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幸運な者《side anecdote》

出発の朝である。

アネクドート、ミソロジー、ミャージッカ、ヴィットの四人は聡明塔から、ちょうど今出てくるところである。入り口にまで散乱している魔法道具を足でどかしながら、アネクドートは空を見た。曇天だ。


「準備は出来てんのか?」

「は、はい!」


ミャージッカは、小さな肩掛けポーチと大きな杖を携えて出てきた。若干、緊張しているようで、視線の動きが落ち着かない。


「にしても、散らかってんな。これとか大事なやつなんじゃねーの?」

「あはは……昨日は皆実験とかの途中で街に飛び出しましたから」

「あー、そうだったな。まあ、そういうのは一段落してからでいいだろ」

「そうですね、先生」


そして二人の後ろから、ヴィットとミソロジーが出てきた。ヴィットは既に身支度を終えており、かっちりと鎧を着込んでいる。

ミソロジーは、相変わらずの黒いジャージだ。寝起きのようで目を擦っているが、髪は一切乱れていない。


「んー……ヴィットちゃん」

「何だ」

「体調に問題はありませんか」

「ああ、大丈夫だ」

「なら、今日やってしまいましょうかねえ」

「……?」


ヴィットは発言の意図を掴みかねつつも、外へ出る。街の空気は、空以上に澱んでいる。ヴィットはそう感じた。


「この街は……このままでいいのか?」

「ああ、我らがどうこうする問題じゃねえ。あいつらが、何とかするだろ」


アネクドートが視線を向けた先には、こちらに歩いてくる人々がいた。十聡会の面々だ。彼らはアネクドート達に気がつくと、駆け寄ってきた。

聡明塔の庭園で、全員が再会する。


「何とか、間に合ったようだな」


十聡会の長、トビリは疲労を滲ませながらも安心した様子である。その他の面々も、クマが出来ていたりと非常に疲れているが、今は落ち着いているようで表情も穏やかだ。


「おう、トビリ。我らは行くぜ。街は任せる」

「ああ、任せてくれ。今、皆徹夜で街の再建案やら何やらを考えていたところだ」

「気をつけてね! ミャージッカ」

「ありがとう、メノア。でも、先生やミソロジーさんがいるから、大丈夫だよ」


ミャージッカは、他の面々とも親しげに別れの挨拶をかわしていく。アネクドートはその中から、かつて「ヤイハ」だった者に目をつけ、近づく。


「あー、ユレミア、だったか」


彼女はにこやかに振り向いた。


「はい。アネクドート様、魔王討伐は決して楽なことではありませんが、こうしてあの化物から街を救ってくれたあなたなら、きっと、達成できるだろうと確信しております」

「……ふむ」


アネクドートの懸念の一つは、かつてヤイハだった者をこの街に置いていくということだ。一応、監視する術は張り巡らせているが、不安である。


「……ん?」


そこで彼女は、ある疑問が浮かんだ。不安? 何故自分に、そんな感情があるというのか。かつては、未来において自分の不都合なことが起きると案じるなど、空が落ちてくるのを恐れることと同義だったではないか。

これは、何だか、自分が人間っぽくなってしまったようだ。そうアネクドートは感じた。しかし、何故か悪い気はしない。


「アネク? どうかしましたか」

「ん、あぁ……何でもない。じゃあ、行こうぜ」

「はい。ゆきましょう」


そうして、四人は十聡会に別れを告げ、カリオイドを出ることとなった。正門をくぐれば、街道が伸びており、その傍らには野原が広がっている。

街の惨状とは対照的に、野原は変わりなく、穏やかだ。


「南は、太陽の方角だったな。じゃあ魔王は反対側の……あっちか」


アネクドートは北を指さした。


「さて、どう行く? 我は走りがちょうどいいと思うが……」

「あっ、私はその、体力はあまりないので、飛ばさせてもらいます」

「私とヴィットちゃんは、走りましょう。ただ、その前に、あの解析結果を回収していきませんか?」

「お、そうだな」


ミソロジーが言ったのは、昨日二人が話していたこの世界に関する研究のことである。アネクドートは数分で回収を終え、再び三人の元へ戻った。


「じゃー、行きがてら見とくか」

「そうですね」


アネクドートが駆け出した。まるで獣型の魔物のような初速度、加速だとミャージッカは感心する。


「……速いな」

「うふふ、そうでしょう」


そして三人は、朝露のまだ滴る草を踏みつけて野原を駆けていく。アネクドートとミソロジーの幸運により、四人を妨害する魔物も山賊なども現れない。このままいけば、数日もすれば魔王の城に着いてしまうだろう、そうヴィットは予測した。

