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案内人

 ガンガンと頭を揺さぶる頭痛、全身に重りが乗ったかのような倦怠感、絶えず襲ってくる眠気。そう、これは典型的な徹夜明けの状態だ。


「着い……たー! フォーコイドだ!」


 高く大きなメアニーの声が僕の頭をさらに揺さぶる。さらに、船から下りたときの、急に揺れが止まる感覚で、僕の精神はまたもや削られる。


「うぅ……」


 僕は、昨日から一睡もしていない。それは別に、慣れない船旅で寝付けなかったからとかではなく、幼児期の僕が現れてティカやメアニーに悪さをしないようにするためだ。

 何とか問題なかったようだが、代償は大きい。


「思ったより気温が高いな」

「アイレスよりだいぶ南に来たからね。まぁでも、ここの南端はもっと大変だよー」


 昼過ぎの太陽はカンカン照りだ。波が日光を反射して眩しい。

 唯一の救いは、このゴスロリのおかげで常に快適な気温であることだろうか。これで暑かったら、やられていただろう。しかし、徹夜のダメージは大きい。


「フェイ、顔色が悪いよ? 船酔い?」 

 

 流石に気づいたようで、メアニーが僕の顔を覗き込む。髪の寝癖が激しいことを除けば、本当に綺麗な顔だ。着ている装備も、レオールで買った高級かつ高性能なものだ。見た目だけなら相当手練れの冒険者である。


「あぁ、いや……うん、そうかも。でも大丈夫だよ」

「きついときはいつでも言ってね。さて」


 メアニーは改めて、港を見渡した。大きく、『リラ』と書かれた看板の奥には、アイレスではあまり見られなかった木造家屋、それも東南アジアとかで見られるような簡素な作りの物がずらっと並んでいる。

 そして、涼しげな服を着た浅黒い肌の人が、魚や果物の入った木箱を運びながら歩いている。現地の人だろう。さらに同じくらいの人数、僕達のような冒険者もいる。


「港町リラ。フォーコイドに冒険に訪れた人がまず拠点とする場所だ。新鮮な魚や果物の売っている店が多いね。本で見たとおりだ。早速、宿屋を確保して食事にありつこう」

「うん」「そうだな」


 街の明るい喧騒の中を歩いていき、メアニーは迷うことなく一番高い宿屋を選んだ。お金を使わないと死んじゃうのかなこの子は……ただ単に体に染み着いちゃっているんだろうけど。  

 さっさと入っていって、受付の人とメアニーが話す。僕とティカは外で待機。お金があると本当にとんとんと進む。お金が無い場合を知らないから、何とも言えないけど。


「……よし、じゃあ、何か食べようか。ついでにエン=ティクイティの情報も集めよう」


 さらりと予約を済ませ、僕達は街の食事どころを探す。僕は、冷たい水とあっさりした魚介が食べたい気分なので、それらしい店を探す。


「ん、あの店は、人が多く出入りしているぞ」

「おお、良さそうだね。行こう!」


 『アクンマタ』という名前の料理屋さんで、周囲の建物と比べても一際大きい。開放感のある店で、屋根はあるがほとんど壁はない。沢山並んでいるテーブルに、冒険者達は腰掛け、海を眺めながら食事を楽しんでいる。

 ちらりと食べている皿を眺めてみると、うん、やはり魚介だ。


「三名、空いてますかー?」


 メアニーがぱたぱた歩いている女性の店員さんに声をかけた。一枚の薄い布で出来たミニスカートに、ビキニみたいな服、その上に浅葱色のエプロンを着ている。髪は黒く、肌は浅黒い。健康的だ。

 

「んーと、空いてるねー。三名さまね。こっちね」

  

 にこやかに僕達を席に案内した。

 

