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世界の原理・2 《side anecdote》

「はー…」


 夕暮れの街をミャージッカは溜め息混じりに歩いていた。彼女の足は、街の住民の憩いの場である噴水広場へと向かっている。


「なーんで…私、連れて行ってもらえなかったんだろ」

 

 ここ数日間、ミャージッカは夢のような時間を過ごしていた。アネクドートに付いていくだけで、今まで自分が全く気が付かなかったこと、考えもしなかったことを沢山発見できたのだ。


「あの人も…違う世界から来た人…どういう人なのかな…どういう関係……」


 ぶつぶつと呟きつつ、噴水広場のベンチの一つに腰掛ける。噴水広場には露店が幾つかならんでおり、冒険者達が買い物をしている。ミャージッカはミソロジーの妖艶な顔を思い出した。


「……いやいや、先生は女性だから…それはない……けど、先生は、どんな女性よりも綺麗で、どんな男性よりもカッコいいよね……あり得る話なのかも……」


 と、一人の世界に浸っているミャージッカのもとに、とある人物が近づいてきた。


「先生自身は……どっちが好きなんだろう。でも、私のこと何度か、かわいいって…言ってくれたし…」

「なあ」

「いっ!?」


 唐突に話しかけられたミャージッカは、近づいてきた者にも気が付かなかったようで、わかりやすく驚いた。


「あっ…と、すまない」 

「あなたは…」


 そこに立っていたのは、ヴィットだった。先ほどのミソロジーに連れられていた亜人の女性、というのがミャージッカの認識である。


「いや、少々気になったことがあってな。知っていそうだったから、話しかけたんだ」

「? はい…構いませんよ」


 ヴィットも同様に、ベンチに腰掛ける。


「大したことじゃ…無いんだが」


 その表情は、ミャージッカと同じように、懊悩が漂っている。


「アネクドートという女は、どういう奴なんだ?」






《宗教》 


「おお」

「この世界に宗教は一つだけだ。まぁ宗教と呼べるシロモノかどうかは怪しいが…神は知ってるか?」

「今のところ知っているのは、オレスティアという神ですかね。あと三柱いるようですけど」

「善神オレスティア。魔神ドロソフィア。法神パフ。戦神ショウジョウの四柱だ。あの我らの家族会議に乱入してきたのは、こいつらの配下のようだな」


 ミソロジーはあの四人組を思い出す。ヅプレ・イヅクレ、マシラオ、モリエール、ペスト。そのどれもが、今までミソロジーが会ってきた異世界の人間にはない、妙な存在感を放っていた。


「ちなみに、2400年前に魔法の分類をした者の名前もヅプレ・イヅクレだったな」

「…まさかぁ」

「あり得る話だ。というのをこれから説明していくぜ。これが異世界の人間達の『大きな物語』だ」


 そしてスクリーンに、長い文章が映し出される。それが徐々に上にスライドしていき、文章が流れてくる。


「長いから3秒ぐらいで読んでくれ」

「はーい」


『遥か遼遠なる過去、渦巻く流体のみが存在していた世界に、四つのあぶくが沸き立った。それらは漂う度にかたちを変え、永い時をかけて一つの姿に収束した。これが、四高神の誕生である。姿を得ると同時に、彼らは大いなる智を得た。

 まず、彼らは自らの名前をそれぞれで決め合った。そして、最も他者の精神を理解し、平和を望むものをオレスティア。最も汚濁と奇怪を好み、混沌を望むものをドロソフィア。最も世界の法則を理解し、秩序を望むものをパフ。最も衝突と勝利を好み、戦乱を望むものをショウジョウと名付けた。

 彼らは自らの漂う流体を全て下方へと落とし、海とした。その結果出来た空間は、天となった。次に四神は、各々の毛髪を海の上に浮かべ、それが陸となった。

 彼らはさらに、自らの体温と世界の温度を比べ、世界の冷たさを憂えた。そこで、空に太陽を浮かべ大地と海を温めた。しかし、温め続ければ大地と海が崩壊してしまうため、太陽が空に浮かばない時を作った。これが昼と夜の誕生である。そして、夜にも光を残すため、冷光を放つ月と星を浮かべた。

