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法華卿《side anecdote》

(我が我を幸せにするために、最善を尽くす、か)


 天高く聳える宮殿、その上層の豪勢なバルコニーに、十一人の人影が動いている。ちょうど太陽は天頂に届きそうである。陽射しは朗らかだ。


(あいつらの手前、格好つけちまったが…どうするかな)


 十一人のうちの一人、アネクドートはバルコニーの手すりに身を乗り出し、空に手をかざした。

 

「ミャージッカ」 


 呼ばれて、すぐ近くにいたミャージッカは、とてとてと、黄緑色の髪を揺らしながら寄ってくる。


「はい、どうしました先生」

「ちょっと見てな」


 アネクドートは五本の指をピンと広げる。すると、青空がうっすらとした雲に覆われ始めた。徐々に形がはっきりとしてくる。まだら模様の羊雲だ。空の青色と雲の白が美しいコントラストを描いている。


「わあ…」

「そんでもって」


 さらに、手をぐっと握る。


「スカイパンチ」

 

 すると、その薄く広がった雲に大穴が開いた。穴からは垂れ下がるような筋状の雲、尾流雲が降り、日光に照らされて彩雲となり、極めて幻想的な風景を作り出した。


「すごい…」

「我が子供の頃やってた遊びだ。いいだろ」

「はい…とても、綺麗です」


 恍惚と見とれているミャージッカにアネクドートは満足する。そしてふと、自分がどんな感情で満足してるのかと気になった。自分の力を見せつけて優越感に浸っているのか、それともただ単に、ミャージッカが喜んでいるのが嬉しいのか。


(んん、よく分からんな、自分のことは)


 アネクドートは振り返る。自分とミャージッカを除いて、9人の男女が、用意された食事を取りながら話に華を咲かせている。

 カリオイドが肆災のうちの三つ、ウアア、ウグア、アウグという怪物に同時に襲撃された際、アネクドートに加え、十聡会の面々も応戦した。


(それにしても、この国の最高研究機関がこいつらだってのは聞いてたが、まさかこの国の最高戦力も、こいつらとはな)


 現在、彼らはカリオイドの王宮、正法華宮に招かれている。首都防衛の功績を讃えられるためだ。


「ミャージッカ、まだなのか?」

「そうですね、今暫くお待ちいただきたい、と仰っていました」

「ふむ…じゃあ今の内に、親睦を深めておくか」


 そう言って、3つに分かれているグループのうち、女性のみのテーブルにまず足を運んでみる。


「よう、女子会か? 混ぜろよ」

「あらー、アネクドートさん。あの雲は貴女の魔法ですかー? 綺麗ですねー」


 そこにいたのは、ヤイハ・ヤーヌス、メノア・ツッオネッチ、そして、まだアネクドートが名前を知らない女性だ。


「おう、まぁな。…つか、ヤイハてめー、さらっといるな。『上』からなんか言われなかったのか?」

「はて、何のことやらー」


 ダメ元で探りを入れてみるも、さらりとかわされてしまう。特にアネクドートもここで何かするつもりはないので、残りの二人に視線を移す。

 アネクドートとヤイハの会話の意味を分かりかねているメノアは、きょとんとしながら尋ねる。


「なになに? 研究の話?」

「いや、まぁそんな感じだ。ところでこっちは…」


 アネクドートが指を差した女性、ローブを着ているメノアやヤイハと異なり、ショートパンツにタンクトップと非常にフットワークの軽そうな服装だ。腰には少し大きめのポーチが巻かれており、パンパンに膨らんでいる。


「初めまして。あたしはミーマ・サミサよ」

「アネクドートだ」

「話はもう聞いてるわ。闘ってるのもちょっと見たし。魔力が無いのに魔法が使えるらしいわね」

「おう、すごいだろ。お前は…何の研究してんだ?」


 そう言われるやいなや、ミーマはポーチから幾つかの袋を取り出した。その中から、にょきっと、植物の芽のようなものが出てくる。ミーマはそれを手のひらに乗せ、アネクドートに見せた。


