決戦前夜《side anecdote》
ミャージッカは唖然としていた。今は魔王の元へ向かう旅の四日目である。昼を過ぎ、夕方に差し掛かっている。距離的にも、時間的にも、これが旅の最終日となることは予測できている。
しかし、この展開は予想外である……と、ミャージッカは共に旅をしている面々を見渡した。
「いやぁ♡ 黒争妃ちゃんとこんなところで会えるなんて、シャビチャラちゃん感激だよぉ! やっぱり私達、運命で結ばれてんだわぁ!」
局部のみを黒い紐のようなもので隠した過激な服装の、黒い羽と黒い尻尾を生やした少女は嬉しげに黄色い声を上げる。
「そうだな、私も嬉しいよ」
それに、黒いボロを着た白い肌の女性も嬉しげに答える。
「うわわわ。メッチャ愛ジャン。スゲー横からイチャイチャ感じるジャン」
その横にいる、赤黒い肌の、爬虫類に似た頭部を持ち人間に近い体を持った生物も言葉を発した。その生物は、ずりずりと大量の何かの骨を引きずって歩いている。
「賑やかですなぁ。我輩、不謹慎ながら楽しくなってまいりました」
順番に、「サキュバスの王」シャビチャラ。「吸血鬼の女王」黒争妃。「グールの王」モルギディ。「スケルトンの王」ナビスェである。
「な、何でこんなことに……?」
ミャージッカは、ため息すら出ず、ただただ驚くばかりである。平然と彼らの先頭を歩くアネクドートとミソロジーにだ。この数日で、彼女達はこれらの魔物の長、あるいは頂点と遭遇し、倒しもせず、調伏し、ただ旅に引き連れていくのである。
「な、なあ、どういうことなんだ……」
ヴィットもまた困惑を隠しきれずにいた。問われたミソロジーは、ちらっと後ろの五臓衆になる予定の魔物達を見て、穏やかに言う。
「私とアネクは、徐々に気づき始めているのですよ。この世界の仕組み、というか目的に。その為に、彼らは良い証拠なのです。ですから、引き連れて魔王のところへゆきます」
「し、仕組み……?」
「ええ、まあ、今ははっきりとは言えませんがね」
辺りの大地は、紫色になり始めた。ついに、魔王の城がある地帯、終の荒び野に辿り着いたのだ。しかし、魔物の群生地帯であるはずの荒野には、動くものは見当たらない。
ミャージッカは周囲に生命探知の魔法を発動した。しかし、全く反応はない。どうやら、地中、空中ともに、いっさいの生命体はいないようである。
「せ、先生」
「あん? なんでそんなビビってんだ」
「え、あ、いや、予想外の事が、多すぎまして……」
アネクドートは後ろを見た。
「心配すんな」
「え」
「小せえ魔物が多くて拍子抜けしてんだろ? 多分次はすげーの来るぜ」
「ええ!? いや、そういうことでは……というか、この辺り一帯に生命体は……って」
ミャージッカがそう言いかけた時、地響きが鳴り出した。地面の底から、何かが迫ってくるようである。もこ、もこと地面が盛り上がり始めた。
「そ、そんな……!?」
いや、正しくは少し違う。地面が何かによって盛り上げられたのではなく、地面そのものが、意志を持って盛り上がったのだ。
その地面はそのまま人型になっていく。いわゆる、ゴーレムと呼ばれる魔物であった。しかしそれは、余りにも大き過ぎる。
「おおーっ、でっけえジャーン!」
「通常の10倍ほどですかなぁ」
後ろから声が聞こえた。そう、通常のゴーレムは体長が2mから3mであるが、目の前にいるゴーレムは、目測でもゆうに30mはあるだろう。
アネクドートは、不敵に笑う。
「デケェな。大きいことはいいことだ。しかし、コイツも入ってきやがったな。我らの所に」
隣に立つミソロジーも、その巨大ゴーレムを見て嬉しそうにする。
「いいですねえ。私達に立ち向かう者がいる世界なんて。ここはいい世界です」
「お前……分かってて言ってるだろ?」
「うふふ、まあ、はい。しかしアネク、どうしますか?」
ゴーレムは、彼女達に向かって拳を振り下ろそうとしている。アネクドートは、一歩前へ出た。
「ま、何となく分かってきたからな。とりあえずはコイツも……相手してやろう」
アネクドートも、拳を構える。目の前の景色を覆い隠すほどの拳が、アネクドートに迫ってくる。一見すると無謀というか、無意味に感じるほどの小さいアネクドートのパンチは、しかし後ろの全員に、確信されていた。
