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腹を割って

「お待たせ二人とも」


僕がティカの言葉に息を呑んでいたその時、メアニーが戻ってきた。


「おかえり、メアニー」

「おかえり」


よいしょ、と口で言いながらメアニーは僕達と同様に壊れた噴水に腰掛ける。

ゆるりとした昼下がり、街は静かだ。

僕は少し彼女の来た方を見てから、二人を見る。二人とも、何とも言えない表情だ。

緊張しているのだろう。僕もだ。

まずは本題から少し逸れたところから話していこう。そう思い、僕は軽いジャブから入っていく。


「……どうだった、メアニー」

「え? あー、うん。恨まれるかと思ってたんだけどね……皆、『無事でよかった』って喜んでくれてたよ。ガダンにはしこたま怒られたけどね」

「あはは、お疲れ様」

「本当に、情けない姫だよ私は」

「そんなことないさ。君は、街の人たちを愛しているし、愛されている。それだけだよ」

「ん……ありがとう、フェイ」


少し会話が弾んだところで、僕は徐々に本題を切り出していく。ティカの話を聞くに、事態は相当厄介だ。


「え、っと、じゃあ、話そうか」

「……うん」

「そうだな」

「じゃあ、まず、僕とティカが出会った辺りのことと、それからのティカの動きを、あらかたメアニーに説明するね」


そして僕は説明する。ティカが、魔王軍の四死竜の一人、カオティコルであること、僕がバイソラでティカを屠ったこと、そしてティカが、魔王の城にて蘇った後、僕のところへ来たことを。

