099話 不完全燃焼
暗い
とにかく暗い
闇の中、というわけではなく、ただただ暗い
目の前で何か動いているのはわかる
でも光が足りない、何も聞こえない
身体の感覚もない
夢を見ているのか?
自分自身が動いているという認識がない
というか、今まで何をしていたんだっけ
何か大事なことをしていたような気がする
でもそれが何だったのか、思い出せない
コレはアレだ、寝起きの感覚に似てる
さっきまで見ていた夢、それを半覚醒状態で反芻する、そんな感覚
夢の中でもそんな事を感じるなんて、相当疲れているのかな
あぁ、起きたらまた会社に行って上司に怒られて、口ばっかりで何も学ばない部下に仕事を振ってその尻拭いをして
取引先の企業にも頭下げに行かないとなぁ
なんだか随分前の事のような気もするけど、夢の中の感覚だしそれも仕方ないのか
こういうの明晰夢って言うんだったか?
できることならこのよくわからない夢の中でずっと………
『------!!!』
ん?
なんだ?
何か聞こえたような
夢の中でも幻聴が聞こえ始めたか?
確か休職した同僚が、休職直前にも似たような事を言ってたな
俺もそろそろ精神的にやばくなってきたか
転職を考えないと
【------!!!】
今度はなんだ?
頭に中に直接聞こえてくる
あ、コレ完全にやばいやつだ
起きたら病院に行こう、正常な判断ができるうちに
それにしても
さっきからなんか左の脇腹の…いや、内側がチクチクするような
痛い?夢の中なのに?
ちょっと痛みが強くなってきた
って、おい待て
痛い
痛いって!
なんだよこれ!
それより今気づいたけど、声が出ない!
なんだ!?
これは起きる程のレベルで痛いだろう!
痛い!痛い!
しかも痛みに連動して、全身が痛くなってきた!
なんだよこれ!!
痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「いっっっっっっってぇ!!!」
その言葉とともに、全身から得体の知れないモノが吹き出す。
体内に残っていた魔力だろうか、それとも魔力はほぼ尽きかけていたから生命力的なものだろうか。
周りの者ごと、瘴気も何もかもを吹き飛ばす。
なんだ?なんだったんだ?
あれ?俺何してたんだっけ?
てかここどこ?何この状況?そしてこのお腹の痛みは何?
夢か現か
それこそ寝起きのように全く頭が働かない中、必死に脳を刺激し現状を理解しようとする。
あぁ、そうか、俺は…
徐々に頭が現実に追いつき始める。
今、何をしていたのか、何をするべきなのか。
そして腹部に走る激痛に顔を歪める。
見ると、自分の身体から黒い剣が生えていた。
その原因を探るべく、後ろを振り向くとそこには
「クリ……ス……?」
クリスが吹き飛ばされないように、黒剣を強く握っていた。
「……シン?……正気!?わかる!?あたしが!!」
「え?そりゃ……わかるけど…ていうか…何でお前が……俺を……刺してんだ?」
言葉を喋る度に振動で激痛が走る。
「っ!あんたが!!正気を失って!死にそうになってたからじゃないの!!!」
……あ、思い出した。
あの時、バロックと戦ってる最中、急に意識が遠くなって、なんかスキルを発動したようなしてないような……
ふとステータスウィンドウを開いて見てみる。
そこにはあるはずのスキルがなくなっており、見覚えのないスキルが表示されていた。
その名前も効果も見覚えがないが、間違いない、コレを使ったのだろう。
「…すまん。それより、……剣を…引き抜いてくれると……助かるんだが…」
「え?あ、うん、ごめん。」
クリスが最小限の動きで、俺の腹部に刺さった黒剣を引き抜く。
その際の激痛で呻いてしまうが、上手いこと急所を外してくれたんだろう、出血もそれほど多くなくアイテムボックスから急いで薬草を取り出すと、血は割りとすぐに止まった。
「ありがとう。助かった。」
「どういたしまして。ていうかかなりの博打だったけどね。最悪、あのまま殺さなきゃいけないかと思ってた。」
うん、それはしかたない。スキルのリスク…代償もそういったものだった。
『心魔変換』以上の禁術だぞ、これ。
「で?戦える?戦えないって言っても、戦わないとあいつに殺されちゃうけど。」
「それ聞く意味あるのか?」
俺が正気に戻ったタイミングで吹き飛ばされた瘴気が、一箇所に集まっていく。
そしてそれは人の形を成し、さっきまでのバロックと同じ状態になった。
「まったく、余計な横やりを…」
さっきよりも心なしか濃い瘴気を身に纏い、バロックは不機嫌そうにそう言う。
だがその気配には先程までの戦意は何故か感じられなかった。
「まぁ収穫もあった、やっぱ坊主は生かしといたほうが良いな。嬢ちゃんも素養がある。小娘はぶっちゃけもう意味ねぇ存在になった。他のは気にするほどでもねぇ。その刀だけはぶっ壊してぇがな。」
さっきよりか幾分落ち着いた様子ではあるが、バロックは俺の持つ刀に対しては並々ならぬ憎悪をぶつけてくる。
何がそこまでさせるのか。
「それだけ収穫があれば文句はねぇ。ちょっと取り乱したが、そもそもお前らを殺すことは目的じゃねぇしな。」
はぁ?ちょっと?
