告白
その後僕達は歓待ムードで街に迎えられ、先ほどの赤猫食堂より数段豪華な料理店で、朝まで飲み明かし食べ明かした、とはならず、現在疲れた体で夜道を歩いている。
いや、その豪華な料理店に入ってしばらく食べたりしたたまでは、僕としても満更でもない気分だったのだが…少し振り返ってみよう。
「すごかったですね!」
席について、まず初めに話しかけてきたのは、冒険者三人組のうち、まだ名前の分からない弓使いの子だった。近くに来ると胸の迫力がすごい。
「えっと…」
「ナゼッサです! ナゼッサ・ドルエン!」
「ナゼッサさんだね。ありがとう」
「あの、フェイさんは、超魔法師なんですか?」
また知らない単語が出てきたな。まあ聞いたところ、魔法使い系統の職業だろう。
「あぁ、うん、そんな感じだよ」
それにしても、どこで僕の名前をどこで知ったのだろう…あ、マイさんが「さぁ、竜を屠ったこのフェイに多大なる拍手を!」とか煽ってたな。
「まだあたしより若いのに、尊敬しちゃいます!」
「はは、ありがとう」
「皆もお二人の話題で持ちきりですよ!」
ナゼッサさんに言われて、宴会の話に聞き耳を立ててみる。
「マイ殿が我々を転移魔法で避難させた後、嵐のような死竜の猛攻をかいくぐり、フェイ殿は究極魔法を放つ! その刹那、死竜は夜よりも深い闇に飲まれて消えたのだ!」
「おぉ~!」
早い早い、尾ひれが付くのが早い。あの竜一回しか攻撃してなかったよな…
「ミラもクルーもすごいって言ってました。あんな召喚魔法見たこと無いって!」
「うん…」
「他の冒険者の人達も、皆話したいって言ってました! 連れてきてもいいですか!」
見てみると、何人か席に座っている人達がこちらを見ている。あぁ、なるほど。元気のいいこの子は、率先して話しかける役目を任命されたんだな。有名人に話しかけるみたいに。
「もちろん、いいよ」
「やったー!」
そう、このあたりまではよかった。沢山の人達にちやほやされるというのは、僕の世界ではほとんどなかったから、けっこう嬉しかったし。
しかし、しばらくして冒険者のうちの一人が
「そういえば、北の村も危ないんじゃないか? あの近くにも死竜が封印されていたはずだ」
と言ったのだ。
当然、その場にいた全員の視線が僕とマイさんに向く。マイさんはちょうど、トニリ焼きをもぐもぐと咀嚼しているところだった。
「…あの四死竜の一翼を倒したんだ、きっとやってくれるさ」
「そうだな…申し訳ないが、この街に死竜に対抗できる者は彼らぐらいしか…」
ひそひそと話し声が聞こえてくる。ここでアネクドートやフォークロアならば即答で断るだろうが、僕達は『神運の四人』の良心ともいえる(マイさんは微妙かも)二人だ。なかなか断りづらい。
「…んー、そうですね。まず私達この辺の地理に詳しくないので…誰か案内の方でも、いらっしゃればいいんですけど」
そう言ってマイさんは冒険者達の方を見るが、皆気まずそうに目を逸らした。流石に僕と死竜の戦いの凄まじさを見てついていけないと思ったのだろうか。いや、確かに端から見れば凄いだろうが、僕の方はチートみたいなものなんだけど…。
「…いらっしゃらない、のですかね」
「いや、私が行こう」
と、店の入り口から声が聞こえた。そこにはなんと、先ほどの腕の無い女性が立っていた。
「殊位冒険者のザイネロ・ペグーだ。あの村には縁があってね。足は引っ張らないと約束しよう」
店内がざわついた。この人、やはり冒険者だったのか。
「あの、殊位ってどのくらいすごいんですか?」
隣の人にこそっと聞いてみる。
「な、何だ、知らないのか? 冒険者ってのは下位中位上位殊位の順に位が高くて、中でも殊位ってのは別格の強さなんだよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「ふむ、ならお願いしましょうかね」
マイさんがザイネロさんの同行を受け入れようとしたそのとき、一人の男が、ザイネロさんを見ながら訝しげに口を開いた。
「…あんた、何でさっき死竜が来たときに出てこなかったんだ? 腕も無いようだし、どうも怪しいな」
