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法神《side anecdote》

 悪魔と天使と肉塊の主の襲撃を何とか凌いでから数時間後、アネクドートとミソロジーは街中の浴場で入浴していた。もう日はとっぷりと暮れ、街は気味が悪いほどに静かである。


「あー……あちぃ」

「お疲れ様です。アネク」


 ちょうど二人が入れる大きさの浴槽に、二人は向かい合って入っている。二人は足の裏を合わせ、うりうりと楽しげに動かしながら雑談をしていた。

 二人の白い肌が水面からちらちらと覗いているのは、誰が見ても見とれる程の美しさである。


「この世界は、退屈しませんね」

「退屈はしねーけどよぉ……落ち着かせてもくれねーな。退屈すんのも退屈しねえのも我の自由にしてーぜ」


 浴場の外では、建物の修復、怪我人の治療などで街はてんやわんやである。しかし、そんなことは二人の気になるところではない。


「あら、本当に脚、長くなってますね」

「だろ。マイも、胸大きくなったような気もするな」

「うふ、触って確かめてみます?」


 二人はにやにやしながら脚を絡ませていた。

 そこに、ガラッと扉の開く音がする。


「えと……失礼します」

「失礼……する」


 おずおずと、ヴィットとミャージッカが入ってきた。二人とも白いタオルを巻き、少しびくびくしながら浴槽へ近付いてくる。ヴィットはアネクドートが、ミャージッカはミソロジーが怖いのだ。


「おう、来い来い」

「ヴィットちゃん、こちらへ」


 促されるままに、二人は浴槽へ入った。ミャージッカはアネクドートに後ろから抱きつかれる形で、まるで大きなぬいぐるみのように扱われる。

 ミソロジーは、ヴィットの二本の左腕と二本の右腕の間に手を入れ、抱きつく。


(ひゃあ……先生に、抱き、つかれてる……!)


 ミャージッカのリアクションは気にせず、アネクドートは質問する。


「被害はどうなってんだ」

「えっ、ええと、行方不明者が、五千人ほどいます。怪我人は数えていません。ですが、すぐに治療できると思います」

「……行方不明者は腹の中、か。ミャージッカ、あの肉のバケモンについて、なんか知識あんのか」

「分かりません……アーティファクトを持っていたのは、分かったんですが」


 アネクドートは自身の記憶を辿った。グロテスクシャインと呼ばれる魔神のアーティファクト。肉塊の主はそれを所有していた。そのアーティファクトによって、大勢の人が死んだのだ。


「マイ、どう思う。何故あいつらがこの街にきたのか」

「そうですねぇ。たとえば、私にヴィットちゃんのお姉さんを殺させる。そして私に精神的苦痛を与える。そういう嫌がらせという線も無くはないですが、いささか軽薄過ぎますね」


 ミソロジーは、ヴィットの頭を撫でながら答える。


「だな。かと言ってただ暴れてたって感じでもねえし。じゃあ……ミャージッカ、何か気になることは起きてねえか? 何でもいい」

「ええと、うーん……あ、そういえば、街の人達が、これは魔王軍の仕業なんじゃないかって言っていました。

かなり、大勢の人が」

「なんだと? まだそう決まった訳じゃないだろ」

「ええ、その筈なのですが……本当に、多いんです。法華卿様が見通せなかったのだから、魔王の仕業に違いないと。早く、復活した魔王を討伐してくれと」


 この情報には意味がありそうだと、アネクドートは直感した。魔王といえば、フォークロアである。彼女は今どうしているのだろう、とアネクドートは思いを馳せる。


「こりゃ、魔王のとこに向かった方がいいかもな」

「ええっ!」

「そうですねぇ」

「なにっ!?」


 あっさりとそんなことを言うアネクドートとミソロジーに、抱かれている二人は唖然とする。


「だ、駄目ですよ! 魔王ですよ!? 勇者に任せましょうよ!」

「勇者にはもう会ってる。別に倒そうって訳じゃねぇよ。ただ話聞くだけだ。会いたい奴もいるしな」

「姉さんを助ける方法と、魔王が関係あるのか?」

「勿論です。魔神の恩恵を受ける魔王なら、魔神のアーティファクトについても知っているかもしれません」

「じゃ、風呂あがったら行くか」

「そうですね」

「え、ええー……」「うぅむ……」


 アネクドートの言うことも、ミソロジーの言うことも、確かに納得はできるのだが、それでもどうしても、この世界の人間であるミャージッカとヴィットは二人が心配でならない。