メアニーは、ゆっくりとその言葉を噛みしめる。


「ふむ……そうだったん、だね」

「うん。急で、ごめん」

「じゃあ、質問がフェイとティカに一つずつあるかな。聞いていいかい?」

「いいよ」

「かまわない」

「じゃあ、まずティカに。……君は今、どうしたい?」


メアニーは真剣にティカの目を見て、質問する。メアニーは僕の言ったことは冗談ではないと思ってくれたはずだ。

それなのに、こんなに物怖じせず、ティカに向き合えるのは…………なるほど、愛されているわけだ。


「……私は、魔王様の配下だ。本能が彼に忠誠を誓っているし、私個人としても、彼は忠誠に値する方だと思う。あの方が敵とする者は、私の敵だ」

「……」

「だが、今あの方の敵は人ではない。勇者ではない」


メアニーが目を丸くする。あ、そうだ。まだ彼女にあれは話していなかった。


「僕もさっき聞いたんだけど……魔王が言っていたらしいんだ。それが……」


僕はメアニーにあらかたのことを説明する。つまり、魔王がティカに言っていたことだ。


「そう、なんだ。うん、まだ素直には認められないけど、そうなんだね」

「ああ、だから私としては、魔王と勇者には争って欲しくはない。それが望みだ」

「じゃあ、君はその目的の為に、行動したいんだ」

「そうだ。……まあ、自分でもはっきりと、自分の感情が分かっているわけじゃない。だが、不思議と、お前達と居て悪い気はしない。それは、事実だ」


メアニーは納得したようで大きく頷く。そして、続いて僕の方を見る。

うーん、そろそろ、どういう質問が来るのかは分かってきたけど……。

何だか、日差しが強くなってきた気がする。少し、汗ばむ。


「じゃあ、次はフェイだね」

「う、うん」

「単刀直入に聞くけど……君は何で、そんなに強いんだい?」


その質問は、訊かれないはずがなかった。あのフォークロアとの戦闘を見て、そして魔王軍の死竜を屠ったという話を聞けば、当然湧いてくる疑問だろう。

そうだな、隠すべきではない。彼女らの秘密は、全て僕はしってしまったのだから。


「……わざと、隠していたわけじゃないんだ。ただ、信じてもらえるか分からなかったから。でも、もう大丈夫だよね」


そして僕は僕に関する全てを詳細に打ち明けた。

僕がこの世界とは別の世界から来た者であること。

常人とは並外れて幸運であること。

常人とは並外れて不幸であること。

そしてこの世界に来てから、今までの全てのあらましを。

二人は、黙ってそれを聞いていた。

僕に関することは全て話した。


「……だから、今僕はここにいるんだ。自分達が居ても問題ない場所を探すため、幸せを探すため」


メアニーもティカも、どうやら僕の説明で納得してくれていたようだ。

そしてメアニーが、僕に尋ねる。


「じゃあ、さっきの女の子がその勇者なんだね」

「うん……隠しててごめん」

「かまわない、もう全部打ち明けたじゃないか」


にこり、とメアニーは微笑んだ。


「んーと、じゃあフォーコイドで戦った……あのキラキラした髪の女の子も君の仲間なのかな?」

「そう。それに、あと二人いるよ。まあ男は僕一人なんだけど……」


その瞬間、僕の話の中で初めて二人の表情が引きつった。

どうしたのだろう……あ"っ。


「どういうこと、なのかな、フェイ」

「詳しく、聞かせてもらおうか……」

「わ、わー! ち、違うんだよ! いや、違わないんだけど……でも、その……」


しどろもどろになる僕を、さらに二人は詰問してくる。ずいずいと僕に顔を近づけてくる。


「君は私達とお風呂に入ったんだよ! 恋人でもない女の子とそんなことをするなんて……君は、悪い子だ!」

「ううっ」

「私を裸にひん剥いて全身を撫で回したのも、そういうことだったんだな!」

「ううっ!?」

「え!?」


そこまでだったんだなやっぱり!


「それは、だからさっき言ったとおり、僕じゃない僕が……」

「ええい、問答無用だ! 私を辱めたことには変わらん!」

「落ち着いて、ティカ! フェイの話が本当なら彼に罪はないよ、ほら、殴らないでっ」


わーわーと騒ぐティカを、何とかメアニーは諌める。

僕はひたすら、頭を下げることしか出来ない。


「……でも、私は何度かお風呂で確認したけれど、君、ついてなかったよね」

「う、うん。あの女の子とはまた別の僕の仲間に、蹴り潰されちゃって」


唖然としながらも二人は納得する。さらに、メアニーは尋ねる。


「それに君、こういう言い方が正しいのか分からないけど……可愛すぎないかい?」

「いやぁ、それは、そうなのかなぁ」

「君は心は男の子なのかもしれないけど、体はもう女の子みたいなものなんじゃないかな」

「そうだな、それには同意だ」


変なところで二人に納得されてしまった。さらに、まじまじと二人は僕の周りをぐるぐる周りながら僕の体を観察する。

まあ気持ちはわかるけど……恥ずかしいな。


「そうか……フェイが、男の子だったんだ……」

「ふむ……お前のその、潰されたモノは、戻るのか?」

「多分、回復魔法でもあれば戻ると思うよ」

「そうか……」


何故か二人はさらに何かを納得した様子で、改めて本題に戻り始める。すなわち、僕達三人が具体的にこれからどうするのか、だ。


「じゃあ、これからどうしようか。僕は、勇者と一緒に魔王の所へ向かおうと思う。争いを止めるために」

「私も賛成だ」

「私は、んん……」


メアニーは悩む。

今の一連の話が真実だとするならば、またこうして街が魔王ではない第三勢力に襲われる可能性があるからだ。


「正直、君たちに付いていきたい。エン=ティクイティも、そうするべきだと言ってたしね。でも、この街をほうっておくわけにもいかないんだ。この国の姫として」


彼女は悩んでいる。なんともし難い問題だ。少なくとも、誰かがこの街を守っていなくてはならないのだ。


「うーん……」


と、僕達が唸っているその時だった。

カツン、と噴水の石段に何かが当たった音がする。そちらの方を向くと、すうーっと何者かが、足元から出現し始めている。

僕達三人は、警戒して後ずさる。

な、なんだろう。


「……ふふ、話はある程度、聞かせてもらったよ」

「あ……!」


突然の登場は、彼は二度目だった。

すなわち、珠位冒険者の魔法使い、マロイ・バウズハンさんである。

杖を石段に着いた音だったらしい。

というか、まずいぞ、色々聞かれちゃいけないことも喋っちゃってたけど……!


