005話 初狩り
「さて今日は実際に獲物を狩ってもらう。」
昨日と同じように朝早くからクリスが訪ねてきた。
さすがに昨日の今日で寝坊しているわけにはいかないとも思ったが、目覚ましないんだよ…起きれないよ。
今朝もドアノックが目覚ましとなった。
「了解。また村の入り口でいい?」
「うん。」
サクッと用意をして村の入り口に向かう。
そして昨日と同じように村の近くに森へと足を運んだ。
「昨日はあくまで訓練だったから森の中には入らなかったけど、今回は森の中に入って獲物を狩ろう。」
「ついに俺も狩人デビューか。」
一昨日までしがないサラリーマンだったのに、とんでもない転職だな。
「ここの魔物はせいぜいウルフドッグくらいしかいないから、私が付き添えばまず安全だろう。」
ウルフドッグは狼みたいなやつらしい。
だがそこは魔物なので、ステータス的には地球にいたような狼よりよっぽど強いみたいだ。
「はい、これ真剣。」
渡されたのは使い古された両刃の剣だった。
昨日の木刀よりもずっしりと重く、凶器というのを実感してしまう。
刃物といえば、せいぜいがちょっと大きい包丁くらいの経験しかなかった俺には、いろいろな意味で重く感じる。
「軽く振ってみて。古いものとはいえ刃も研いであるし、私が駆け出しのころに使ってたものだから、問題はないと思うけど。」
言われたように軽く振ってみる。
うん、問題はなさそうだ。
近くの背の高い草を切ってみる。
少しの風切り音がして、切り取られた草が地面に落ちた。
回転数を上げていく。
剣を両手で構え、昨日簡単に教わった剣術(クリスの我流ではあるが)を少しずつ力を加えながら反復する。
剣の切っ先が虚空を舞う。
ついでだ、真剣でのスキルも試してみる。
植物が生い茂っている部分に『連続剣』を発動させる。
昨日より動きが洗練されている気がするな。発動しても疲れないし、剣速も早くなっている気がする。
返す刀で近くの細い木に向かい、少量のHPを使用して『生命剣』を使用する。
一拍の間を置いて、細い木が斜めに倒れた。
こんなもんでいいだろ、比べようがないが使いやすい剣だ。
「いいね、しっくりくる。」
ふとクリスを見ると、微妙な顔をしていた。
「あんた…なんでもうスキルをモノにしてんの?普通は習得しても身体になじませるのに数週間とかかかるのが…って、昨日であんたが規格外なのはわかってたんだっけ…」
諦めともとれるような溜息を吐かれた。
「それはほら、『ウバワレ』になる前の俺がすごかったとか。」
間違いなく『成長促進』のおかげだろうな。
「はいはい。まぁ調子に乗ってる様子はないから、初めての狩りで粋がって死ぬようなことはないだろうけど、己惚れないようにね。」
力を得たとたんに何でもできるように感じて、調子に乗ってやらかすってのは常識だな。
肝に銘じておこう。
「了解。すぐに狩りを始める?」
「そうね、まずは私が先行して森に入るから、あんたはその後をついてきて。」
クリスが森の中を進んでいく。
俺はその後をついていくだけ。
なんだけど…
「ほら、トレントが出たよ、対応して。」
「うわぁあああ!木の化物が!枝がを振り回して!痛い痛い!」
「何やってんの。よく見ればかわせるし、当たったってほとんどダメージなんてないでしょ。」
「いや!でもいきなりだよ!?」
「あ、ウルフドッグも来たわよ。気を抜いてるとやられるわよ。」
「ちょっとー!手伝って!!」
クリスは本当に"先を歩くだけ"で、魔物の対応は全て俺だった。
木に瘴気があたって意志を持ち、冒険者などを襲う魔物トレント(どういう原理かわかんないけど)
基本こいつばっかりがいる森だった。
ホントそこらにたくさんいる。
でもクリスの言うように、大したことない強さだし、この森で一番強いと言われるウルフドッグもクリスが引きつけ、俺が攻撃をするというなんちゃって連携で何一つ問題はなかった。
でも流石に訓練も兼ねているから、あえてクリスの手助けなしに少数の群れに単身で突撃もしたりした。
結果は、薬草をまた食い漁ったとだけ言っておこう。
それでも最初は抵抗があった。
なにせ、魔物とはいえ生き物の首を横薙ぎに切り払うのだから。
一撃一殺、魔物との戦いの基本だ。
