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哀れな異世界

「中嶋弓子と一崎相。この我と、マイ、クロア。これらとフェイの関係を一言で言い表すなら、幸福だ。人間、魔物……知能を持った生物が幸福という概念を取得した時、幸福は、孤独の中では実現し得ない」


アネクドートは、自らの幼少期を想った。死海にいた気分だった。何もしていないのに、何もしようしていないのに、幸運ゆえに自分だけが得をし続け、周りが損を被り続けるあの感覚、自分だけが浮き続ける。


「誰かが必要だ。幸福の実現には、たとえ直接関わらずとも、誰かが。しかし、誰かと共に居たからといって、幸福になる訳ではない。他人とは、ズレがある。ズレがなければ、他人ではないのだからな」


ミソロジーはアネクドートとの出会い、そして関わりを想う。あらゆる部分が異なっていた。主義も、好みも。思考も、生涯も。

しかし、会ったときから、決定的にかけがえのない存在だった。


「時には、そのズレが不幸を生む。癪だが、この世界の不幸が、スレ違いの総和であるのは、同意だ。個人の欲望に、ズレがあるのだからな」


フェイブルは、自分の言っていたことを思い出す。


「簡単にフェイの話を纏めるなら、幸福は、幸運な者同士の暮らしの中に多く存在している。ズレを許容した上で、そのズレが上手く噛み合うからだ。いや、当然のことなのだが、そんな状況は、世界には偶発的にしか存在しない。狙って作るのは、難しい……が、フェイが友達を作った方法は、その参考になるだろう。フェイの友達を、二人作っただけのあの街が」


そして、フェイは察した。


「……世界が……僕の、街なんだ……」


ザイネロはしばらく前、遺跡の中にて、幸運のアイテムを探していた時のことを思い出していた。

プーペとかいう魔機は言っていた。あなた達は幸運と強さを持っていると。

なら、持っていない他の者達は? 遺跡に入った冒険者達は? 何のことは無い、死んだのだ。

ショウジョウがやったのと、時間的密度が違うのだけではないか。


「この世界のシステムは単純だ。不平等な長命。幸運なものほど長生きし、不幸なら死ぬ。我らの世界もそれに近いが、ここは…………本当に容赦がない。淘汰のシステムが、溢れかえっている」


ベールゼヴヴは、そして五臓衆は、自分がその最中にいたことを察していた。

魔王と勇者との戦い。

それすらも、魔物と人間を焚き付け、競い合わせ、殺し合わせるただの『方法』であった。

これまでも、いくつも行われてきたあの魔王と勇者の戦いは、ただの……。


「神の配下と呼ばれる連中は、要するに、淘汰の末に辿り着いた奴らだ。千年生きるのが基準だったか? ようするに、あいつらは神と共に生きられるぐらいの幸運存在ということだ」


