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世界の原理・1 《side mythology》

この世界についての色々な設定その1です。

「わりい、待たせた」


 アネクドートが扉を開き、聡明塔にある自室に入ると、そこには、ちんと座り、黄金色に輝く麺を赤いどんぶりから箸でつるつると口に入れるミソロジーの姿があった。


「けぷ…お帰りなさいアネク。ご飯にします? お風呂にします? それとも…」

「いや、ここ我の拠点だから。というか、ラーメンとかどっから引っ張り出してきた」 


 言いつつアネクドートは、部屋の様子を見渡す。前回ミソロジーと密会した時にはいた、四本腕の巨乳の剣士がいない。


「小麦など、材料が揃っていましたので、3分ほどで作りました」

「カップラーメンかよ。…お前のお人形さんは?」

「ええ、話が込み入りそうでしたから、適当に街で過ごしてもらっています」

「ふむ、察しがいい」


 適当な椅子を見繕い、長い手で引っ張ってそれに座る。ミソロジーのかなり近くだ。


「ふう…」


 ゆっくりと腰を落ち着け、ため息をはく。


「数刻前に帰ってきた方々は、今食事を取っているようですが、アネクは?」

「んー、あんまり空いてないな。それちょっとくれ」

「はい、あーん」


 十数センチほどの麺をつるつると同様に口に運ぶ。咀嚼しつつ、アネクドートはミソロジーをじろじろと観察した。肌、髪ともに手入れの行き届いている艶だ。特に疲れているような様子も見えない。ちら、と部屋の隅の鏡を使いミソロジーの背中の文字を見る。特にそこには何も書かれていない。


(フェイがいないとずっとこれだよな。もーちょい可愛い柄にしてほしいもんだぜ)


「ここでしますか?」

「いや、ここには大事なもんは何も置いてねえから、移動しよう。ここから10キロぐらいんとこにあるんだが、どうする? 飛ぶか?」

「そうですねぇ、まあそのぐらいなら、せっかくの貴方との時間ですし、走りましょうか」


 そして二人は、窓から外に飛び降りた。地上から6メートルほどの高さの部屋からの跳躍だが、難なく着地する。


「よっ…と」

「灯りは付けっぱなしでよろしいのですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「では、行きましょう」


 時刻は午後6時を回ろうとしている。商売に一段落がつき、欠伸をしつつ歩いている商人は、自身の横を突風が通り抜け思わず目をつむる。しかし、商人は僅かに、その突風の中に人影を見た気がした。振り向いても、そこには既に誰もいない。


「あはは、アネク足速くなりました?」

「育ち盛りだからな」


 露店の屋根を足場に、二人は人家の屋根に登る。パルクールの要領で、屋根を伝っていく。屋根から屋根へ飛び移る際に、ミソロジーは街の家々の様子を見た。


「ふむ、ところどころ家が傷ついていますね。燃えました?」

「魔物が襲撃したからな、最近」

「ああ、言ってましたね」


 外壁を飛び越える。ばっ、と夕焼けの平原の景色が広がった。冒険を終え帰路についている冒険者達の団体がちらほらと見える。


「こっちだ」

「はい」


 そして、整備されていない道を5分ほど走ったところで、アネクドートが立ち止まる。しかし、周囲には何もない。ただ平原が広がっているのみだ。


「さて、ここだ」

「わぁ、ステルス迷彩ですか?」

「それに近いな。だが、ステルスは魔力を使って光を屈折させているに過ぎん。周囲の魔力を消してしまえば、簡単に効果を無くす。こんな風にな」

 

 そう言って、アネクドートは自身の正面、ではなく、ミソロジーの背後に向けて手を広げた。忽ち、ミソロジーの背後の空間から、一人の少女が現れた。

 慌てふためくその少女は、ミャージッカである。


「あっ!」


(ついてきていたのに触れなかったのは、これしたかったからなのですね)


「そんな、対策、してたのに…」

「対策に対策済みだっつーの。何してんだ」

「え、えと、先生と、綺麗な女性が出かけられるものですから、ちょっと、好奇心が…」

「駄目だ。帰りな」

「うう…すみません…」

 

