033話 最前線
左翼の救援を完了したところで、俺が大群を『超電磁砲』で薙ぎ払ってから既に五時間近くたっている。
元の世界の戦争は人間同士なこともあって、常に戦い続けるということは無いだろうが、この戦争は魔物が相手だ。
殆どがそれほどの知能を持たない魔物であるし、基本的に感情も疲れも気にしない。
しかも減ったとはいえ物量もまだそれなりにある。
「まずいぞ、中央が押され始めた!救援に行け!」
陣の中ほどでマキシムが叫ぶ。
彼も開戦時からずっと戦い続けではあるが、そこは中隊長としての意地なのか決して下がろうとはしない。
俺は各場所への救援を行いつつ、遊撃部隊の本領発揮として手ごわそうな魔物を狙い撃って倒している。
今は他の部隊の状況を確認がてら、マキシムの部隊のすぐ横にいるのだ。
「マキシムさん、中央の兵の体力もそろそろ限界では?一旦兵を下げて、後方の者を出してはどうですか?」
「それをしたいのはやまやまだが、戦線を下げると一気に瓦解する!今前線で頑張っている者達には申し訳ないが、気合と根性で乗り切ってもらうしか無い!」
マキシムがお得意のスポ根のような熱い解決策を出してくる。
実はこの人、無駄に熱くてうざい感じだが決して非効率な訓練や無理な要求ってのはしない。
サラの伝聞だが、訓練そのものはぶっ倒れるまでやるらしいが、それのアフターフォローもしっかりやっているんだそうだ。
つまり、今のこの発言はマキシム自身もかなりギリギリの判断をしているんだろう、顔に苦心の様子が見て取れる。
「さっきクリスに言って、後ろの魔術師部隊から数人連れて来てくれるように言いました、その人達が来たら状況が変わるかもしれません。」
「それはほんとか!?ならそれまではなんとか持ちこたえてみせよう!」
前線がどれだけ紛糾しているかは、本陣からでは判断できないだろう。
本来の戦争であれば、早馬を走らせるとか伝令を飛ばすのだが、この戦争においてそれは殆ど行われていない。
少なくとも俺が見た中では部隊内で口伝で伝令を回すのが精一杯だ。
本陣まで伝令を飛ばす余裕がどこの部隊にもないのだ。
伝令として数人が前線から外れるだけでその抜けた穴を埋めきれない。
もし一人で動いて伝令に行こうにも、途中で魔物に襲われるのがオチだ。
部隊を細かく分け、魔物を散開させ各個撃破するための布陣だったが、ここで思わぬ弱点が出るとは。
厳密には見通しが甘かったのだ、ここまで魔の大陸の魔物が強いとは考えていなかった。
「シン!!」
それからしばらくして、クリスが魔術師を数人引き連れて前線に戻ってきた。
「クリス!サラまで!」
「わ、わたしも!前線で戦わせていただきます!」
少しは俺とクリスに打ち解けたのか、前よりもハキハキ話している。
「マキシムさん!魔術師が数人来てくれました!このまま俺が最前線まで一緒に行きます!」
「おぉ!頼んだ!中央は変わらずギリギリを保ってはいるが、かなり危ない状況だ!」
そう言われ、俺達は急いで戦場を駆け上がっていく。
ついてきてくれま魔術師はサラ以外に五人。
魔術師は基本的に近接戦闘は得意ではない。
近くに魔物語寄ってくるたびに俺とクリスが魔物を切り伏せていく。
だがサラだけは違った。
「はっ!!」
『ウォーターソード』のオリジナル版『アイシクルソード』を使って、俺たち程ではないが魔物たちを切り伏せていく。
「剣も覚えといて正解だったでしょ?」
「はい!かなり戦えます!」
俺とクリスが魔法を教わる代わりに、俺達二人ががりでサラに簡単な剣術を叩き込んだのだ。
ステータスは低かったが、そこは魔術師の本領発揮で、肉体強化の魔法を使ったのだ。
その上昇率は『心魔変換』程ではないが、単独でガルーダとタメを張るぐらいの強さにはなった。
さすがにこの短期間で特魔とやりあえるほどの強さにはならなかったが、それほどの近接戦闘の強さを得たことはかなり異例だ。
「ま、"マザーズ"を集中して倒したんですが、まだこんなに低レベルの魔物がいるんですね…」
そう、魔物の数が異様に大きくなっていた原因の一つは、"魔物を生み出す魔物"である"マザーズ"と言われる種類の魔物が大量にいた事だった。
もちろん、そういう魔物は偵察隊も最優先で確認し報告していたのだが、なにぶん情報の少ない間の大陸の魔物、知られていなかったマザーズ種の魔物もかなりの数がいたのだ。
それをサラたち魔術師部隊が狙い撃ちをしたのだが、生み出された魔物までは消せない。
せめてもの救いは、生み出された魔物は強さ自体はそれほどではなく、雑兵を生み出すだけの能力なのだ。
それが今現在脅威になっているのだが。
「そうだな…っと、もうすぐ最前線だ、出来る限りカバーはするが気を引き締めてくれ!」
