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アルバムR 《side folklore》

間が空いてしまい申し訳ありません。何とか週一での投稿を目指しますので、お待ちいただければ幸いです。

「ようこそ、我々の世界へ」


余りにも大きな枯れ木のような女性は、聖堂のような黒い部屋一杯に届くほどに大きく腕を広げフォークロア達を歓迎した。その顔は「かかし」に描いたような単調なものであり、目は薄く白い。

聖堂の床には一面、キノコのような形態の生物が占めている。


「私はドロソフィア……ではあるが、もう一つ『オールドD』という名がある。そちらで君たちは呼んでくれ」


フォークロアは怪訝な顔でオールドDの出で立ちを改めて見る。全身が白く、長く、シュールレアリスムの絵画のような容姿だ。不気味で大きく、しかし簡単に折れてしまいそうな、老人のような雰囲気を纏っている。


「誰だ……お前は? ドロソフィアはどこにいる」

「その質問は誤解を招く。オーガ、君ならわかるだろう。説明してくれ」


ばつの悪そうな顔をしているオーガは、申し訳なさそうにフォークロア一行の顔を見た。


「さっき俺、間違えたって言っただろ? あんた達があの来訪神と魔王だって気づかなくてな……あんたらが会いたいのは、このドロソフィアじゃないんだ」

「このドロソフィア……ってことは……」

「ああ、ドロソフィアは複数いる。奴は分裂するんだ」


フォークロアは自分の隣にいるクリスに目をやった。彼女は自分のことを、ドロソフィアの子供だと名乗っていたからだ。しかしクリスは、いまいちピンと来ていない表情をしている。


「ドロソフィアの本質は『流転』であり『変化』だ。停滞を拒絶する我々は、人格が固定されるのも拒否している。故にある時点までの人格をこうして切り分けることによって、ドロソフィアは新鮮な人格を保っている、ということだ」

「あんたも、その一つってこと?」


オールドDは指を赤いロングカーペットが敷かれた床に当てた。すると、生えていた小さなキノコがみるみると成長していき、巨木のような大きさへと到達した。

そのアニメーションのような素早い変化に、フォークロアはしばし見とれた。


「私は『老成したドロソフィア』。知識は増え、落ち着き、しかし活力のない枯れ木だ。君の求める者とはまた、異なったもの」

「ドロソフィアはどこにいるの」

「それを教えることはできるが、聞かせてもらおう。君達はドロソフィアに勝てるのかね?」


ドロソフィアは圧倒的だった。魔王やフォークロアでさえ、ドロソフィアに対しては手も足も出なかったほどだ。精神的動揺を起こすことでドロソフィアの暴走を誘導しようとしても、あの精神構造が理解できるかどうかも分からない。


「私は老いた者として、若き君達に助言しよう。この街と、ドロソフィアのいるパラスとのおよそ中間地点にある深い森の中に、君達が求める者がいるだろう」


その言葉は確かに老人そのもののような深い声で、信用を強制的に植え付けるような声だった。そして事実として、現状の彼らにドロソフィアへの対抗策がないのは確かである。

ベールゼヴヴは静かに頷いた。


「なら、降りていいか?」

「ああ、私は君達に用はないからね。健闘を祈るよ」


オールドDが長い腕を用いて、自身のいる聖堂の扉を開けた。そこからは生暖かい空気が吹き込んできている。


「その求める者っていうのは、どんな奴なんだ?」

「無論曲者だ。簡単に協力は仰げまい。その者もまた、ドロソフィアの分裂体だ」


フォークロアは開けられた扉の下を見下ろすと、街と森の境目だった。高度があるため、魔界が一望できる。改めて見てみれば、魔界にある建造物や樹木は、どれも配分が不均等で長時間眺めているのが辛いほどだ。


「行きましょう。今フェイ達も頑張ってるんだから」

「おう、ありがとうなオーガ」

「頑張ってくれよ。俺ァあんたらの方を応援してるからよ」


全員が飛翔するオールドDの聖堂から飛び降りた。目的地である森に向かって、垂直に飛び降りた。フォークロアはクリスを落下傘のように展開しつつ、森の景色を見た。見てみれば、どこかおかしな様子である。

辺りを見てみれば、鳥が空中で静止している。青や赤の、美しい鳥達だ。かと思えば、一定の範囲の空間を繰り返し飛び続ける鳥がいたりもする。


「……」


着地すると、その風圧で落ち葉が舞った。しかしその空中に舞った落ち葉は、空中のある一定のラインで停止した。怪訝な顔でアナトやアスタルトはその落ち葉を見つめている。


「ドロソフィアがどういう存在なのか分からなくなってきた」

「……まあ、でもベルの敵よ」


ベールゼヴヴは森を見渡した。魔力は明らかに一方向からはっきりと発されている。そちらの方向に歩き始めてみると、どんどん彼らの目には不可思議な光景が映っていく。

獣が小さい獣を食いちぎらんとしているその様、巨大な魔物が剣を持つ少女によって切り裂かれている様、それらは展示物のように、辺りに無造作に並べられている。


「ん、あそこ。家があるわ」


フォークロアが指さす先には、レンガ造りの小さな家があった。たしかに魔力も、そこから発せられている。ベールゼヴヴは慎重に慎重に、その家へと近づいていく。


「いるな……」


立付けの悪い扉の、錆びたドアノブに手をかける。ひとまずは挨拶から、ということでゆっくりとなるべく交戦の意思がないことを示しつつ、警戒をしつつ中へと足を踏み入れた。

