032話 のまれる
う…今日もちょっと短めです…
「うぉりゃぁああああああああ!!」
紅い髪を振り回し、クリスが戦場を駆け回る。
クリスの通った後には魔物は一匹も残っていない、いや、原型を留めていない。
身体能力強化系の魔法によりステータス以上の力を発揮し、それに応えるかの如く黒鉄の剣は血を吸い赤黒く光り輝いていく。
「……どっちが魔物かわかんねぇよ…」
「なんか言った!?」
「いえ!何も!」
こんな混戦の中、よく俺のつぶやきが聞こえたな!
クリスも戦場の雰囲気に当てられて、だいぶ高揚しているように見える。
不気味な笑みのまま魔物を切り刻み、叩き潰して行く様はまさに悪役。
他の冒険者も団員も引きっぱなしだ。
「この辺はもう大丈夫ね!他にやばそうなところは!?」
「ひ、左の陣営が、押され気味という報告がありました!」
若い騎士が答える。
「なら中央をぶち破って向こうに行けばいいのね!」
元々俺たちは陣形で言えば左寄りの中央付近に配置していた。
騎馬騎士隊がいい感じに魔物を散らしてくれたため、それなりに効率よく戦うことができ陣が薄い、押され気味の場所に加勢に回っているのだ。
その関係で今の位置は中央よりだいぶ右翼に寄った場所にいる。
ここから左翼に加勢に行くとなると、なかなか時間がかかりそうだ。
だがそれを真ん中ぶち破ってって…
「いや、クリス、流石にあの群れの中を突っ切るのは…」
「大丈夫よ!あんな雑魚ばっか!!」
いや、雑魚っても特魔レベルなんですが。
クリスも本人は感じてはいないようだが、身体の所々に掠り傷とは言えないような怪我もしている。
おそらくアドレナリンが分泌されて麻痺しているのだろう。
このまま行くとまずいな。
「いや、無理だ。せめて中央の部隊に加勢をしつつ、徐々に左翼に移動する形にしよう。」
「そんなことやってたら勝てないじゃない!」
「自分の身体の状態をわかっているのか?そんなボロボロの身体で突っ込んだって、途中で魔法も体力も切れて魔物のエサになるぞ。」
少し強めに反発した。
「わかってるわよ!さっきまでの戦い見てたでしょ!?あんなのにやられるわけないじゃない!」
「いいや、わかってないね。魔力が切れそうで身体中に傷を負ってる今のクリスが相手なら、体調が万全でない俺でも余裕で勝てるぞ。少しは周りと自分を理解しろ。」
やはり気分がかなり昂ぶっているようだ。
本来ならこういう場面でのブレーキ役はクリスなのに、そのクリスが冷静さを欠いている。
俺の普段は言わないような口調に少し驚いたのか、クリスは目を見開いた後に自身の身体を確かめるかのように少しうつむいて目を閉じた。
「……………ごめん、ちょっとおかしくなってたかも。」
「……いつものクリスかな?いや、俺こそごめん、ちょっと強く言い過ぎたかも。」
「ううん、ありがと、止めてくれて。」
この聞き分けの良さと切り替えの速さがクリスの魅力の一つだな。
俺よりずっと若いだろうに…注意さえされればちゃんと自分を見つめ直せるのか。
「で、実際のところどうする?魔力もかなりきついだろ。」
「正直あと数分くらいしかもたないかも。今はいいけど一旦本陣に戻って怪我も治さないと、途中で戦えなくなるかもしれない。」
見た目以上にやばかったらしい。
本当に止めてよかった。
「ならクリスは本陣に戻って治療と回復に努めて。そして前衛で戦えそうな魔術師を連れて戻ってきてくれ。混戦が激しくなってきて、大魔法や遠隔からの魔法が当てづらくなっているだろうし。」
「わかった。大丈夫だと思うけど…シンも無理しないで。」
「魔力があんまりないだけだから大丈夫だよ。最悪一目散に逃げるさ。」
子供の頃から逃げるのだけは得意だった。
ドッヂボールと鬼ごっこでは負け無しだ。
ただし、脚が速いわけではなかった、ただただ"逃げる"という行為が得意だっただけなのだ。
クリスが本陣に駆け足で戻っていくのを確認し、俺は敵の大群と相対した。
「俺が魔法だけじゃないってところ、見せてやるよ。」
ゴリラのような魔物が考えられない跳躍を見せて飛びかかってくる。
敵の動き、周りの動きに注意しつつ十分に引きつけて、紙一重で躱した。
その瞬間、刀を横薙ぎに一閃し、魔物は漫画のようにズレて崩れ落ちた。
最小の動きで躱し、最小の力で相手を倒す、合気道のような動きをしている。
この刀を使っていると、不思議と心が落ち着く。
これが明鏡止水の心ってやつなのだろうか。
周りの動きが少しだけスローモーションに見える。
そして、自分に向けられている殺意にのみ感覚が研ぎ澄まされ、その動きに敏感になる。
それだけで十分だ。
不可視の攻撃をする魔物でも、その攻撃に乗せられた殺意を感じる事ができれば、可視の攻撃と何ら変わらない。
「邪魔だ、どけ。」
そして、相手の殺意が感じられるということは、意識の外から攻撃をするということも可能なのだ。
自分ではない誰かへの殺意、そしてそれにより俺を見ているはずが意識の外に行く。
その隙に間合いを詰め、無防備な魔物に意識の外から攻撃する。
それだけで魔物は死んだことに気づかないかのように静かに倒れる。
魔物と相対している冒険者も騎士も、魔物が死んだことに、俺が殺したことに一瞬気づかない。
「は?え?…………あ!えっとあのすごい魔法の人!」
「シンと言います…………」
最初の魔法のインパクトがでかすぎたんだな。
名前を覚えてもらえないのはちょっと寂しい。
だが、俺の戦い方はクリスのように目立つ形じゃない。
むしろ暗殺者のような戦い方だ。
気配を殺し(正確には気づかれないようにしているだけだが)相手との距離を一瞬で詰め、気づかれないうちに命を刈り取る。
「死神じゃねぇか!」
自分で突っ込んでしまうくらいぴったりだった。
まぁ、でもこれで体力的にも問題なく左翼に加勢に行けそうだ。
この戦場でさらにもう二人、後に有名になった冒険者がいた。
一人の二つ名はその魔法名の通り『超電磁砲』と呼ばれた。
そしてもう一人の二つ名は『冥府の使者』と呼ばれた。
だが『冥府の使者』と呼ばれた冒険者の姿を見たものは少ない。
曰く「気付いたら魔物が死んでいた」
曰く「俺の横にいたのに気付いたらいなくなっていた」
曰く「急に現れて急に消えた、後には魔物の死体しかなかった」
その存在は疑問視されていたが、確実に魔物が倒されていることから恐らくいたんだろうという、レベルで存在するとされている冒険者。
この二人の冒険者が同一人物だと知るものは、数えれるくらいしかいなかったという。
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私も影が薄いです、マジで気づかれないです。




