決戦5 and...《side folklore》
ここまでは魔王の計画通りね、とフォークロアは思う。アスタルトの空間魔法によって押し広げられた魔王の部屋は、強大な二人が激突するのに十分な広さだった。
「『聖球連』」
「『暗重』」
お互いの戦闘スタイルはほぼ同じで、片手で魔法を撃ち、もう一方の手で物理的な攻撃を行っている。そして戦闘力も、ほぼ互角である。故にお互いにまだ傷を負っていない。
「……ベル」
隣で、アナトが呟いた。その表情は、悲しげであり、苦しげなものだ。それはアスタルトも、同様である。不安でいっぱいなのだろう。
フォークロアは指を鳴らして、アナトやアスタルトの不安を軽減してあげた。思えば自分の最大幸福は、こうやって人の為に使うことも出来るのだ、などと少し感心していたその時、戦局が動いた。
「ぐぅっ!」
ベールゼヴヴの闇の拳が、勇者の腹に直撃した。勇者はうめき声をあげ、一瞬後退する。その勇者の後ろにいる勇者の仲間達が、勇者を支援しようとする。回復魔法を、勇者へかける。しかし傷が回復する様子はない。
フォークロアは心の中で憐れむ。
(無駄よ、もうそんなことは)
続いて、勇者の剣が、魔王の首元を切り裂く。赤い血が、ばっと噴き出した。魔王は回復魔法によってその傷を塞ごうとはせず、黒い粘性のある物体を貼り付け、強制的な止血をする。
勇者も魔王も知っている。勇者は直感的に、魔王は経験的に。お互いがお互いに与えた傷はもはや何者にも癒すことは出来ない。
それゆえに、お互いがお互いのみを殺せるのだ。
呪いなのだ。
「……魔王も、赤い血が流れてるんだね」
「まぁな」
魔王は続いて、闇を結集させて長剣を作り出した。
「逆にお前は、赤い血が流れてても人間じみてねぇな。本当にそれでも女の子かよ」
「勇者だから、私は」
そして、鍔迫り合いが甲高い衝突音と共に始まる。剣の接触で散った光と闇の塵の一つが、フォークロアの目の前で争った後に、潰えた。そんな光景が、いたる足元で行われている。
「ぐ、ん……ッ!」
「基礎が弱いぞ。所詮急拵えの兵器か?」
力比べは、魔王は優勢である。ぐっ、ぐぐっと押し負かされ、背骨も折られてしまいそうな勢いだ。しかし、勇者は、一瞬脱力しそのまま魔王の剣の勢いのままに横回転し、魔王の背後に回った。
だが魔王も、それは目で追っている。
「『聖正念光』」
「『洪黒』」
両者の剣を持たない方の手から、黒と白の奔流が放出された。お互いの手の位置が異なるため、両者に直撃である。攻撃が収束した後、二人は相当ダメージを追っていた。
闇魔法は肉を歪ませ、皮膚を裂く。光魔法は全てを揮発させる。二人はとめどなく出血している。
「……今のは、痛てぇな」
「はぁ、はぁ……ッ!」
魔王は、しかし力を振り絞り、勇者を殴り飛ばした。勇者は十数メートル吹き飛ぶが、しかし、立ち上がる。
さらに、ぐんっと一瞬で魔王に接近し、魔王を切りつけた。魔王はそれを手で止めるが、手からも盛大に出血してしまう。
「……らぁっ!」
そのまま勇者は剣を押し込む。魔王は蹴りを勇者のみぞおちに叩き込み、力が緩んだ勇者を剣ともにそのまま投げ飛ばした。
「ぐッ……」
「どうした。まだまだだろ」
魔王は横たわる勇者に近づき、その腹を踏みつけた。勇者は苦しそうに呻き、その足を掴む。ぎりぎりと、勇者は足に力を込めていく。
「う"あっ……うらぁっ!」
「ぐ」
勇者は負けじと、懐に隠していた短剣で、魔王のすねを縦に裂いた。魔王は噴き出す血と激痛に小さく顔をしかめ、飛び退く。
「はは……」
魔王は乾いた笑いを浮かべ、立ち上がろうとた勇者に再び一瞬で近づき、蹴り飛ばした。勇者は立ち上がる。それを蹴り飛ばす。再び立ち上がり、再び蹴り飛ば……せなかった。
三度目の蹴りは、勇者の手で止められた。
「ふ、んっ!」
「うおっ」