 魔王と勇者の戦いは、次元が違うのだ。勇者の仲間たちと魔王の側近達の戦いは、普通の者達が関われば死ぬと言われている。


「クロアもフェイも、ここ数日会ってないからなぁ……禁断症状が出てきたぜ。カワイイ成分が足りん。ミャージッカで補うしかないんだよなぁ」

「私も、ヴィットちゃんで補っています。でもそろそろ、会いたいですねぇ」


 ミャージッカとヴィットの頭を撫でながら、ほう、と二人がため息をつきどこか遠くを見る。その視線の先には、きゃいきゃいと戯れるフォークロアとフェイブルの幻影があった。

 

「そういえば、あの黒い人と白い人は何だったのでしょう? 戦っていましたよね?」

「ああ、そうだな。それを言わなきゃいけなかったんだ。黒い方は、多分、悪魔だ。ウアアとか、オーカーとか名乗ってたが……まあこいつはどうでもいい。大事なのは、白い方だ」

「ふむ?」

「あいつ、中嶋弓子」


 その名前を聞いて、ミソロジーが怪訝な顔をした。その名前は、聞いたことのある名前だ。

 中嶋弓子。名前から言って明らかに日本人である。つまり、地球の人間である。過去に、ミソロジーがフェイブルの噂を聞きつけ、日本に誘拐をしに訪れた際、全力でそれを阻止しようとしてきた少女である。

 フェイブルの親友であり、ミソロジーの恋敵だ。

 

「ほう。あの女が」


 その語気の強さに、ヴィットとミャージッカは怯える。


「何であいつがこっちに居るのかは、多分考えても分かんねえけどな。だが、あいつはフェイは私の恋人とか言ってたぜ」

「……ほう」

 

 ゴゴゴゴゴと、ミソロジーの周囲の空気が震える。浸かっている風呂の湯が、まるで重力が逆さになったかのように浮き始めた。


「くく、まぁフェイは心配しなくともお前にぞっこんだよ」

「どうですかね。私の容姿に、惹かれてはいますが……しかし、中嶋弓子ですか」

「あいつも特殊だよな……あと、一崎いちざきたすく。フェイが、いや、フェイの最大幸福が殺した何万っつー人間の中から二人だけ残ったフェイの親友」

  

 一崎相は、フェイブルを完全に女子だと思い込んで求愛し続けていたひょうきんな男である。その名前について、特にミソロジーの感情を動かすことはなかった。

 だが、僅かに何かが引っかかる。


「あの二人は、いわゆる淘汰の成果でしたね。どんどん殺していくことによって、運の良い者を洗い出すという」

「そうだな……懐かしい」

「あはは、懐かしいですねぇ」


 話を合わせながらも、何かが二人に引っかかっている。何か、大事なことを気づきかけているのではないか、そんなことを、お互いの視線が物語っている。

 

「……どうした、マイ」

「アネクこそ。何か、引っかかっているようですが」

「?」「?」


 その変化に、ヴィットとミャージッカは気づけない。


「あがるか。とりあえず、ペシテロの所へ行きたい。魔王のとこ行く前に報告だ」

「ああ、彼女。やはり、上位の人でしたか?」

「おう。つーかほぼこの国のトップ」

「あはは、そうですか」

「わっ」「きゃっ?」


 ざぱっとヴィットとミャージッカを抱えたまま二人は立ち上がった。ばたばたと水が水面に垂れる。


「あ、あの、先生……」


 おずおずと、ミャージッカは発言する。


「ん? ああ、安心しろ。お前は我らのごたごたには巻き込まねーよ」

「いえ、そうではなく。私も、魔王の所へ連れて行っていただけますか?」

「おん?」


 ミャージッカは、覚悟を決めた顔でそう言った。先ほどまでの話しぶりの通り、ミャージッカも魔王の所へ行くのは恐ろしい。しかし、これ以上先生、つまアネクドートの役に立てないのは嫌なのだ。