「あはは、フォーコイド訛りは聞いてて楽しいね」


 メアニーが店員さんの後ろ姿を見ながら言う。


「えっ、訛ってた?」

「国によって違うんだ。フォーコイドの人は女性は『~ね』、男性は『~な』っていう語尾が多いよ。まあ、皆が皆そうってわけじゃないけど」

「へぇー」


 訛りとかあるんだなぁ。関西弁とかってあるんだろうか。あれも日本語としては相当ポピュラーな訛りだけど。

 と、ぼんやりと考えながら、僕はメニューを眺める。魚が多いな……あと、魔物系のメニューがアイレスに比べて安い。よし、あの『リュウグウウオの切り身』とか頼んでみようかな。


「よぅし、じゃあ腹ごしらえだ。二人とも好きな物を頼んでくれたまえ! 私は、これかな!」


 そしてメアニーが選んだのは、この店で最も高いメニューだった。




「ふぅー」

  

 食事を終えて、僕達はリラの奥まった路地を歩いている。いや、それにしても美味しかった。やはり、魚介は新鮮だと味が違う。寝不足で疲弊しきっていた頭も、素晴らしい海の幸によっていくらか回復した。


「『アクンマタ』の店員さんは、あまり情報を持っていなかったけど、情報屋の場所を教えてくれたんだ」

「情報屋? そんなのいるんだ」

「捜索系のクエストは情報が大事だからね、商売になるんだよ」


 しばらく進んでいくと、路地の隅、壁により掛かって座り込んでいる男を見つけた。肌や髪から判断するに、フォーコイドの人だ。浮浪者という感じでもなく、ただ黙って座っている。この人か。


「……私が交渉していいか?」


 小声で、ティカが僕達に提案する。


「ん、構わないけど」


 なんで? とメアニーが聞く前に、すたすたとティカは男に近づいていった。僕達も、後から付いていこうとする。しかし、ティカに、来るな、というジェスチャーをされ、仕方なく見守る。

 恐らく、今までのメアニーの金使いの荒さから見て、彼女は交渉ごとに向かないと判断したのだろう。僕もそう思う。 


「……エン=ティクイティについての情報を得たい」

「幾らまで出せるな?」

「そちらが持っている情報の概要を提示すれば教えよう」


 非常に端的な会話だ。僕はちらっと情報屋を注視する。服装は他のフォーコイドの人と一緒だが、後ろの壁に大きな直方体の箱を立てかけている。


「……あー……」 

「ん?」


 何かを言いかけたが、情報屋はティカの目を見ると、その中に秘められている凄みを感じたようで、仕方なく、はぁっとため息を付き、話す。


「……エン=ティクイティの外見について、場所について、見つける方法についてな。前払いな」

「場所について、見つける方法について聞こう。1000G、一万Gだ」

「ふむ」


 場所の方の提示する金額が安い。正確な場所が分かってたら既に多くの人が見つけてるから、情報の信用性は薄れるのかな。


「場所を信用してないみたいだな。確かに正確な場所は無いが、行動の習性を把握している。価値はあるな」

「……なら5000だ」

「よし、交渉成立な」


 ティカが金を渡す。

 そして、ここで、ティカが僕達を呼んだ。近づいていくと、情報屋がメアニーを見てばつが悪そうな顔をする。なるほど、メアニーの装備では相当金を持っていることがバレてしまうか。


「ち、まぁとりあえず、情報な。まず場所。フォーコイドは、ここ、都市地帯と、火山地帯、湧水地帯、樹海地帯に分かれてるけど、エン=ティクイティが発見されたのは樹海地帯な。そしてその後も、樹海地帯での目撃が相次いでいるな。その頻度と場所から推測するに、エン=ティクイティは夜は樹海の最奥に潜んでいて、昼は手前の方にたまに出てきているみたいな。ちなみに、ノッチハスタにはもういないようだな」


 さらさら、とティカは情報をメモする。僕も一応、記憶する。何だか、アマゾンの奥深くに生息する珍獣を捕獲しにいくみたいな気分になってきたな。ワクワクしてきた。


「次に、方法。たいていの奴は、何も考えずに樹海に突っ込んでいく輩が多いが、そういう奴はエン=ティクイティを見つけられないどころか遭難していたずらに時間と体力を消費するだけな。案内を雇った方がいい。この町にも何人かいる、大きな荷物を背負った人間がいいな。町と樹海付近を行き来して商売している奴らな。荷物が大きければ大きい程、信頼度は高いな。長い距離を移動してるし、慣れてる証拠な。以上」