「植物学。特に、森とか遺跡によく生えてる『動く植物』の研究よ」

「ほう。ちょっと見せてくれ、それ」


 アネクドートがミーマから植物を受け取ると、指にするすると巻き付いてくる。  


(何だこれ。伸長運動なら、凄まじい速度だ。こんな速度で成長する意味あんのか? 別に絞め殺しの植物って感じでもねーし…)


「スグマグっていう植物よ。生物の魔力を吸収して育つの。冒険者はスグマグの育ち具合で近辺の魔物のレベルを把握してるわ」

「はー、ほぼ動物だな」

「でも光と水は必要なの。今は吸わせる魔物によって育ち具合に差があるか研究してるわ」

「なかなか興味深いな。一つくれよ」

「ええ、いいわよ。その巻き付いてるのあげる」


 アネクドートはスグマグをポケットにつっこみ、メノアとヤイハを改めて見た。


「そういや、メノアは火属性の魔法が専門だったな」


 話を振られたメノアは食事の手を止める。


「うん、そだよ。今はスウォーズィ平原で発見された『黒い炎』に興味津々。残り火しか回収できなかったらしいけど、話聞くかぎり危険度は途轍もないね」

「あー…、だろうな」 


 アネクドートは地平線を見つめ、どこかのゴスロリを想う。


「え? 知ってたの?」

「いや、何でもない。そうだな…まだ話してない、他の面子とも話してくるわ」

「あら、あたしもう少し、貴女の話聞きたいわ」

「また今度ゆっくりな」


 アネクドートは女性陣のもとを離れ、男性三人が話しているテーブルを通り過ぎ、三人の集団のテーブルに辿り着く。

 そこにいたのは、まだアネクドートが話したことのない三人組だ。


「よお、冒険者組」

「む、アネクドート殿だな」 


 そのうちの一人、アネクドートよりもいくらか身長の高い男が呼びかけに応じた。青みがかった銀色の鎧に、純白のマント、背中の長剣と、騎士の風体の男だ。


「そう、我がアネクドートだ。お前は?」

「まあ! 兄様のお名前も知らないとは! 不躾な輩ですわ!」


 男が返答する前に、男の傍らに寄り添っていた少女が声を上げた。がっちりした男の装備とは対照的に、最低限の鎧を、白いローブの上に装備している。背中には二本の杖が装備してある。


「こら、ユル。癇癪を起こすでない。彼はまだこの国に来て日が浅いのだよ」

「あら、それであれば兄様のことを知らなくとも無理はないですわね」


 ユルと呼ばれた少女は、一歩下がる。


「すまない。妹が粗相を」

「いや、別にいい。自己紹介くれよ」

「うむ。私はイグナ・シュガッサイ。十聡会の副研究長を務めている。それと、殊位の冒険者でもあるな。まぁそのくら…」

「兄様は素晴らしい御方ですわ! 若干二十六歳にして古代文明学の権威でありながら、ペアルール国内に僅かしかいない殊位冒険者の一人! 大陸中を探してもこのような傑物は見つかりませんわ! 装備の長剣、古代文明の技術を応用して兄様が作成した『晶剣・レン』は、持ち主の魔力に応じて強度と切れ味が変化する逸品ですのよ!」

 

 イグナが説明を終えようとしたところで、ユルがその説明に食い気味で補足を加える。アネクドートは、それを聞いた後に、ユルに尋ねる。


「ふーん…で、お前は?」

「え?」


 イグナについての質問が来るものとばかり思っていたユルは、戸惑いまごつく。


「えっと…わたくしは、ユル・シュガッサイですわ。兄様の妹ですのよ」

「他には?」

「え?」

「いや、だから、お前が誰の何かは興味ねえ。お前も十聡会の一員なら、一廉の人物なんだろ? 早くお前が、どう強くて賢いのか説明してくれよ。可及的速やかに丁寧に」

 

