肉塊の主(ムナグアラフ)・1《side anecdote》
ヴィットは即座に四本の剣を抜き放つ。ミソロジーに要求し限界まで切れ味と耐久力を高めてもらった剣だ。しかし、この化け物に果たして斬撃が効くだろうか、とヴィットは冷や汗を滲ませる。
ミャージッカもこの肉の化け物に対して、どんな魔法が有効か思考を巡らせる。
(一見肉の塊、火魔法それも熱魔法が有効だから丙の『超高源熱球』で……覆うか、魔力の残量的に丙級30発くらい……使える魔法は……杖持ってくれば良かったな……)
さらにもう一つ、彼女は大きな疑問を抱えていた。
(それにしても、何故法華卿はこの化け物のことを予言していなかったんだ……? かなり、まずい奴なんじゃないか……)
思わず、アネクドートが向かった方向を見た。
「先生……」
しかしその方向からは、何も来ない。代わりにミャージッカの視界の端から肉塊の触手が迫ってくるのが見えた。仕方なく、彼女はふわっとその触手に向かって手を広げる。
「……『可塑性の砦』」
ぐにゃあっという半透明の壁が、その突撃を防いだ。さらにその壁はぶわっと広がり、肉塊を包み込む。
「ヴィットさん、離れて」
「! 分かった!」
ミャージッカは肉塊を指さし、続けて魔法を唱える。
「『超高源熱球』」
すると、赤く光る直径3メートルほどの球が、半透明の壁の中に発生した。その瞬間、ぶうんっという重低音と共に、その空間内が赤熱する。
じゅわっという肉が焦げる音がして、肉塊から煙が出てきた。
「そのまま……消し炭になれ!」
肉塊は、徐々に小さくなっていく。
やったかとミャージッカは思ったが、次の瞬間、小さくなっていた肉塊から、突然、真上に向かって巨大な槍のようなものが飛び出た。
「……ちっ」
それは半透明の壁を突き破り、高さ20メートル程まで達した。
「キョアァァァァァァァア!!」
さらに、突如として雪の結晶のように、先端から何本もの触手が降り注ぐ。それはミャージッカ達の頭上を通り過ぎ、街の至る所に降り立つ。
ミャージッカは急いで懐から水晶を取り出した。
「十聡会各位! 街に魔物が来た! すぐに対処して!」
時計塔にいる二人は、その様子を目視する。
「む、もう第二段階、着地点に手練れがいたみたい」
「あらら、そうみたいだねぇ。まーこっから、こっからでしょ」
「うん……これもまたすごい綺麗」
などと呑気に会話している。
その時、かしゃんと屋根を踏む音が聞こえた。二つだ。ばっと二人はそちらを見る。そこには、二人の女性が立っていた。一人は白いローブを着た金髪のロングヘアのエルフ。もう一人は安っぽい簡素な服を着た金髪のショートヘアの背の高い人間だ。二人の顔は、妙に似ている。
「あらー、やはり悪魔と天使ですかー」
「こまりやすねぇ。こちらに何の連絡もなしに」
黒い男と中嶋は、その二人を見て怪訝な顔をする。
「おっと、来たねぇ、ヤイハ学徒」
「……金太郎飴」
まず、背の高い女性が二人に近づく。
「ペアルールで『収穫』の時は我々に連絡するという決まりでありやしょう。なんだってまたこんな突然に」
「はは、聞かれて答えるわけないでしょ」
黒い男は事も無げに答える。
「それはー、つまり……」
エルフの女性も前に出た。こちらの正体は、もちろん十聡会のヤイハである。にこやかに笑いながらも、その薄く開いた目は背筋が震えるほどの冷たさだ。
「天界・魔界が法界に喧嘩売りに来たってことでいいんですね?」
四人の間の空気が、一斉に張り詰めた。
急いで聡明塔から出た十聡会の面々は、街のあちこちの通路に肉の化け物の触手が蠢いているのを目撃する。
「!!」
「私、ショイヘ、カラカドナは北区。メノア、サミサ、ヤイハは東区。ゼラゼラ、ユルは南区、イグナはミャージッカのいる西区へ向かってくれ!」
