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百鬼夜行 《side folklore》

 フォークロアは謎の黒い流体の食事風景を眺めていた。象より幾らか体躯の大きい四足歩行のトカゲ、ジャイアントレプタイルを、黒い流体は包み込むように捕食していく。

 爬虫類らしく、黙って運命を受け入れるかのような表情、視線で、少し体を痙攣させながら、飲まれていった。

 場所は、終の荒れ野、それももう終盤である。

 フォークロアが黒い流体に向かってぱんぱんと手を打った。すると、ぶにぶにしていた流体はその形状をどんどん変化させていき、硬質化させ、ついには先ほど捕食したジャイアントレプタイルの姿になった。


「面白いわね、あなた。食べたものなら何にでもなれるんだ」


 この流体は、ここに至る道のりで、数十体の魔物を捕食した。そして、フォークロアが合図すると、その魔物に変形するのだ。

 んしょっとフォークロアがジャイアントレプタイルもどきに飛び乗ると、トカゲ特有の四足歩行でがしっがしっと大地を駆けていく。


「そろそろお話したいわねぇ……あ、ストップ」


 フォークロアは、驚異的な視力、観察力で、荒れ野の中の僅かな森林地帯の中で何かが動いたことに気がついた。ジャイアントレプタイルもどきをそちらに向かわせる。するとどうやらそれは、人間のようだ。

  

「ねえ、そこに誰かいるの? 出てきて」


 がさっと音がして、葉っぱを纏った二十代ほどの女性が出てきた。その風体から察するに、どうやら隠れていたようだ。その女性は、何故自分が呼びかけに答え立ち上がってしまったのか、まったく理解できないという表情をしている。


「あ……? えっ」

「ふぅん。人間ね……あなただあれ?」

「ミジネア・ヤウです……えっ!?」


 無論彼女は質問に答える気はなかった。


「何してるの?」

「クエストで、魔王軍の偵察に……」

「ふぅん。じゃー死んでいいよ」

「えっ」


 彼女は自ら自分の腰にあった短刀を抜き、首もとに近づけていく。


「えっ!? いや!? なんっ、いっ」

「あ、ちょっと待って」

「ひっ!?」


 最早完全にパニック状態である。フォークロアは続ける。


「フォーコイドで一番強い魔物って何?」

「エンティクイティが最近発見されたようです。世界最高齢の魔物ですね……」

「うん、ありがと。じゃー食べていいよ」 

 

 ジャイアントレプタイルもどきが足をゆっくりと駆動させ近付いていく。ここでようやくミジネアは、自分が襲われていることに気がついた。しかも、逃げれられない。命乞いをせねば。


「い、いやいやいや! どうか見逃してください! どうか!」

「怖いの?」

「はい! 死ぬのは怖いです! 嫌です!」

「ふぅん……続けて」 

「……え?」


 フォークロアは能面のような無表情でミジネアを見つめる。


「だから、ほら、死ぬのよ? 早く、考えなきゃ。頑張ってミジネア」

「え、え……」


 ミジネアは必死に考える。見たところでは、魔物か人間かどうかの判断は付かない。だが、こちらに明白な敵意を持っていることだけは確かだ。

 では、何故、猶予を与えているのか。単純な敵意ではない? 何かをこちらに期待している……情報か、魔王軍のことを聞いた途端、彼女は殺そうとしてきた。

 エンティクイティの情報も聞いていた。ひょっとしたら彼女は魔王軍の親衛隊クラスの者……噂の『番外』か? 魔王軍の者なら、知りたい情報があるはずだ。


「ゆ……勇者の、動向を、知っています」

「……ふぅん」


 反応した! こ、この情報は使える。


「と、取引、しましょう、情報を」

「情報と命は釣り合わないわねぇ、私が情報を手に入れたらすぐあなたを殺すかもよ」

「こ、この水晶に、音魔法で、情報を閉じ込めます。一定距離以上、離れたら、発動します。死んだら、音魔法は消失します」 

「へぇ」

「わ、悪くない取引だと、思います。人間一人見逃しても、あなたに損害はないでしょうし、有力な情報が手に入る可能性があります」


 その、渾身のミジネアの取引に、フォークロアは少し黙った。


「…………」

「…………っ」

「…………うん」


 フォークロアはにこりと応えた。


「最近の、人間には興味はなかったのよ」


 フォークロアが語り出す。


「もちろん私の思い通りになるやつには、そんなに興味ないんだけど、こと人間に関してはね……他の動物に比べて、死に際が汚いから。病院とか、家で死ぬからね。だからこうやって追い詰めても、あんまり楽しくないの。……生か死の大一番を、予想してないからね。そんなの、生き物じゃないわ」