しかし、相当の距離を進んだところで、アネクドートが唸り声をあげ始めた。


「んん……」


不思議に思ったミソロジーが近づくと、アネクドートは持っていたタブレットを手渡した。


「……ふむ」

「どう思うよ」

「データは、データですからねぇ」


どういうことだろう、とミャージッカがタブレットを覗く。そこには、木の模式図のような物が描かれていた。その周囲に、色々と文字が書き足してある。


「データ通りに読むなら、とんでもないな。全部の生物の遺伝子が、おかしすぎる。形式すら全然違う。人間にしても、染色体の数も異なれば遺伝子座(遺伝子の位置)もめちゃくちゃだ。いや、待てよ、オイ、つーかこれ、辿っていくとよぉ……」

「はい、そうですね。人間や魔物はおろか、植物や普通の動物すらも、全て何か一つの生物から作り直されています。退化と進化を恐ろしい勢いで繰り返しながら……」


ミャージッカとヴィットは顔を見合わせている。勿論、何を言っているのかはてんで分からない。しかし、二人の真剣さから、どうやらただ事ではないのだろうということは伝わってくる。


「ここは別世界だからその辺の概念が曖昧……とかは、夢を見すぎですかね」

「我らが観測できない事象が絡んでるってことかもな。だが、そんなことは悪魔の証明だ。気にしても仕方ねぇ……俄然、この世界をお作りになりやがった奴らに会いたくなってきたな」


そう言って再びアネクドートは走り始めた。彼女は、神の代理人たる魔王と勇者の戦いを神への糸口にしようと考えている。

どちらが勝つにせよ負けるにせよ、その結末を見届けたいのだ。


(きっと、フェイが勇者と来るだろう。クロアは魔王の城にいるはずだ。そしたら、四人で四創神とやらにぶっこむぜ)


にや、と不敵な笑みを浮かべながら、アネクドートはさらに足を動かす速度を早めていった。



そして、夜。アネクドート達は俊馬のような早さで十数時間走り続けた。流石のアネクドートも少し汗をかきながら、足を動かすのを止めた。


「はー、やっぱ走るっていいな。幸福度が増すわ」

「おや、幸福への道を見つけましたか?」

「馬鹿言え、こんなんじゃねえよ。四人で走ったら、もっといいぜ。ヒイヒイ言ってるフェイが見られるしな」


ふふ、とミソロジーは顔をほころばせる。そこに、こういう時だけには、笑みに含みがない。そうヴィットは感じた。


「火を起こしますか?」

「いや、いい。普通にいい気温だし、魔物は寄ってくる可能性が無いからな」


アネクドートは天を見上げた。巨大な月が燦然と輝いている。そのおかげで、はるか遠方にある小高い丘や、不思議な建造物すらよく見える。


「あ、では夕食前に始めてしまいましょうか」

「お、そうだな」


突然、彼女達のいる所に椅子が召喚された。しかし、ただの椅子ではない。かなり大きいし、拘束する部品がいくつか付いている。

ミャージッカとヴィットは、首をかしげた。


「ほら、ヴィット、座れ」

「え"っ?」

「え、じゃねーよ。今からお前を……魔改造すんだから」


ヴィットはミソロジーとアネクドートにグイグイと引っ張られながら、どすん、と机に座らさられた。そして拘束具によって手足を固定されてしまう。


「な、何だー!? どういうことだ!」

「まぁ、お前の姉貴とかとの戦いである程度気づいただろうが、お前は弱すぎる」

「ぐっ」


薄々感じていたことを突きつけられ、ヴィットは二の句が出ない。


「それは、私があなたを私の世界基準で強くしてしまったからです。この世界基準で強くしてあげる必要があったのですが、その時私はこの世界の機構をよく知らなかった」

「だか今は、我らは九割はこの世界を理解している。お前を最高にしてやるぜ。原子レベルで強くしてやる」


彼女らがヴィットに行った改造をダイジェストにすると、まずしこたま身体中をまさぐられ、揉みくちゃにした。その後しばらくアネクドートとミソロジーが何やら難しいことを語り合い、結論が出ると再びヴィットの身体をしこたままさぐり、さらにオマケにしこたままさぐった。