 ミャージッカはアネクドートにたしなめられ、素直に退散していった。その二人の様子を見て、ミソロジーが邪推する。


「『お人形さん』ですか?」


 意趣返しとばかりにミソロジーがにやついている。


「ちげーよ。正ヒロインだ」

「あら、私というものがありながら」

「多妻制を我は採用してんだ」


 アネクドートは目の前の空間に手をかけた。そして、がちゃりと開く。そこに隠されたいたものは、ドアだった。


「さあ、ここが我の研究室だ」

「お邪魔しまーす」


 中に入ると、そこには恐ろしく大きく、また雑然とした部屋が広がっていた。ミソロジーが大学の研究機関で見たことのある機械類が、これでもかというほど配置されており、また見たことのない機具もこれでもかというほど配置されている。


「これは、壮観ですね」

「じゃ、ここに座ってくれ」


 シャーッとキャスター付きの椅子を手を触れずにミソロジーの側まで運ぶ。ミソロジーがそれに座ると、椅子はひとりでにある方向に進み出した。


「わー」


 たどり着いたそこには、白いスクリーンと、それに向かって映像を投射している水晶があった。


「あはは、研究者ですね、アネクは」

「体裁はなかなか好みだからな。さて、じゃあ…」


 アネクドートが指を振る。すると、スクリーンにはタイトルが表示される。お洒落なフォントで、『この世界について』と書かれていた。


「本題に入ろう。この世界についてだ。つってもまぁ、まだ半分ぐらいしか分かってないんだけどな」


 さらに指を振る。そこには大量の項が表示されている。


「質疑応答は常に受け付ける。とりあえず今わかってる分野について、説明していくぜ」


《魔力》


「まずこれだな。この世界の大部分がこれによって成り立っている。今のところ、この世界の魔力についての一般的な認識としては、神から与えられた加護の力。研究の最先端の見解は、粒子か『光のようなもの』、らしい」

「ほう、光について解っているのですか?」

「いや、全然。『光』という認識しかできてないよ、あいつらは。我の見解としては…」

 

 と、アネクドートは映像を表示した。そこには、いくつかの、塊になっている球体と、その周囲を衛星のように数個の小さい球が回っている。


「粒子だ」

「へえ、新元素か何かですか? 飛んでいるのが電子だとすれば、炭素に見えますが」

「そこだ。『自由創造』という魔法がある。これは魔力を、他の物質に変える魔法だ。ほい」


 ミソロジーの傍らに、長い金属製の棒が出現した。ミソロジーはそれに指を滑らせる。すると、その棒は、上から、幾つもの層になっていることがわかった。 


「金属性元素を、上から順にとりあえずビスマスまでだ」

「ふむ…確かに、そのようですね」

「さて、どう思う?」

「もし、魔力という元素が何らかの影響で別の元素になるとすれば、変ですね。核分裂反応みたいじゃないですか。多量のエネルギー変化が伴います」

「そう、そこなんだよ。だが見ての通り、この世界でヒロシマやナガサキのようなことは起きていない。ここで、我は、一つ仮説を立てたい」


 アネクドートが続いてのスライドを出現させる。そこには、とある映像が映し出された。大量の紫色の粒の集合から、青色の粒が一つ飛び出し、周囲を回転する。さらに、紫色の粒の一つが、赤色になった。それを繰り返し、周囲を回転する青い粒子の数と、赤い粒子の数が徐々に増えていく。


「『自由創造』が魔力を他の物質に変える魔法だと言ったが、魔法の本質の一部はそれだ。魔力を水に変換、水魔法。可燃物質に変換、火魔法。また、命魔法も物質をややこしく創造しているに過ぎん。どう見ても、元素が新しく創造されている。ということで、こういう形なのではないかという予想図がこれだ」

「んー、なるほど。斬新ですね」

「異世界だからな。このぐらいぶっとんだ予想はしたい。我々の世界では、元素の性質は陽子と電子によってだいたい決まる。この世界の元素は全て、この紫色の粒子…重力子に因んで、魔力子と名付けよう。これが陽子や電子、中性子等と場合に応じ同じ働きをして、他の元素となるという仮説だ」

