000話 選択です
初投稿です、よろしくお願いします。
ちゃんと続けていけるのか…
2016/08/21
微加筆・微修正
「今日も疲れた…」
朝の八時から終電間近まで、日がな一日パソコンに向き合う。
いわゆる社畜と言われる存在の俺、山神 真は今日も猫背になりながら借りているアパートへと、薄暗い街灯の下を歩いて帰る。
現在二十六歳。
二十二でプログラマーとして就職し、もう五年目。
十名ほどの後輩の面倒を見つつ、口だけ達者で現場を知らない無能な上司の無茶なスケジュール、仕様をなんとか消化しつつ、たまにもらえる休みは一日中寝て過ごすという、まぁ現代社会の見本のような社畜です。
「一応明日は休みになってるけど、どうせ緊急の電話がかかってきたりするんじゃないかな。」
プログラマーの仕事は「作っておしまい」という人がいるが、ものを作るのがめちゃくちゃ大変。
最初のスケジュール通り、仕様通りにいくことなんて基本的にあり得ない。
機能追加による機能追加、それによるスケジュール変更。
ちなみにスケジュールは変更になっても、納期は変わらないという。
要するに仕事がただ単にきつくなっていくということですね。
「今までの例で行くと、二時まで上司から電話がなかったら大丈夫かな。」
そんな淡い期待を胸に秘めつつ、住宅街を歩く。
恐らく、普通の人が聞けば頭がオカシイと思われるような発言だろう、だが俺の感覚は完全に麻痺していた。
いや、一番おかしいのは、自分自身の考えがおかしいことに気付いていながらも、それを甘んじて受け入れているこの状況にあるのかもしれないが。
いつも通りの重たい足取りで通い慣れた道を歩いていると、ふと見覚えのない店が目に入る。
【日頃の疲れをリセット!全魂マッサージ!深夜2時まで!】
「こんな店あったっけ?てか『全魂』?ぜんたま?ぜんこん?そのぐらい気合い入れてマッサージしてくれるってことかな?」
俺は御多分に漏れず、趣味もなく、恋人もいない。
癒しなんて、猫動画を見るくらいなもんだ。
最近は疲れすぎて、シャワーだけで湯船にも入っていない。
日々のデスクワークに加えての運動不足、恐らく全身が凝り固まっていることだろう。
「たまにはいいか。夜中までやってるし、家もすぐそこだし。」
気に入れば、週に一回ぐらいリラックスのために通おう。
数少ない…いや、全く無い趣味の一つというか、癒やしの一つにでもなればいい。
そんなことを考えつつ、店の扉をたたく。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、どこかの民族衣装のような恰好をした、ストレートヘアーの美人店員さんが挨拶をしてくれた。
少し褐色気味の肌に異国の顔立ち、茶に近い金髪、それだけでも少しドキドキする。
さらに民族衣装は身体のラインがはっきりと出ており、胸元も出しているので少し目のやり場に困る。
それでも目で軽く見てしまうのは男の性だ、出るところは出ていて引き締まるところは引き締まっている。
やばい、レベルが高い。
「すみません、マッサージをお願いしたいのですが、まだ大丈夫ですか?」
内心の動揺を悟られないように、努めて冷静に尋ねる。
「はい、大丈夫ですよ。当店へのご来店は初めてですね。まずは簡単な診断からさせていただきますので、そちらに掛けて少々お待ちください。」
店員さんはそう言うと、店の奥に誰かを呼びに行った。
診断までするとは、なかなか本格的だな。
ソファーに腰かけメニュー表らしきものを眺める。
うん、普通の値段設定だ。
ぼったくりっぽいのはなくてよかった。
使う機会もないのでお金は貯まってはいるが、無駄遣いはしたくない。
「どうぞこちらへ」
数分程して店員さんが奥の方へ案内してくれたので、それに従い店内を進む。
突き当りの部屋に案内され、そこでこれまた民族衣装のようなものを着た、先ほどの店員さんより美人レベルが一段階高い店員さんと向かい合って座ることになった。
「ご来店ありがとうございます、山神様。さっそくですが軽く問診をしたいと思います。」
そこで聞かれた内容は、ちょっと特殊だった。
・家族構成は?
