灰色の先祖 《side anecdote》
目を覚ましたミャージッカの目に映ったのは、彼女の頬を叩くアネクドートの美貌であった。
「あっ、せ、先生」
「おう、起きとけ」
辺りを見渡してみると、そこは芸術作品の内部のようであった。金属のような光沢を放ちながら、布のような、柔らかな手触りの材質で出来た床。おそらく壁や天井も同じ材質である。
しかし、壁は左右二側面が無く、外の景色が見えている。
外にもまた、同じような何もない部屋が縦に横に積み重なり、渓谷のようになっている。
「ここは、どこでしょうか」
「法界の、どこかだな。ざっと見渡した感じ、ここは屋外に設置された施設だな。空が見える」
指を指した先には、青い空が覗いていた。しかし、それ以外は特に何かが見えるわけではない。どこへ行けばよいのかと、ミャージッカは途方に暮れた。
「先生、どうしましょうか。何とかして早く法神の元へ行かなければ……」
「ああ、とりあえずは話を聞こうぜ」
「え?」
下方から、機械の駆動音が聞こえてくる。現れたのは、蜘蛛のような金属の脚を器用に用いて壁を登る少女だった。よく見れば彼女は腰に器具を装着しており、そこから脚が生えている。
「Добро пожаловать ようこそ法界へ」
「え? 今何て……」
「おう、我はアネクドートだ。こっちは魔法使いのミャージッカ」
「私はミリストイル。芸術家だ」
クリーム色の髪をしたミリストイルは、ぺこりと頭を下げる。本人の身長はそれほどでもないが、金属脚によって浮いているため、アネクドートと同程度になっている。
「お前は我らに敵対するか?」
「勿論そのつもりはない。と言っても信用はないからね。簡単に状況を説明しよう」
ミリストイルはかつんかつんと壁を歩きながら話し始める。
「現在の大まかな状況、これは世界各地についてだ。神々の思惑の委細は分からないが、ひとまず現状として、下の世界が一度滅ぼされそうになっている。これは旧世界同様に、一定量の生命体の数に達したため、選別を行っても一定の『収率』が望めるということだ。神々の目的である、『世界を一段階上げる』ためにね」
「ああ、それは分かってる。で、ここはどうなんだよ。それを止めようとしてる我らを、どうするつもりだ」
「ここにいるのは学徒。基本的には自己完結している変人だ。世界がどうなろうと我関せずだが、うん、その中でもある種別の奴らは、本気で阻止しようとしている。世界に関係なく、君が法神と接触するのをね。魔術師、数学者、科学者あたりかな」
ミリストイルはそう言いながら、おもむろに二人に指を指した。そこに向かって小さな機械のようなものがてくてくと駆動音と共にやってきた。
「何だこれ」
「滑空用の機械さ」
「は?」
「わっ、わわ……」
ミャージッカとアネクドートの背中に機械が貼りつくと、コウモリのような翼膜を広げた。紫色の半透明な材質だ。
「他の連中が君たちを自分の陣地に閉じ込めようとしている中、圧倒的技術力で座標をずらしたのがこの私さ。目的はただ一つ、作りかけの作品を見てほしい。それだけ」
「う、浮いてますよ!?」
「ああ、いいだろう。協力に感謝する」
機械の本体部分からの何かしらの噴射によって、二人は宙に浮き始めた。そのままスライドし、幾千の金属部屋で出来た渓谷に、二人は投げ出される。
「私の作品はこの景色。その機械で滑空してもらいながら、私の作った景色をご覧頂きたい。では、行ってらっしゃい」
「え、ちょっ!? 嘘でしょう、行くんですか!? きゃああああああ」
二人は鳥のように滑空しながら、渓谷を突き進み始めた。コルクの細胞断片のように立ち並ぶ部屋の数々からは、ところどころに色とりどりの布が張られ、渓谷を彩っている。それを抜ければ、次は不思議な光を発する浮遊結晶で、組み合わさり巨大になったり、バラバラになり突き進む二人の周りを飛んだりする。
「わぁっ」
そして渓谷を抜けると、そこには一面に広がる都市のようなものが広がっていた。この世界に似つかわしくはない、近代高層ビルのような、独特の形状のものだ。
目を凝らせば、そこで生活をしているように見える人影もある。滑空する機械は高度を下げ、都市へと入る。
「これ……全部作ったんでしょうか」
「だろうな」
よく見ればそこにある全ては、精密に作られた人工物である。無作為に活動しているように見えるが、しかしどこか象徴的に感じる。
「あれ、またです」
都市を抜けると、今度はまた同じような都市へと辿り着いた。先程よりも豪華で、建造物が高くなっている。通り過ぎる時の美しさは、かなり上がっている。
「……なるほどな」
「先生?」
また都市から都市へと移った。さらに豪華になっていく。よく見れば、空の景色も都市ごとに変わっていっているようだ。一体どう作っているのか不思議なところだが、それ以上に、ミャージッカは気づいたことがある。
「人が……減ってる」
