054話 魔物とは
アームドグリズリーの群れのボス、ディザスターグリズリー
身体は一回りだけ大きく、体毛の色が違うだけ
言葉にすればその程度だ。
だけど、対峙するとその異常な威圧感に押し潰されそうになる。
「………」
無言で瓦礫を踏み潰し、こちらに歩いてくるディザスターグリズリー。
その堂々たる態度たるや、正しくボスと呼ぶに相応しい。
油断ではない、侮りでもない、驕りでもない
目の前の敵…俺達を真っ直ぐに見つめ、一分の隙もなく歩いてくる。
「シン、あたしはアレに勝てない。間違いなく殺される。
あたしの見立てだと、魔法を使える状態のシンが引き分けるかどうか……近接戦闘ならそう判断する。」
「あぁ、俺も全く同じ考えだ。」
クリスはまだ勝てない。
油断してる、余裕を見せてるとかなら隙を突けるが、アレは無理だ。
最短距離で、最善手で、最適解で命を狙いに来る。
疑問なのは、たかが魔物がそこまで武人や暗殺者の…雰囲気を醸し出せるのか?
ディザスターグリズリーは、お互いの間合いのギリギリ外まで歩いてくると、俺とクリスを交互に見やった。
そして、俺の方に完全に狙いを定めて、戦闘態勢に入った。
……普通、野生動物なら弱い方を先に片付けると思うが。
クリスが俺より弱いといっても、無視できる戦力ではないはず。
ならば相手の戦力を削ぐのが最初だ。
それをしないということは…やはり、ただの獣ではないのか。
ディザスターグリズリーが若干腰を落とす。
すると次の瞬きの時には、奴の間合いに入ってしまっていた。
「うおぉ!」
ギリギリ、本当ギリギリで二つの拳を躱す。
だが奴は四本腕
まだ二つ残っている。
そのうちの一つを、躱した俺に向けて放ってくる。
それを刀で弾き返すが…
最後の一本、奴にはまだそれがあった。
鈍い音を立てて身体に食い込む拳
その瞬間には痛みはない、が、これは確実に痛いだろうと思わせる程の衝撃
むしろ、骨の一本でも折れてるんじゃないのか?
そんなことを頭の何処かで冷静に考えつつ、俺は結構な距離を吹き飛ばされた。
「シンさん!」
「ボス!!」
サラとウィルが駆け寄ってくる。
ほんと、遠くまで吹き飛ばされたな。
「…………はっ……ゴホッ…!」
一瞬、息ができなくなっていた。
その間に全身に広がる痛み…あぁ、本気で痛い時ってこんな感じだったな。
やはりどこか冷静で、それでいて痛みにテンパっている自分がいる。
「あ、あいつ……動きが…全く…他のと違う……」
油断していた俺が悪い。
あの距離を一瞬で詰めるとか。
頭の何処かで、まだただの魔物を相手にしている気でいたのだ。
駄目だ、認識をしっかりと切り替えないと。
幸い、動けなくなるほどのダメージではない。
これなら、肉体強化とやせ我慢でしばらくは普通に近い状態で動ける。
……長期戦は無理だな。
「もう一回行ってくる……」
ダメージを悟られないように、平気な顔をしてゆっくり奴に近づく。
奴もこちらのダメージを確認しているのだろう、近くのクリスには一切目もくれず、こちらを凝視している。
その瞳には、やはり知性のようなものが感じられる。
(……魔物が知性を持ち、武術を学び、一対一の戦いを重んじる……そんなことが本当にあるのか?)
頭の中に少し浮かんだ疑問。
そしてそれに対する予想。
今は戦うことに専念するため、敢えて思考の外に追いやる。
「待たせたな。」
先ほどの一撃を食らう前くらいの距離。
同じ手は使わないのか、奴もこちらを見るだけで、動こうとしない。
まさに仕切りなおし。
唯一違うのは、俺の刀が納刀されている点。
「どうした?来ないのか?」
俺の気配を感じ取ったのだろう、奴もすぐには攻めてこない。
「ならこちらから行かせてもらう。」
奴の間合いに敢えて進入する。
その踏み込みもかなり速いと自負しているが、奴の視界にはしっかりと捉えられていた。
奴の拳が、再び襲いかかる。
間合いに入ってきた相手に攻撃しない、という選択肢はやはりなかったようだ。
「フッ!」
一息を瞬時に吐き出し、俺は"居合い斬り"を繰り出す。
スキルでもない、魔法でもない、単なる技術。
更に俺の刀が覚醒した状態だ。
原理はわからんが、刀にも肉体強化の魔法をかけることができたし、今までよりもずっと速く、鋭い。
それを止めれるはずが…
「ガアアアアアア!!」
「!?」
刃が奴の身体に食い込む。
その痛みからか、不快極まりない叫び声を出す。
だが、"それだけ"だった。
「お前…本当に何者………いや、どういう存在なんだよ……」
斬った後、即座にその場から飛び退く。
普通はそんな必要はない、それが必要だということは、相手がまだ生きているということだ。
「刀に飛び込むって、正気の沙汰じゃねぇぞ。」
そう、奴は防げないとわかるや否や、刀に向かって"飛び込んで来た"のだ。
正確には刀を持っている俺の手元目掛けて。
確かに、後ろに下がろうにも速度的にそれは不可能。
かと言って防御も間に合わない。
だとすれば、自ら死地に飛び込むしか無いだろうが、たとえ人間でもできるやつなんてまずいない。
痛みに反応し仰け反る、逃げる、それは当たり前の反応だ。
だがその結果、奴はまだ生きている。
あのまま逃げようするか防ごうとすれば、そのまま真っ二つだったのに。
「グルルルルルル……」
「でも…そう長くはないみたいだな。」
殺れなかったとはいえ、胴体の半分近くを斬ったんだ、出血多量でそう持たないだろう。
現に奴の右脇腹からは大量の血が溢れ出ている。
「………最期に聞きたい、本当にお前は魔物なのか?」
ほぼ勝負はついた。
俺は逃しはしないし、奴も逃げる気はないらしい。
もうまともには動けないだろう。
奴の命が尽きるのも、時間の問題だ。
「もしかして……」
先ほどの予想を口に出そうとする。
「お前は、に「グルアアアアアアア!!!」
それを遮るかのような咆哮。
そしてそのまま、その名の通り捨て身で特攻をしてきた。
「そうか…話したくはないか……」
何故かはわからない。
だが、こいつはきっと…
「ハァッ!」
俺も刀で応戦する。
ディザスターグリズリーの鋭い爪と交差し、まるで金属同士のぶつかり合いのような音がする。
奴には、先ほどのようなキレがない。
もう長くないのだろう。
それでも…奴が望んだんだ、死ぬまで俺と戦うと。
ならそれを叶えてやる。
「ガァ!」
それでも元々がかなりの強さ
瀕死であっても、いや、手負いの獅子だからこその強さがあるのかもしれない。
威力、スピードともに先程よりもずっと強い。
だがその分、動きの繊細さ、キレは比べることも出来ないほどのものになってしまった。
そして数分、奴と撃ち合い続けた。
「はぁはぁ……」
俺も肩で息をしている。
密着された状態では居合い斬りは使えず、かと言って離脱を許してくれるほど弱ってはいない
最初のダメージもあり、実は結構ギリギリだった。
「…………」
ディザスターグリズリーは地面に伏している。
もう力が残ってないのだろう、最後の力を振り絞るかのようにして、顔だけこちらに向けた。
「………俺の、勝ちだ。」
「……………」
俺がそう言うと、気のせいだと思うが
奴は満足そうな顔をして
瞳から光を失くした。
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