全員がこくりと頷き、その方向へ飛翔する。ユルは不安そうに兄イグナの背中を見る。無論彼女は、イグナが一人で向かった意味が分かっている。目視で明らかに魔物の本体は西区にいる。実力が一位のイグナ、そして二位のミャージッカでなくては、足手まといになる可能性があるのだ。
「兄様……!」
「ユル。目の前集中」
「わ、分かってますわ!」
ユルとゼラゼラの目の前に、ぬたぬたと巨大な触手が現れた。壁や住居を破壊しながら、突撃してくる。
「ちいっ、こいつはわたくしが! ゼラゼラは住民の避難を!」
「ん」
ユルは二本の杖を構えた。一方の杖に、灰色の渦と小さな風が巻き起こる。
「『鉄刃塵嵐』!」
大量の鉄の刃を巻き込んだ竜巻が、触手の突撃に正面から激突した。触手の各所に巨大な鉄刃が突き刺さる。触手は一瞬怯むも、すぐにもう一度向かってこようとする。そこに、もう一発ユルが魔法を撃ち込む。
「からの『漏電』ォ!」
帯電した水流が、触手を包み込む。強力な電流が刺さった鉄刃を伝い、触手の奥まで感電した。触手はびちびちっとのたうった後、煙を上げて動かなくなった。
「伊達に兄様の背中を預かってませんわ!」
同じくゼラゼラも、魔法を唱える。
「『千群万狼』」
瞬時に彼の周囲に大量の青みがかった狼が現れた。それらはゼラゼラの指の一振りで、街中に散らばる。その狼一匹一匹が、逃げ遅れた子供や、老人などを背負って触手の魔の手から逃れる。
しかし、その内の一匹が、触手に触れてしまう。するとその狼は触手にずぶずぶと飲み込まれるようにして、吸収されてしまった。その感覚を、ゼラゼラは感知する。急いで水晶を取り出す。
「……各位。魔物は吸収・捕食型。即死だ。注意して」
そして二人の元に、再び大量の触手が現れた。
一方こちらは女性陣。
「げーっ、マジで? やだなー、死者増えそう」
「正法華宮の奴らは何してるのかしらね。『堅樹牢』」
「法華卿の守護でしょうねー」
東区は人口が多い。とりあえずサミサは片っ端から家々を木で覆っていく。少しでも触手からの被害を少なくするためだ。
「ヤイハさん、触手来たら頼むわね」
「あらー、メノアさんが適任でしょう」
「いや、あたし街燃やしちゃうから威力出せないんだよね」
「ふむ、ならー」
すっと、ヤイハが天に向かって杖を構える。
「『粘液蕭々』」
スライム状の雨が、一帯に降り注いだ。それらは樹木の上から家々を多い、保護する。
「これでいいでしょうー」
「おおー。どんくらい耐えられる?」
「貴女の最大火力に二、三発はいけます」
「ひゅー。さっすが」
と同時に、彼女たちがいる入り組んだ通路の四方八方から、触手が到来する。メノアはそれに驚くことなく、一本の巨大な赤い杖を構えた。
「『任意噴火』」
すると、沢山の小さな火の玉が、通路を通って触手に向かう。そして触手がそれらに触れるか触れないかの所で、メノアは指をくいっと上げた。
ごおうっという音と熱風と共に、その火の玉から天まで届く火柱が上がる。触手はそれに巻き上げられ、燃やされ、炭化した。
「いえいっ」
「やるわね、メノア」
「さすがー」
などと適当に褒め称えつつ、ヤイハはちらっと、時計塔の方へと目を向けた。
「はは、とんでもない。そんなわけないさ」
黒い男は大げさなジェスチャーで、戦う意志は無いことを表明する。
「あらー、こちらとしては徹底抗戦も辞さないですけど」
「前回の『収穫』も、こちらが仕方なく許可しやした。それは来訪神への試練という理由があったからでありやす」
「我々はー、前よりあなた方天界と魔界の結託を疎んでおりますから」
