戦闘
次話から一話一話が長くなりそうです。
「ヤイハ、魔物は」
「へい。アレです」
ヤイハと呼ばれた女馬主が指差した先には、馬車の横方向から多くの人影が走ってくる姿があった。なかなか剣呑だ。
「しかし、ツナギ街道に魔物が出ることは殆ど無いのだが……」
グーアさんが訝しげな顔をする。お嬢様を護衛するのだ、魔物が出ることが少ない道を選択することは当然である。僕が何かしてしまったのかもしれないな。
「いやーツいてますね。丁度魔物と闘ってみたかったんですよ」
こっちの仕業だった。
「そうか、ならここはお前達が処理してもかまわん。お前達の実力もまだ信用はしていないからな」
「分かりました」
一歩前にマイさんが出る。
「ヒィギェァ!!」
「プッザヴァリュ!!」
けたたましい足音と喧しい声と共にやってきたのは、薄緑色の肌の小鬼達だった。10匹以上はいるだろうか。血走った大きな目をギョロつかせ、口々に何かを叫んでいる。これは…異世界モノの漫画などでよく見る雑魚敵の定番、ゴブリン、だろうか。実際に見てみるとかなり、不気味だな。
「ゴブリンか……多いな」
「手出しご無用ですからねー」
すた、すた、すたと特に躊躇いもせず、マイさんはそのゴブリン達に近付いていく。その堂々とした様にゴブリン達は一瞬たじろいだが、すぐに彼女を取り囲んだ。
「あいつの職業は何だ? 武器を持たないところを見ると、武道家か魔術師のようだが」
「うーん……」
とりあえず僕の世界では無職だった。
「さぁ、どっからでもどうぞ」
その挑発が通じたのかどうか分からないが、ゴブリン達は一斉にマイさんに襲いかかった。
そこからは、一言で言い表すなら、蹂躙だった。
左から来たゴブリンの殴りかかる手を掴み勢いを利用し地面に叩きつける。そしてサッカーボールでも蹴るかのように首を蹴り飛ばす。右から来たゴブリンの鳩尾に肘を叩き込み、浮いたところに回し蹴り。そんな調子で穏やかな表情を崩さず、それでいて激烈にゴブリン達を処理していく。手足は鞭のようにしなり、長いポニーテールは蛇のように躍動している。その様は美しいという形容詞以外当てはまらない。
「……驚いたな。ここまでとは」
ガキッ、ボキッという鈍い音が聞こえてくる。
本当にこんな音がするんだな。
「マイさんに肉弾戦で勝てる人間は、あんまりいないと思いますよ」
そう、あのアネクドートくらいだろうか。
先ほど僕は、僕以外の三人を絶対的に強いわけではない、と表現したが、それは人類を制圧し得るほどではない、ということだ。
彼女達は、生まれた瞬間からおよそ天性と呼べる全てを持っていた。容姿、頭脳、運動神経…全てだ。生まれた時から幸福だったのだ、彼女達は。喧嘩なら、多分僕はフォークロアにも勝てない。
「……さて、では街へ行きましょう」
あれだけ血飛沫が舞う最中に居ても、血飛沫一つ付いていないマイさんは、少々ドヤ顔で帰ってきた。久しぶりにいきいきしている。その背後には、死体の山とまではいかないが、凄惨な光景が広がっている。
「あ、あぁ……。! おい!」
「ん?」
急に焦ってグーアさんが僕の後ろを指差した。
なんと、先ほどの戦闘に紛れてゴブリンの一匹が僕の後ろに回っていたようだ。棍棒を振り回して僕に突進してくる。どうしよう。
横目でちらっとマイさんとグーアさんを見る。
ちょっと間に合わないな。仕方ない、不安だが、僕も『あれ』を少し使ってみよう。
「──10」
指で鉄砲の形を作って、バンと撃つ。実際に何か出ている訳じゃないけれど、まぁこれは気分の問題だ。
「ギッ!?」
途端にゴブリンは苦しみ出し、失速し、倒れ込む。しばらくもがいた後、糸が切れた人形のように動かなくなった。
「ふぅ、焦った……」
この世界でもどうやら、これは使えるようだ。安心。
「む……即死魔法か。お前も相当の実力者だったようだな」
「あ、いや、今のは……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。さ、ペシテロさんのところに戻りましょう。きっと待ちぼうけていますよ」
「ん、そうだな」
馬車に戻るとどうやら一部始終をペシテロさんは見ていたようで、さらに僕達を見る目が輝かしい物になってしまった。それゆえに質問責めの勢いが増した事さえ除けば、その後の道中は特に何も起きず、僕達は目的の街、城塞都市バイソラに到着した。
「おお……」
街は想像していたよりも大きかった。外壁は目算で10メートルほどだろうか。正門らしき所から沢山の馬車や人が出入りしている。皆顔の彫りが深い。やはりペシテロさんやグーアさん、そしてヤイハさんだけが特別という訳ではなかった。
「それでは、ここでお別れなのです。貴重なお話どうもありがとうございました!」
ペシテロさんが深々とお辞儀をする。律儀な子だ。それにしても、コツコツと蹄が石畳を踏む音がなかなか喧しく、交差点で話しているような感じだ。馬車もここまでいると物珍しいを通り越して鬱陶しい。
「あぁ、うん、こちらこそありがとう。また会おうね」
「はい!」
そしてペシテロさんの馬車は別の街道を走っていった。そうだと思ってはいたが、彼女達はこの街の住人ではなかったようだ。まぁ貴族みたいだし、この国の首都とかに住んでいるのだろう。
「さて、では入りましょうか」
「うん」
何気なく、門をくぐり、街への第一歩を踏み、入っていく。しかしこれが、この街に、いやこの世界にもたらされる災厄の始まりだったことに、僕はまだ気づいていなかった。