「う、うぅ……」


終わる頃には、ヴィットは男としての尊厳を完全に剥奪され、女としての尊厳もほぼ無かった。ミャージッカは赤面してうつむいていた。


「おし、完了だな。とりあえず」

「そうですね。これで、殊位冒険者ぐらいにはなったのではないでしょうか」


ヴィットは自分の四つの手を握ったりして、試してみる。確かに、かつてないほどに力が漲っている気はする。しかし、実感は湧かない。


「これで……強く、なったのか?」

「ちょっと地面でも蹴ってみろよ」

「ふむ、とりゃっ─────!?」


低い爆発音とともに、地面が抉れて飛んでいった。ヴィットは驚きつつも、近くにあった剣を握り、振るった。それだけで、地面に切れ目が入る。


「これが……これなら……!」

「いい感じですねぇ。……おや」


ミソロジーが声を上げた。アネクドートも気づいている。この周囲1キロぐらいの範囲に、何かが入ってきた。

明らかに敵意を持った、何かだ。


「ちょうどいいな。試せるじゃねえか」

「そうですね、ヴィットちゃん。戦技を知っていますか?」

「あ、あぁ」


ミソロジーはヴィットの後ろに回り込み、その四本の腕に剣を持たせた。


「私、戦技を自作してみたので、使ってみてください。疲労が伴いますが、威力は保証しますよ」

「どうやって、発動すればいいんだ」

「簡単です。今から教える動きを、この言葉とともにすればよいのです。いいですか、『垓下四冠』、です」

「垓下、四冠?」

「まぁ、実戦で学びましょう」


ミソロジーが草原の向こうを指さす。そこには、一定の速度でこちらへと近づいてくる何かがあった。それは影とも、暗闇ともとれる不気味な塊で、夜の薄暗さとは決して相容れない明確な闇だった。


「な、先生、あれは!」

「お、知ってんの?」

「恐らく、上位の……吸血鬼です」

「へえ、面白いのが来たな」


闇は四人の近くに来ると、殻がめくれるように剥がれ、中にいる者が姿を現した。黒いボロに身を包んだ、恐ろしく白い肌の女性である。髪は、そのボロのように黒い。

その蒼白の唇を動かし、それは語り出す。


「……魔王様の配下、五臓衆の一員となるため、私は全ての同胞と対決した。およそ三千の、名のある同胞と。そして、勝った。ゆえに私は、吸血鬼の女王たる存在だと、思う。後は貴様らのように、魔王様の元へ向かう冒険者の首を餞別にすれば、きっと、認められるんじゃないか」


吸血鬼の女王、その名に違わず、おそらく彼女は実力者なのだろう、そうアネクドートは思った。自分とミソロジーの幸運を突破し、ここへ来たのだから。


「じゃあヴィット、戦え」

「あ、あぁ……」


アネクドートはとんっ、とヴィットを前に出す。ヴィットの心拍数は、どんどん高まっていく。吸血鬼とは、戦ったことは無い。相当、上位の魔物のはずだ。それの、女王……いったい、どんな強さなのだろう。


「ふむ、君からか。一人ずつなんだ」

「……」


動きを観察する。黒い暗闇を椅子のように変形させ、ふわふわと漂っている。椅子の背にあたる部分からは二つの手のような闇が伸びており、女王を守っている。


「……せやっ!」


だっ、と駆け出したヴィットは、恐ろしい勢いで近づいてくる女王に驚いた。いや、違う。自分が凄まじい速さで接近したのだ。慌てて、四本のうちの一本で切りかかる。


「へえ」


二つの闇の手はその剣を掴もうと迫る。しかし、ヴィットの剣の威力によって、一本は吹き飛ばされてしまう。


「……なかなか、やるな」


今度は女王が、片手を上にあげた。すると、闇は斧の形へと変化していき、禍々しい斧が現れた。それを女王は両手に握り、こちらへ飛んでくる。彼女の周囲にはさらに闇の塊が出現し、そこから出てくる黒い液体も、ヴィットに迫っていく。


「く……」


剣をクロスさせ、防御の構えをとる。その直後、凄まじい衝撃がヴィットを襲った。


「う、ぐっ」


しかし、今のヴィットはそれに耐えうるだけの力がある。そしてさらに、相手の動きも、よく見えるようになっていた。

恐ろしい猛攻だが、隙がないわけではない。絶妙な位置に攻撃をしてくる女王だが、逆に言うと絶妙な位置にしか攻撃をしてこないという不思議な攻撃だ。


(これは……)


それゆえ、ここには攻撃してこないだろうという位置が生まれる。そこが、隙になる。


(よし、ここ、だっ!)


