奇問
これ以上ないほど単刀直入に、特にはぐらかすこともなく、マイさんは言った。狙ったように、強い風がびゅうっと吹く。ザイネロさんは、少し驚いたような表情をしたが、すぐに戻り、
「それは…海の果てから、ということか?」
と聞いた。
「海の果て?」
「違うのか。海の果てには私達の世界とは全く異なる世界が広がっている、と聞いたことがあるが」
昔の日本みたいな思想だな。常世、だったっけ。
「あぁ、いえ、もっと、もっと遠いところからです」
「ふむ…」
ザイネロさんはしばらく前を向いて黙って歩き続ける。流石に荒唐無稽な話だったか。
「分かった、信じよう」
しかし、意外とすんなりと、受け入れてくれた。
「世界には私の理解が及ばないことが、知らないことが山ほど在る。それを私は理解しているし、知っている。見たところ、君達は人に仇なす存在では無いようだしな」
いや、僕はもう既にこの世界にだいぶ不幸を振りまいてしまったので、かなり仇なす存在なのだが、それにしても、僕が考えていた以上にザイネロさんは許容量が大きかったようだ。マイさん、その辺りを見抜いての告白だったのかもしれない。そう願いたい。決して、一人になったし色々聞き出して処分しようとかいう恐ろしい打算的発想ではないと、願いたい。
そのマイさんは、
「ありがとうございます、ザイネロさん」
とにこやかに答える。
「ちなみに、君たちのあの魔法も、別の世界のものなのか?」
「えぇ、まあ。詳しくは言えませんが」
含みを持たせたマイさんだが、多分説明が面倒くさいだけだろう。僕の不幸も仕組みが複雑だが、マイさんのも相当説明に時間を要する。
「そうか…了解した」
「では、私からも色々訊かせてもらってよろしいですか?」
「あぁ、構わんよ。まだ後30分くらいはかかるだろうからな」
マイさんはしばらく考えた後、口を開く。その手にはメモとペンがあった。けっこう聞くつもりだな。
「では、そうですね。この世界には国と呼ばれる物はありますか? あるとしたらそれは幾つ?」
「人間の国は4つ。亜人の国は少数のが沢山あると聞くが、実際に行ったことはないな」
「ふむふむ、人間の国の名前を教えてください」
「フォーコイド王国、アイレス王国、ペアルール王国、タフツ帝国だ」
「…ほう」
この世界にある人間の国は4つしかない。それは、一つ一つの国が占める範囲が広いのか、それともこの世界の規模自体がそれほど大きくないのか、どちらかだろう。そして、気のせいかもしれないが国名を聞いたときマイさんが一瞬目を細めた。何かに気づいたのかな。
「次に食事について。この世界には冒険者用と一般用の食事があるのですか? 値段が違うようでしたが」
「なるほど、そういうことも知らないんだな。簡単な話だ。冒険者用の食事は、強くなるための役割も果たしている。魔物の肉は人間の体を強化するんだ。だからその付加価値分金額が上乗せされている。まぁ、魔物の食材を取ってくること自体がなかなか困難だから、人件費も含まれているがな」
そういうことだったのか。つまり、レベル上げ、ということだ。RPGでよく目にする経験値システムは、たしかにゲームとしては面白いが、ただの人間が経験を積んだだけでどんどん強くなれるはずがない。どうやらこの世界の人々はこういった方法で魔物に対抗しているようだ。
「そうですね。では次に、この世界に神と呼ばれる者は、存在しますか?」
その質問を聞いて、ザイネロさんの顔が一瞬強張ったように見えた。
「…あぁ、いるよ」
明確に、『いる』と答えた。それは、信仰によって作られたものではなく、この世界に神というものが存在するということだ。
「いる、と何故断言できるのですか?」
「私が、その神の配下の知り合いだからだ」
「知り合い!?」
話してるマイさんよりも僕が驚いてしまった。殊位という最上級の冒険者ともなると神の配下の知り合いになることもあるのか。
「いや、知り合いというか…友人、ではないな。腐れ縁といったところか」
「ほほう、気になりますね」
「あっ…と、すまない。あまり詳しくは話せないんだ」
ばつが悪そうにするザイネロさん。気になるな、この世界の神。どのくらい力を持っているのだろう。神運の四人の一人としても、気になる。
「おや、なら仕方ありません」
「他には?」
「そうですね…」
ペラ、ペラとメモを何度か見た後、「では最後に」と言ってマイさんは口を開いた。
「スリーサイズを教えてください」
…えっ。
「えっ」
「スリーサイズという概念は知っていますか?」
「あ、ああ、知っているよ。そうだな…まぁここには女しかいないし、憚る話でもないか」
すみません、います、とは言えない。
一体全体どうしてマイさんはそんな質問をしたのだろう。
「だいぶ前に装備の採寸をした時のだが… 87、65、83だ」
「なるほど、なるほど…」
カリカリカリとメモを取るマイさん。ちらっと覗いてみると、『フェイ君の理想サイズに近い』と書いてある。何書いてんの!? というか、何で知ってるの!?
