表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/82

次の冒険の地

 朝起きたらティカが僕のベッドで全裸で寝ていた。

 というビッグニュースをまず初めに発表しておいて、それはそれとして、少し僕の人生観について話していきたい。

 生活がしたい、というのは昨日僕の頭に浮かんだ欲望だ。生活なんて常にしてるだろうと言われればその通りなのだが、とにかく僕は安定の中に幸福を見いだすタイプの人間なのだ。

 長い平凡で退屈な日常が続いてこそ、こういう不思議な世界に来たときに幸せを感じるのであって、波乱しかなかった僕の人生において、剣と魔法のハチャメチャなど、辟易でしかない。

 けどアネクの言うとおり、僕達のスケールの大きさはこの世界にある程度合っているようだから……仕方ない、僕はこの世界で安定した生活を目指そう。安定の中でちらっと顔を覗かせる非日常を僕は楽しみたいんだ。非日常は、たまにでいい、そう常々僕は思っている。

 そんな安定主義を持つ、この幸福状態の僕にここまで波乱の展開を起こす輩。こんな輩は、一人しか考えられないのだ。……マイさんじゃないよ。


「ん……」

「!」


 と、とりあえずティカを彼女の部屋に運ぼうかな。『起きない』のと『誰にも見つからない』のを目標に、運ぼう。

 そして僕は慎重に彼女を持ち上げ、扉を足で開き、僕の部屋の正面の部屋、ティカの部屋に入った。よし、順調順調。ベッドにそっと寝かせ、布団を被せる。抜き足差し足で、彼女の部屋を出る。


「ふぅ……なんとか」

「あ、フェイ、おはよう」

「ほわいっ!?」


 僕と同時に、メアニーも扉を開けていた。バカな、僕にはこの指輪があるというのに……この指輪が……ん? ……ない。ない!? 

 僕の指輪がない。寝るときは絶対に付けていたのに! ということは、不幸が解放されてしまったということだ。しかし周りを見るに、異常は見られない。


「あれ? そこはティカの部屋じゃ……」

「あ、ま、間違えちゃった! じゃあまた!」

「う、うん……?」


 部屋に戻ってみると、ベッド脇のテーブルの上に指輪は置かれていた。急いで付け、窓から外の様子を確認する。ぱっと見では、何も異常は見られない。今は六時ちょっと過ぎだから……最大で七時間、僕は指輪を外しっぱなしだったようだが、何も起きてはいないようだ。

 はー、と色々な気持ちを込めて溜め息を吐き、ベッドに座る。アメニティとして置かれている鏡を手に取り、覗き込んだ。

 そこには僕の顔が映っている。

 そして、恐らく、この鏡に映ってる可愛いやつが、今回の、つまり僕が寝ている間にティカの衣服を引っ剥がしベッドに連れ込み(それ以上のことしてないよね…?)、指輪を外した犯人だ。

 僕はあの、『争い』の終わってしばらくした後のことを少し回想する。


『ねぇ……眠れないの……』


 僕がふっかふかのベッドで寝ていた時、誰かがそんな猫なで声でベッドに潜り込んできた。そんな声を出すのはクロアしかいない、大穴でマイさんと思っていた僕は、仕方ないなぁと思いつつその入ってきた少女の顔を見て仰天した。仰天しまくった。

 そこで子供のような不安そうな顔をしていたのは、なんとあのアネクだったのだ。何かの悪ふざけだと思っていたが、あれはつまり、暴走の後遺症。まだ幼児期の意識が抜けきっていなかったのが、夢遊病のように表出したのだ。

 今回僕が暴走したと聞き、頭の片隅にはその可能性が浮かんでいたのだが、失念してしまった。

 

「子供の頃の、僕か……」


 どんな奴だったっけ。いつも何かに追われていた気がするけど……と過去の僕を思い出そうとしていると、コンコンと扉がノックされた。


「フェイ、準備はできたかい? ギルドで朝食を食べよう」

「あ、うん、今いくよ」


 急いでゴスロリを着て、靴を履き、扉を開ける。そこには勿論、メアニーとティカが立っていた。

 どうしても、ちらっとティカの方を見てしまう。ぱっと見の無表情な感じは……うん、大丈夫のようだ。


「おはよう、フェイ」


 挨拶してきたっ、ええと、ここは結構正念場だぞ…無難に返す!


