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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
6/82

ゴスロリ

「すみません、パンケーキ2つ」

「はいよー」


 僕達は現在飲食店らしきところに入り一息ついている。看板には、『赤猫食堂』と書いてあった。店内は活気に溢れ様々な人達がわいわいとランチを楽しんでいる。


「ふぅ、やっと一息つけたね」

「えぇ……この街もなかなか、興味深いです」

「そう? まぁ……海外旅行してるみたいだね」


 建物は基本的に石造りで、以前ヨーロッパに行ったときに訪れた街を思い出す。噴水とか神殿のような所もあったし、まさに異世界の街といったところか。道行く人は殆ど洋風の綺麗な顔なのに日本語が溢れかえっているが。


「そうですね。かなり典型的な城塞都市ですが、所々見たことのない種類の店や構造も見られます。……あ、フェイ君、あれ」

「?」


 マイさんが指したところには、奇妙な格好の三人組が今丁度席に座っていた。一人は若い、20代ぐらいの男だ。簡素な鎧を着て、腰には西洋風の長剣がある。もう一人は同じく20代の女性で、藍色のローブを身にまとい、背中には杖を背負っている。魔法使い、かな。そして最後の一人は……おぉ、こちらも女性だ。背中には大弓、さらに男のよりも簡素な鎧で、女性的な部分が強調されている。身長が低くて年齢が分かりづらいが……10代後半か、それにしてもこちらは胸が大きい。


「所謂冒険者ですかね……あ、ありがとうございます」


 パンケーキが来た。


「あ、どうも。多分そうだね……。ラノベみたいなパーティーだね、いいなー」

「ほや、私では不満ですか?」


 熱いパンケーキを頬張りながらマイさんが悪戯っぽく微笑む。


「いやいやいや」


 実際店に入ったとき店内の殆どの男の視線がマイさんに集まってきたのを感じたし、たまに「おい、誰かあの可愛い子二人に話しかけろよ」みたいな会話も聞こえる(ん? 二人?)。とりあえずあのパーティーの女の子達よりもマイさんの方が綺麗なのは間違いない。


「店員、とりあえずトニリ焼きを3つ」

「はいよ」


 メニューで男が注文した品を探してみる。600…G、Gはゴールドかな? 通貨は円ではないのか。パンケーキが20Gで豚焼きが50Gだからかなり高い。


「ふむ……聞き慣れた名前の料理は価格が低く、不思議な名前の料理は価格が高いようです」

「え? ……あ、本当だ」


 パンケーキ、ケークサレ、豚焼き、牛焼き等なんとなく想像できるメニューは価格が低く、トニリ焼き、ゴブリンの焼き肝、ミノタウロスステーキ等異世界感が強いメニューは価格が高い。どういことだろう。


「冒険者用のメニューと市民用のメニューということですかね。冒険者の方が稼ぎがいいのかもしれません」

「なるほど……」


 美味しいのかな。今トニリ焼きという品が出てきたが、普通のボリュームのあるステーキみたいだ。うーん食べてみたいが持ち合わせは……あ。


「お金って……」

「ありますよ? さっきあの葉っぱ売ってきましたから」


 ちゃん、と6枚の銀色のメダルが机の上に置かれた。


「いつの間に……えっとこれは……1000G硬貨か」


 手にとって眺めてみる。細かな彫刻が施された綺麗な貨幣だ。一体何の金属を使っているのだろう。銀…でもないし、白銅でもない。光沢も不思議だし、この世界特有の鉱物なのかもしれない。それにしても軽いな。