「ど、どこから、聞いていたんですか、マロイさん」

「君がどういった存在なのか、というあらましからだね。いや、色々と……得心いった」


どうやら一番聞かれるとまずいところ、ティカが怪死竜であることは聞かれていなかったようだ。何よりである。


「それと、そうか……どうりで美しいと思っていたが、君がかのおてんば姫、メアニーなんだね」

「あ、はい。そうです、マロイさん」

「ふふ、よしてくれ『さん』付けは。僕は下々の者だよ」


僕達三人は、同様に疑問の目をマロイさんへと向けた。

つまりそれは、僕達の会話を盗み聞きしていたというのなら、何故彼は僕達の前に姿を表したのか、ということだ。


「さて、一応僕の立場を示しておくけど、僕はたとえばフェイ君をどうにかするとか、そういうつもりはない」

「え……」

「大事なのは、つまりちょっと怒ってまで君を追いかけたのは、レオールの店でそれを使ったからだ。僕は彼女が大事だからね。でもどうやらアレは本当に『意図しない』ことだったようだ」


なるほど、てっきり僕はこの人が、何か自分の研究的使命とか、もしくはこの世界に危険をもたらすものを排除するために僕を追っていたのかと思っていたが……。


「今回思い知ったよ。どうやら危険は相当迫っているようだ。レオールを守れたからいいものの……次はそうはいかないかもだ。だから僕は、この街を守る」


そして、レオールさんはメアニーの方を見て微笑んで言った。


「そういうことだ、おてんば姫さん。君のおてんばな逸話は数多く聞いている。そしてこの国を愛していることも、皆よく知っている。国民を代表して言おう。誰も、君に守られようとは思っていない。君には生きて、楽しんでほしいのさ。姫の使命を果たす前にね」