しかし、直感的にフォークロアは嫌な予感がした。


「ベル!」


手をグイッと引っ張りベールゼヴヴを引き戻す。それと同時に、バシャッという音と共に部屋の中から強烈な閃光が放たれた。バランスを崩したベールゼヴヴはそのまま横に倒れたため光には当たらなかったが、ベールゼヴヴの後ろにいたアナトとアスタルトは、その光を浴びてしまった。


「くっ……?」

「身体が……」

「アナト! アスタルト!」

「大丈夫。ベルは中を」


すると、その身体が突然硬直してしまう。顔は動くが身体は動かない、といった感じだ。ベールゼヴヴは警戒を最大限しつつ、中の様子を伺った。簡素な家具のみがあるその家の中には、入口すぐ近くにテーブルが置かれており、その上に、ベールゼヴヴの見たことのない機械が置かれている。


「ポラロイドカメラね……かなり古い」

「何だそれは」

「そういえば写真撮る文化無かったわね。うーん、肖像を一瞬で作る魔機みたいなものよ」

「アレからとんでもない魔力を感じるな」


フォークロアは後ろを振り向いた。恐らく家主は今自分達を見ている。悪意ではないが、熱意を感じる。


「いるんでしょ? あなたに用があってきたの。話をしましょう」


少し間を置いて、遠くから声が響いてくる。


『およその極論は全てが間違いだ。世界は常に中道を流動し、僕達はそれに振り回されている。変わろうとすればするほど、変われない自分に気づいていく』


木々に反響して声の出元は分からない。


「だから自分を切り離すことにしたのかしら?」

『そうだろうね。変われない自分を、変わりたくない自分を強制的に分離させたわけだ』


ベールゼヴヴは謎の文脈と突然の会話にも対応しているフォークロアを見つつ、アナトやアスタルトを気にかける。二人はこちらを心配そうに見ている。


「あなた、ドロソフィアを倒すのに協力してくれる?」

『僕は不変だ。考えれば分かるだろう。今もドロソフィアに関わっていないのだから、これからも関わらない』

「なら心変わりをしてもらうしかないわね」


フォークロアは一か八かで、指を鳴らした。少しでも精神に影響を及ぼせれば、と考えたのだ。しかし相手が動揺したような反応はない。代わりに、ゆったりとした声が聞こえてくる。


『君があの時ドロソフィアを止められなかったのは、運の大きさだとか距離の問題だとか、そういうのでは実は無いのだよ』

「なんですって?」

『要は、本気度だ。若い君は、まだコツが分かっていない。運とは意志の力。強く願えば、諸々の問題など無いに等しいのだよ』


諭されるように言われたフォークロアは、しかし激昴することなく素直にその言葉を受け入れた。彼女は他の三人のことを思えば、真剣になれるのだ。


「本気……」


意識の問題は文章化が難しい。本気になるにはどうすればよいのか。フォークロアは、自身の中の記憶を燃料にする。ドロソフィアに味わわされた屈辱を、愛する三人に与えられた幸福感を、彼女は精神にくべていく。


「私は……」


クリスがその心に反応するように、フォークロアの近くにまとわりついていく。彼女の髪が放つ極彩色の輝きが、胞子のように蛍のように彼女の身体から放たれていく。


「……私達は、幸せに暮らしたい!」


その声に呼応するように、クリスは目を光らせる。すると粉塵爆発のように、七色の虹彩が一気に広がった。耳を劈くほどの高音が周囲に発せられ、魔王は思わず耳を塞いだ。

直後、どさりという音と共に彼女たちの目の前に誰かが落ちてきた。それは、青い髪の線の細い男だった。


「いてて……よく出来ました」


男は片手に持った小さなカメラで、フォークロアとベールゼヴヴ、クリスをかしゃりと撮影した。一瞬身じろいだ二人だが、特に体に影響はない。しかもアナトやアスタルトの身体も、既に動くようになっている。


「お前が……?」

「ああ、そうだ。僕はアルバムR。今の君たちが望んでいる者だとも」


アルバムRはフォークロア一行に家へ入るように目配せをしてから、自らも立ち上がり家へと入っていった。フォークロアは、この男をどうやってドロソフィアの元へと向かわせるか思案を巡らせている。


「ドロソフィア、彼女は淘汰を愛している。変わりゆく世界の中、変わりゆく価値観の中、常に幸福でいられるためには変化し適応していかなければならない」


アルバムRは語りきかせるように独白する。


「変わることを選択し続けることだけは変わらない。あらゆることは多義的であり、変わることは変わらないことでもある。全ては表裏一体なのさ」

「……何が言いたいの?」

「なに、こんな僕でも気が変わることもあるということだよ。フォークロア、僕の姉妹クリス、そして魔王一行。君達は……役立つ。僕もドロソフィアを止めるのに協力しよう」


張り付いたような笑みを浮かべ、アルバムRは驚くべきことを言い放った。しかし、フォークロアは内心思う。このアルバムRは最初から協力するつもりだったのだ。発破をかけ、自分をどこかへ誘導しようとしている。

ドロソフィアの対局にいるこの男が好意的に見えてしまうのは錯覚なのだ。ちょうど魔王の対局にいる勇者リルが、さしたる善性を持ち合わせていなかったように。


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