 ミジネアは、話のほとんどが理解できていないが、何やらフォークロアが穏やかな語り口調に、安心し始める。


「でも、あなた結構がんばったわ。評価したげる」


 安心どころか、ミジネアには凄まじい多幸感が溢れていた。何か、大きなことを達成したような、到達したような、幸せな気持ちが。

 そしてミジネアは頭からジャイアントレプタイルもどきに飲み込まれていった。   


「だから、楽に食われさせてあげるわ。安心して、あなたの脳も、記憶されるから」


 フォークロアは飛び乗り、ぱんぱんと合図をする。すると、ジャイアントレプタイルの背中から、ミジネアが出てきた。衣服は着ていない、それに、人間味がない。


「喋れる?」


 ジャイアントレプタイルもどきは再び走り始める。


「しゃべれる」


 ミジネアもどきも喋り始める。


「名前は?」

「ない」

「んー……じゃああなた、thingsみたいだから、X、いや、クリスにしましょ。あなた今から、クリスね」

「わたしはクリス。あなたは?」

「私はフォークロア。クロアでいいわ」

「クロア」


 クリスはとてとてとフォークロアに近づいていくと、子供のようにハグをした。


「わっ」

「わたし、クロア、すき。クロア、かわいい、いうこと、ききたくなる」

「きゃはは! 愛くるしいじゃない。じゃあ髪の色は私とお揃いにしましょ」

「ん」


 ぎゅるるっという謎の奇怪な音ともに、クリスの髪は極彩色に染まった。

 

「クリスは何で城の前にいたの?」

「わからない」


 フォークロアは驚いた。フォークロアの『質問』に対しては、いかなる者も嘘をつけない。たとえどんなに自分を騙そうとも、洗脳されようとも、記憶があるならば必ずフォークロアが望む真実を答えてしまう。ならば、クリスは本当に何故自分があそこにいたのかは分からないのだ。


「……私の幸運に引っ張られてきたのかしら」


 とりあえず、フォークロアはそう結論づけることにした。


「クロアは、何であそこにいた?」

「んー、まぁ、成り行きかしらね……。色々あって、気づいたら……って感じ」


 クリスは一瞬無言になり、何かを考えるように眼球をキョロキョロと動かした。


「クロアはどこに行きたい?」

「フォーコイド、の……エンティクイティだったかしら。そいつの所に行きたいわ」


 それを聞くと、クリスはジャイアントレプタイル部分の胴体から、ぶわっと大きな翼を展開した。それはばさっばさっと空気をかき回しながら、徐々に上昇していく。フォークロアの髪が風によってきらきらとなびく。


「あら」

「これから森に入る。空、飛んだ方が早い」

「あはは、賢いわね、クリス。よしよし」

 

 フォークロアの小さく可愛らしい手が、クリスの頭をなでなでする。クリスは嬉しそうに身をよじらせ、猫のようにフォークロアに擦り付いた。


「んー♪」

「にゃーにゃーみたいねー。あら、ドラゴンだわ」


 そして飛翔する前方から、小さめのドラゴンが飛んできた。涎をだらだらと垂らしながら、ばさ、ばさ、と威圧的な羽音を立てながら近付いてくる。

 

「クリス、舌をぺろーんとして食べちゃいなさい」

「ん」 

 

 ジャイアントレプタイル部分の口から、カメレオンのように長い舌がびよーんと伸び、まるで小蠅でも捕食するかのように、ドラゴンをばくりとその巨大な口の中に放り込んでしまった。

 ここでフォークロアは、クリスの体が段々大きくなってきていることに気が付く。


「あなた、自分を増やせる?」

「ん。できる」

「よーし、じゃあいっぱい増やして。今まで食べた奴ら全部出しちゃって!」


 すると、洞窟からコウモリが飛び立つように黒い固まりがクリスの体から飛散し、様々な魔物の形になった。巨大なヒキガエル、角の生えた赤い巨人、さらにはブルートゴブリンや体が腐りかけた竜など、数え切れないほど大量の魔物が創造された。


