013話 決心
光が差し込んでくる。
眩しさに目を開けると、誰かの顔が見えた。
「…クリス?」
俺の目の前には、眠っているクリスの顔が上下反対であった。
「ん……シン、起きた?」
その声にクリスも目を覚まし、眠い目をこすっていた。
「もしかして一晩中こうしてくれていたのか?」
「流石にあんなに消耗したシンをほっておくほど人でなしじゃないからね。」
「そうか…ありがとう、クリスもかなり消耗してただろうに。」
俺は礼を言って身体を起き上がらせる。
「…昨日のことは、夢なんかじゃないんだよな。」
「………」
クリスは沈黙で答える。
「……山を下りて街に行こう…」
言葉が出なかった。
何をすればいいのかもわからない。
正直、昨晩決めた街に行くということしか指標がない。
それでも…行くしかない…よな…
来た道を戻り、一応村も見てみる。
そこには村だったものの跡しか残っていなかった。
殆どが黒く炭化しており、焼け野原という言葉が一番しっくり来た。
俺もクリスも無言だった。
何も言えるはずがない。
一晩のうちに色々なことが起こりすぎて、全く頭が追いつかない。
それと同時に気持ちも追いつかない。
なんなんだよ、異世界に転生してこれはなんなんだよ。
誰にぶつければいいのかわからない気持ちが、ふつふつと湧いてくる。
そんな中でも進まないといけないのだ。
村を後にし、俺達は山を下りて行った。
道中はかなり険しい道だった。
バロックが案内してくれるはずだったが、それはかなわない。
見たことない道を、誰かが通ったと思われる獣道に近い道を進む。
途中で魔物に襲われたりもしたが、今の俺達ではそれほど脅威ではなかった。
悪い足場も、少し強力だと思われる魔物も、ほぼ無機質に倒していった。
日が昇っている間は山を下り、日が落ちる前に野宿できるところを探す。
道中、互いにほとんど会話をしなかった、いや、できなかった。
そんな状態で9日。
道を知っていて一週間かかるところを、道を知らないで9日で下山出来たのは、幸運という他なかった。
目の前にはローグス村よりずっと高く頑丈だと思われる塀。
門のところにはかなり頑強と思われる門番が数人立っている。
塀の高さから内部をうかがい知ることはできないが、街中は相当栄えてそうだ。
「やっと着いた…」
クリスは疲れた声を漏らした。
ここ数日、無機質で事務的な会話しかしていなかったので、久しぶりに感情のこもった声を聞いた。
それが疲れた声っていうのが残念だが。
「そうだな、やっと着いたな…」
入口に向かって歩みをすすめる。
「止まれ、どこの人間だ。」
「ローグス村から来たの。街には初めて来た。」
クリスが答える。
「あぁ、バロックさんの村か。名前は?」
「…ックリスティーナ。」
「…シン」
バロックの名前を出されて、少し言いよどんでしまった。
「クリスティーナにシンね、ギルドカードは…持ってないよな。」
ギルドカードなんてものもあるのか。
「えぇ、持ってない。」
「同じく。」
「なら、この場で一日滞在できる仮発行のギルドカードを渡す。今日中にギルドに行ってカードを正式発行してもらってくれ。
ちなみに、街に入るには一人銀貨一枚が必要だ。」
銀貨。なるほど、こっちの貨幣は硬貨なのか。
日本円で銀貨一枚何円だ?
そのへんも調べとかないとな。
「銀貨は…」
クリスがアイテムボックスを探る。
門番に銀貨を渡し、仮発行のギルドカードをもらう。
ただの紙切れのようなものだ。
仮発行だからだろうか?