メアニーは、エンティクイティを思い出していた。あの存在が持っていた孤独や悲壮感は、おそらく、そのことに気づいていたからだったのだ。

自分の生が、なんということのない意味しか持っていなかったということに。そしてそのために、周囲が死んでいったことに。


「あ……」


そしてさらに、メアニーは、自分の意味に気づいていた。

自らの国の意味。最強の者だけが、王妃と結婚し、次の王妃を産む。ごく稀に誕生する王子のみが、真の王となる。

それはただの、幸運の者を作る装置だった。


「国によって、何が残るべきかは異なる。神の趣味によるのかどうか分からんが……例えばミャージッカ、お前の国は、芸術と魔法の国だろう」

「は、はい……、年に一度、魔術に優れた者と、芸術に優れた者が、試験で……」


無論ミャージッカも、その試験に選ばれた者だった。試験に落ちた人は大変だなあ、とぼんやりこれまでは考えていたが……今なら分かる。

試験に落ちた者は、低級の研究者か冒険者になるしかない。それは、死の危険、そして寿命が決定するということだった。

自分は、蹴落としたのだ。その意識が、ミャージッカにはっきりと浮かぶ。


「ふ、ふざけるな……!」


ベールゼヴヴは怒る。


「そのためだけに、世界は続いてきたっていうのか!? 何千年と……俺たちの文明は、ただ、人を魔物を、増やし、殺し、選別するためだけに……!」

「いや、違う」


その怒りに、アネクドートは訂正を入れる。


「お前らの文明、だけじゃねえ。滅んだ旧文明の奴らも、その最終選別を受けただけだ」

「な……!」


アネクドートの脳裏に、ヅプレ・イヅクレという男が浮かぶ。魔法の根幹を成す創始者。旧文明人。そんな偉業を成した幸運の者が、選ばれないはずはなかった。


「じゃ、じゃあドロソフィアが言っていたこの世界を滅ぼすっていうのは……」

「ああ、そうだよ。今までちまちまやって来ていたが、そろそろ一気に選別しても十分な量の幸運な者を収穫できると踏んだんだろ」


アネクドートの説明に、一同は閉口する。言われてみれば、そういえば、という心当たりを思い出している。


「……一つ、いいかね」


そこに、ドラウニコルが手を挙げた。


「私も、ドロソフィアの凶行に気づき始めたのは先代の魔王の時からだ。それまでは、確かに迷いなく、死竜としての務めを全うしていた。その不甲斐なさは……今ひしひしと感じている。だからこそもう一度聞かせてくれ。神々は、何をしようとしている?」


アネクドートは、酒を1口呑み、答える。


「世界の幸運の平均を底上げしようとしている。幸福な世界を、作ろうとしてるんだよ。誰もが、損をせず、苦をせず、しかし退屈しない、そんな……そうだな、この表現が一番正しい。あいつらは、『都合の良い世界』を作ろうとしている」


フェイブルの疑問は解決していた。この世界で、神運の四人に友達ができた理由。それはただ単に、出会う人が全て、『選ばれた後の人』であっただけのことだった。

全ての人の生活も、人生も、成功も、失敗も、生も死も、ただの選別過程で、神のためだけのもので、僕たちの世界とは違って、意味を与えられているからこそ、意味が無い……全てが、空虚だ。


「なんて、哀れな……異世界……」


これまで全てを哀れんできたフェイブルは、自然と、その言葉を口にしていた。


「…………」


場に沈黙が流れる。それだけ、重い状況だった。全員が、自分の苦痛を噛み締めていた。

辛い、憎い、悲しい……そんな負の感情が、場に充満していた。

そこに、幼い声が通る。


「……はい、切り替え切り替え」


パンパンと、フォークロアが手を叩いた。


「えっ、あ……」


それだけで、本当にそれだけで、全員の気分が晴れた。善意による攻撃は、防がれない。全員に、フォークロアの最大幸福は響いた。


「何にせよ、切り替えでしょ。私も切り替えるわ。状況は分かったんだから、次はどうするのか、でしょ?」


アネクドートは微笑む。


「ああ、そうだ。次に我々がすることは、無論一つ。神をぶっ飛ばして止めさせる。分かりやすいな」


そう軽く言い飛ばすが、しかし、今度ばかりは誰もその提案に易々と乗ることは出来ない。

あのドロソフィアの強大さを、目の当たりにしたからには。


「……ああ、言いたいことは分かる。何も我は、無策で挑むという訳ではない。それに、お前らが協力するもしないも、自由だ。来たい奴だけ、来い」


アネクドートは全員に視線を合わせた。その目は普段のような鋭いものではなく、むしろ穏やかなものだった。


「今から、神に対抗するための作戦を言う。作戦というほど、大したものじゃあないが……」


謙遜しつつも、アネクドートは不敵に微笑んでいた。


「これは、一つの仮説に基づく作戦だ」


それもそのはず、彼女の仮説は、これまで一度として外れたことがなかった。

これにて、2部終了となります。ひとまず、ここまでご覧いただきありがとうございました。

これまでのキャラのまとめを次に上げますので、お待ちください。

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