「ふむ…では…」


 ミソロジーはジャージの裾をめくる。


「ああ、例えばお前の腕。そこの炭素、水素、酸素とかは、『そのように振る舞っている別の粒子』ということになるな」

「そうなると、魔力子の重さが気になりますね。電子と陽子じゃ、重さが全然違うでしょう。また、ビスマスと水素が同じ重さとなれば、大変なことになります」

「魔法の中に、その説明ができるものがある。見ててくれ」  


 スライドが変わった。また映像だ。そこには、テーブルの上に置かれたコップがあり、中には水が入っている。映像の中のアネクドートがそこに向かって、「重化グラビナイズ」と唱えると、途端にコップが割れ、さらに、机も何かに押しつぶされるように潰れた。


「物体を重くする魔法だ。しかし密度は上昇していない。魔力子は重さや大きさが変動するんだよ。その間に何か粒子とかが放出された様子は観測できなかったから、魔力子自身が、『そういう性質』を持った粒子ということになる」

「あははは。つじつまが合ってしまうわけですか。その粒子が存在するということになれば」

「そうだ。もちろん、それなりの観測結果に基づく仮説だけどな。…ということで、魔力の正体は、万能素粒子、『魔力子』。自然界にはこれが魔力子のみの

集合状態──『魔力』として存在している」


 アネクドートの周囲に、輝く白い球体、どす黒い靄、渦巻く旋風が現れた。


「光魔法や闇魔法、風魔法を詳しく調べれば、魔力子はさらに別の素粒子にもなれることが解るだろう。何か質問は?」

「んー…」


 実を言うと、ミソロジーはアネクドートの仮説について幾つか引っかかる所がある。しかし、そこを指摘したところで、アネクドートの仮説は恐らく正しいのだ。

 いつもそうなのだ。アネクドートが直感で思いついた仮説が、最終的には正しかったと証明される。初めは馬鹿にしていた学会の人間達も、すぐに媚びへつらうことになる。


「今のところは、無いですね。万能素粒子、iPS細胞みたいですね。その変化機構に興味はありますが…荒唐無稽ながらも妥当かなぁ、といった感じです」

「よし、じゃあ次の項だ」


《魔法》


「まあ地続きみたいなもんだけどな」

「魔法ですか、具体的に何種類ぐらいあるんですか?」  

「甲乙丙丁併せて4444種類だ。つってもまだ全部確認してないし、癸級魔法に至っては作ろうと思えば何種類でも作れるからな、明確に何種類とは言えん」


 ついっと画像が表示される。笑顔のミャージッカだ。


「こいつと、こいつの仲間に大体のことは教えてもらった」

(本格的に気に入ってますね…こちらも本格的に妬けてきましたよ)

「あいつら曰わく、人間の体内にある魔力は他の魔力とは異なり、人間はそれを消費することで魔法を使っているらしい。実際に『調べて』みたところ、確かに通常とは異なる魔力子があった」  


 何故か急かされている気がしながら、アネクドートは画像を切り替えた。画像は、先ほどの魔力子から波線が何本か放出されているというものだ。よく見ると、波線ともに、何やら黄色い粒子も飛び出している。


「これは…?」

「人間や、魔法が使える魔物の体内には、この粒子があった。恐らく魔力子が変化したものだろう。これが人間の体内で、魔力子に結びつき、蓄えられる。そして魔法を使う際に、魔力子から離れ、この際に、我々の世界には無かった電磁波のようなものが放出される」

「え、つまり、人間はリモコンということですか? 赤外線でテレビを動かすように」

「そうだ。その電磁波(仮)が当たった魔力子は、その波長に応じて性質を変化させる」


 アネクドートの体の周りを、急に現れた黒い球体、水の塊、そして火球が回転し始める。


「水になったり、酸素になったり、さらに複雑な化合物になったり。…中には地球上にまだない物もな」


 それが一つに混ざっていき、ミソロジーの前にふぁさっと、ジャージの上着になって現れた。


「あら」

「お前ももすこし洒落たもん着なよ。惜しいぜ。…これが魔法の正体だ。まだ仮説の域を出ないが、割と確信している」

「なぁるほどー」


 いそいそとジャージを着替える。黒地なのは変わらないが、背中にラインやワンポイントの意匠などが施され、より良いデザインとなっている。ミソロジーはアネクドートの内心を察し、微笑んだ。