「「「「はい!!」」」」
魔術師たちに注意を促しつつ、戦場の最前線、まさに最も命が軽くなる場所へと足を踏み入れた。
そこは遠目ではわからなかったが、この世の地獄と呼ぶにふさわしかった。
血煙が舞い"魔物同士"が戦っているかと錯覚するような戦場。
魔物も人間もお互いに死力を尽くし、相手の生命を刈り取ることのみに集中している。
自身の腕がもげようが、自身の肺が潰されようが、自身の目が潰されようが、まだ身体が動くなら
目の前の敵を一匹でも多く殺してやる
そんな感情がダイレクトに伝わってくるかのようだ。
左翼や右翼、ここより少し下がった場所の中央などに救援には行ったが、本当の最前線がこれほどとは…
その中の、片腕を失くし傷口から大量出血している騎士が魔物を片腕で切り払いこちらに振り返った。
「…救援………ぁ」
一瞬、安心したような顔をしてその騎士は地面に倒れてしまった。
「お、おい!」
俺は慌てて駆け寄って抱きかかえるが、その生命の炎は既に消えてしまっていた。
おそらく、あの魔物を斬り伏せた時点で限界を超えて戦っていたのだろう。
そして俺たちを見て緊張の糸が切れそのまま……
その亡き顔は、この地獄のような風景とは正反対に、安心しきった、安堵の表情に見えた。
「………俺達が来るのを、心待ちにしてたんだな…」
俺は彼を丁重に地面に寝かせ、刀を構えて他のみんなに短く伝えた。
「…………助けるぞ!!」
その言葉を合図に、魔術師たちは魔力を集め、魔物に狙いを定め強力な魔法を放った。
「『ストーンジャベリン』!!」「『サンダーアース』!!」「『アイシクルジャベリン』!!」「『サンダーボール』!!」「『ファイアーソード』!!」
混合魔法、上級魔法、中級魔法、入り混じってはいるがそれぞれの魔法の威力はかなりのものだ。
イメージと込めている魔力がかなり高いのだろう。
魔法を受けた魔物たちが、一様に消し飛ぶか吹き飛ばされているので、威力的には申し分はない。
それを見た他の者達がこちらに気付き、目を輝かせている。
「助けに来てくれたのか!?」
「あぁ、人数は少ないが少しは手助けできるだろう。隙を見て怪我をしている者の回復にあたってくれ。」
そう言うと、クリスが本陣で受け取った回復薬をアイテムボックスから吐き出す。
「こっちの数も少なくて申し訳ないけど、本陣から出来る限り持ってきた回復薬。使って。」
「あ、ありがたい、ありがたい……本当に…本当に全滅するかと思っていた………早速使わせてもらう……!」
この辺で一番の隊長格と思しき傷だらけの中年騎士が涙ながらにお礼を述べた。
…そこまで厳しかったんだな。
俺たちは気合を入れなおし、彼等にかわって魔物たちに相対した。
「お前たちは一匹残らず斬り殺してやる、覚悟しろ。」
俺からの殺意を敏感に感じ取り、一瞬魔物たちがたじろいだ。
その隙を俺たちが見逃すはずもなく、魔術師は魔法を放つ準備をし、俺とクリスは一瞬で間合いを詰め
もう一呼吸をおいて、魔法名とともに魔法が放たれ少し離れたところの魔物がはじけ飛んだ。
俺とクリスはその魔法が着弾する間に、間合いを詰めた魔物を切り伏せ、クリスは更に奥の魔物を、俺は魔術師に近寄ってきた別の魔物を、それぞれ切り伏せていた。
「つ、強い……」
回復を受けている騎士がそう呟いているのが聞こえた。
その流れのまま、俺達は前線の維持と回復に努めた。
俺達が駆けつけた時は、ホントにひどい状態だったが、しばらくするとかなり立て直すことができた。
寧ろ、俺達の活躍で押し返すような雰囲気すらある。
「よし!この好機を逃さず、前線を決して下げるな!!!」
先ほどの中年騎士が叫ぶ。
それに鼓舞されて、簡易の治療がすんだ他の騎士や冒険者も立ち上がり前線に復帰していく。
やはりこの騎士がこの現場で一番の隊長格らしい。
先程からの指示も的確だと思うし、この隊長でなかったらおそらく前線は崩壊していたな。
「ぅ…うわぁぁぁぁぁ!!」
その時、俺達の前で戦う冒険者達から悲鳴が聞こえた。
俺達がその方へ顔を向けると、冒険者が胸を貫かれて絶命していた。
胸を貫かれた冒険者は無造作に横に投げ捨てられ、見知った奴が俺たちに話しかけてきた。
「…………また会ったね。」
その顔は相変わらずフードに隠れており、口元のみが見える。
だが、その口元は今まで見た三日月のような形はしていなかった。
「よ、いつものムカつく笑顔はどうした?」
ついにこの戦場に、アレクが姿を現したのだった。
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6月の仕事の多さに辟易