「…はい、質問は以上です」
「そうか。まぁ私も本職は冒険者だからな。情報に偏りがあるかもしれないが、容赦してくれ」
「いえいえ、色々、分かりました」
「そうか。ならよかった」
最後の質問はどういう意図だったんだろう…まぁ頭のいいマイさんのことだ、きっと何か素晴らしい意図が隠されているのだろう。メートル法が採用されているかどうか遠まわしに確かめたのかもしれない。
「あ、僕からもいいですか?」
「ん? 何だ?」
「よく考えたら僕達今から行く村のことよく知らないんですが」
「あぁ、そうだったな。ヒイラギ村という所だ」
ヒイラギ村、これは日本語の柊か? 地名は日本語だったり英語だったりでまちまちなんだな。
「長閑で良い村だよ。前に、魔物から女の子を助けたことがあってな。その子が住んでいる村だ。魔物から助けて以来その子からえらく慕われてしまって…何事も起きてなければいいんだが」
「…そうですね」
そこからは、少しの間無言のまま歩き続けた。遠くはよく見えないため、自然と上を向く。月に目を奪われていたが、星も綺麗だな、と、ぼーっと眺めていると、不思議なものが見えた。
遠くの、ほぼ地平線に近いあたりの空に、流れ星が見えたのだ。いや、それ自体は不思議ではないのだが、その流れ星がいつまでも消えない。ぐーっと白い尾を引きながら天頂へと向かっていく。
「あ…」
「さて、近づいてきたな」
声を上げようとした瞬間、ザイネロさんがそう言った。ちょっと目を離した隙に、流れ星は見えなくなっていた。目の錯覚だったのだろうか。
まぁ何はともあれ、もうすぐ着くのだ。よく道は見えないが、今までより地面が固くなってきた気がする。人が沢山通って踏み固められているということかな。
なんて、気楽に推測している僕は、相当に愚かだった。段々と地面の感触がおかしくなっていったのだ。固いんじゃなく、ザクザクと、まるで霜を踏んでいるのようになってきた。
「急に寒くなってきましたね、フェイ君」
麻袋から取り出した果物をシャクリとかじりながら、マイさんが言う。その目は、どこか遠くを見つめている。
「そう? さっきと変わらないけど」
「あ、その服、そういえばそういう効果もありましたね」
「えっ」
「今は体感で5℃くらいですよ」
「え!?」
このゴスロリは別に防寒性が高そうなデザインではない。たしかに足や手は黒いタイツで覆われているが、かなり薄手のものだ。背中もけっこう開いてるし。魔法の効果か、と感心していると、唐突にザイネロさんが走り出した。それはもう、すごい速度で。
「すまない! 急いでくれ!」
「えっ、あっ」
「急ぎましょう」
胸に、形容しがたい不安感が広がる。僕は確信した。
街はぎりぎり救えたようだが、どうやらこっちは、駄目だったみたいだ。