「それは面白い。そういうことだったんですね」


 さらに画像は変わる。水、火、雷、風、命、無、光、闇の八項目の下に、幾つか項が続いている。


「属性別に大まかに分類するなら、水魔法は『水流魔法』『氷魔法』『蒸気魔法』、火魔法は『火炎魔法』『爆発魔法』『熱魔法』、雷魔法は『雷電魔法』『磁力魔法』、風魔法は『暴風魔法』『風切魔法』、命魔法は『回復魔法』『発生魔法』『精神魔法』、無魔法は『物質創造魔法』『空間魔法』『防御魔法』、光魔法は『閃光魔法』『幻魔法』『光線魔法』『聖魔法』、闇魔法は『暗黒魔法』『死霊魔法』『重魔法』となる」

「アネクはすべて使えるのですか?」

「いんや、一種類だけ、『発生魔法』だけは使えねー」

「ああ、自然と人間の、主客分離が貴方の最大幸福の本質ですからね。そこは踏み越えられない一線というわけですか。それにしても…多い。いったい彼らはどうやってこれらを習得しているのですか?」

「ふふふ、ちょうど次のスライドがそれだぜ」

  

 次はイラストだ。三角帽にローブを着た棒人間が、杖を前に突きだして何かを唱えている。杖からは先ほどと同じような波線が伸びている。


「魔力子への電磁波は、つまり信号は、魔法によって複雑に異なる。ならそれをどうやって発生させてるのかと言うと、明らかに、脳波を元にして信号が作られている」

「ほう」

「正確に魔法の現象をイメージし、その神経回路を形成する。詠唱ってのは、よりそのイメージを具体化し増幅するためのものだ。魔法の習得ってのは、繰り返し声に出すことによって、魔力子が反応する信号が発せられるように訓練するってことさ。天才あいつらは、それが一回目でできる」

「あー、なんかちょっと夢が壊れた気がします」

「お前が夢見がちな少女には、我はとてもじゃないが見えないがね。…さて、他に何か?」

「んー、後で触れられそうな話なので、とっておきます」

「そうか。じゃあ次」

「ちなみに、あと何個あるんですか、これ」

「あと3つだ。大丈夫、30分くらいで終わる」


《生物》


「これに関しては、実際に見てみよう。移動」

 

 シャーッと椅子が移動し、今度は大量の標本が立ち並ぶ部屋の一角へと移動した。大小さまざまの魔物達の、骨格標本、内臓標本、剥製などが整然と並べられている。


「おお~…」

「魔物、といっても色々いるが、だいたいは我々の世界の生物を巨大化させたか、ファンタジー的要素を足したものだな」

「そのようですねぇ…おや、内臓標本の中にいくつか、欠損したものが見られますが?」


 ミソロジーが指差した所には、液体に漬けられた不思議な内臓があった。肉から出来ていることは分かるのだが、明らかに、形状がおかしい。ただの口の細い袋のようだ。入るところはあるが、出るところがない。


「いや、あれは正常な内臓だ。ドラゴンとか、高位の魔物によく見られる」

「…なんですと。排出口は…」

「ない。ただ、血管と心臓に類する器官はあるぜ。別の場所に取っておいてあるが」


 ミソロジーが立ち上がり、内臓を凝視している。


「肺も、無いんですね。ということは、呼吸をしていない、と」

「そゆこと。我々とは全く異なる、魔力のみで動いている生物だ。ハイブリッドカーみたいな中間種もいるが、魔物として高位になればなるほどこの形式だな」


 考えてみれば、納得できることだとミソロジーは思った。ミソロジーが何度か見た竜は、何というか、大きさの割に、機敏過ぎた。明らかに地球の生物とは異なるエネルギー様式を採用していた。