 彼らはしばらくの間その裸の世界で暮らしたが、次第にこの世界に住むものをより増やそうと考えるようになった。各々が、自らと似通った生物を作り上げた。これが、最初の人類の誕生である。

 人類は親である四高神を敬い、愛した。四高神達も、自らの子らがより愉しく生きることができるよう、彼らに多くの喜びを与えた。他の生き物を食べる喜び、知りたいことを知る喜び、愛し合う喜びなど、今の我々の欲望たるものの原型である。ただ一つ、神が彼らに与えなかったもの、それは死だった。

 死を知らない人類はその数を増やし、その文明もそれに従って発展していく。しかし、長い時をかけるにつれて、問題が起きるようになった。人類の中に、次第に増長し神に逆らう者、怠惰と放蕩に溺れ堕落した生活を送る者など、危険な存在が出てきた。それは時をかければかけるほど増えていったのである。

 四高神は、人類の中には我々のように永遠の時を生きるに適さない者がかなりの割合でいる、ということを知った。そこで彼らは、人類の再創造を行うことにした。かつての人類は、一部の適者のみを残して消失した。新しい人類には、限りある命が与えられた。

 ドロソフィアは、生きる力のある人間を選別するため、試練として、そして命を長らえさせる肉として、魔物を創造した。パフは、ドロソフィアと共に、魔物に対抗する手段として、知力を持つものだけが自在に用いられる魔法を作り上げた。また、ショウジョウは、魔物に対抗する手段として、武才を持つものだけが自在に用いられる戦技を作り上げた。オレスティアは、清く誠実な、勇気のある者に、生きる助けとして祝福を授けた。

 こうして、今の世界ができた。我々の成すべきこと、それは、出来る限り長く生き、神々に自らの生きる力を示すことである。さすれば、神の世界にて、永遠の生を謳歌できるであろう』


「ふむ…創世神話ですね」

「これは最も短いバージョン…の、序章。しかも『人間側』のな。『魔物側』だと逆に魔物がドロソフィアによって作られた『新しい人類』であり、人を食い生き長らえることで生きる力を示せよという内容だ」

「…《生物》の項目でアネクが飛ばしたのは、寿命ですか」


 ぴたりと当てられたアネクはにんまりと答える。


「そうだ。この世界の人間の細胞は、癌細胞にならない。この世界には、およそ病原菌と呼べる物がほぼない。あったところで、回復魔法でたちどころに治っちまう」

「ならば…彼らは不死身であると?」

「いや、奴らは不老でも不死でもない。細胞には分裂できる限界の回数がある、というのは我々の世界でも支持されている説だろ?」

「あー、ヘイフリック限界でしたっけ」

「いくつかの記述を読んでみたところ、魔物を食えば食うほど、この世界の人間は寿命が、つまり残りの細胞分裂回数が増えるようだ。食えば食うほど若く、長生きできるし、食わなければ死ぬ。あいつらは兎に角長く生きて、神に認められれば幸せになる、という共通の目的を持っているのさ」

「ふむ…どうりで、老人が少ない。平均寿命は?」

「だいたい60年だ」

「えっ」


 ミソロジーは一瞬驚いた。今の話からすれば、この世界の人間にはいいことづくめである。日本の死因第一位の癌もない。あの回復魔法の性能からいって、狭心症や自殺なども死因になり得そうにない。それならば、何故人は死ぬのか。これを一瞬悩んだ。


「ああ、回復魔法。そういう仕組みでしたか。回復する度残りの細胞分裂回数を大幅に減らすんですね」

「そうだ。魔物と戦えば戦うほど、実際は死ぬリスクが高くなる。だが戦わなければ、結局死ぬ。ジレンマだな。あと、魔物に食われて消化されたり、海に沈んで誰にも見つからなかったら、復活は不可能になる」