二人が語気を強める。しかしその威圧感に全く圧されることなく、黒い男はよいしょとその場に座り込む。街の至る所で起こっている戦い、その中で触手に飲まれていく人をぼんやり眺めながら、口を開いた。
「……一番上はどうなのかね」
「ん?」「何ですって?」
「いや、僕ァただ予想してるだけなんだけど……ねえ、君たちさっきから、うちの神さんと善神様が口裏合わせてるみたいに言ってるけど……四高神全員の意志だとは、思わない?」
ヤイハと背の高い女性は、同時に怪訝な顔をした。
「まさか」「ありえませんねー、ましてや法神様があなたの混沌の神の考えを認めるなど、ありえません」
「……そうかなぁ、僕達はただ、彼らのことがよく分かってないだけな気がするよ。来訪神が来てからの各配下の動きは……変だ」
何気なく、黒い男は言った。それに対し、ヤイハが何か言おうとしたその時、黒い男を隠すように、中嶋が立ちふさがった。翼をばさっと広げ、体を大きく見せる。
「……ぐちぐち言い合う必要はない。ヤイハ学徒。話によれば貴女は各個体が反逆しても危険の無いよう、一人一人の戦闘力は低い」
カメラを首にかけ、だらりと手を下げ、中嶋は息を大きく吸い込む。
「邪魔されたくない。潰す」
一方こちらは、トビリ、ショイヘ、カラカドナの三人組。彼らは、大きな問題に直面していた。
「これは……困ったな」
逃げ遅れた街の数十人の住民が、通路をうろうろと歩いている。しかし、その頭には大きな、触手の塊が張り付いているのだ。虚ろな目で、あたりを徘徊している。
「このタイプ、僕は初めてみるな」
カラカドナが興味深そうに観察している。ショイヘも、同じく人々を見ている。
「ああ、俺もだ。寄生……しているのか。どうする、トビリさん」
「捕獲、後に治療を試みよう」
「了解」
三人が一斉に、杖を構えた。
「『水球戒』」「『黒固域』」「『行動停止』」
水の球に包まれ、黒い沼に飲まれ、小さな信号が人々に当たり、行動が止まる。しかし、その中で一人だけ、それを避けた者がいた。仰々しい甲冑に身を包んだ、冒険者である。
「ん……ありゃあ、上位の冒険者だね」
「やはり上位の冒険者が寄生されると、動きもそれに準じた者になるのか……って、おい、あれ」
ショイヘが指差したその先、そこには、数十人の、頭に触手が張り付いた冒険者達がいた。トビリ達の記憶が正しければ、全員が、上位の冒険者である。
「うーわ……参ったね」
「臆するな。やることは変わらんよ」
「了解ー」
三人は同様に、杖を構えた。
「ミャージッカ! 大丈夫であるか!」
ひゅんっと空間魔法を用いてイグナが現れる。そこでイグナが目にしたのは、壮絶な戦闘風景であった。何百本もの細い触手の猛撃を、ミャージッカとヴィット二人のみで受けている。ミャージッカは防壁魔法を展開し、ヴィットは四本の剣で切り落としている。
「全然大丈夫じゃない!」
「む、そのようであるな」
イグナは背中の長剣をしゃり……と取り出す。それは一目見たところではただの水晶で出来た剣のようだ。しかし、イグナが握った所から、様々に水晶が色付き始める。
「晶剣レン……『七星付呪』そして、『一寸斬り』」
ぶぅんっと、イグナが目の前の空間に向けて剣を振るう。一瞬間をおいて、燃え盛る業火、渦巻く水流、吹き荒ぶ突風、迸る雷電、突き出る水晶、眩い閃光、飲み込む漆黒が、一斉に肉の塊を襲った。
それらは肉や触手を包み込み、細切れにする。
「……一撃か」
ヴィットも名前だけは知っていたが、殊位冒険者イグナ・シュガッサイの実力の一端を見たのは、これが初めてであった。
「イグナ、ありがとう!」
「うむ。しかし街に伸びた触手は、まだ活動しているようである。すぐに応援に……」
そう言いかけたところで、イグナは大きく目を見開く。
「伏せろォ!」