かなり取り乱してただろうが。
……というよりも、取り乱してる方が本来のバロックのような。今みたいなヘラヘラしてる顔は仮面のような。
「殺す気満々のくせに何言ってんだ。」
「『結果として』死んじまったんならそりゃ仕方ねぇよ?でもそうはならなかった。今も生きてるじゃねぇか。」
バロックの言い方だと、俺達はもともと殺すつもりはなかった?何故?
そこも疑問だが、このバロックの言い方、いやに引っかかるな
まるで…
「つぅわけで、俺はそろそろ行かせてもらうぜ。実際ここで殻を破るのも若干早まったってとこもあるし、時間も経ったしな。」
バロックの身体が地面から離れていく。身体、とは言うものの実態はなく霧状の瘴気ではあるが。
だがそんなことは出来ないはずだ。
なにせこの場所は『空間固定』が…
「!?」
「何をそんなに驚いてんだ?言っただろ?時間も経ったってな。」
バロックが明らかに『空間固定』の範囲よりも高い位置まで登っていく。
どういうことだ!?
『空間固定』は文字通り空間を固定して内部と外部の干渉を完全に不可能にする魔法だ。
「………完全に忘れてたよ。もう『空間固定』は解除されてたのか。」
気付くと後ろにいたアレクが悔しそうにそう話す。
『空間固定』。この魔法は一度発動すると簡単には解除できない。とは言っても、ずっと固定されているはずもない。
解除する方法は、内部と外部から同時に解除の魔法を使う、もしくは時間経過だ。
逆に言うと『空間固定』は上記二つの方法以外では解除されない。例え術者が死んだとしても。
オルドがいつから『空間固定』をしていて、どれだけの時間保たそうしていたのかは分からないが、もう制限時間を過ぎていたのだろう。
「まぁ一応褒めといてやるよ。俺の殻を破壊するほど成長してるとは思ってなかった。ついでに嬢ちゃんも元に戻すとは思ってなかった。その二つはホントにすげぇと思うぜ。」
バロックがどんどん遠ざかっていく。
「アレク!『転移』で俺をあそこまで引き上げてくれ!」
もう肉体強化で飛んでも届かないほどになっている。
だが『転移』を使えばあるいは
「………無理だよ。」
「あぁ、無理だろうなぁ。今のお前じゃな。」
「………」
「ホントはお前は殺そうと思ってたんだぜ?勇者候補だし。でも……名実ともに役立たずになったってんなら、殺す価値もねぇわな。」
「…………」
バロックは何を言っているんだ?
それにアレクもそれに対して悔しそうに唇を噛むだけで反論しようとしない。
「…お前ら、元同盟を組んでたんだろ?それなのに殺すつもりだったのかよ。」
「僕とあいつは利害関係で組んでただけ。利用価値が亡くなったら殺すのも仕方ない。まぁ殺されない自信があったんだけど。」
「それも終わりだな。ま、気が向いたら殺しに行ってやるよ。」
そう言って一段と高く舞い上がっていくバロック。
魔法が効かない上に何故か『転移』も無理だという、もう手のだしようがない。
「じゃあな坊主ども!次に会う時は坊主も完全にこっち側なのを期待してるぜ!」
そうしてバロックは意味不明な事を言いつつ、その身体を霧状にし空の彼方へと消えていった。
後に残ったのは、言い知れぬ不安感と不信感
そして、俺自身の不完全燃焼な気持ちだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ・感想・評価等本当にありがうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
何度書き直しても全然しっくりこず…急遽変更しました