 カペスが必死に懇願していた、食べないで、という文言にミソロジーはようやく得心がいった。


「それは魔物側も同じ、ですか。文字通り食うか食われるかの戦いですね。…となると、あの神の配下の四人は長く生きた人間、そして魔物であると?」

「おそらくな。ヅプレ以外は本名なのかどうかすら怪しいが…歴史の偉人ってやつかもしれん。あいつらがどんな道を辿ったのかは、ある程度察しはついてる」

「? それまたどうして?」


 スクリーンに表示されたのは、4つの項目である。


善神オレスティア

主な信仰地域:アイレス、フォーコイド

主な信仰種族:人間(冒険者、商人、貴族)

配下:天使

アーティファクト:幸運のアイテム

居住界:天界


魔神ドロソフィア

主な信仰地域:アネクメネ

主な信仰種族:魔物

配下:悪魔

アーティファクト:グロテスクシャイン

居住界:魔界


法神パフ

主な信仰地域:ペアルール

主な信仰種族:人間(魔法使い、学者、芸術家、音楽家)

配下:学徒

アーティファクト:神代魔法書、魔法の美具

居住界:法界


戦神ショウジョウ

主な信仰地域:タフツ、ハンチバック諸島

主な信仰種族:人間(戦士、武道家)、亜人

配下:戦徒

アーティファクト:武闘血肉

居住界:戦界


「各神の、簡単な説明だ。古文書引っ張り出して探した」

「へえ…アネクメネは、魔物の生息域ということでよいですか?」

「ああ。北の大陸の北端付近と南の大陸の南端付近だ」

「ふむ…この、配下というのは、あの四人ですか」

「あの四人は恐らく、各配下たちの長だな。この配下たちは、元人間だ。長く生きた、冒険者、学者、魔物が、神にスカウトされるようだな。まだ詳しい記述は発見できていないが、それを匂わせる事象はかなり起きている」

「ああ、あの四人も、神にスカウトされたわけですか。すごいですねえ、そんなに長く生きた人間の精神状態。非常に興味深い。この、居住界というのは?」

「天界は、文字通り天の上にある。法界は、この世界のどこかに巨大な結界があり、その中に。戦界は、海の果てにある。そして魔界は…地面の下だ」

「おっ、なるほどー」

「ん、お前の中の疑問は解消したようだな」


 先ほどの魔法の欄を見て、ミソロジーの中に湧いた疑問、それは『何故土魔法がないのか?』ということだった。しかし、地下に魔界があるというのなら、土魔法とは、人界と魔界を隔てる土という防壁を崩しかねない危険な魔法ということである。納得がいく。


「ここに、一冊の魔法書がある」


 アネクドートが取り出したのは、ヴェグエの持っていた魔法書である。


「これは禁書だ。全ての土魔法が載っている」 

「おおー、よく見つけましたね」

「開始早々巻き込まれそうになったからな。いきなり地面に大穴が開いてよお。『地底世界への崩落(アビス・ホール)』だったな、確か」

「穴は?」

「一応埋めといたけどな。色々出てきちまって街が襲われたわ」

「ああ、言ってましたね」


 再びミソロジーはスクリーンに目を戻す。もう一つだけ、気になることがあった。


「アーティファクトなんですね。それ」


 アネクドートのマントを指差しつつ、言う。


「そうそう。他の神にもあるんだろうが、あまり見かけてないな。神代魔法書、魔法の美具、武闘血肉についてはまだ名称しか把握していない。グロテスクシャインは、赤い宝石の付いた武器とか防具で、謎が多い。装備者の夢を叶えるという噂だが…」


 ミソロジーは明らかに思い当たる節があった。それはアネクドートも同様である。


「…まぁいいよな」

「そうですねぇ…」

「よし、つーことで、この世界の人間は神に気に入られる為に、長く生きようとしている。そうすれば幸せになれると信じている。これがあいつらの『神話』であり、『宗教』だ。何か質問は?」

「特にないでーす」

「うし、じゃあ最後の項目だ」 



 



