028話 魔法を学ぼう(緩やかに)
気付いたらこんな時間に
アレクから得た情報を、出来る限り細かくマキシムに伝えてから一週間後。
マキシムは半信半疑ながらも少数精鋭で偵察を出してくれて、その偵察結果が帰ってきた。
伝令は古風にも鳥を使ったものだったが、その内容はやはりアレクの言った通りの大遠征部隊の全滅というものだった。
それを聞いて、急遽王都に伝令を飛ばし、急ぎ騎士団を編成し迎え撃つという事になった。
魔の大陸からの魔物の大侵攻、しかもそれなりに手練の冒険者千人がなすすべなく全滅させられたという事実、その噂が広がるまでそう時間はかからなかった。
王都での部隊の編成と平行して、ブルムの街の住人の避難、街を砦として使用するための改築、その他防衛設備や兵糧などを確保、やるべきことは山程だった。
そしてそれから更に一ヶ月、アレクの言った侵攻まで残り一ヶ月半となった頃、偵察部隊がボロボロの状態で戻ってきた。
最初に聞いた伝令よりも詳しい内容を聞くことができたが、その内容は騎士団を絶望させるのに十分なものであった。
「なんだと!?数は五千から一万!?」
「はい…しかも、ほとんどが平時であれば特別警戒ランクの魔物です、私の部隊も十人ほどいましたが、三人まで削られました…」
偵察部隊の生き残りとマキシムが深刻そうな表情で会話する。
取り急ぎ伝書で伝えた内容よりも更に細かく、正確な情報をもたらしてくれたがはっきり言って聞かなかったほうがマシなレベルだ。
「特別警戒ランクの魔物ってのは?」
「知らないのか。一体、もしくは数体で街一つを壊滅させるレベルの魔物のことだ。Aランクの冒険者パーティーでも単独だと討伐が危ぶまれるレベルだ。」
ギルド長のローレンスさんが答えてくれる。
今ここに居るのは、俺、クリス、ローレンスさん、マキシム、そして偵察部隊の生き残りの人だ。
取り敢えず王都から騎士団の本隊が到着するまでは、俺達が立場・実力的に指揮を取るような形になってしまっている。
「ちなみに、騎士団の本隊とやらはどれくらいのレベルなの?」
「本隊は強い!だがはっきり言って数千の『特魔』と正面からぶつかって倒せる程ではない!」
「…ギルドに残っている冒険者も、特魔が相手なら弾除け程度にしかならないランクの奴らしかいませんからね…近隣の街から呼ぼうにも、あの大遠征部隊でほとんどがやられてしまいましたし…」
「……普通に考えて、絶体絶命ってわけか。」
ここまでの強さを持った魔物たちだとは思わなかった、そう言ってしまえばそれまでだが、こんなところで死ぬわけにも行かない。
「今できることといえば、砦の増強、兵士の訓練、罠の設置…どれも気休め程度でしかないね。」
ローレンスさんは頭を抱えて若干諦め気味そうつぶやく。
そして、大した妙案も出ずに、この会議は終了となった。
「…どうしようか。」
「どうするも何も、戦うしか無いでしょ。」
わかりきっている答えをクリスに聞いてしまう。
そうなんだよなぁ。
ここで逃げるって選択肢はありえない。
逃げたところで、この国の騎士団が勝てないのであればどのみち滅ぼされるだけだ。
逃げた先で待っているのは、魔物による蹂躙か国の崩壊による混沌か。
かといって、いくら俺の『成長促進』があったところで、こんな短い時間でアホみたいに強い魔物約一万も倒せるほど強くなれるわけがない。
俺が勇者だったら別なんだろうけど…あいにく手違いで転生させられた男なんで。
「……ミサイルとか、あったらなんとかなるんかなぁ。」