「お願い、します」

「……くく、良いぜ。来いよ」

「ありがとうございます!」


 その様子を見て、ヴィットもミソロジーに問う。


「俺は何と言っても連れて行かれるんだろうな」

「ええ、勿論です♪」 

「うむ……まぁ、姉さんを助ける為なら、俺は何でもしよう」

 

 そして、四人は浴場を出た。



 完全に日の沈んだカリオイドは、殆どの街明かりが無いため不気味な様子だ。転々とある大きな建物の入り口からは、大勢の人々が包帯を巻かれ、寝かせられているのが見える。そこから、僅かに明かりが漏れている。

 その周囲に、ローブを来た人々が慌ただしそうに回復魔法を唱えている。


「……怪我人か」

「あっ、手伝って行きたいです」

「必要ねぇよ。我が全部やっとく」


 アネクドートの手から、緑色の風が流れた。それが幾つかの建物の中に吹き込んでいき、中から驚きの声が漏れる。怪我人が一瞬で回復したのだ。

 ミャージッカは、わっと声を上げ賞賛と尊敬の眼差しをアネクドートへ向ける。アネクドートは、ばつが悪そうにする。 


「勘違いすんなミャージッカ。我は、ほとんどの人間はどうでもいい。大事なら、もっと戦いようもあったんだからな。ただお前の気が散るのを避けたいだけだ」

「え、あ、でも……」

「あはは、駄目ですよ。ミャージッカちゃん」


 初めてミャージッカがミソロジーに話しかけられた。ミャージッカの心拍数が跳ね上がる。


「えっ」

「あなたがアネクに気に入られているのは、珍しいからなんです。私も、人類に四人しかいないから、気に入られているんです。ただそれだけで、もしそうでないなら、アネクの眼には『有象無象』としか映りません」

  

 その説明に、アネクドートは苦笑いする。


「ま、そうだな。そこまで割り切っちゃあいないが……とにかく、ミャージッカは可愛くて頭良いから、マイは美しくて我と張り合えるから好きだな」


 好き、というワードに、ミャージッカは敏感に反応する。挙動不審に、恥ずかしそうにアネクドートを見る。


「うふ、ではそれらを失った私は、愛せますか?」

「我は人間だからな。失ったお前は愛せる。だが、元々お前がそれを持っていなかったら、愛せなかったろうな」


 そんな会話を、二人はにこやかに行う。ミャージッカは、まだ自分が幼いから二人の会話を理解できないのか、それとも何か別の理由で分からないのか、頭を悩ませる。


「ところで、俺のことは何故目を付けたんだ?」

「私は出たとこ勝負で生きてるので、たまたま出会った人が運命の人と思っています」

「つまり……全くの偶然というわけだな。まあお前が居なければ、姉さんを助けるどころか会うこともままならなかっただろうからな。感謝しかないが」


 

 そして四人は、正法華宮へ向かった。

 


 正法華宮の前では、魔王討伐を口々に訴えている市民が大勢居た。正法華宮の正面門の灯火に照らされ、彼らの動きは少しおどろおどろしく見える。アネクドート達は、それらの横を通り過ぎ、ぴょんっと跳躍して正法華宮の頂上を目指す。


「不安なんだろうな。目の前に現れた脅威が何か分からずに。だから自分の知っている脅威に当てはめてそれを排除しようとしている」

「そうですねえ。不安……久しく感じていないです」

「というかっ、平然と飛ぶな……!」


 ヴィットは唐突な高度の上昇に、戸惑っているようだ。

 そしてそのまま、四人は十聡会の面々が立食会をしていたバルコニーにすたりと降り立つ。


「法華卿様は、今偉い人たちと会議中かと思われます」

「ああ、気にするな。あいつはもう我らが来るって知ってるだろうよ」

「ええ?」


 アネクドートが言ったとおり、四人が法華卿のいる謁見の間に近づいた頃には、どうやらその会議はもう終わったようで、ミャージッカの言う偉い人たちとすれ違う。

 コン、とアネクドートが一度扉をノックする。

 