「お、おはよう、ティカ」

「昨日はよく眠れたか?」


 うっ、際どい質問。


「ま、まぁまぁだね」 

「ん……そうか、私は、よく眠れたよ」


 そう言って、ティカはすたすたと歩いていく。メアニーと僕も、それに付いていく。これは……ティカは僕のベッドに入っていたことを、覚えていない? まだ分からないけど……そうであってほしい。


「フェイ、昨日何かあったのかい?」 


 メアニーが唐突に僕に尋ねてきた。


「え……な、何で?」

「いや、誰かと話しているようだったから…気のせいかな」

「……特に何もなかったよ」 

「ん、そっか」


 やはり……僕(幼)が夜中に何か悪さしていたのは確からしい。メアニーには被害は及んでいないようだが……参ったなぁ、これ何日ぐらい続くんだろう。

 そんな不安を抱えつつ、僕はギルドに着いた。ギルドは一階が斡旋所になっており、二階は朝食スペースも兼ねたクエストの情報を見れる場所になっているようだ。冒険者達はここで、その日の冒険の予定を決めるらしい。

 

「昨日のあの貴族殺しの魔物は、上位冒険者のクエストになったらしい」


 トレイにベーコンとパン、そしてスープを乗せたメアニーが、冒険者達の集まっている貼り紙を見ながら言った。


「へえ、じゃあ今の僕達には関わりないクエストだね」


 同じく僕も、バイキング形式の朝食スペースから幾らかのパンとスープをトレイに乗せながら応える。


「ん……多分ね。まだ私も、君やティカの力量を把握しきれていないから、何とも言えないけど……」


 席につき、朝食を始める。美味しいパンだな。ティカのトレーには、ベーコンが山盛りで乗せられていた。何という偏食……


「そういえば、フェイは魔法が使えるのかい? 昨日ガダンの行く手を阻んでいたね」

「あー……」


 あれは勢いでやったらなんかできたってやつだけど、不幸を与える「100」「1000」とかとは違う点が一つある。それは相手に悪意や敵意を持たなくても、使えたことだ。これは気分的にありがたい。


「昔ちょっと習っててね。少し使えるよ」

「ふむ。ティカも魔法が使えるんだよね?」

「ああ。混成魔法も……僅かなら知っている」

「混成魔法! すごいね……やはり君たちなら、すぐ中位の冒険者になれるよ。今日も早速、中位の冒険者用のクエストをこなそうじゃないか!」


 僕達は部屋の壁にある様々な情報が張り出されているスペースに行く。


「新しくできたダンジョンの調査だっけ? 中位のって」


 壁の貼り紙を眺めているメアニーに尋ねる。


「うん、まぁ簡単な…………」

 

 しかし唐突に、メアニーが硬直した。その表情は、何というか、驚きというか、薄く口を開けている。

 その目の先には、一枚の張り紙があった。

 

「ん?」

「……なんてことだ……そんな」


 大きく、『エン=ティクイティ フォーコイドにて目撃される』と書いてある。エン=ティクイティ? その単語について僕の知識に該当するものはないけど、何語かな。


「これは?」

「エン=ティクイティ……この世界で最高齢の魔物だ」

「!」


 ティカが驚いた様子でその貼り紙を見る。


「ん、ティカも知ってるの?」

「……一応。エン=ティクイティは、推定4500歳、旧文明の時代から、この世界に生きている」


 そういうのもいるのか、すごいな。たしか地球で最高齢の生き物は……何かの貝だっけ? 500歳くらいだったと思うけど、それの9倍……もはやよく分からない次元だ。


「私、人生で一度でいいから、会ってみたかったんだ。聞きたいことが、沢山あるから……」


 メアニーがきらきらした目でこちらを見てくる。ふむ、フォーコイド……南の大陸の左側の国か。断る理由は、特にないかな。 

 まだ、夜の間に僕(幼)が指輪を外そうとする可能性がある以上、何よりも避けたいのはメアニーが見つかってしまうことだ。アイレスを離れておくのは、得策だ。


「昨日あんなことを言ったばかりですまないけど……ちょっと、フォーコイドに行きたいかな……」


 お姫様のわがままにしては、やや腰の低いお願いの仕方だけど、その申し訳なさそうな表情も彼女の美しさを際立たせている。これを断るなんて、男じゃないぜ。


「もちろん、僕も会ってみたいし。いいよねティカ」 

 

 僕がティカに訪ねると、何故かティカは僅かにぴくんっと肩を震わせた。ん?