答:両親は幼いころに亡くなり、祖父母に育てられましたが、祖父母も数年前に他界しました。
・恋人は?
答:ここ数年、まったくご縁がありません。
・特技は?
答:特にありません。
・趣味は?
答:特にありません。
なんだこれ?
まるで婚活のような…
それより、なんでこんなことに素直に答えてるんだ、俺は。
拒否できないというか、自分の口が勝手に話すというか…
それもだが、俺名前名乗ったか?
正直、不信感しかない…はずなのだが、思考が制限されているというか自分の意志とは無関係に、操られているかのように不信感が浮かんでは消えていく。
「ありがとうございました。質問は以上となります。次にコースを選んでいただきます。」
三十分くらいの質問が終わり、店員さんが最後にどのコースにするかを聞いてきた。
あれ?今質問って言った?問診だったんじゃ。
「あ、えっとじゃぁ、この『全魂マッサージコース』で。」
まぁ細かいことはいいや、なんか変な感じだったけど不思議と嫌悪感はない。
「かしこまりました。ではそちらの更衣室にて着替えていただき、ベットに俯せで寝てください。」
言われるまま着替え、ベットに俯せになりついにマッサージが始まった。
オイルのような物を塗られ、絶妙な力加減で凝っている部分を指圧してくれる。
凝っている部分は押されると痛い、と言うのはよく聞くが、まるで身体の内側からゆっくりと筋肉の緊張を解すようなマッサージ。
痛みどころか、ここ数年で味わったことのない気持ちよさに驚いて少し呻いてしまう。
あ、これめっちゃ気持ちいい…寝そうになる…
「終わりましたらお声をかけますので、眠ってしまっても大丈夫ですよ。」
かなりの美人さんにマッサージしてもらいながら眠るとか、今年一番のハッピーイベントだ。
「ならお言葉に甘えて…」
先程から酔っ払ってしまった時のように判断力がやたらと鈍くなっているし、このまま眠ってしまってもいいだろう。
かなりの疲れがマッサージで表面化したのか、瞼を閉じればすぐにでも寝入ってしまいそうだ。
----!!
その時、脱いだスーツのポケットから、けたたましい音が鳴り響く。
うわぁ、これ上司の着信音だ。
今は0:40。
明日来てくれって連絡だ、間違いない。
先程の気持ちよさはどこへやら、一気に現実に引き戻されるように覚醒してしまった。。
「電話に出られますか?」
マッサージの手を止めて、店員さんが聞いてくる。
「電話に出てこちらに留まるか、このまま向こうへ旅立つか、どちらかの選択ですよ。」
向こう?夢の世界へ旅立つという意味か?こちらに留まるってのも、どういう意味なんだろうか。
でも要件は間違いなく、明日出社しろってことだろ。
マッサージが終わった後に折り返したって問題はないはずだ。
「………いえ、要件はわかっているので大丈夫です。このまま続けてください。」
ほんの少しの逡巡の後、俺は上司の電話を無視することに決めた。
本来は業務時間外だ、酔っ払ってたとか寝てたとか言えば別に後からどうとでもなるだろう。
…最悪、明日会社に行った時に謝ればいい。
今はこの至福の時間を手放したくはない。
「かしこまりました。ではマッサージを続けさせていただきます。」
マッサージが再開されると、すぐにまどろんでしまう。
先程覚醒した意識は、マッサージの再開とともに急降下していく。
ほんと、この店員さん上手いなぁ。
あ、だめだ、もう意識が。
そして俺は携帯の着信音をBGMに意識を手放した。
「おやすみなさいませ、そして、行ってらっしゃいませ。」