イグナが急に叫んだ。言われたとおり、すぐさまミャージッカとヴィットは伏せる。その瞬間、彼らの頭上を空を覆うほど多くの触手が掠めた。
「!」
三人はその発生源に目をやった。そこには、一人の人型の何かが立っている。顔は肉の塊に覆われて見えないが、体つきや白い肌から、人間の女性のようだ。
右手からは先ほど頭上を通過した触手が伸びており、左手には巨大な臙脂色の剣が握られている。その剣には大きな赤い宝石が一つ付けられており、その宝石の中で、ギョロギョロと目玉のようなものが動いている。
「な……なんだこいつは……?」
目の前の正体不明の存在に、ヴィットは困惑する。そしてイグナとミャージッカを見た。ミャージッカは、青ざめている。イグナも、ミャージッカ程ではないが、かなり冷や汗を垂らしているようだ。
「イ、イグナ……」
「うむ……あれは……魔神のアーティファクトだ」
二人には、それについての知識がある。このペアルール国内にも一つあると言われている、アーティファクト。それは神の創造物であり、特に魔神のアーティファクトは、たった一つで、国をも滅ぼしかねないと噂されている兵器だ。
「わ、私は……」
「逃げろ。奴は恐らく、私と互角である」
「でも!───」
ミャージッカが何かを言いかけたその刹那、人型の化け物がイグナの目の前に現れていた。振り下ろしてくるその臙脂色の剣を、イグナは驚異的な反射神経で剣を構え、受け止める。
「ぬぅうぅ…………!」
細い腕からは想像もつかないほどの怪力で、ぎゃりぎゃりと凄まじい音を立てながら押し潰そうと迫ってくる。イグナも両足で踏ん張りそれに耐えているが、なかなかキツそうだ。
そして駄目押しとばかりに、人型の化け物の背中から巨大な触手が何十本も吹き出た。それらはミャージッカ達に襲いかかろうと、ぐぐぐっと収縮し始める。次の瞬間に、三人のうち誰かは、確実に死ぬだろう。
「あ、あ……」
そんな恐怖の中で、ミャージッカは、『彼女』の名前を呼んだ。
「先生……」
「……確かに、我々の戦闘力はそんなに高くはありませんけどねー」
ヤイハは、ある方角を見ながら呟く。黒い男も、何かに気づいているらしく、はぁーっとため息をつき、立ち上がった。
「我々の『速さ』は、舐めてもらっちゃあこまりやす」
「……? 何を」
「いやぁ、ナカジマちゃん。こりゃ僕らも忙しくなってきちゃうよ。はぁ……10分早いって」
「なっ!」
そして、風を切り、ヒュイイーッという音ともに、流星のような光とともに、イグナ、ミャージッカ、ヴィットのいる広場に、二人の人物が降り立った。
無論、それは、文字の刻まれたマントを羽織り、ジーンズを着こなした長身の女性、そして、黒いジャージ姿の、ポニーテールの少女。
アネクドートと、ミソロジーである。
その存在を知覚した人型の化物は、収縮していた全ての触手を、その二人へと向ける。しかし、ミソロジーがぱちんと指を鳴らしたその瞬間、全ての触手は、ばらばらに分解され、消滅した。
一瞬化物が怯んだその隙を逃さず、アネクドートは瞬時に化物に近づき、まるでゴルフクラブをスイングするかのように、長い足を高く振り上げ、化物を蹴り飛ばした。ばごんっと、何かが爆発したような音がする。
「ーーーーーーー!!!」
化物は斜め四十五度の角度で直線的に飛んでいき、時計塔の上を掠め、見えなくなってしまった。
「はぁー……せっかく、話が盛り上がってきたのによぉ……!」
「……苛々しますね」
その表情は、ミャージッカもヴィットも見たことがない、怒りに満ちたものだった。特にアネクドートに至っては、今にも街を破壊しかねないほどのブチギレっぷりである。
しかし、この現状において、この二人が怒っていること。その事実は、何よりも頼もしかった。