「あ、ああ……いいぞ」


 そして興奮冷めやらぬメアニーには聞こえないように、ぽそりと彼女は呟いた。僅かに頬を赤らめて。


「……お前に逆らえるわけ、ないだろう……」


 しばしの思考停止。

 数秒後、確信する。

 (あの野郎)何しやがったぁあああああああ! 

 これ明らかに一線どころか二、三線超えちゃったリアクションじゃないかああ! ど、どっち、どっちの方向に何をしたんだ、どこまでしたんだよ、うわああ!


「よし、では行こう! ……ん、どうかしたのかい、フェイ」

「いや……はは、行こう……」

 

 自分を恨むというのは不可思議な体験だけど、ここまで生活をかき乱されるのはマイさんに拉致された時以来だ。あの時は友達二人とようやく安定した生活をしていたのに、さらわれてしまった。

 くそー……この、僕めー。とりあえず、今日の夜辺りちゃんとティカと話をしよう……

 僕達は下の階に降り、『エン=ティクイティ』に関するクエストを探す。すると一枚だけ、クエストがあった。その周りには、わらわらと人が群がっている。


『エン=ティクイティの捜索      上位 殊位

エン=ティクイティがフォーコイドのノッチハスタ樹海にて目撃された。この時のエン=ティクイティの姿は頭部が鳥、胴体が人間、下半身がドラゴンであった。いずれの姿にせよ、常に四つのアーティファクト、『悪魔狩りの焚書』『静寂の天笛』『骨髄』『メタ・モルフォ・シス・パルチザン』を持っているので判別は容易い。

エン=ティクイティの姿を目撃し、何かしらの知恵や話を受け、帰還できた者には上位冒険者としては最高額の5000万Gを、エン=ティクイティのアーティファクトのうちどれか一つでも取得出来た者は、殊位冒険者に見合う報酬が与えられる

討伐、捕獲は不可能である。         以上』


「これだね」


 メアニーは紙を一枚取り、受付に持って行った。

 殊位の冒険者用のクエストでもあるのか。これは、身の丈に合わないというか、いや僕は大丈夫だけど、二人には荷が重いかもしれない。まあ、二人に危険が及ばないよう、僕が守っていればいいだけの話だ。

 ティカにはまた別の、危険が迫っているようだが……

 そう僕が頭を抱えている間に、メアニーが戻ってきた。


「いやー、受付の人に笑われちゃったよ。中位一人、下位二人で挑むようなクエストじゃないってさ」

「あー……確かに、そうなるよね。ところで、どうやってフォーコイドに行くの?」


 メアニーはギルドの外を指さした。


「馬車屋で馬車を借りて、港町まで向かって、そこからは船に乗ってフォーコイドに行くよ。今日は船に乗るところまでじゃないかな」

「了解。準備を整えてから行くよね?」

「うん。といっても、消耗品は現地で調達できるから、ここでは装備を整えていこう。二人は素手で魔法を唱えてたけど、杖とかいる?」


 ああ、そういえばファンタジーで魔法と言えば杖だった。どうやら僕には必要ないみたいだけど……どうしようかな。


「私は大丈夫だ。杖はかさばるからな」 

「ん、そっか。フェイは?」

「えーと、何か良さそうなのがあったら、買おうかな」

「よし、じゃあ善は急げだ!」


 すたたたっとメアニーはギルドを出て、街中を駆けていく。僕達もそれについて行くと、ギルド同様人の出入りの激しい建物があった。だが、ギルドとは異なり、利用客の層はどうやら昨日の高級料理店と似たような感じのようだ。


「ここはテリジオンで最も質の高い武器防具屋だよ」


 やはりそうか。看板には『レオール』と書かれている。中に入ると、数名のやったら強そうな冒険者が、静かに武器を選んでいる。

 杖は……三本あるな。


「あの、すいません」


 近くで武器や防具の整理をしている店員さんらしき女性に性能を尋ねてみよう。


「杖?」

「えっ、あっ、はい、そうです」


 理解早いな。すいませんしか言ってないのに。


「今日入ってるのは二本だ。運がいいね。どっちも一点物だよ。一つはこれ」


 二本? 三本あるじゃないか、と疑問に思いつつ、店員さんの手に握られた小さめの黒い杖を見る。材質は木のようだが、すごい黒い。また、表面に気持ち悪いぐらい沢山の模様が彫られている。


「『ソドムの一片』。古代遺跡から出土したワンドだ。適性は主に闇魔法と火魔法だが、他の属性にもかなりの適性がある。18万G」


 次に、金色と緑色が混ざったような不思議な光沢のある杖を持ち上げる。こちらはかなり長い。さらに先端に様々な宝石があしらってある。

 