「こうなってくると、人間も気になってきますね」

「よし、見てみよう」

「おおっと」


 そして、再び移動すると、ガラスでできた檻に辿り着いた。中には、病衣に似た服を着た女性が座っていた。その視線は虚ろで、表情もどこか力無い。


「アネク…人に趣味が悪いとか言えないですよぉ?」

「仕方ないだろー。我は発生魔法使えないんだから」

「ふむ…こちらが見えていないのですか、彼女は」  

「見られちゃ困るものも沢山あるからな、さて、中に入ろう」


 アネクドートがガラスに手を触れると、そのまますうっと中へ吸い込まれていく。ミソロジーも同様の動作で中に入った。

 

「ひ、ひぃっ!」


 その女性は、二人が入ってくることに気が付き、小さく悲鳴をあげて後ずさる。


「カペス・ピーウロ。上位冒険者、職業は魔闘士。年齢19、身長161㎝、体重52㎏、髪の色ブラウン、スリーサイズ上から78、60、88。恋愛経験なし」

「最後のいります?」

「こ、殺さないでください! お願いします! お願いします!」


 カペスは冒険の最中、アネクドートによって拉致された。その手段は、不意打ちでも闇討ちでもなく、正面からの襲撃だった。カペスは上位の中でもかなりの実力者であり、こと戦闘においては相当の自信があった。

 それを単独で、しかも一撃でねじ伏せられたとあっては、プライドも粉々である。


「…んんんん、嗜虐心がそそられますね…」

「ひ…」


 蛇のような目でミソロジーがにやつき、カペスは蛙のように竦み上がる。


「やめろって。協力してもらうだけって説明しても聞きやしねえんだよこいつ。仕方なく無理やり引っ張ってきた」

「ファーストコンタクトが悪かったのでは?」

「んー…まあ言われてみれば。さて…」


 アネクドートは怯えるカペスの服に手をかけた。


「『瞬間脱衣ハニーフラッシュ』」


 どこかで聞いたことのあるかけ声とともに、その服が弾け飛ぶ。


「いやあっ! 食べないで! 食べないでください!」

「いや、違うって、ちょっとは話聞けよ」


(行動してから話そうとしてるから誤解されてるんですけどね)


 見ると、カペスは最低限の下着は身につけているようだ。


「暴れんなって…これ終わったら帰してやるから」

 

 そして、カペスの体に手を当て、ゆっくりと撫でていく。すると触れた部分の皮膚が、徐々に透けていく。


「あ、ああ…」

 

(ほら、ビビりまくってますよー)


「どうだ、我々と相違点は分かるか?」

「ん…筋肉、骨格ともに、目視では特に違いは見られませんね」

「そう、ぱっと見はな。内臓はどうだ?」

「…あ、そこ、膵臓の隣り、何かありますね。紫色の」

「正解。見せたいとこはこの部分だけだ。じゃあ早速、闘ってみるか、マイ」

「わあ、突然ですね」


 アネクドートが再び瞬間的にカペスに服を着せる。


「百聞は一戦に如かずって言うだろ? カペス、こいつに勝てたら、帰してやるぜ。全力で闘え」

「…さ、さっきこれが終わったらって…」

「闘いが終わったらって意味だよ」

「ひいい…」


 おずおずと立ち上がるカペスを見ながら、ミソロジーは観察を続けていた。筋肉の量から考えれば、多く見積もっても青年期の男性程度、力があるようには見えない。


「ふむ…では、やりましょう。全力できてくださいね」

「…く、…くそっ!」


 カペスは大きく踏み込み、ミソロジーに向かって正拳突きを繰り出す。ミソロジーは興味本位で、その正拳を手で受け止めようとした。

 しかし、その拳が皮膚に触れる瞬間、直感で身を翻した。空気を伝わって、その拳に込められた力を感じた。


(腕吹っ飛んでましたね、こりゃ。ならば…)