そして軽く街の説明や注意事項なんかを受ける。
冒険者同士の喧嘩はご法度・盗みを働くと二度と街には入れないなど割と普通の内容だった。
「よし、では入って構わない。
遅くなったが、ようこそ、ブルムの街へ。」
門をくぐり、街の中に入る。
こっちの世界に来て、初めてここは異世界なんだって痛感した。
石畳で中世のヨーロッパのような町並み。
レンガのようなもので作られた建物。
待ちゆく人はみんながみんな、現代とは全く異なる洋服を着ている。
剣を腰に帯刀し、鎧を着込んでいるものは冒険者だろうか。
露天のようなものもたくさんある。
「うわぁ……すごい……こんなに人がいる……」
クリスが今度は感嘆の声を漏らした。
俺とはまた別の感動があるんだろう。
「…とりあえず宿を探そう、身体がガタガタだ。」
「そうね。」
門番の人に宿屋の場所は聞いていたので、そこに向かう。
"凪の宿"という看板が目に入る。
ステータス画面の時も思ったが、見たことない文字なのに読めるという不思議。
店内に入り、受付の女の子に空きがあるか聞く。
「いらっしゃいませ!今なら二人部屋ならご用意できますよ。朝夕食付きでお一人様一泊銀貨五枚です。」
「ならそれで。」
高いのか安いのかわからんな。
てかクリスも二人部屋で特に文句もないのか。
「ちなみにお風呂って…」
「すみません、お風呂はありません。外の井戸近くに水浴び場があるので、そちらをお使いになられる分には構いません。」
流石に風呂はないか、そこは村と似た感じだな。
最悪、『熱操作』のスキルでちょうどいい温度にして水浴びするしかない。
部屋に案内されて、俺とクリスはやっと一息つく。
「疲れたぁ…」
随分粗末なベッドではあるが、ベッドには変わりない。
飛び込んでもうこのまま寝てしまいたい。
「シン、ちょっといい?」
いや、ほんとに寝ませんよ?
「なに?」
「色々、ずっと考えてたんだけど…村のこと、バロックさんのこと、黒いローブのこと…」
クリスが真剣な顔をしている。
「全部、何もかもわからないことだらけだけど、一つわかってることがある。」
何となく言いたいことがわかる。
「強くならないと、みんなを取り戻せない。」
それは俺も同感だ。
村の人達を取り戻そうとすれば、バロックとも、黒ローブとも戦うことになるだろう。
次戦って、バロックに勝てる可能性はおそらくかなり低い。
「だから、ギルドに入って自分自身を高めようと思う。」
そうだな、この世界のことはよく知らないが、定番だろうしおそらくそれが一番手っ取り早い。
「それで…お願いなんだけど…」
ギルド…こんな時に不謹慎かもしれないけど、楽しいそうだなぁ…
異世界に行って、ギルドでクエストとかやって強くなって…
勇者じゃないかもしれないけど、強くなれないってことはないはずだ。
「…ねぇ、聞いてる?」
「ん?あぁ、ちょっとギルドでどんなふうに強くなればいいかって考えてた。
俺はそれなりにステータスが高くなったし、紛いなりにもバロックに勝ってるんだから、経験の差はあるだろうけど、能力自体は通用するよな?」
「…え?」
「え?って何?俺じゃ通用しないかな?あぁ、黒ローブははっきり行って未知数だよ、最低限転移魔法を使えるくらいのレベルだから、そのくらいの魔術師の強さをどっかで学べればいいんだけど…俺もあいつに勝てるようにならないと…」
「いや…一緒に戦って…くれるの?」
ん?何言ってんだこいつ?
「え?そりゃもちろん。」
質問の意味がわからない。
「………っ」
クリスの頬に一筋の涙が伝った。
「え?え?ちょっと待って!何で泣くの!?」
「だって…シンにとって、村はそれほど思い入れもないだろうし、ましてバロックさんと戦って…死にそうになって…そんな道に一緒に行ってくれなんて…」
クリスは泣きやまない。
もしかして
「下山するときに、ほとんど会話しなかったのも…」
「…どうやって私一人で戦おうかって、ずっと考えてて…」
なるほどね
こいつ不器用なのね
「いやいや…俺を過小評価しないでよ。短い間だけど村の人には世話になったし、良くしてもらった。それにクリスが戦うのに、はいそうですか、って放置すると思うか?」
クリスは首を横に振る。
「なら…一緒に来てくれる?」
「もちろん。」
もし全く知らない人でも、クリスみたいな女の子に頼まれれば、無条件にOKする。
俺は可愛い子の頼みは断れない!ヘタレじゃないぞ、決して!
クリスはその後しばらく泣きやまなかった。
泣いてるクリスを慰めつつ、俺は決心した。
俺は勇者じゃない、世界を守るなんてできない。
でも、この世界に来て親切にしてくれた村の人達やクリスを救う、それくらいの事はできるはずだ。
いや、やってみせる。
そう、強く心に決めた。