そして足払いをして、魔王を転ばせる。勇者はマウントを取り、片手に短剣を、もう一方の手に剣を構え、突き刺そうとする。魔王はそれを首の動きで躱し、さらにカウンターでパンチを勇者の顔面に食らわせた。
「がっ」
しかし勇者も、短剣を魔王の脇腹に突き立てた。
「ぐ、うっ!」
魔王は下半身をバネにして、空中に飛んだ。勇者の落とした剣が、カランっと地面にぶつかる。
そして魔王は周囲に大量の闇の玉を発生させ、自分の方へとぶつける。重低音と共に闇の爆発が起こり、勇者に多大なダメージを負わせる。
「慣れてねぇな? 直感型でやるには限界があるぞ。俺と戦うにはな」
「かはっ……」
そのまま地面に勇者を叩きつけようと、魔王が構える。しかし、地面に到達する寸前、勇者が先ほど落とした剣が、魔法陣を展開した。それが、魔王がそうしたように、勇者ごと光線によって攻撃した。
「がぁっ!」
「直感も、捨てたもんじゃないよ」
二人は地面に転げ落ち、また再び殴り合い切り合う。
お互いの血が、お互いに浴びせかけられる。魔王も勇者も、当初の聖なる鎧や、禍々しい衣装の見る影もなく、ただ血まみれの二人が、殴り、切り合っていた。
通常の戦闘とは、訳が違う。いや、フォークロアの知っている世界の戦闘と、同じだった。
戦い続ける限り、傷は治らない。疲れは癒えない。苦痛は消えない。そんなただ当たり前の戦いが、異世界の、それも極めて特異的な場面で行われているのが、フォークロアは悲しかった。
「……『黒い昇天』」
魔王の魔法が唱えると、暗黒の柱が勇者の足元から勇者を襲い包み込む。一瞬で勇者は、ズタボロになって、地面に突っ伏した。魔王は、息を切らしながら、問いかける。
「どう、した。まだだろ、まだ」
その言葉で、勇者は放しかけていた剣を掴み、もう一方の手で魔法を撃つ。
「『 天帝の槌』……!」
白い光の柱が、魔王の頭上から降り注ぐ。魔王はもろに光の柱が直撃し、勇者同様に地面に突っ伏す。
しかし、両者は立ち上がる。
勇者の仲間達が、魔王の配下達が、今にも助けに駆け出しそうだ。それはそうだ。多分、今の消耗しきった勇者や魔王なら、簡単に倒せてしまうだろう。
だが、フォークロアはそれを許さない。止める。彼女は直感的に、この戦いの意味を知っている。魔王の意思を知っている。
「はは……ぼろぼろじゃねえか。本当、回復なしだと戦闘なんて、あっという間だな」
「ぐ……う……」
「俺はな、嫌いなんだ、回復魔法。アレは、傷の意味を、痛みの価値を、薄れさせる。戦いが……止まらねぇんだ」
勇者は、力を振り絞り、立ち上がる。そして、にっこりと笑って言った。
「……そんなこと、考えてる暇なかったな」
「……だろうな」
魔王は剣を構える。今までとは比較にならない量の黒い魔力が放出される。その視覚化された魔力の大きさは、数十メートルを超えていた。
勇者も、それに応じる。剣を構え、白い魔力を放出する。お互いの体に限界がある以上、次の攻撃が戦いの終焉となるだろう。
「教えてくれ、お前が今戦う理由はなんだ」
魔王は勇者に問う。
「世界の為、世界に住む人々の為、と言いたいところだけど、うん、ただ単純に、村の皆とまた平和に暮らしたいからだよ。ああ、今は、暮らしたい人も増えたけど。本当、それだけの為に、ここまで突っ走ってしまったね」
勇者は後ろを一瞥してからそう言った。
「君は?」
勇者は魔王に問う。
「…………友達の、夢を、実現するためだ」
「へえ、そうなんだ。まあ、どっちが勝っても……うん」
そして二人は、準備が整った。
この一撃で全てが決する。
じり、じりと方向を定め、息を合わせる。
魔力が一点に収束し、極黒の剣と、純白の剣になった。
「「いざ」」
それは、世界の速度が遅れてやってくるほどの一瞬だった。
二人の位置が入れ替わっている。
一瞬の静寂。
次いで、衝撃が起こる。地面が割れ、閃光が炸裂し、衝撃波が城の壁を破壊した。衝撃波は空まで到達し、立ち込めていた雲を凪いだ。