「こっちは『古金環骨杖』。チルト山の頂上にある正体不明の魔物の骨から作られたロッドだ。適性は闇魔法以外なら何でも。付加効果として、強力な弱体化がある。20万G」


 ふむ、どちらもかなり強そうだな。というか高いな。あのエン=ティクイティのクエストの報酬は破格の値段だけど、さっきぱらーっとギルドにあるクエストの報酬を見た感じだと、下位のクエストは平均1000G、中位のクエストは平均3000G、上位のクエストは平均2万Gだった。

 多分一回のクエストで二、三日はかかって、そこから生活費もろもろを差し引いたりするから……やっぱこれ高いぞ。物価がまだ把握しきれてないけど、多分車買うぐらいの覚悟がいる。

 というか、僕は無一文状態なので、メアニーに頼らなきゃ……


「メアニー」

「んー?」


 メアニーも同様にひょいひょいと武器や防具を物色中だ。


「僕が買う杖の……上限額ってある?」

「100万ぐらいかな」


 余裕でオーバーしていた。ごめんなさい、アイレスの皆さん。ちょっとばかし税金泥棒させてもらいます……


「あの、じゃあこの『ソドムの一片』ってやつ、ください」

「はいよ」


 メアニーから金貨を三枚もらい、会計する。あれ、そういえば初めてのお買い物だな。どういう感じなんだろう。お札がこの世界には、無いみたいだけど。

 金貨を店員さんに渡す。


「はい、30万Gね」


 店員さんは金貨をカウンターに置いてある水晶玉にすぽんっと入れた。その中から、二枚の少し小さめの金貨が出てくる。


「はい、2万G」

「あ、ありがとうございます」


 今のは、両替したのか。すごいハイテクだな。


「試し撃ちしてく?」

「ん……」


 試し撃ちができるのか。ガンショップみたいだ。

 ちらっと後ろを見る。メアニーもまだ選んでいるようだし、ティカも店内を興味深そうにうろうろしている。少しやってみようかな。


「お願いします」

「じゃあそっちの扉から」 

「はい」


 指示された通りに紫色の扉に入ると、そこはただただ広い平原のような場所だった。えっ、こんなスペースがこの店にあったのか。それとも、魔法で作り出した空間というやつなのかも。

 ソドムの一片を構える。大きさは魔法少女がよく持ってる魔法のステッキぐらいだから持ちやすい。

 とりあえず色々撃ってみよう。マイさんの教えてくれたやつの中から適当に。かるーくね、かるーく。 


「よーし…『インフラ(人は火を以て)マブル(土を肥やし)


 杖の先から火が……出ない。あれー、と思ったその瞬間。僕の遥か前方、大体20メートルぐらいの所に、恐ろしく巨大な、黒い火柱が上がった。うおんっとでも言うような謎のおぞましい音ともに、メラメラと空を焼いている。思った以上のものが出た……