RPGゲームのように、何度も何度も切りつけたり、魔法を使うなんてことはあまりない。
そんなにHPもMPも体力ももたないからだ。
できるかぎり最短で、最小限の力で、効率よく狩りを続けなくてはならない。
出会い頭にウルフドッグの首を切り落とす。
射程範囲ぎりぎりから、魔法で頭を吹き飛ばす。
日本にいた頃の俺なら、酷いことをするな、と非難していたかもしれない。
だがここは弱肉強食。
なにせ向こうもこちらと同じ考えなのだ。
こちらの喉笛を一撃で噛み千切ろうとするし、やつらもこっちをただの肉としか思っていないのだ。
生きるために殺す、この世界はそんな当たり前のことを再認識させてくれた。
「まだまだ動きが硬い。訓練の時のほうがずっといい動きしてた。全身に力が入りすぎている。」
「…はぁ…はぁ…わかった…次からもう少し意識してみる…」
「自分の目の前の敵から意識をそらさないで、ぼんやりと自分の周り全体を見るようにすればいい。」
「えらく…抽象的だな…」
HPは半分を切っている、息も絶え絶えだ。
「あくまで師匠の受け売り。私もよくわかってない。」
「師匠…?我流…なんじゃ…なかったっけ?」
「今、麓の街に買い出しに行ってる狩人がいるって前に言ったでしょ?その人。流派の師匠とかじゃなくて、狩りの師匠って意味。」
ほー、クリスはその人から剣術…いや、狩りを教わったのか。
「その人は強いのか?」
「うん、強い。狩りって点だと、ギリギリあたしのほうが上だけど、対人戦で考えたら全く勝てない。」
それは早く会ってみたいものだ。
俺も戦い方を教えてもらいたい。
でもクリスの師匠なんだよな…クリス以上のスパルタなんじゃ…
「あと一週間くらいで帰ってくるから、その時に色々聞いてみたらいいよ。」
「そうだな。よし、だいぶ落ち着いたから狩りを再開するか。」
俺たちは例のごとく、暗くなる直前まで森で狩りを続けたのだった。
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「で、今日の成果は、結構なものになりました。」
一通り狩りの訓練を終え、村に戻る。
そして、俺の無駄に容量のあるアイテムボックスから大量の獲物を放出する。
ウルフドッグ×30匹
トレント×50本(乾燥して薪として使用)
その他山菜各種
「いやはや、アイテムボックスがここまで大きいとは。」
「将来有望どころか、もうすでにクリスとそう変わらないな…」
ガルドさんとノードンさんをはじめとする村人は、相変わらずの驚きようだった。
「こりゃバロックを街に行かせるのを、もう少し後にしたほうが良かったかのぉ。」
村長が冗談顔でそんなことを言った。
バロックさんってのは、多分さっきクリスが言ってた、狩りの師匠だろう。街に行かせたって言ってるし。
「このウルフドッグの毛皮とかを売った金の10%で好きな酒を買ってきていいって言ったら、また行くんじゃないのか?」
「あの人ならありえるなぁ。」
村人たちは声を揃えてそんなことを言っている。
どうやら酒好きの人らしいな。
うーん、RPGのテンプレって感じがひしひしとするな。
そういう人ほど意外に強かったりするから、やっぱり帰ってきたら教えを請おう。
今回の獲物も村で分け合い、毛皮やら薪やらに肉やらに加工されていく。
ちなみにこの村には基本的に物々交換だ。
街まで行けば貨幣は使えるが、村の中ではまず使わない。
狩人が獲物を狩り、農家が作物を作り、防人が村を守り、など各々が何らかの形で村に貢献し、みんなに平等に食料が行き渡っていく。
わかりやすく言えば、社会主義って事かな。
どうしても必要な物があれば、村で加工したウルフドッグや他の魔物の皮や肉などを麓の街まで売りに行き、そこで外貨を得て購入する。
村全体で一つの財布を管理している形だ。
ほんと、かなり昔の日本の村社会みたいな感じだな。
そんな感じで、晴れて俺は村の狩人としての役目を与えられた。
明日からはクリスとペアを組んで本格的に獲物を狩ることになるそうだ。
あのでっかいイノシシと戦ったりするのかな…
強くなってきたとはいえ、あれに勝てる気はしない。
ちょっとのワクワクと、多大な不安が胸に去来した。
導入部分がまだ終わらない…