012話 転移
一瞬、呆気にとられた。
いくら油断していたとはいえ、背後に誰かいるなら確実に気がつくはずだ。
「あんた、何者…」
「お前は誰…」
「あーあ、手ひどくやられちゃって。」
俺とクリスが声をかける瞬間、その人物を見失ってしまった。
直後、今さっき聞こえた声と全く同じ声が俺達の後ろから声が聞こえた。
そう、今までの人物が倒れているバロックの横に移動したのだ、一瞬で。
驚きで声も出ない。
瞬間移動?いや、異世界だから転移魔法?スキル?
頭の中が混乱しすぎて何一つ整理がつかない。
「ギリギリ生きてるね。だから言ったのに…"新しいのはそのくらいだよ"って。なんでそれを考慮しないかなぁ…」
ローブの人物は何かブツブツ文句を言っている。
それと同時に、何やら詠唱を唱えてる。
「…!やばい!魔法か!」
「あ、ちょっと待ってね。」
魔法に気づき身構えたが、俺に向かって魔法は放たれなかった。
その代わり、バロックの身体の周りに魔法陣と思しきものが浮かび上がり、次の瞬間バロックの身体は消え去った。
「…うそ、転移魔法…しかも自分じゃなくて対象を転移させるって、かなりの高難易度なのに…」
クリスが心底驚いた顔をしている。
つまり奴は高レベル魔術師ってことか。
満身創痍の俺とクリスじゃ、はっきり言って勝てないだろうな。
「あぁ、そんな身構えなくていいよ。今からやり合おうって気はないし。」
ローブの人物は手をヒラヒラさせて、戦う意志を拒否した。
「じゃぁ、あんたは何なの?さっき"その必要はない"って言ってたけど、バロックさんの代わりにあんたが色々説明してくれるわけ?」
「うーん、聞いてたとおり気の強そうな子だね。まぁいいか。うん、私が説明するよ、話せる範囲でね。」
クリスもかなり殺気を放っているのだが、どこ吹く風で説明を始めた。
「まず、村の人達。彼らは僕達が処理した。」
その言葉を聞いた瞬間、クリスからの殺気が膨れ上がった。
「おっと、そういう意味じゃないよ。さっきのバロックみたいに転移させたってことさ。どこに何のためにってのは言えないけどね。」
ローブの人物がおどけたように訂正し、詳しく話しだした。
「まぁ生きてるよ。殺すつもりもないしね。でも彼らを帰すつもりもないかな。」
生きていると聞いて、クリスの殺気が弱まる。
だが帰すつもりがない?ただの村人だろ?一体何に…
「全部終わったら帰すけど、それがいつになるかなんてわかんないし、その時に世界があるかも分からないし。」
こいつ、今随分と不穏なことを言ったな。
「世界が無くなる可能性があるのか?しかも村の人達が生きてる間に。ってことはあと長くて数十年以内には、世界が崩壊する可能性があるんだな。」
「うん、君は鋭いね。さすが邪魔者だ。」
さきほどの真紅の笑みを浮かべ、奴は嬉しそうに話を続けた。
「この世界は滅びに向かっている。しかも終焉は割りと近い。今言えるのは私たちはそのために村の人達を使わせてもらうってこと。」
こいつの言い方だと、こいつらが世界を滅ぼすのか、世界の終焉に対抗するのか、どちらとも言いがたいな。
「とにかく、村のみんなが生きているなら良かった。こっちの要求は、村の人達を解放しろってことなんだけど。」
クリスが語気を強めてそう言う。
「それは無理。」
「でしょうね。だったらここで戦うしかない。」
ローブの人物がクスクス笑い出した。
「まさか僕に勝てると思ってるのかい?そんなボロボロで?全快状態でも勝てないだろうに。」
正直勝てる見込みは薄いだろう。
転移魔法を使える高レベル魔術師って情報しかない上に、こっちの戦いは全部見られているだろう。
「それでも…!」
「仕方ないなぁ。殺されても文句言わないでよ?」
俺とクリスが同時に身構える。
戦いを開始しようとしたその時
「ん?ちょっと待って。」
ローブの人物が虚空に向かって話しだした。
「うん…うん…あ、そうなの?わかった、はーい。」
「君たちは邪魔だけど殺すわけにも行かないらしい。って事で見逃してあげる。」
「は?」
なんだ?誰かと会話をしていたのか?
「念話…誰かと会話したってことか。」
「まぁね。」
こっちには念話なんてのもあるのか。
「とりあえず、君たちは殺さない。村の方もそろそろ跡形もなく燃え尽きてるだろうし、私も帰ろうかと思うんだけど…」
「…!村に火を放ったのはお前か!!」
「せいかーい。」
奴はなんでもないかのようにふざけて答えた。
「さて、それじゃーバイバーイ。」
奴の足元に殺気と同じような魔法陣が発生する。
「待て!」
ローブにつかまろうとしたが、空を切るばかりだった。
奴の転移に間に合わなかった。
「くそっ!何がどうなってるんだ!」
奴は何なんだよ!?
村の人たちは!?
バロックの目的は!?
苛ついて地面を殴る。
「シン…」
クリスが俺の肩に手を置く。
「…とりあえず、帰る場所はなくなったわけか。」
ここに来る前に、村は全焼していた。
あの火の勢いだ、何も残ってはいないだろう。
「…街に行こう。」
クリスはそう言った。
事実そうするしかないだろう。
バロックの言う魔物の襲来も本当かは疑わしいが、元々村を捨てる用意はしているのだ、村がなくなった今は街に行くしかない。
「そうだな…」
そう思った瞬間、全身に痛みと倦怠感が襲ってきた。
本来、MPが0になるまで使用したら気絶する。
だが、スキルの使用によるMP枯渇のせいか、気絶はしなかったが今もMPが0の状態なのだ。
更にさっきのバロックとの死闘も影響しているだろう。
「ごめん、ちょっと…エリクサー使ってもらったのに、身体が動かない…」
そこまで言って俺の意識は夜の闇に引きずり込まれた。
クリスの俺を呼ぶ声が聞こえるが、反応することができない。
謎は深まるばかりだ。
俺のその夜の記憶はここで終わっていた。
筆が進まない…難しい…