 ミャージッカはアネクドートとの出会い、そしてこれまでのことをヴィットに語っていた。


「ということがあって、今私は先生に師事しているわけです」

「…そうか。そちらも、とんでもない者のようだな」

「私も、まだ、先生のほんの一部しか知らないんじゃないかって、そう思います。そちらの方の、名前は?」


 ヴィットは少し沈黙する。


「…何だろうな、マイ、と呼ばれることが多い。他にも、ミソロジーと呼ばれているのも、一度だけ聞いたことがある」

「へえ…マイ……ん」


 ミャージッカの意識が、一瞬露店の方に向いた。どうやら、店主と冒険者が何か言い合っているようだ。よく耳を澄ましてみると、どうやら肉が悪くなっていたらしい。店主はそんなはずはない、と言い張っている。


(あそこの店、新鮮な肉って評判だったような…)


「どうかしたか、ミャージッカさん」

「あ、いえ。えーと、マイさんってどんな人なんですか?」


 ヴィットは深く沈黙する。四本の腕を組み、うーんと唸る。


「………分からないんだ、俺にも。ある時は子供のような笑顔で笑い、ある時は、背筋が凍るほどのおぞましい笑みを浮かべる。慈悲深いのか、残忍なのか、とにかく、底の見えないやつだ。…ただ一つ確信できるのは、俺が今まで出会った中で、もっとも強い、ということだな」


 む、とミャージッカは引っかかる。一番強いのは先生に決まっている、と。ただ、そこは飲み込みつつ、質問を続ける。


「…魔法使い、ですか? それとも戦士?」

「んん…魔法というのは、唱えずに使えるものなのか?」

「…いえ、相当、熟練した魔法使いじゃなければ。彼女も、別の世界から、魔法がない世界から来たんですよね」

「ああ。…じゃあ、何なんだろうな。あいつのまわりでは…あいつの起こってほしいことは、多分何でも起きるのだと思う。正直、神なんじゃないかと思うほどだ」

「むう…」


 ヴィットの言うことに嘘偽りは感じられない。ミャージッカは自分とミソロジーとを比べ、何か勝てるところはないか考えるが、なかなか思いつかない。


(どうしよう…やっぱり、先生は私みたいに凡庸な…)


「…それにしても」

 

 そのミャージッカの内心に気づくことなく、ヴィットは鼻の周りを二つの右手で払いながら呟いた。


「何か、臭わないか」

「え?」


 辺りには肉の腐ったような臭いが充満していた。






《地理》


「まとめましたねー」

「小分けにするのもたるいからな」


 スクリーンには、二つの大陸、そして海が表示されている。


「北の大陸、南の大陸なんて呼ばれてるが、書物とかにある正式名称は、北はビコイド、南はナノスだ」

「あらあら、そうですか」

「面積はどちらもだいたい780000㎢。…オーストラリアより、ちょい大きいぐらいの大陸が二つだな」


 ぱっ、ぱっと画像が切り替わっていく。紫色の平原、雪が降り積もる針葉樹林、温暖そうな広葉樹林など、様々な場所で撮られた写真だ。


「ビコイドは北端付近のアネクメネを除けば、北から南まで、寒帯から温帯の植生になっている」

「北端はクロアのいるところですよね。どんな気候なんですか?」

「一年を通して温暖、多雨。快適な気候だと思うぜ。ナノスに関しては…」


 さらに、画像は、短い草に覆われた草原、鬱蒼と木が生い茂るジャングル、そして、紫色の平原と変わっていった。


「サバナ系の短草平原から熱帯雨林、そんでもって再び年中温暖多雨の紫平原だ」

「ふむ」

「雑観では、乾燥地帯は一部にしかない。それも不規則にだ。色々疑問はあるだろうから、とりあえずこの世界の地理の根本を二つ説明しよう」


 徐々に画像の範囲が広大になっていき、海の向こうが見えてくる。北の向こう側には、何やら青白色の球体が、南の向こう側には、赤々と輝く球体があった。大陸の大きさと比較しても、かなり巨大である。


「これは…?」

「神話には載っていない、仕組みだ。相当な望遠鏡を用いなければ観測できなかった。大陸の植生分布を見れば分かるだろうが、この世界は南に行くほど暑く、北に行くほど寒い。それはこの、『熱極点』と『冷極点』によるものだ。太陽と月について、何か違和感あったか?」 