「葉っぱ6枚で6000Gです。もっと持ってくれば良かったかもしれませんね。1000枚くらい」

「貨幣価値めちゃくちゃになるよ……」


 その葉1枚1000Gという値段が保たれているということは、あの樹に登るということはそんなにすごいことだったのだろうか。尊敬されるのも頷ける話だ。


「ところで、フェイ君はこれからどうします?」

「ん……そうだね。早く2人と合流したいかな。あの2人ほっとくととんでもないことしそうだし」

「そうですね。ではさっさと……あ、すみません、ちょっと先ほど買いたい物を見つけまして」

「おお、一緒に異世界ショッピングする?」

「あぁ、いえ……」


 珍しくマイさんが何と言ったらよいか、という表情をする。デリケートな話なのだろうか。ならば僕がついて行くこともあるまい。


「うん、じゃあ僕ここで待ってるよ」

「ありがとうございます、フェイ君。すぐ戻ってきますから」

「いやいや、気にしなくて良いよ~」


 そして、マイさんは店員に一言伝えて店を出ていった。後には、一人でパンケーキを口に運ぶ僕だけが残されている。


「……久しぶりに一人になったな」


 妙に何か忘れてる気もするけど、まぁ世界が滅ぶわけでもあるまいし、気にすまい。と、恐ろしげなフラグを立てていると、店内の雰囲気が少し変わっていることに気がついた。 


「ん」


 どうしたんだろう、と見渡してみると、丁度マイさんと入れ違いで入ってきた一人の女性に店内の視線が向いていることに気がついた。その女性を見て、僕も息をのむ。

 まず、綺麗だ。切れ長の目に通った鼻筋、薄紫色の髪は腰あたりまで伸びている。プロポーションは丁度良い、高い身長に見合った体つきだ。服装はタンクトップのような鎖で出来た服に、簡素なズボンを履いている。さらに、腰には2本の不思議な紋様の描かれた赤と緑の美しい剣が添えられている。そこまではいい。


 だが、確実に在るべきものが、彼女にはない。その2本の剣を握るべき両腕が、肩からばっさりと、ない。


「竜の心臓を頼む」

「へ、へい」


 店員も少しどぎまぎしながら注文を受けている。今頼んだ竜の心臓は…2000G。この店で一番高い料理だ。店に入ってきてから終始目立ちっぱなしのこの女性は、周囲の視線も気にすることなく席に着いている。


「何だ……あの女、見ねぇ顔だな」

「あの装備、冒険者か?」

「まさか。あの体で何ができるんだよ」


 少し離れたところからは心無い会話も聞こえてくる。聞こえているのか、いないのかは分からないが、女性はテーブルの上を適当に眺めている。


「竜の心臓です」


 しばらくして、料理が運ばれてきた。竜の心臓というからには、心臓丸ごとかと思っていたが、綺麗にスライスされていた。まぁ丸ごとでは料理とは呼べないか。

 さて、僕も無神経ながらも気になるところだ。一体彼女はどうやって料理を食べるのだろう、とちらちら様子を見ていると、彼女は、犬食いで竜の心臓を食べ始めた。


「はぐ……むぐ」


 時折皿が揺れてカタカタと音を立てている。これには流石に店内の目も好奇や不審から憐憫へと変わっていった。まるで、捨てられた犬を見ているようだ。


「あ、あの!」


 と、その女性の席に、先ほどの冒険者の一人が話しかけていた。残された二人の冒険者は参ったな、という表情をしている。 


「私、僧侶を務めておりますミラ・カーと申します。先程から窺っていたのですが、どうか私にその腕を治させて貰えませんか?」


 魔法使いだと思っていたが、僧侶だったらしい。僧侶と言えばRPGでは回復系職業の王道だ。それにしても無くなった腕を再生させることができると豪語するとは、魔法というのは現代医療を遥かに凌駕しているようだ。


「……ん」


 顔を上げ、咀嚼している竜の心臓を飲み込んだ後、その女性はミラさんを無機質な目つきで見た。


「別に、治させて貰えませんかだなんて腰の低い言い方をする必要はない。尊大に治してやろうかなんて言っていいんだよ。土台無理な話だが」


 淡々と諦めの感情を込めて話す女性に、ミラさんは少しムッとする。


「そ、そんなことはありません! これでも回復魔法は乙級まで修めていますから……『治癒再生リジェネレーション』!」


 構えられた杖から、薄黄緑色の小さい光球が出て、女性の腕を包んでいく。これが魔法か、思ったよりも視覚的なんだな。ハリーポッターみたいなのを想像していた。というか、乙級? この世界の魔法って甲乙で位付けされているのか。危険物みたいだ。