 ずいずいと、アネクドートがユルに詰問する。イグナはアネクドートの感情が把握できなかった。怒っているわけではない、だが、何か苛烈なものを感じる。


「わ、わたくしは、混合魔法の研究をしていますわ。それと、兄様のパーティーに所属して冒険しておりますの。二本の杖の扱いは得意ですのよ」 

「二本の杖から別々の属性の魔法を出すのか?」

「いえ、一本から二属性までは出せますわ」

「なんだ、好いじゃないか。そういうのを聞きたいんだよ、我は」


 そう言いながらアネクドートは頭をわしゃわしゃと撫でた。ユルは数秒だけ、きょとんとしてそれを受け入れたが、すぐに


「き、気安く触らないでくださいまし!」


 とはねのけた。


「ははは、面白い人であるな、アネクドート殿は」

「まぁな。さて、そんでもって………お前は、何なんだ」


 ついにアネクドートは、最後の人物、一心不乱に出された料理を食らいまくる一人の浅黒い肌の男を見る。ペアルールの叡智を結集したこの場の人々とは明らかに浮いているその人物は、アネクドートに意識を向けられたことに気がつき、顔を上げる。

 食べかすが顔中に付いたその顔は非常に端正なもので、その爛々と輝く瞳は爬虫類のように縦割れだ。


「お前こそ」

「我はアネクドートだ。職業は人間」

「そうか。僕はゼラゼラ。種族竜人。専門研究は魔物学。年齢は82。基本的にはイグナのパーティーで実地研究をしている。以上だ」


 そしてまた、食事へと戻った。


「ゼラゼラはああ見えて優秀な研究者だ。それに、強い」

「研究と食事しか興味の無いやつですわ」

「ふーん」


(変な奴しかいねえな。研究者なんてそんなもんか)


 自身を棚に上げつつ、そのような思考でアネクドートはまだ知り合っていなかった者との交流を締めくくった。このタイミングで、バルコニーに一人の使用人が入ってくる。


「皆様、お待たせいたしました。法華卿の元へ御案内致します」




 


 法華卿からの賛辞は、思いの外短時間で終了した。十聡会には様々な感謝の品や王宮での権利が与えられた。現在十聡会の面々は、王宮の廊下を歩いている。

 

「いやはや、役得であるな、トビリ殿」

「うむ、これで十聡会の地位もいくらか向上するだろう。研究にも自由が増えるな」 


 研究長と副研究長が嬉しそうに語り合う中、ミャージッカは不安げな表情をしている。


「どしたの、ミャージッカ。法華卿様褒めてくれてたじゃない」


 メノアがミャージッカに声をかける。


「うん、まぁそれはそうなんだけどさ。なんで先生だけ、残るように言われたんだろう」

「ん…何でだろ。でも何があってもおかしくなさそうじゃない? あの人」

「確かにそうだけど…心配だな」

「あはは、気にするね、ミャージッカ。『先生』にベタ惚れ?」

「い、いや! そういうんじゃないよ…」


 ミャージッカは、改めて長い長い豪勢な廊下を振り返った。自分達が出てきた大きな扉は、動く気配がない。中からも、音は漏れ聞こえない。


(一体、何を話してるんだろう)

 



 謁見の間は王宮の中でもとりわけ華美な装飾に彩られた部屋だ。ペアルールの事実上の最高権力者、法華卿の住まう部屋なのだから、当然である。その部屋の扉に、アネクドートは腕を組んで寄りかかっている。


「もうあいつら、行ったみたいだぜ」


 アネクドートはその謁見の間の最奥、白く煌めくヴェールで隠された人物に言う。


「…そうですか」

「そっちも、そろそろ出てきたらどうだ。顔を見せてくれや」

「ええ、分かりました」


 ヴェールをくぐり、一人の人物が出てくる。その服は、ペアルール特有の紋様、伝統的な幾何学模様の刺繍が入った美しいものだ。しかしそれ以上に、着ている本人の輝かしい金髪や、端正な顔立ちが際立っている。