 すかさず横に回り込み、つま先で刺すように蹴り込む。かつて瓦を粉砕し内臓を潰した蹴りだったが、そのつま先は、カペスのわき腹の皮膚に触れ、静止した。


(固っ。うーん…じゃあ)


 蹴りの勢いを消さず、手を腹に当てる。


「頸」


 内臓に直接、衝撃を与えた。中国拳法によく見られる頸にアレンジを加えた、ミソロジーの我流の技であるが、カペスにダメージを与えた様子は見られない。


「わー…」

「?」


 カペスはミソロジーの様子を不思議に思う。あの尋常ではなく強い銀髪の女の友人らしき者の攻撃が、自分にひょっとしては通用していないのではないか? これは、意外に勝てるのではないか? そう淡い期待を抱いたカペスの四肢は、次の瞬間人形のパーツのように床に四散した。


「………ひ、ぎゃああああ!!」

「駄目ですね。最大幸福これ使わないと手も足もでません」

「いやだからって腹いせに手も足も取るなよ…ほら、どうせ痛覚止めて血流繋いでんだろ? くっつけてやれよ」

「はい」


 元の姿に戻っても、カペスはしばらく呆然とした後に気を失ってしまった。自身の理解を完全に超えてしまったのだろう。


「『忘却オブリビオン』」


 アネクドートの指から発せられた電流が、カペスの頭に刺さる。魔法の名前から何となく察したミソロジーは、アネクドートに尋ねる。


「全く分かりませんでした。何故彼女の体はあれほどの硬度と筋力をもっているのですか? あの内臓器官が何か?」

「いや、あれは魔法を使うための特殊な魔力子を蓄えとく為の器官。我々と唯一明確に異なっている部位だったから見せただけだ」

「ふむ、では魔法?」

「まあそれに近いが、そういう魔法があるわけではない。基本的に、上位冒険者の上位層はあのぐらいの肉体だ」


 そして二人は再びスクリーンの前に移動した。


「これのヒントは細胞小器官オルガネラにあった」

「ほう」

「これが異世界の人間の細胞の模式図だ」


 表示されたものは、ほぼ、ミソロジーのよく知る人間の細胞である。核、小胞体、ミトコンドリア、リボソーム、ゴルジ体等の細胞小器官がある。しかしその中に紛れて、一つ謎の小器官があった。Y字型の袋状の器官から、管が細胞膜に向かって延びている。

 そして細胞膜は、さらに上から別の膜に覆われている。


「えー…なるほど…」

「これを葉緑体にちなんで魔力体と名付けたい」


(ちょっと安直ですね…)


「これは、何をしているのですか」

「魔力体は、摂取した魔力子の一部分をこの膜を張るのに充てている。この膜がさっきマイが蹴ったときにダメージが入らなかった理由だ」

「あら、なら異世界の人の肌は皆カチカチなんですか? そんな感じではありませんでしたけど」

「力をかければかけるほど硬化する。ダイラタンシー現象に、振る舞いとしては近いな。より強力だし、急激でない力でも硬くなるが。優しく触れば柔らかいんだ」

「へえー…細胞一つ一つがリキッドアーマーの役割を果たしているのですね。だから内臓も…では筋力は?」


 画像が切り替わった。今度は筋肉だ。多くの筋繊維の中に、通常の人間には見られない筋繊維がある。


「まだしっかり調べてはいないが、根本的な仕組みから違うな。魔力子を基礎とした細胞骨格で、一本一本の収縮力、瞬発力がえげつない。これをこいつらは魔物の肉から少しずつ摂取してるみたいだ」