絶対に、勝つと。
「ウラァッ!」
爆風と鈍い音が、アネクドートを中心に巻き起こる。土の残骸が周囲に飛び散り、ミャージッカの顔にかかり、思わず目をつぶった。
巨大ゴーレムは後ろへ倒れ、辺りの地面は衝撃で盛り上がった。
「我に物理で挑むとか、不可能だっつーの」
「お見事ですねえ、アネク」
アネクドートは平然と立っている。自分の拳の土を払いながら、倒れたゴーレムを見た。ゴーレムは、むくりと起き上がろうとしている。
「こいつ、話通じんのか? どうなんだミャージッカ」
「…………」
「おい、ミャージッカァ!」
「あっ!? はいっ。ある程度なら、大丈夫かと!」
呆然としているミャージッカは、アネクドートに怒鳴られて我へと帰った。驚いていたのは、アネクドートの魔法の使い方である。魔法の同時使用というのは、簡単なことではない。それぞれの魔法には決まった動きがあり、それらが相殺しないようにするに必要があるのだ。
しかしアネクドートは、少なくとも100以上の魔法を今同時に使用していた。もはや、魔法使いの域を超え、神の技である。
「おい! お前、魔王のとこ行くんだろ! 我も行くから付いてこい!」
するとゴーレムは、むくりと起き上がってアネクドートを見た。そしてしばらく沈黙した後、アネクドート達一行の列に加わった。
「よし、多分これで全員だろ」
アネクドートは、黒争妃の言っていた五臓衆を思い出す。今一行にいる魔物達の長は、皆その一員になる為に魔王の元へと向かっているのだ。その道中で、アネクドート達に遭遇し、襲いかかり、負けて今に至るわけである。
「変なことが、多過ぎますよ」
ミャージッカが不安げに言った。
「かつての勇者と魔王の戦いでも、勇者はまず五体の魔物の長と戦い、次いで四体の竜と戦い、三体の鎧と対決し、二体の魔物の側近を下したのちに、魔王と戦ったと言います」
「おう、それの何が変なんだよ」
「だ、だって。なんで私達はその五体の魔物を引き連れて魔王の元へ向かってるんですか! これじゃ魔王の手助けをしてるみたいです」
「違う。我は自分の目的があってこいつらを連れている。我は魔王の助けも勇者の助けもするつもりはない」
「も、目的、ですか」
「今はまだ、言えんがな」
ミャージッカは、ミソロジーもヴィットに対して似たようなことを言っていたのを思い出した。今はまだ、言えない。それはどんな事情があるのだろう。そしてそれを何故ミソロジーは把握していて、私は把握していないのだろう。ミャージッカはそんな不思議な感情にかられていた。
「ま、嫉妬すんなよ。これは別にそういうんじゃねえから」
「えっ!? あ、いやぁ、私は……」
否定しようとするが、どうにも否定出来ない。どうやら本当に、自分は嫉妬してしまっていたようだ。ミャージッカは赤面した。
「その……はい」
「さて、見えてきたな」
「え」
ミャージッカは前を向く。小さく見えていた点が、気づけばもう城の形に見えた。あれが、魔王の城なのか、とミャージッカは息を呑む。あの場所に、最強の魔物である魔王が居るのだ。
「あっ、見えてきたよお♡」
「そうだな」
「着いたジャン!」
「ふう、歩き疲れました」
後ろの魔物の長達も、口々に歓声を上げる。ついに、魔王の元へと着いたのだ。
「先生、今日はもう日が沈みそうですが……?」
「ああ、まだフェイが着いてねえからなあ。今日はここで寝るか。なあ、マイ」
「そうですねえ」
アネクドートとミソロジーの二人は、いそいそと食事とテントの準備を始めた。ヴィットとミャージッカも、それに駆り出される。ミャージッカはテントを立てながら、ちらりと魔物達を見た。
彼らは、変わらず談笑している。
「気まずい、なぁ」
思えばミャージッカは、知性のある、魔物と接したことがない。ゼラゼラのような竜人など、亜人はよく接しているのだが、魔物と人間は、殺し合う仲である。言葉を交わす機会など、そうそうない。
そう考えると、彼女の知的好奇心が少し刺激された。
「ちょっと、話してみようかな」
そそ……と近づいていき、一番話の成立しそうな、スケルトンの王、ナビスェに話しかけてみる。
「あの、すみません」
「んん……? おお、人間の魔術師ですか。どうしましたかな?」
