなことをしたところで、目の前の現実が変わることなど
「オリャァァァァァァァ!」
そのサラの絶叫をかき消すくらいの大声で、このシリアスな雰囲気には完全に場違いな、声変わり前の子供のような大声が響き渡った。
クリスと相対しているはずのナージェスは、サラから見てクリスのずっと右の方で呻いていた。
「クリス姐さん!ごめんなさい!ちょっと美味しそうなご飯が…じゃなくて、他の弱いの倒してたら時間かかかっちゃって…って、さっきなんか蹴っ飛ばしたと思うんだけど…まぁいいや!
あれ?何でサラ姉ちゃん泣いてるの?」
コロコロと表情が変わって言いたいことを言うだけ言う、無邪気の固まり。
ウィル(アホの子)が戦場に舞い降り…乱入してきた。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ・感想・評価等本当にありがうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります!
ぶっちゃけかなり力入れて書きました。
楽しんでもらえたらいいなぁ…