「あ、あれ……?」


 しかし、光球に包まれたその腕は、いっこうに変化しなかった。魔法が不発だったのか、と思ったがそんなことではないようで、ミラさんは神妙な目で女性の腕を見ている。


「な、無理だろ。……晒し者にして悪いね。分かってもらうにはこれが手っ取り早かったからな。まぁついでと言っちゃあなんだが、ちょっと私のポケットから財布取ってくれないか」

「え? は、はい」


 女性はミラさんにポケットの財布から1000G硬貨を二枚取り出させ、テーブルの上に置かせた。


「ん。ありがとう。店員、代金置いといたよ。ごちそうさま」

「あ……はい! ありがとうございましたー」


 そして、女性は店を出ていった。

 後には立ち尽くすミラさんと何ともいえない沈黙が残されていた。


「あー、なんだ、気にすんなよ、ミラ」

「そーそー。たまにはこんなこともあるよ!」


 席に戻り、仲間たちに慰められながらも、ミラさんはまだ何かを考えているようで、ブツブツと何かを呟いていた。

 嵐のような、訳ではなかったが随分異質な人だったな。この世界でも浮いている人というのはいるようだ。


「ふぅ、只今戻りました」

「あ、おかえり」


 その女性と再び入れ替わりになる形でマイさんが戻ってきた。手には買い物袋のような物が握られている。


「さっき、腕がない人がいてさ」 

「あ、すれ違いましたよ。その人と」 

「……どうだった?」

「んー、ぱっと見た感じですが、多分肉弾戦では勝てないでしょうね」


 マイさんは何か彼女について気づいているようだ。マイさんをして勝てないと言わせるとは、相当の手練れなのだろう。色々気になるし、また会ったら話してみたいな。


「あ、そうだ。何買ってきたの?」

「ふふ……フェイ君の装備ですよ。ジャージならともかくそんな部屋着では動きづらいですからね」


 何ということだ。僕がぼーっとしている間にマイさんは僕のために装備を買っていてくれたというのか。何て優しいのだろう、マイさんは。


「一番いいのを選んできました。すごいですよこれ、見た目はただの服ですが強度もあるし洗濯も必要ないんです!」


 そう言ってバッと取り出したその『装備』を見て、僕は目を見開いた。いや、よくよく考えてみればマイさんがただの善意で行動することなんて今まで無かった。そりゃ僕が一緒に買いに行ったら困るだろう、全力で止めるもん。


「……マイさん、それ、僕の装備なんだよね」

「はい、勿論です♪」 


 そう言ってひらひらとたなびかせているその服は、まさか異世界にもあるとは思わなかった、ゴスロリだ。黒と紫を基調とした大胆かつ繊細なデザインに、胸の中心には豪華な装飾に包まれた赤色の宝石があしらわれている。


「……却下で」

「駄目です」 


 駄目だった。



 

「わぁ~似合ってますよ~」

「うーん……」


 着させられてしまった。すごいコレ、太ももの辺りが異様に解放感がある。そして、周りの視線が僕に突き刺さってくる。先程よりもいやらしい感じで。 


「もっと……かっこいいの無かったの?」

「すみません、洗濯不要で強度高いものを選んだらこれになってしまって」

「……ほんとかなぁ」


 というか店内のトイレで着替えさせられてしまったのですごいイケないことをしている気分だった。女の子と二人きりで…脱がされたの僕だけど。


「動きやすいし良いじゃないですか。それに、靴も欲しかったでしょう?」

「んー……まぁ、靴下で歩くのはちょっと抵抗あったけどさ。でもこんな可愛らしい靴はなぁ」


 まぁ気にしてもしょうがない。行く先々で、男だったのか…を繰り返すぐらいならずっとそう思われてた方が面倒くさくないとポジティブに考えよう。

 それにしても、何だろう。マイさんが一人で出ていった辺りから妙に不安なんだよな……何か忘れているような。


「ねえ、それはそうとマイさん。何か僕達やらかしているような気がするんだけど、何だろう」

「ん。やらかす、ですか、そうですね……」


 しばらく顎に手を当て、考え込むポーズをしてから、あ、とマイさんが忘れ物でも思い出したかのように、間の抜けたトーンで言った。


「私がフェイ君から200メートル以上離れたことですかね?」


「…………あ」



 大変なことになった。

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