確かに、それほど強い人ならばあの冒険者達の中にいるのが自然だ。しかし、それを聞いてザイネロさんは怯むことなく、つかつかと男に詰め寄る。
「別に、さっきはそこの二人を見て私の出る幕が無いと思っただけだ。何なら、殊位冒険者証もあるが、見るか?」
「い、いや、ならいいんだが…」
男が後ずさる。なかなか高圧的な喋り方と鋭い目つきだ。さっきミラさんと話したときはもう少し優しそうだったような気がするが。
それに、この人、僕達から何を感じ取ったのだろう。まぁ僕はゴスロリだし、マイさんは何でもできそうな雰囲気を出しているからな。少なくともただ者には見えないかもしれない。
「よし、では出発しよう。何か揃えておきたいものはあるか?」
「いえ…特には、マイさん何かある?」
「そうですね、ではどなたか食べ物入れる容器くれませんか? 道中食べたいんで」
食い意地張ってるな…。まぁたしかにまだ食べ足りない感はある。マイさんは渡された麻袋に果物等をいくつか入れ、満足げな表情をする。
「では、皆さん。お料理ありがとうございました。行ってきますね」
「あ、あぁ、頼む!」
「あ、僕らのことはお構いなくどうぞ続けててくださいね」
日本人として当然の社交辞令で街の人々に別れを告げ、店を出た。もうすっかり日も暮れてしまっている。村に行くということは、夜道を歩くわけだし、何か明かりが必要になるんじゃないだろうか。
すると、ザイネロさんは徐につま先で自分の太ももあたりを弄った。突然のことで驚いたが、どうやらポケットから何かを取り出したようで、親指にそれを引っかけている。
「ちょっと持っててくれ」
ひゅっと僕の方にそれを投げた。それは、石に鎖にが取り付けられた大きめのキーホルダーみたいなものだった。
「これは…?」
「? 見たこと無いのか。光輝石だよ。叩くと光る」
「なるほど」
こん、と叩いてみると、白熱灯のような眩しい光が溢れ出した。しかし、熱くない。これラピュタで似たようなの見たことあるぞ。あれは一瞬しか光らないけど。
「ははぁ、ルミネセンスの一種でしょうか。興味深いですね」
「うん…すごいね」
「何だ、子供みたいだな。さぁ行こう、えーっと…」
「あ、申し遅れました。マイです」
「フェイです。改めて、ザイネロさん、よろしくお願いします」
「あぁ。では、急ごう。かなり早歩きになるが、付いてきてくれ」
そして、街を出てしばらく歩く。薄暗い道を、ザイネロさんが少し前を歩き、僕達が続く。たまに吹く風がどこかの木々を揺らしざぁっと音が鳴る。光輝石のおかげである程度視界は確保できるが、それでも人口の灯りが無い道を歩くのはなかなか恐ろしいものだ。
「フェイ君、月が大きいですね」
「え?」
綺麗、じゃなくて、大きい? 空の上に月を探す。すると、今まで見てきた月とは比べものにならない大きさの月が浮かんでいた。気がつかなかった。アニメや漫画、絵画などで月は大きく描かれているが、実際の僕達の世界の月は見た目は大体ビー玉ぐらいの大きさだ。しかし、この世界の月は目測でも野球ボールぐらいはある。
「本当だ…すごい」
「…君達は、何者なんだ」
ザイネロさんが歩きつつこちらを見て尋ねる。まぁ、この世界の人にとっては当たり前のことに驚いているのだから当然か。と思ったが、どうやら違うようで
「唐突に、すまないな。だが、マイの冒険者達を移動させた魔法は、相当高度なもののはずだ。自分ではなく他人のみを移動させる転移魔法なんて、見たことがない。…それにフェイに至っては、あんな、魔法のような『何か』、見たことも聞いたこともない」
とのことだった。
やはりあの死竜との戦いを見ていたのか。ふむ、どこまで説明すればいいのだろう。また適当にはぐらかそうかな。まだこの世界の人々がどのくらい『あり得ないこと』に対して許容できるのかが分からないからな。下手な発言をしていざこざが起きてしまうのは、僕としてもマイさんとしても積極的に避けていきたいところだし───
「私達は、別の世界からきました」
「!」
え? 言っちゃうの?