「これは、今我々のいる上の世界の製造過程だ」
「……なるほど」
よく見れば、巨大化し、豪勢になっていく建造物は中心部にしかなく、あとの建物は、瓦解するか、風化するか、どちらにせよ廃れはじめていっている。
「あの女はこの世界を憂いているのか、嘲笑っているのか、どちらにせよ、芸術家は口では語らん」
いよいよ残るのは数名、数本の木がまとまり巨木となるように、建物は併合され塔となり、空へと伸びている。最上階で何かを語らう人々の横を横切り、また次の都市へと移ろうとしている。
「先生、これはどこへ……」
「中心部だよ。この作品は未完成だからな。結末は作られてない……ほら、だからここが」
「わっ!?」
「法界だ」
一気に空気が生暖かくなり、現れたのは、宇宙空間のように黒い背景に、様々な建造物や星などが見える空間だった。二人の目の前には、巨大な木の根のような、恐らく金属と鉱石で構成された複雑な建造物は、神殿のようであり、ビルのようである。
頂上は巨大なドームとなっており、光を発している。
「先生、そこら中から独特で、何か主張の強い構造物がせり出しているのですが!」
「ここの学徒だろう。さて、衝突は避けたいところだが……」
アネクドートは目を凝らす。頂上のドーム周辺には、明らかに法神の気配がすると直感が言っているが、だからこそ簡単に近づかせはしないだろう。
「中腹あたりを狙うか」
「は、はいっ」
身体を少し捻り、建造物の穴が空いている部分へ向けて、高度を下げていく。ミャージッカも何とかそれについて行き、アネクドートとともに中へと突入した。
魔法を使うまでもなく、機械は自動で減速を行い、着地と同時に背中から外れ、どこかへ飛んでいった。
見渡してみると、3メートルほどの天井の高さの廊下で、様々な装飾品、美術品が飾られている。
「さて、上へ上がるぞ」
「はい、階段でしょうか」
「いや」
アネクドートは手から熱線を放出し、天井に当てた。出力を調整し、徐々に天井を切断していく。
「手っ取り早くいく。まずは頂上まで、パフが居そうなのはそこだからな」
「分かりました」
ごとん、と音を立てて、円形に切り取られた天井が落ちた。そこからアネクドートは首を出して覗き込む、そこはかなり広い部屋で、天井画が描かれている。
「ふむ」
ひょいっと上へと出たアネクドートは、一瞬の嫌な気配を感じた。急いでミャージッカの方へ手を伸ばす。
「おいっ、手を取れ!」
「へ、はいっ」
アネクドートの手は長い。日常の中で、ミャージッカがたまにギョッとするほどに長い。だから今回もその豪快な腕力と手の長さで、ミャージッカを引きずり上げることが出来た。
しかし、それでも引きずり上げた時にはミャージッカのくるぶしから下はなくなっていた。
「ひ」
「見るな。ほら、もう治った」
「あ、あ、すみません、私……」
アネクドートは周囲を睨む。アネクドートが開けたはずの穴は既に塞がっており、部屋の景色も変わり始めていた。より無機質で、灰色の壁と天井へと瞬時に模様替えされていく。
「やっぱし、交戦は避けられんなぁ」
「これは……あっ! 先生、あそこに誰か……」
部屋は完全に灰色の無機質な部屋へと変わった。その中心には、これまた灰色の肌と黒い髪、白い目をした人影が立っていた。その体つきや髪の長さから、二十半ばの女性に見える。
「……」
「よお、お前、メイガ・マグルル・ルルムだな」
「え"」
ミャージッカは素っ頓狂な声を上げる。メイガ・マグルル・ルルムは、彼女の先祖であり、そしてアネクドートが法界に侵入するためのヒントを得た人物である。
「何故?」
「顔が似てるぜ、こいつとな」
メイガは鼻を上に向け、訝しげな、極めて挙動不審な動きでアネクドートを見た。
「……話通り、背の高い子。それにあたし並みに目付きが悪いわ」
「凛々しいと言ってくれ」
「はァ、自信家だこと」
「んで、出てってもいいか?」
メイガは何かに引っ張られたように首を振りつつ、アネクドートを見た。
「それが駄目なのよ。いいこと、あたしは天界や戦界、あと魔界の連中と違って、伊達や酔狂であなた達を止めようと立ちはだかるんじゃないの。……由々しき事態なのよ、本当に。あなたとパフが会うのは本当に大変なことなの」
アネクドートは周囲を見渡す。よく見れば灰色の部屋を覆ったものは、厄介な雰囲気がぷんぷんする。一つ一つがこきゅうしているように蠢いている。恐らくメイガの皮膚に張り付いているも同等のものだろう。
「何が、大変なんだ?」
「あたしは人生の根幹を幼く恐ろしい神に握られているのよ」
くいっとメイガは指で合図し、床から灰色の棘を斜めに生やした。アネクドートはそれを溶かそうとして、手を伸ばす。しかし、棘はアネクドートの指先を掠め、頬を切った。
赤い血がどろりと垂れる。
「……それにしてもお前、思ったよりカワイイ喋り方と声だな」
アネクドートはふてぶてしく、そう言って笑った。