「入るぞ」

「どうぞ」


 中から間髪入れずに返答があったのに、ミャージッカは驚く。がちゃりと巨大な扉を開き、四人は入室する。そこには、ちょうど今ヴェールの中から出てきていた、法華卿、ペシテロがいた。


「え……!?」


 ミャージッカは、実際に彼女の姿を見るのは初めてである。ヴィットはその存在の重要性についても、よく知らない。


「どうしました? アネクドートさん」

「我らは魔王のとこに向かうことにしたぜ。予定通りか?」 

「いえ……流石に、あなたのことは全て把握できません。それにしても、今日は預言に無いことが多すぎました」


 アネクドートは一日を思い返す。バルコニーにて立食会の後、ペシテロに連れられ宝物を見学、その後にミソロジーに世界の調査結果を伝え、肉塊の主の襲撃。

 非常に濃密な一日だった。


「ふ、確かにな。ああ、そうだ。お前の言っていた言葉の意味、もう少しで分かりそうだぜ」


 その言葉に、ペシテロの表情が少し綻ぶ。


「流石に、お早い」

「この世界は我らがいただくからよ。哀れな世界じゃあ困る。だから、何とかしてやる。な、マイ」

「ええ、お任せください」


 にこりとミソロジーが微笑む。


「ありがとうございます。では、こちらに」


 ペシテロは四人を、宝物庫へ案内する。その目的は分からぬまま、四人はついて行く。ミャージッカやヴィットは宝物庫への道のりを大いに驚きながら歩いていたが、アネクドートはもちろん、ミソロジーもリアクションは少ない。


「今日の襲撃は、全く預言にありませんでした。これまでも、襲撃はありましたが、それでも事前に預言がありました」

「その預言ってよぉ、法神のパフから託されんのか?」

「はい。その通りです」

「こ、これまでも、大きな襲撃はパフ様の預言で最小の犠牲に留めることができていたんです」


 ミャージッカが説明している間に、五人は宝物庫へとたどり着いた。その中の、アネクドートに見せた絵に、ペシテロは近づいていく。


「法神パフは、『未知』の支配者です。パフは、未来を決められる。私が一度だけ、肉眼でその姿を見たとき、読み取れた情報の一つです」

「未来を、決める……?」


 アネクドートがその言葉を反芻する。

 

「私は、パフからの預言を民衆に伝えてきました。しかし、徐々に私はこう考えるようになってきたのです。パフがこの街への襲撃を決めているのではないかと。それを、その未来を私に伝えているのではないかと」

「え、そ、そんな!」

 

 ミャージッカが愕然とする。


「そして、一度だけパフに謁見した際、私は、その過去の一部分のみを目視しました。断言します。あれは気狂いです」  

 

 そして、その『アテナイの学堂』に酷似した絵の中心を、指さした。そこには、二人の人物が描かれている。さらに注視すれば、その内の、瑠璃色と漆黒色を混ぜた色のドレスと、全く同じ色の鍔の広い帽子を深々と被った人物に、指は指されている。


「これが……恐らく、パフです。ポスヤチ・ヴァーチュ・ユトレトスケファも、パフに出会っています。そして、その姿を記録したのです。アネクドートさん、ミソロジーさん。この世界を救うということは、パフを

、いえ、四高神全てを止めるということです。それでも、やっていただけますか」


 真剣な表情で、ペシテロは懇願した。

 ミャージッカとヴィットは、話の突飛さと壮大さに唖然としている。


「……へっ」


 しかし、アネクドートは軽く笑った。


「何だ、さっきの我の話聞いてなかったのか? 四高神全部ぶっ飛ばしてこの世界をいただくって言ったろ。任せろ」

「そうですよ。楽しそうじゃないですか」

「……ありがとう、ございます」


 深々と、ペシテロは頭を下げる。

 ミソロジーは、先ほどペシテロが指差したちらりと見た。そこに描かれているパフに、視線が止まる。


(……ん)


 ちり、と胸の奥に何かがかすった気がした。ああ、この感覚が不安だったなと、ミソロジーはぼんやり考えて、アネクドートに僅かに近寄った。

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