 情報屋は手に入れた金を箱にしまうと、そそくさとどこかに移動してしまった。カリカリカリ、とティカがメモを終えると、僕達に見せる。


「では、案内を雇うか」

「そうだね。ワクワクしてきたなぁ」


 僕もワクワクだ。

 ということで、町の大通りに出て、巨大な荷物を背負った人を探す。確かに、ちらほら、そのような格好をした人が見受けられる。しかし、一番大きいというと……誰かなあ。


「あ、あの子とかどうかな?」


 メアニーが指差したその先には、僕よりいくらか年の低そうな褐色黒髪の女の子が、彼女の身長ほどはあろうかという巨大な荷物を背負っていた。すげぇ。


「良さそうだ」

「うん、そうだね」


 近づいて、話しかける。


「ちょっといいかい? 樹海の案内を頼みたいんだけど……」


 少女は振り向いた。その時僕は、彼女の幼げな顔に、何というか、大人びた雰囲気を感じた。そして、その水色の宝石のような瞳に、驚いた。いや、比喩ではなく、本当に瞳がキラキラと光っていたのだ。


「……値によりますね」


 半ばこちらを警戒しながらも、同年代の三人ということに安心感を覚えたのか、拒絶は感じない。


「幾らならいい?」

「1日につき一万G、前払いで2000Gですね」


 なかなかのお値段だ。しかし、メアニーは気にする様子もなく、財布から一万G硬貨と2000G硬貨を取り出し、彼女に手渡した。


「よし、決まりだ。名前を聞いてもいいかな?」

「エンジですね。皆さんは?」

「メアニーだよ」「ティカだ」「フェイです」

「はい、ありがとうございますね。ところで、皆さんは冒険に必要な物は買われましたかね?」


 顔を見合わせる。メアニーは現地調達すると言っていた。つまり、まだだ。


「まだ、だよ」

「お、そうですね」


 エンジはにやりと笑った。


「なら、私の背負ってる物を使ってくださいね。料金は、あとで請求しますからね」


 うわ、ちゃっかりしてるなぁ……商魂たくましいというか、まだ若いのにかなりのやり手みたいだ。


「うん、分かった。じゃあ、もう行くかい?」

「ええ。道中、皆さんの戦力を見させてもらいますね。樹海の探索に及ばないと判断した時点で、契約は破棄させていただきます」


 そう言うと、エンジはすたすたと歩き始めた。


「……すごい、デキる人って感じだね」


 僕は率直な感想を、小声で漏らした。


「まぁ、エン=ティクイティの探索は容易ではないだろうからな。案内が優秀であればあるほど良い」

「そうだね、お金はあるし……」


 エン=ティクイティの発見の報酬は5000万Gだ。宝くじに当たったみたいな金額である。このぐらいの報酬に見合うということは、恐ろしく発見が難しいんだろうなぁ。


「二人とも、エンジ先に行っちゃうよ。彼女、歩くの速いみたいだ」

「あ、うん」


 エンジはもう既に町の出口辺りに差し掛かっていた。彼女の前方には、長い長い道が続いている。急がなくては。

 たったったっと走り、エンジに追いつく。

 視界が開けた。おお……海岸沿いの道だ。しばらくずうっと、海に面した小高い丘の上にある道が続いている。海岸段丘って言うんだっけか。


「ふぅ……そういえば、エンジちゃん」

「はい?」


 くる、とこちらを振り向きつつも、歩く速度は緩めない。僕の方は、ちょっと小走りだ。


「その、樹海地帯って所まで、どのくらいかかるのかな」

「んー……まぁ、そこまでかかりませんね。歩いて三時間くらいですね」

「あ、そうなんだ。ありがとう」


 人は一時間徒歩で四キロぐらい進むって言うから、大体十二キロぐらいか。徹夜明けにはキツいけど……まぁ、昔から意外と歩くのは得意だから、行けるかな。

 と、そんな甘い計算をしていた僕は、かなり馬鹿だった。その質問を受けた後、エンジは信じられないスピードで歩き始めたのだ。





 そして、きっかり三時間で、僕達は樹海に到着した。