 ミソロジーはこの世界に来てから見てきた、太陽と月を思い出す。


「ええ。どちらも目視でかなり大きく、太陽光はそのくせ我々の世界の温度と変わりませんでした。それに、太陽は南から北に、月は北から南に移動していますね」

「そうだ。あの太陽も月も、星じゃない。熱極点から出た巨大な火球、冷極点から出た巨大な光球が、太陽と月の正体だ」

「ふむ…古代の世界観に、かなり近いですね。それでは私達の星とは違う気候状態になりそうです」

「お、気づくのが早いな。さらに、もう一ついくぞ」


 次に表示されたのは、二つの大陸と海を、真上からではなく、斜めから見た図だ。平べったい海に、大陸が浮かんでいる。


「まぁ、観測結果に基づく仮説だから、落ち着いて聞いてくれ」

「…?」

「この世界は、恐らく平面だ。そして、回転していない」

「…わお」

「主に二つの根拠がある。一つは球面ならあるはずの湾曲が観測できないこと。もう一つはコリオリの力が存在しないことだ」


 コリオリの力とは、地球など、回転しているものの表面を進む物体にはたらく、見かけ上の力である。これによって台風が渦を巻くなどの現象が起こる。


「それは…どうやって?」

「気づいたのは台風を海の上に作ってみたときだ。明らかに何かおかしいと思ってな。フーコー振り子とかを使って確かめてみたら、コリオリの力がはたらいていなかった」

「となると…気候状態が違うどころの騒ぎではありませんね」

「ああ。ここで、我が魔法を使えるようになった、つまりこの世界の気象が魔法現象であるということにつながるんだ。この世界は、本来成り立っていない気候を、魔法によって無理やり作り出しているようだな」

「それまた、何故でしょう」

「んー…生物が住みやすいように…かもしれん…実際砂漠とかの生き物が居住しにくい地域はやたら少ないしな」


 ミソロジーは少し考え込む。椅子をくるくると回転させ、ポニーテールも共に回転する。


「何か…引っかかりますね」

「そうだな…だが、まだぼんやりとしている。とりあえず現状で分かっているのは、この世界の気候は一応我々の世界と似たような気候帯分布だが、局地的に妙な気候だったり、北と南の大陸の端っこのように、通常有り得ないところに安定した気候があったりする、ということだ。続いて…土に移ろう」


 次に表示された画像は、一本の棒状の筒に、茶色い土が詰まっているものだ。それが、何本も並べられている。


「あら、不思議な地層ですね」

「我々の世界の地殻は、ケイ酸塩としておよそ75パーセントは酸素とケイ素が占めている。こっちの世界では、ケイ素の量は変わらんが、酸素はほぼ魔力に取って代わられている」


 アネクドートは近くのガラクタ置き場から、水晶を一つ取り出してきた。


「この世界の水晶は、ケイ素と魔力が結びついた、我々の世界のものとは全く違うものだ。魔法を媒介する道具として、主に用いられている」


 スクリーンに光を投射している水晶を、ミソロジーはちらっと見る。


「あと、鉄と魔力が結びついた、魔鉱石なる物質も地殻に含まれている。これは武器や防具に広く使われているな」

「お、アダマンタイトとかオリハルコンもあるんですか?」

「あるらしいぜ。超希少金属…手に入ったら調べてえな。きっと面白い構造してるはずだ」

「ああ、まだもってはいないんですね。…ところで、クロアのいるあの紫色の平原は、何なのでしょう」

「あれはこれから調べに行くが、予想としては、魔力を限界まで含んだ土だろうな。我の予想している魔力の循環図は、海の中に含まれる魔力が、蒸発する水とともに雲となり、あの紫平原に降り注ぐ。それを魔物が摂取して、人間界に食い物や鉱物として持ち込む、という流れだと思う」