「あ、いえ、少しお話してみたくて……」
ミャージッカはどうしてもナビスェの目に注目してしまう。眼孔には何もなく、虚空のみがある。どうやって、見て聞いて、話しているのだろう。
「ははは! 面白いことを申しますなぁ。どれ、いいでしょう」
がちゃがちゃ、とナビスェは腰掛けた。ミャージッカもつられて座る。
「あの、何で、今私達に着いてきているのですか?」
「……ふむ、そうですなぁ。なかなか、理由は多い。一つは、まあこれはあなた方を殺さない理由ですが、単純に、あの女性に負けたからでしょう」
ナビスェはミソロジーを指さした。
「あ……」
「完膚なきまでに、完敗でした。手も足も出ないとはこのことなのかと、生まれて初めて知りました。しかも、生かされている。普通なら屈辱の末自決しそうなものですが、不思議と、納得できるものがあります。負けるべくして、負けたのだと」
「は、はあ」
「これは理由の二つ目でもありますが、私はあの人間の女性に大変興味がある。全てが、今までにないことですからな」
それはミャージッカも同じだった。ミソロジーとアネクドートは、妙に魅力に溢れているというか、惹かれるものがある。
「そして最後の理由。それは、恐らくほかの面々もですが、誰も明確な意志と忠誠心を持って魔王様の所へ向かおうとしている訳では無いからです」
「え……?」
「我々は王を自称しておりますが、要は一族の中で最も勝負に勝った者達です。魔王様が本当に優れたものしか必要としていない以上、魔物達の中から厳選する必要がある。そして伝統的に行われた戦いにおいて勝ち続けたのが、我々なわけです」
「では、勝ったから、魔王の所へ向かっていると?」
「そうです。ですから、黒争妃殿などは特にそうですが、自分が何をしたいのか、何故ここにいるのかもよく分からないという感情が、我らにあるのやもしれません」
滔々と語るナビスェは、本当に人間のようである。そうミャージッカは感じた。思えば、ミャージッカは魔物に対抗する研究は欠かさなかったが、魔物と接する研究は少なかった。
「でも、私もそうなのかもしれません。ただ、才能があって運が良かったからここまで来ましたが……」
「はは、人間の世界も難儀そうですからなあ」
その後、ナビスェと取り留めのない話をした後、ミャージッカは夕食を食べた。何か動物の肉が入っていた。思えば、ミャージッカは魔力を高めるためによく魔物の肉を食べる。魔力を回復するために、例えばスケルトンの骨を砕いた霊薬などを、飲んだことがある。
そのスケルトンと、先ほど話していたのだ。
(人間と魔物の区別はどこにあるんだろう。同族でなければ、殺して食うものなのだろうか)
どことなく不安になって、アネクドートを見た。彼女はガツガツと飯を食べている。隣にはミソロジーがいる。むっとして、ミャージッカは隣に行く。、
「せ、先生」
「おん?」
「今日、一緒に寝てもいいでしょうか、その、色々、お話したくて」
「ああ、構わねえよ」
「あ、ありがとうございます!」
ミソロジーはミャージッカの必死さというか健気さに、少し意地悪げに微笑んだ。
そして、就寝の際。ミャージッカはアネクドートに様々なことを問うた。人間と魔物の違いとは。我々はなぜ生まれ、なぜ生きるのか、など。決戦を前にして、色々と聞いてしまいたい気分だったのかもしれない。
アネクドートはその一つ一つに、丁寧に分かりやすく答えてくれた。
「以上だ。我はそろそろ、もう寝るぜ」
「あ、はい。おやすみなさいです、先生」
ミャージッカは、薄暗い中、アネクドートの隣に寄り添った。彼女の体は、本当に大きい。しかし、ほとんど歳が同じであることを、ミャージッカは知らない。
ミャージッカは、自分とは反対側のアネクドートの隣に眠る、ミソロジーにも目がいった。アネクドートにひっしりと寄り添っている。
(どういう、関係なんだろう)
ただ、ミソロジーには腰に手を回しているアネクドートだが、ミャージッカには腕枕をしている。その違いが、どことなく自分がどう見られているかを示している気がして、ミャージッカはまた少しムッとした。
何はともあれ、もう、明日には魔王の所へ辿り着くのである。ミャージッカは、それを思い出すと、さらにアネクドートへ引っ付くのだった。