「…お前が、法華卿。いや…ペシテロ・スプレツネか」


 ペシテロは、小さく頷いた。


「はい、その通りです。此度は我々の世界へ、ようこそいらっしゃいました。神運の四人、アネクドートさん。いえ、オリガさん、でしょうか」


 アネクドートは、くく、と笑う。


「よく知ってるな。だがアネクドートでいい。そっちは要らん名だからな。それがお前の、できることか?」

「はい。私はこの目で見た人の、過去を知ることができます」

「へえ、過去ね…。お前は巷じゃ、預言者って呼ばれてるが?」

「それも、正しいです。ですが、それはただ、神より言葉を預かっているだけ。私のできることではありません」

「ふうん…」


 すたすたと、アネクドートはペシテロに近づいていく。まじまじとペシテロを観察してみると、眼球の、虹彩の色が異様であることに気がつく。窓からさすわずかな日光を乱反射して、鈍い虹色だ。


「で、我に何の用だ?」


 アネクドートがそう聞くと、ペシテロは、アネクドートの脇を通り抜け、謁見の間の壁際に近づく。そして壁に手を触れた。すると、壁の一部が徐々に薄れ、通路の入り口となった。


「お見せしたい物があります。ついてきてください」


 言われるがまま、アネクドートはペシテロについて行く。しばらくいったところで、アネクドートが口を開いた。


「何で、初めにフェイとマイに会ったんだ?」

「あなたのことは、すでに見ていましたから。それに、フォークロアさんは如何せん場所が危険すぎますし。残った二人が一度に同じ場所に来るのなら、『見』逃すわけには行かなかったのです」

「はーん…お前の過去視って、どのくらいの精度なんだ?」

「普通の人間ならば、記憶を読み取る程度の精度です。ですがあなた達からは、非常に断片的で曖昧なものしか見えませんね」


(我々に都合の悪いものは無理ってことか。幸運に阻まれてるな)


「ここです」


 ペシテロが足を止めた。そこは、大きく開けた広場のようになっており、彫刻や絵画などが、丁重に飾られている。その一つ一つに埃が見られないことから、かなり手入れされていることが伺える。


「なんだここ、宝物庫的なやつか?」

「はい。ヴァーチュ家の宝物庫です」

「ヴァーチュ家…」

「この国の構造については…ご存知のようですね。『美術』を司る、ヴァーチュ家、その中で最も傑出した天才だと言われた、ポスヤチ・ヴァーチュ・ユケレトスケファの最後の作品が、あの絵画です」


 ペシテロの指差す先、そこには赤い布で覆われた大きな絵画があった。アネクドートはその布を剥がすべく、そこへ向かう。


「フェイさんや、マイさんの過去を見たときにはあまり確信は持てませんでしたが」


 アネクドートが布に手をかける。そして────


「あなたの過去を見たとき、確信しました。どうやらあなたは、『実物』を見ていたようですね」

「………… Эй (オイ)……」

  

 目の前の絵が視界に入り、コンマ数秒、アネクドートは脳内の記憶と照合する。そしてある物と、一致した。目の前の事実に、愕然とする。目の前の絵に、釘付けとなる。

 

「御願いがあります、アネクドートさん」

 

 深々と、ペシテロは頭を下げた。


「どうかこの哀れな世界を、救ってください」




 



 十聡会の本部、聡明塔の中には、現在二人の人物しかいない。十聡会の面々は出払っている。


「なんだか、イヤな予感がしますね」

「不吉なことを言うな」


 絶世の黒ジャージ美少女、ミソロジー。そして、四本腕の剣士、ヴィットである。


「それにしても、入ってよかったのか?」

「ええ、別にいいでしょう。ですが、約束の時間になってもアネクが来ないというのは、少し異常です」


 ミソロジーはこれまでのアネクドートと待ち合わせをしたことを思い出す。幸運であることを差し引いても、アネクドートは全くといっていいほど約束の時間ぴったりに来ていた。パンクチュアルだった。


「それと、もう一つイヤな予感がします」

「まだあるのか」

「ヴィットちゃん、うっかり聞き忘れていましたが、ヴィットちゃんの名字を教えてください」

「え? …パラーフリー。ヴィット・パラーフリーだが」

「ふむ…私が『うっかり』忘れるということは、何か、あるのでしょうか…」


 ミソロジーは、手近にあった椅子にぎっと腰をかけ、ふう、とため息を付いた。


「よく分かりませんが、イヤな予感、です」



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