「次は、『グラン(神は雷を以て)ブル(土を肥やす)』」


 今度は杖から出た。雷というか、破壊光線みたいな黒い雷撃が、バチバチバチガガガガという連続音と共に地面をえぐり空を薙いだ。

 雷が接触した部分には、黒い電気が帯電して、バチッ、バチッと音を立てている。しかも辺りには、何ともいえない焦げた臭いがする。


「出力有り過ぎだなあ……やっぱり」


 唱え方にコツとかあるのかな。アネクに聞かないと解らなそうだ。


「……『グランブル』(小声)」


 思いつきで小声で言ってみたところ、それなりの出力の雷が出た。えー……声の大きさで出力変わるの? 魔法使い同士の戦いって大声大会みたいな感じなのかな……

 まあ、あまり目立たない方法が分かったところで、出ようかな。そう思いながら扉を開け店内に戻ると、何やら新しい装備のメアニーが興奮している。

 その傍らには、僕と同じぐらいの年の少年が立っていた。装備は白いローブに黒い紋様が幾重にも張り巡らされた神聖そうなものだ。


「あっ、フェイ! ちょうどよかった、この人!」

「ん、どなた?」

「知らないのかい、殊位冒険者のマロイ・バウズハンさん!」


 おお、またすごいのが来たな。僕が出会う、二人目の殊位の冒険者ということか。まだ若いのに、すごい人だ。


「………………」

「……ん?」


 しかし、そのマロイさんは、にこりと微笑んだまま微動だにしない。……まさか、この人はザイネロさんとは違い、他の冒険者を下に見てる人なのだろうか。

 と、思ったら先ほどの店員さんが、僕に紹介しなかった三本目の杖を持ってすたすたとこちらに来た。


「ああ、悪いね。こいつ可愛い子に囲まれると思考停止するんだ」


 ぎぎぎと、店員さんがマロイさんを僕達の方から引きずって離していく。すると、2メートルほど離れたところで、硬直していた笑顔が解けた。    


「ふふふ、すまないねレオール」

「なぜ私では固まらない?」

「ふふふ、秘すれば花さレオぎゃっ」


 レオールさん、ということはこの女性がこの店の店主だったのか。マロイさんはレオールさんの杖の一撃を鼻に食らい悶絶している。

 えー……この人が殊位……


「変わった人だね!」

「うん……はっきり言うねメアニー」


 ティカも騒ぎを聞きつけ戻ってきた。


「なんだ?」

「殊位の冒険者さんらしいよ」

「……そうなのか?」

 

 マロイさんがレオールさんに杖を手渡された。


「ほら、頼まれてたロッドだ。ジジイにお似合いの年期物だよ」

「ふふふ……ありがとうレオール」


 ためつすがめつ、マロイさんは杖を眺める。

 なるほど、あの杖はマロイさんが予約していたものだったのか。確かにかなり強そうな杖だ。

 というか今、ジジイと言ったな。あれか、異世界特有の、見た目と実際の年齢が全然違うやつか。


「君たち……ふふふ、可愛い子達だね。遠くに眺めるぐらいがちょうどいい……」

「あ、あの。マロイさんはエン=ティクイティのクエストはやるのでしょうか?」


 メアニーがマロイさんに尋ねる。


「ああ……どうしようかな、今は迷っているところだ。君たちはやるのかい?」

「ええ、ちょっとやってみようかなと」

「そうか……ふふふ、なら急いだ方がいいかもね」

「え? それは何故」

「それは……この僕がやる気になってしまったら、すぐにクエストを達成しちゃうからさ」


 メアニーをばっと見る。ああー……かっこいいーって思っちゃってる顔だ。しかしこの人が言うこともあながち間違いでもなさそうだな。あのザイネロさんと同等の冒険者なのだから。


「よ、よしっ! 私達も急ごう! フェイ、ティカ!」

「うん、行こうか」

「そうだな」


 そして僕達は、店を後にして馬車屋へと向かった。

 メアニーは装備を一新して、かなり強そうになっている。一体いくら使われてしまったのだろう……

 今は、10時くらいである。間に合うのだろうか。


「でも、馬車で大丈夫かな。途中で魔物に会うかも」

「その心配はいらないよー」


 メアニーの謎の自信。その正体は、馬車屋でメアニーが雇った『馬車』にあった。その馬は一言で言うなら、ペガサス。空を飛ぶ馬である。


「出発ー!」


 メアニーが手綱を取ると、馬車はふわりと空を舞った。


「うわわわ」

「変な揺れ方だな……」


 なんだか、何となく解ってきたぞ。メアニー、君の武器は、その物怖じしない無邪気さと、圧倒的財力か。ああ、君と冒険したらやたらとサクサク進んでしまいそうだ……これもまた、幸運なのだろうか。

 見下ろせば、テリジオンの街がスクロールしていく。うん、やっぱ改めて見ると、綺麗な街だな。また帰ってきたいと思わせる、温かみがある。

 さらばテリジオン、ちょっと冒険してきます。





 

 きいっと、試し撃ちを終えてマロイは扉から出てきた。その表情からは、何故か微笑みが消えている。レオールはその変化を、敏感に感じ取っていた。


「ん……お気に召さなかったか?」

「いや、ふふ、このロッドの性能は、素晴らしい」

「そか、じゃあ調査に行ってこいよ。ペアルールの大爆発」

「……そのつもりだったけど、レオール、さっきの彼女達は、フォーコイドに向かったんだね」 

「あ? そうだけど」

「ふふふ……面白いことになってきた」


 すたすたと、マロイは店を出ていく。店の出口でふい、と振り向き、彼はレオールに言った。


「レオール。試し撃ちの空間が崩壊寸前だ。直しておいた方がいい」

「は!? そんなバカな! 余程のことがない限り壊れんぞ、お前か!」

「いいや……ふふふ、僕じゃあないんだな、これが」


 マロイは飛んでいく馬車を、きっ、と見据えていた。


「よく、調べさせてもらおう。お嬢さん……ふふ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