「ほほー。もしそうだとしたら、この世界、出来過ぎているというか、妙に機能的ですねえ」

「そうだな…何というか、調べれば調べるほど違和感が増してくるぜ。…あ、画像もう終わりだ。じゃあ、とりあえず、ここまでだな」

「お疲れさまです、アネク」

 

 アネクドートが手をかざすと、水晶からの光は止まり、スクリーンもくるくるくるっと丸まった。んーっと、ミソロジーは軽く背伸びをして、はあっと脱力する。


「そういえば、蠅については分かりましたか?」


 アネクドートは、ばつが悪そうに髪をいじる。


「いや、全く。確かに、この世界の地名、国名は全て、ショウジョウバエの遺伝子名から取られている。だがそれが偶然なのか、何者かの意志なのかは…分からん」

「あ…ショウジョウ…今気づきましたが、神の名前も蠅ですね」  

「ショウジョウはショウジョウバエ、パフはハエ目の幼虫に見られる染色体の構造、ドロソフィアはショウジョウバエの学名DrosophilaからLを抜いたもの。…までは分かるんだが、オレスティアは?」

「オレステイアじゃないでしょうか。アイスキュロスの書いた劇です」

「それは、知ってるよ。どこらへんが蠅なんだ?」

「たしか、J・サルトルがオレステイアを粉本にした戯曲を書いていました。タイトルは…『Les Mouch()es』です」

「…そうか。うーん…上手く繋がらんな」

「ですねぇ…」


 二人の間に、しばし沈黙が流れる。数十秒後、アネクドートが何かを思いついたように口を開いた。


「…今日、待ち合わせに遅れただろ?」

「そうでした。何があったんですか?」

「この絵を、見せられたんだよ」


 アネクドートが再びスクリーンを広げ、映像を投射する。そこには、ミソロジーも資料で見たことのある、有名な絵画と酷似したものが映し出された。


「あら、『アテネの学堂』…に、非常に似ていますね」

「ああ、相違点は人物。人物は全てアテネの学堂とは異なっているが、ほぼ構図は同じだ。…なぁ、マイ、この世界の言語は、偶然我々と同じという仮説が、あったろ」

「はい、私が初めに立てたものですね」

「この絵も、そういう偶然の産物だとしたら、おかしくないか? 我々には、何の利益もない」

「…たしかに」

「こうは考えられないか、わざと、似せて作られたのだと。この世界は、地名も、気候も言語も、我々の世界を参考にして、作られたのだと」


 ミソロジーは口に手を当て、アネクドートの推測を考察する。


「…つまり、この世界には、我々の世界を知っている者が、少なからずいるかもしれない、と?」

「…可能性は、否定できねえ」








 そしてそれは到達した。ヴィットとミャージッカのいる、噴水広場の中心に。ある者は、その音を何かが爆発したような音だと、またある者は、その音を水面に巨大なものを投げ込んだようだと、形容した。


「なっ!」

「なんだ…こいつは!」


 それは余りにも巨大な、腐肉の塊だった。足のようなものはなく、ただ二本の突き出た触手のような腕が、びちびちと辺りに腐臭と汁を撒き散らしながらのたうっている。


「ひゅー」

 

 時計塔の上では、カシャカシャカシャカシャと中嶋がシャッターを切っていた。レンズは虚空を向いているが、そのフレームに収まっているのは、腐肉の塊とそれにおののく人々である。


「この…バイオハザードのボス戦感…いい。CG顔負け。綺麗な街並みに、グロテスクが映える…逆沙耶の歌的構図、いい…」

「…最近の子の言うことは、よくわかんないなぁ」


 黒い男は、アネクドートとミソロジーが向かった方向を見た。


「大体20分ぐらいかな。彼女らが気づくまで」


 そして、改めて腐肉の塊を見る。


「にしても何で、あそこにぶち込むのが一番良いって、あのひとは言ったのやら。いやー、想像したくもないね」


 ぽりぽりと苦笑いで頬を掻く男を後目に、腐肉の塊は、目の前の二人、ミャージッカとヴィットに襲いかかろうとしていた。

日はもう沈み、北の空から煌々と輝く月が覗いている。




 

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