「なにか言った?」
「いや、なんでもない。」
元の世界なら、核ミサイルまで行かなくとも、戦車や爆撃機による一掃なんて出来るんだろうけど…残念ながら俺はミリオタ系の知識はほぼない。
ミサイルの作り方なんて知らないし、せいぜいが中学生の頃に理科の実験でやった火薬を作ることくらいだ。
硫黄があったとしても、硝酸カリウムなんてどうやって作ればいいのか全く知らない。
「とりあえず、今日も二人で稽古するか…」
そう言った時。
「す、すみません!お、お二人に、お話が、ありまして!」
サラがよたよた走りながらこっちに向かってきた。
「サラ、あんた身体はもう大丈夫なの?」
「は、はい!身体は、なんとか…隊長に、魔力残滓も見てもらって、『キーチェーンマジック』も、完全に消えたそうです!」
サラは『心魔変換』の影響で、体内がぐちゃぐちゃになった挙句、『キーチェーンマジック』も仕込まれておりそれの治療・解除にほぼ一ヶ月ほどかかってしまったのだ。
『心魔変換』で崩壊した身体は普通の回復魔法や薬草では治らない、それこそ俺がやったようにエリクサーでもない限り、なかなか治らないそうだ。
今後のことも考えて、エリクサーは温存しておきたいので、申し訳ないが通常治療で治させてもらったのだ。
「あ、あの、お、お二人は、すごく、強いですよね?」
「まぁ、それなりには。」
「で、でも、魔法は、それほど使えないと、お聞きして…」
「んー、シンは別としても、あたしとかはあんまり合わないしね。」
「そ、それで、せめてもの、罪滅ぼしとして、わ、私の、魔法を、お伝え、でき、れば、と…」
最後のほうがものすごい途切れ途切れで、声が小さくなっていった。
聞き取りにくかったが、それってもしかして
「俺達に魔法を教えてくれるってこと?」
「お、教えるなんて!そんな!わ、私ごときの知識、もう、ご存知かも、しれませんが…」
「本当に教えてくれるの!?いや、マジで助かる!魔法を習う機会は全然なかったから。」
サラの言い訳を無視して俺が詰め寄る。
若干引き気味だったが、サラに了承してもらって魔術の特訓を受けることに決まった。
ぶっちゃけ、それほど期待はしてないが、今はどんな可能性も試したい。
手札は大いに越したことはないからな。
街に被害が出ないように、街を少し出た森近くで早速講義を受ける。
「えっとまず、魔法はイメージです。」
それは何となく分かる、魔力を血液に見立ててそれを手の平なんかに集めて云々、と伝えたところ
「それだけだと、まだ半分です」
そう言って、サラは手のひらに水球を作り出す。
「今の理解だと、ここまではできると思います。でもそれを発動するのに、魔法名を口にする必要があります。」
確かに、俺が初めて『ファイアーボール』を使った時も、手のひらに火球は出たが飛ぶことはなかった。
「魔法名を発言することは、魔法を発動するのに無意識下で一番理解がしやすいからなのです。」
なるほど。
てか、サラは魔法の事になるとやけに饒舌になるな、どもった感じが一切ない。
サラはそう言って、水球を無造作に近くの木にぶつけた。
威力が弱いだろうと思ったが、木はメキメキと音を立てて倒れてしまった。
「え?そんなに威力込めてなかったよね?」
「魔力はそれほど込めてませんね。でも効率が問題なのです。」
サラはまた同じように水球を作り出し、違う木に当てた。
今度は水が弾けただけで、木はびくともしない。
…同じような魔力しか感じなかったが、こんなにも違うのか?