そこへ向けて、剣を振るった。鋭い一閃は、女王の片腕を捉えた。ざんっ、と深く剣が入る。


「痛っ」


すると、女王から間の抜けた声が聞こえた。思わず、ヴィットは耳を疑う。女王は後ろへ飛び、ヴィットから距離を取った。

手を自分の腕へかざすと、傷口はあっという間に塞がる。しかし、女王の表情は疑問に満ちている。


「っかしいな……」


ぼそり、と女王は呟いた。


「うーん……どうすればいいんだここから。だいたいこれで……」


さらに、何かをぼそぼそと呟き始める。ヴィットだけでなく、後ろで戦いを見ていた三人すらも、不審に思い始める。


「アネク、あの魔物……何か、変では?」

「ああ……よくわかんねえが、変だ」


女王は、思いついたように手の中から何かごぼごぼと黒い液体を湧き出させ始めた。


「じゃあこれとか……どうだ」


すると、巨大な黒い波が草原に出現した。ずずず、と迫り、ヴィットを襲おうとする。ヴィットは剣を四本同時に振るうことで、その波に穴を開けた。

いくらか鎧にかかると、そこが僅かに溶ける。

よく見渡せば、周囲の草は全て枯れ果てている。


「あれ、生きてる……」


また女王が首をかしげた。ヴィットは、この妙な女王のテンポが恐ろしくなり始める。とにかく、攻めるしかい、そう考えた。


「せりゃあっ!」


走り、距離を詰め、四肢に向かって切りかかる。女王はひゅるりと体をずらすと、剣が通り抜けた。


「くっ」


さらに一撃、二撃、三撃と剣を振る。それでも、剣は当たらない。女王は貫手の構えをとった。その手先が、赤く染まる。


「えい」


それは、ヴィットの右脇腹を貫いた。激痛、というよりはひたすらに熱い感覚がヴィットを襲う。少し下がり、傷口を確認する。その傷口は、ぎゅるると塞がっている最中だった。


(あ、あいつら、俺の体に何をしたんだ!?)


しかし、女王もまたその回復に驚いている様子だった。今が、隙である。ヴィットは覚悟を決める。


(こいつに、効くのか。いや、あいつを信じるしかない。俺はもう、あいつを信じるしか……!)


剣が当たりづらい以上、自分に残された攻撃手段は、あれしかない。一気に距離を詰め、剣を上と下から交互に振るう。そして、あの言葉を言う。


「『垓下四冠』!」


すると、自分が振った数の数十倍の斬撃が、女王を襲った。あまりの威力と迫力に、ヴィット本人すらも驚愕する。女王のボロはさらにずたずたになり、大量の傷が出来た。

女王は上にかち上げられ、どさっと落ちる。ヴィットは、再び起き上がってくるのに備え、剣を構えている。

しかし、反応はない。


「や、やった、のか……?」


後ろへ振り向くと、三人がこちらへ近づいてきていた。


「大丈夫ですか、ヴィットちゃん」

「あ、ああ……」

「先生、これは……?」

「おう。まさか、こんな所で会うとは思わなかったが……なあ、マイ」

「はい。試してみましょう」


ミソロジーは、パチンと指を鳴らした。しかし、女王に何か起きている様子はない。

アネクドートが、倒れて動かない女王に言う。


「……お前は今、こんなにも攻撃されて、倒されて、『驚いて』動けないんだろ?」


すると、むくり、と女王は起き上がった。キョトンとした表情で、四人を見る。


「……その通りだ。私は今まで倒されたことはおろか、攻撃されたこともなかった。ただただ勝ってきた。わけも分からずのし上がった。人間達よ、お前らは何だ? ……私は、何だ?」


アネクドートは女王の戦いを思い返す。最初の一撃以降は、女王は思いつきで攻撃しているようだった。それは、今まで女王が最初の一撃のみで買ってきたからである。

感じた違和感の正体、それは、女王が戦いに慣れていないことだった。


「ラードーンと呼ばれる蛇の黄金の頭や、ヴィットちゃんのお姉さん、私の最大幸福が通用しない相手がいました。つまりそれは、運がいいということ。この女王は、この世界における、私達のような強運の持ち主なのです」

「強運、だと……?」


夜も深まり、夜風が強くなってきた。ぐうっと、アネクドートのお腹が鳴った。


「とりあえず、魔王のところに行かなきゃわかんねえな。お前、名前は何だ。吸血鬼」

「……私か? 私は、黒争妃こくそうき。私は不死だ。私は殺せんぞ」

「ちげーよ。お前にも来てもらう。その前に、飯だ」


アネクドートののんびりとした行動に、ミャージッカは驚く。


「え、ええっ!? 先生、この吸血鬼ほっておくんですか!?」

「ほっとかねーよ。飯食うんだよ一緒に」

「え、ええええっ!?」


ヴィットとミャージッカが唖然としている間に、ミソロジーとアネクドートはいそいそと食事の準備を始めてしまった。


「お前何食うんだ。やっぱ血か?」

「血肉だ」

「そうかそうか。色々話そうぜ。食事でもしながらな」

「恋人とかいるんですかぁ?」

「ああ。サキュバスの……」


自然な感じで、彼女達は会話を始めてしまった。二人も仕方なく、食事に加わるしかなかった。アネクドートの指先から食材が現れ、それがミソロジーの手によって絢爛な料理に変わる。そんな豪華な食事は、夜中まで続いた。かくして、魔王の元へ向かう一日目は、珍妙な形で終えることとなった。

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