 僕は草むらに顔を突っ伏している。


「ぜひゅう……かひゅう……」


 空気が変な味がする……死ぬ……。土と草の臭いがする……。


「大丈夫かい、フェイ」

「無理はするなよ」

「このくらいで疲れてたらやっていけませんね」 


 優しい声と厳しい声が飛んでくる。僕が言うのもなんだけど、なかなか無いぞ、僕がここまで疲弊するのって……おかしいな……僕は今幸運なはずなんだけど……。


「ほら、可愛い顔が台無しだよ。顔上げて」

「うぅ……ごめん……」

「体力がつくペンダント、そういえば買っていたからあげるよ」


 メアニーが青い二十丸が沢山刻まれている石の付いたペンダントを僕の首に付けてくれた。その途端に、足を包んでいた鈍い痛み、肺と心臓の苦しさ、ふらふらする頭がみるみるうちに治っていく。


「すごい……けど、何で僕が死にそうな顔で走ってるとき付けてくれなかったのかな……」

「ごめん、忘れてて……」


 ともかく、樹海に到着した。改めて、その入り口を見てみる。ある程度人が通っているため、獣道のようにはなっているが、かなり草が生い茂っている。奥のほうにはまさに樹海が広がっている。枝打ちされていない為、伸びた枝が複雑に絡まっている。また、ツタもそこら中に這っており、どこが地面で、どこが草なのか分からない。


「これからここに……」

「……今日は、入りませんよ」

「え、そうなの?」


 ちら、とエンジちゃんは太陽を見た。若干傾き始めている。


「樹海には、いくつか安全に休憩できる場所があります。しかし、今入ってしまうと、日没までたどり着きません」

「なるほどね」

 

 本当にジャングルで探検するみたいだな。


「よーし、じゃあテント張って夕食だ!」


 メアニーがいそいそとポケットから六本の黒い棒を取り出した。え? あれがテント? 余りにも小さ過ぎだけど……。そう思っていると、彼女は三本を地面に三角形に並べ、さらにもう三本をその上に三角錐になるように立て、手からぼうっと小さな炎を出してそれを温めた。すると、ガチャガチャッと不思議な音を立て、その黒い棒は伸び、巨大なテントの骨組みが出来上がった。


「うわ……すごい……」


 さらに、棒と棒を繋ぐように、にゅいいっと黒い幕が出る。そして、完全なテントが完成した。


「簡易テントですね。お値段2000G」

「まぁまぁするね……」


 いつの間にメアニー買ってたんだ……。ティカも、訝しげにメアニーを見ている。

 

「夕食は冒険食か干し肉かな?」

「そうですね。高級な物もありますが、どうしますね?」

「あっ、じゃあ」「冒険食と干し肉で大丈夫!」


 そうして、昼食とは打って変わって質素な夕食を済ませた後、僕たちは多くを語ることなくテントに入った。確かに、寝れるときは寝た方がいい。エンジちゃんはぎゅうぎゅうとテントに自分の荷物を押し込み、入った。


「良いのかい? 僕たちと一緒に寝て」

「短い時間でしたけど、先ほどから見てきて、あなた達からは馬鹿の臭いはしませんね。これからジャングルの捜索するのにいざこざは起こさないでしょう」


 意外と信用されてた。これは、嬉しいことだ。ティカとメアニーも入ってきて、皆適当な場所に座り込んだ。四人が入ってもぎゅうぎゅうにならない、かなり大きいテントだ。


「ところで、皆さんは当然ながら老者の探索に来たんですよね」

「老者?」

「……エン=ティクイティとも呼びますね」

「あぁ、もちろんそうだよ」


 老者とも言うのか。確かに、年老いてはいる。


「ふむ、それならまあ、運がいいかもしれませんね」

「え?」


 そして、エンジちゃんは事も無げに言った。


「昨日見ましたからね、私。老者を」

「……え?」


 ……どうやら僕の幸運がアップを始めたようだ。

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