その雲の穴から、光が指す。瓦礫が散乱した床が、照らされていく。
「…………」
「…………」
海が綺麗だった。フォークロアは、二人と、その背後に広がる大海原を、見ていた。
そして、ついに、魔王が倒れた。
勇者も、前に倒れる。
強い風が、最後に吹いた。
「……」
フォークロアは、魔王へと駆け寄った。
「……お疲れ」
近くで見ると、本当に裂傷が酷い。だが、魔王はフォークロアを見て、瞬きを二回した。まだ、いけるという合図だった。
フォークロアは、迷わず魔王に短剣を握らせる。
「リルちゃん!」
好きな人の声がした。フォークロアが振り向くと、フェイブルが勇者に、駆け寄っていた。勇者は笑顔を振り絞る。その後ろから、勇者の仲間達がこちらに来ている。
フォークロアは、再び海を見た。
雲が晴れた後の海は、光り輝いていた。波打ち、どこまでも続いている。
「………………あ」
そして、海から、何かが来た。
極限まで速く、極限まで大きい何かが。
「完全壁!」
瞬時にアネクドートが彼女達がいた場所に透明な防壁を張る。するとベチャベチャッべチャヌちゃぐちゃッと気味の悪い音を立てて、それが防壁に衝突した。
「う、うぇ……!」
それは、生き物達だった。大きな生き物達だった。牛ぐらいの大きさの蛞蝓、沢山の節を持った瑠璃色に輝く巨大昆虫、人間の頭が随所に生えた犬、腕がびっしりと伸びている蛇、腐った肉を纏った龍、それらは、まだフォークロアの見慣れた魔物達だった。しかし、それらは一瞬で食い破られ、押し潰され、内容物を防壁にぶちまける。
奥から来たのは、目の無い、大きな口を持った、灰色のブヨブヨした肌の、腹の膨らんだ謎の生物だった。それが皿に残ったソースを舐め取るように、魔物達を平らげていく。それが数え切れないほどの量、しかも様々な種類のそれがいる。
しかしそれらも、また再び防壁に押し付けられ、圧殺された。奥からは、大量の巨大眼球が集合したものに、大量の腕が生えた鯨ぐらいの大きさの生物が、回転していた。灰色のぶよぶよはその回転に内蔵を抉られ、脳をぶち撒かれ、絶命していく。
だが今度はその大量の目の集合体達が、粘っこい液体を顔の部分に纏った巨人によって押しつぶされていく。さらにその巨人達に加えて、初めの魔物達も溢れかえり出した。いや、他の生物も、ありとあらゆる生物が、殺し、食らい合っている。
ぐちゃぐちゃに混ざりあって、しかし、何より恐ろしいのは、全てが、こちらをずっと向いていることだった。
「な、これ、は……?」
フェイブルが驚いている。
フォークロアは、もう察しがついている。
魔神が来たのだ。
「おい、下がってろ」
アネクドートが全員に言った。見れば、防壁を貫通して、何かが入ってきている。
『うえっ、おえぅ、ぇぼろぅ』
首だけの、人間だ。鼻から内臓を垂らして、ぶらぶらしている。目玉は片方なく、しかし何かの液体が溢れ出している。顔は膨れている。
『フガ。オエッ。ヴッ、供エヨ』
さらに何かが入ってくる。大量の何かに、身体を縛られた、骨と皮だけの羽の生えた人間らしき生物だ。
『ギッ。生者ノ祖ガイラッシャル』
鱗のびっしり生えた顔の焼けただれた女が。
『原始ノ国ガイラッシャル』
とめどなく、化物たちが防壁を通り抜けてくる。
『無量大数ノ死ド無量大数ノ生ノ上二イラッシャル御方ガ、管状動物ノ王ガ、バクテリアノ皇帝ガ、ヴァイラスノ侯爵ガ』
『肉汁ヲ垂ラシテ』
『死臭ヲ匂ワセテ』
『アッシュオブデュオデナムよ。ディザルギアアンドディサルゲイジアよ。ああ、食道狭窄の神よ! 他食作用の神よ!』
気づけば、防壁の中は怪物の大合唱となっていた。魔王の陣営も、勇者の陣営も、ひとところに集まり、怪物達を睨む。神運の四人は、奇しくも、防壁のある一点を見つめていた。
そして、そこを、一本の細い白い腕が貫通した。
ようやく、登場です。