マロイさんの言葉は真剣だった。メアニーは、静かにそれに頷いていた。


「だから行ってくるといい。このフェイ君なら守ってくれるだろう。それを言うために、僕は姿を現した次第だ。じゃっ」

「あ、ありがとうございました!」


風のようにマロイさんは去っていった。彼はなんというか、いい人だった。僕は少し困った笑顔をメアニーに向けた。メア二ーも僕に微笑み返した。


「じゃあ、決まりかな?」

「……そうだね、行こう。君たちと共に」


こうして、僕達の方針が決まったのである。一緒に、魔王のところへ。それも誰かを倒すためではなく、皆を守るために。

空は相変わらず晴れていたが、少し意味が違って見えた。二人に対する後ろめたさが解消されたからだろう。うーん、やっぱり隠し事はするもんじゃないな……。





その夜、僕はメアニーの家、ようするに城を訪れていた。なんだかんだで初めてくる場所である。しかも用はお風呂と夕食だけである。なんだか申し訳ない。

街のどこからでもちらちら見えていた場所だったけど……まさか来ることになるとは。


「フェイ様。お口に合いますでしょうか」


はっとして僕は側に立つ給仕係の人にぺこりと頭を下げた。

そうは言われても、豪勢なシャンデリアやテーブルに敷かれたキメの細やかなクロスなど、視覚が忙しすぎて情報が入ってこない。


「じゃんじゃん食べてくれ!」

「う、うん……」


食卓には、僕とティカとメアニーのみがいる。かなり大きなテーブルなんだけど、がらがらだ。よく考えたら、給仕係の人も一人だけだし。


「本日はこの程度のもてなししかできないことをお許しください、姫のご友人様方。現在城の者は街の復旧に大忙しでございまして」

「ああ、いえ、ほんとお構いなく……」


やはりそうなのか。何だかすごいタイミングに来てしまった。けど、街の店は全部閉まってるし、ここしか夜は過ごせないんだよなぁ。


「美味しいな、フェイ」

「そ、そうだね」


ティカは平然と食べている。僕も仕方なく、早々と食べることにした。何せ出発は明日だ。リルちゃん達と同時に出発する。

今回の目的は、リルちゃん達をやんわりと止めることなのだから。

だがしかし分からないのは、魔王側が抱えてる事情がまだあるという点なのだ。

だって魔物と人間に被害を出さないためなら、もう少し魔王が動いても良さそうである。

とりあえず、被害が少ないようにはするけれど、なかなか難しいところだ。

などと思考を巡らせていると、食堂の扉のうちの一つが開いた。それもかなり勢いよくだ。入ってきたのは二人の男女だった。


「オウ! 入るぜェ!」


男性の方は金髪のもしゃっとした髪型で、探偵服のような格好で赤いマントを着ている。目鼻立ちが非常にハッキリしており、威圧感すらある。

その腰には、一本の剣がある。鞘に収まっているのに、妙に存在感のある剣だ。


「いやもう入ってるからね君。なんなら開けてから叫んでたからね」


女性の方は絢爛なドレスに沢山の宝石があしらわれたティアラと、かなり身分が高そうな印象を受けた。薄い銀色の髪はふわりとたなびいており、不思議な雰囲気の女性だ。


「あ、えっ!?」

「な、あっ!?」


メアニーと給仕係の人は、ひどく慌てふためいている。誰だろう、この人たちは。

ぼんやりびびっていると、給仕係の人が声を張り上げた。


「ど、どうっ、どうされたのですか、国王、王妃!」

「え"っ」


間髪入れずに、男女が割って入る。僕とティカの目の前に入り、立ちはだかった。


「オウ! 時間がないから手短にすますぜ、悪いな! 俺ァこの国の国王ガズフルフ・ティーニだ。こっちは俺の嫁のネティルル・ティーニだ。よろしくな!」

「よろしくね」

「あっ、えっ、あっえっ?はい? よろしくお願いします?」


僕達がどんなに戸惑っていても、そんなことはお構い無しにガズフルフ国王は続ける。


「メアニーからさっき話は聞いたぜ。魔王んとこ行くんだってな。わかるわかる皆まで言うな! 俺が心配すると思ってんだろ?」

「えっ、あっ、はい」

「全然! 王族の女は超運がいいからな。俺の嫁もそうだ。旧文明時代の怪物をぶっ倒した時に仲間だったのが城から抜け出してた姫様でよ!最後まで最前線で戦えたのが俺ら二人だった!結局そのまま結婚よ。ま、俺が一番国で強かったから当然なんだけどな!

つーことで今回のもそういう感じなんだなと思ってるぜ、フェイ!」


途端に名前を呼ばれて僕はびっくうっと反応する。


「はっ、はい?」

「お前男なんだろ? やったら可愛いし今は玉ついてねーらしいが、俺ァお前が次期国王になる器だと直感したぜ! メアニーを嫁にやる!」

「ええええ」

「ええええ」

「じゃ、魔王とのアレが終わったら婚礼だからな! 今のうち仲良くしとけよ! 今日風呂入れ一緒に! 国王命令! じゃあな! まだ会議途中なんだよ!」


全員が唖然としている中、国王はそのまま歩き去ってしまった。王妃は、僕をにこりと一瞥する。


「ま、そういうことよメアニー。あたしがそうだったように、姫の結婚相手は究極の戦いを共に切り抜けたものという伝統だからね。割と確定事項だよ。じゃ、後はごゆっくり〜」


そして王妃も去っていってしまった。途中、給仕係の人に何かを耳打ちしていた。

僕達はなおも唖然としていた。蚊帳の外だったティカに至っては顔が「ポカン」以外の何者でもない。


「ひ、姫……どうやらお風呂の入浴は強制のようです。ティカ様も共にと……王妃曰く、『いい妾になる』と

……ベッドも、一つでございます……」


給仕係の人が、恐る恐る言葉を伝えた。

僕も「ポカン」になってしまった。とんでもないことになってしまった。恐る恐る、ティカとメアニーの顔を見る。二人は頬を赤らめて、僕から目をそらした。

……はは、次期国王か。すごい幸運じゃないか…………じゃないわー!


「ふ、普通に生きさせて……」


魔王の元へと往く前夜、それは全く休息などない、平和などないとんでもない夜だった。

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