「あはは、いっけー!」


 それらは、赤い空を黒く染めながら、遂に森を越え、人々の集落に差し掛かった。

 極北の街、プロボスキ。終の荒れ野に挑戦する冒険者達の駐留地となっており、常に相当の手練れが街にいる。この日も上位冒険者が何組か、宿屋で旅の準備をしていた。

 そのうちの一組は、卓を囲んでなにやら話し込んでいる。


「魔物が一時期集まっていたようだな。やはり魔王が動き出したか」


 銀と黒の堅牢な甲冑に身を包んだ男が、椅子に腰掛けながら仲間に言った。兜によって声はくぐもるが、その声色からは歴戦の勇士の威厳を感じさせる。


「勇者はまだ発見されてないのかのう。伝承によれば魔王が目覚めると同時に世界のどこかの子供が啓示を受けるとあるが」


 見た目の年齢は五十代ほどの男性が顎髭を弄りながら続ける。


「まあ、深くは関わらないようにしましょう。下手に介入して死ぬのはいやだわ」


 最後に、二十代後半の、銀色の剣を何本も背に携えた女性が結論づけた。三人はしばらく黙り込んだ後、がたっと席を立つ。終の荒れ野へ狩りに行くのだ。


「今日はどうする、ブルートを何体か狩るか」

「ドラゴンゾンビの心臓の方が、ドラゴンのより価値があると最近分かったらしい。そっちはどうじゃ」

「光属性の剣……あったかしら、まあ、いいか」


 そして、宿屋を出た瞬間に、異変に気付いた。


「うおっ!?」


 空が黒い。いや、何かが空を覆っている。よくよく目を凝らしてみれば、それらは全て、終の荒れ野に生息しているはずの魔物達だった。この冒険者達は、言いようのない不安感に襲われる。

 余りにも巨大な脅威が、自分達の住む世界へ迫っているのに、それが自分にまだ襲いかかっていない不安感。


「な……魔王が進軍を始めたのか!?」

「いや、魔王は大軍を動かさないはずだ。何だこれは……」


 女性が、一番初めに気が付いた。何か歌が聞こえ始めていることに。


「ねぇ、何か……聞こえない?」


 それは、一人や二人ではない、魔女が、サキュバスが、ゴブリンが、あらゆる口のある魔物が、口ずさみ、反響し、徐々に巨大な音波になってプロボスキに響き始める。


「Lon|don Bridge is broken 《ロンドン橋落ちる》,Broken down《落ちる》, broken down《落ちる》♪ Lon|don Bridge is broken down《ロンドン橋落ちる》,My fair lady《私の綺麗なお嬢様》♪」


 いったい何の言語なのか、上手くは聞き取れないが、魔法の詠唱のように感じる。

   

「Build it up with wood and clay《粘土と木でつくろうよ》,Wood and clay,《粘土と木で》 wood and clay《粘土と木で》,Build it up with wood and clay《粘土と木でつくろうよ》,|My fair lady《私の綺麗なお嬢様》♪」


 どこか懐かしいような、それでいて如実な恐怖を伝えているような、極めて異界的な旋律。この三組の冒険者だけでなく、他の全ての冒険者や住民が、逃走する準備を開始した。

 その時だった。一斉に歌が止んだ。そして、脳に響くような小さな少女の歌声が轟く。


「寝ずの見張りをたてようか♪ 寝ずの見張りを♪ 寝ずの見張りを♪ 寝ずの見張りをたてようか♪ 私はきれいなお嬢様♪」


 魔物達が再び繰り返す。


「Suppose the man should fall asleep《もしも見張りが眠ったら》♪Fall asleep《眠ったら》♪fall asleep《眠ったら》♪Suppose the man should fall asleep《もしも見張りが眠ったら》♪ My fair lady《私の綺麗なお嬢様》♪」


 そして、最後に少女の声が。


「一晩中パイプをすわせよう♪ 一晩中♪ すわせよう♪ 一晩中パイプをすわせよう♪ 私はきれいなお嬢様♪」


 その歌が終わる頃には、プロボスキに居た全住民が、虚ろな目、おぼつかない足取りで、その魔物の大軍を追い始めた。空と地に、モザイク状の絨毯が広がり始める。


「アハ。どう? クリス。綺麗でしょ」


 空の赤らみが延長されていく。ごおっと、ドラゴンの飛行速度に見合う勢いの風が、フォークロアとクリスの極彩色の髪を舞わせている。


「ん。好き」

「じゃあ、私にふさわしい玉座を用意してくれるかしら。」

「ん」


 巨大な竜の背中に、黄金に光り輝く玉座が現れる。張りは真紅、枠は黄金、散りばめられた装飾は、ダイヤ、オニキス、パール、サファイア、ルビー、アメジスト……etc. フォークロアの髪色に合わせて多様に彩られる。

 フォークロアはその上にぽすんっと座り、誇らしげに前を見据えた。隣には、クリスが寄り添っている。


「予感がするわ。誰かに会える。マイ、アネク、フェイ……誰かなぁ、フェイ、あなただったら良いわね。あなたとは、まだ、ちゃんとやり合ってないもの……アハ♪」


 そしてフォークロアの一団は、プロボスキを通過、南下し、大陸を縦断していく。遂には、フェイブルの出発して間もない、アイレスの首都、テリジオンさえもその進行方向に見据えている。

 遠くから見えたそれは、まさに、魔王の軍勢そのものであった。

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