「調理で破壊されないのですか?」

「ああ。短いから、食いやすくはあるんだけどな」

「それで、彼らは旺盛に食べていらっしゃるのですね」


 アネクドートは舌をべろっと出し、指でその上を撫でる。


「あいつらの味蕾は、魔力を受容する。我らが脂肪や糖に中毒性を覚えるのと一緒で、美味いんだよ、魔物の肉が。あいつらにとってはな」

「ほほう」 

「後は…何かあったかな、ああ、『戦技』か」

「技? ひょっとして、必殺技ですか」

「そうだ。冒険者が全員魔法使いにならないのは、戦士とかにも同様に戦う術があるからだ。カペスも持ってたんだが、のされちまったからな…仕方ない」


 アネクドートは横を向き、右拳を引き、足を開く。正拳突きの構えだ。カペスが自分に繰り出してきた技を、披露する。


「空弾衝」


 目の前の空間を殴りつけた。すると、ぐにゃりと空間が歪みが拳から広がっていき、アネクドートの正面にあった全ての物が前へと吹き飛んだ。


「こんな感じ」

「…鍛えて何とかなる次元超えてません?」


 ミソロジーは吹き飛んだ機材を見て呟く。


「これは、ただ物理的に殴ってるんじゃないんだよ。魔法に似てるな。ただ、魔法を外側の魔力に干渉するものだとすると、戦技は体内の魔力に干渉して、魔法現象を引き起こすものだ。修得方法は魔法と同様に、繰り返しによって体に染み付ける」

「我々の世界の武道も、それに近いところはありますね。繰り返すことによって神経回路を形成…ああ、たしかに、魔法に似ています」

「それだけじゃない。一定を超える量の神経回路が形成されると、その動作時に、体内で魔法現象が引き起こされるんだ。さっきのは空間魔法だな」

「普通に魔法を使うのと何か違うのですか?」

「うむ。魔法は使う度に、さっき見せた器官があったろ、あそこにある特別な魔力子を消費している。だが闘技はあれを消費せず、細胞の魔力体から直接魔力子に影響している」


 一瞬黙るミソロジー。


「…何故でしょう」

「そこはこれから調べるぜ。まぁあれだ、簡単に言っちまえばMP消費する代わりにスタミナ消費してるみたいなもんだな」

「そういうことですか」

「だから、魔法使いとしての素質と戦士としての素質はイコールではない。どっちも持ってる奴もいるし、どっちも持ってない奴もいる」

「ふむ、ヴィットちゃんに、やらせてみましょうかね」

「後は…ああ、これは次の項にするか。質問は?」

「塩基配列は調べました?」


 こくりと頷き、アネクドートは遠くの方を指差した。


「今やってる。全部調べんのには3日はかかると思5うぜ」

「了解です」

「では次にいこう。次は…」








 そんな侃々諤々をアネクドートとミソロジーが行っていた頃、カリオイドに何かが迫りつつあった。

 カリオイドの建造物の中で一、二を争う高さを誇る時計塔、その頂上に、二人の異様な者達が立っている。


「…ここにあれが来るの?」


 最初に口を開いたのは、天使だった。白く大きな翼が背中から生えており、頭には光り輝く環が浮かんでいる。金髪碧眼の、美しい少女だ。さらに、手には何かを持っている。


「うん、そうだよ。うちの神さんがご所望だからねえ」


 それに答えた男は、黒い衣装に身を包んだ三十代ぐらいの男だ。眠そうな目で、頬をぽりぽりと掻くその緩慢な動作からは想像もつかないが、この男はしばらく前にカリオイドを襲撃した者達の一人である。


「ふうん…」


 天使は下に向けて、持っていた物を構える。それはなんと、カメラだった。白いフレームに金色の装飾が施されている。そのレンズを覗き込み、カシャ、カシャと何度もシャッターを切る。


「勿体ない、綺麗なのに」


 男は天使の行動を不思議そうに見ながら、申し訳なさそうに尋ねた。


「そういえば…君って、何て名前だっけ」

 

 天使が訝しげな目で男を見る。


「いや、ごめんごめん、でもほら、君の名前って変わってるだろ?」


 ぺこぺこと頭を下げて笑う様子からは反省の色は見えないが、天使は、はあとため息をつき、薄紅色の唇からその名前を口にした。


「…中嶋弓子」

「そうそう、ナカジマだ。ごめんごめん」


 男は中嶋と同様に、下を覗き込む。冒険を終えてこれから食事にいこうとわいわい話している冒険者達が見える。その光景からは、平和な、幸せそうな色が見て取れた。

 それを見て、男は呟く。


「何千人死ぬかな。全く、憂鬱だよ、僕ァ」



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