「水であればより純度を高く、鋭く、重いイメージで。火であれば、より熱く、激しく、燃え盛るイメージで。
そして、それが発動するさまを完全に頭のなかでイメージする。
魔力を込めるところから、魔法を放つまで、全てがイメージなのです。」
つまり、俺が魔法名を言わないで魔法を放てなかったのは、俺の中のイメージが足りなかったというわけか。
「こうして魔法名を発言しないで魔法を放つことは『無詠唱』と言われます。
反対に、詠唱で魔法を放つ人はどうしてもそのイメージが足りず苦労します。
ですが無詠唱を使える魔術師は戦闘において隙が少なく、またそれだけイメージがはっきりできることにつながるので、純粋な魔法の威力も他の魔術師とは一線を画します。」
「なるほどね…だからさっきはそれだけだと半分だったわけか。」
「はい、そしてそのイメージは新しい魔法を習得する際にも重要になってきます。
新しい魔法を習得する際よく聞くのが"実際に魔法を受けると覚えるのが早くなる"と言いますが、あながち間違ってないのです。
自分の身体にその魔法を受けることにより、どれだけの影響力なのか威力なのか効果なのか、というのがわかるからです。
そこから自分が今習得しようとしている魔法をイメージするんですね。」
根本は俺の『原理究明』と同じなのか。
「もちろん、才ある人は魔道書の原理を読んだだけで出来たりもしますが…基本は繰り返し繰り返し訓練をして、魔法を覚えていきますね。」
「ほぉ…いや、勉強になりました。」
「あたしも、なんかテキトーに使ってただけだから、随分とためになった!」
二人でお礼を言う。
サラは恥ずかしそうにしてたがまんざらでもないようだ。
「…あたしって、どんな魔法が向いてるのかなぁ。」
「うーん…クリスさんは魔力もMPも低いですし、完全に近接戦闘向きですから、自身に肉体強化系の魔法を使ってみてはどうですか?」
「え!?できるの!?」
「むしろ、通常の魔法よりもクリスさん向きだと思いますよ。自分自身への魔法なので、自分の身体の状態なんかを把握する必要がありますが、クリスさんならそれは専門だと思いますので。」
クリスは完全に剣士として最前線で戦う切り込み隊長のポジションだ。
なら攻撃魔法よりも強化魔法を使えれば、恐ろしいことになる。
「シンさんは、ステータスや魔力の質を軽く見せてもらった感じ、オールマイティ型ですね。どんな魔法も器用にこなせるかと思います。」
「へぇ…そんなのもわかるんだ。ならさ…サラが使える魔法、手当たり次第に俺にぶつけてくんない?」
「は!?へ!?」
ドン引きされた。
いや、今までの経験上『原理究明』で魔法を喰らえば使えるようになるはずなんだよ。
結局、ものすごい気持ち悪い人を見る目をされたが、サラは全部の魔法を使ってくれた。
そしてそれを余すこと無く俺が再現したのを見て
「え………な、なんなん、ですか……」
といつもの喋り方に戻ってしまった。
そして、その日から一ヶ月。
俺たちはサラの特訓を変わらず受け続けていた。
「………あの、もう、シンさんに、伝えれることは、ないです…」
サラががっくりと落ち込んでいた。
心なしか泣いているような。
「……サラ、気にしなくていいよ、こいつはそういうやつだから。あたしなんて剣を教えて一週間程度で追いつかれたんだから。」
「グスッ……ク、クリスさん…わ、私、完全に自信を打ち砕かれました…」
「いや…そんなことは…」
「い、いえ、魔法の原理の理解、くらいなら、別にいいんです…」
「そうよね…」
「でも…でも…こんな魔法、見たことないです…」
サラはほぼ原型を留めていない、かつては小高い丘だったものを涙を流しながら見つめていた。
「いや…なんか、できるようになっちゃってさ……」
「あ、あのですね、この魔法は、はっきり言って、禁術に相当するくらいの威力ですよ?
そ、それが、できるようになっちゃったって…このレベルの魔術師が、王国に、いや、世界に何人いるか……」
「ほ、ほら!これで魔物に対抗できるかもしれない希望ができたじゃん!」
そう言うと、サラが若干泣き止んだ。
「…グスッ……はい、そ、そうですよね…」
こんな馬鹿みたいなリアクションを取れるのも、余裕が出てきた証拠だろう。
クリスも順調に肉体強化系の魔法を覚え、近接戦闘では本気でクリスに勝てないなんて思ってしまっている。
「でもあんたのこの魔法、はっきり言って反則だよ…」
……まぁ、勝てればいいでしょ!
この後、いくつかまた新魔法を作り出し、二人を呆れさせてしまった。
そして、それから数日後、ついに王都から騎士団の本隊が到着したとの知らせが届いた。
その日はアレクが宣言した日まであと二週間を切っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ・感想・評価等本当にありがうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります!
主人公の無双具合が表面化してきました。




