首都テリジオン
さて、騒動が終わって数日後、僕はどこで何をしているのかというと、ただひたすらに、一人で途方に暮れていた。
「はぁ…」
ザイネロさん達と、あの遺跡の魔物を全部倒した後に、僕は一路、アイレス王国の首都、テリジオンへと向かった。個人的には、せっかく苦労しつつも数日をかけて構築した人間関係を、切り離したくはなかったのだが、アネクドートに止められたのだ。
『我々は四高神だかなんだかに宣戦布告したんだぜ? その加護を受けてる奴と一緒に行動してたら、何が起きるかわからねーぞ』
ということで、仕方なく僕はザイネロさん達と数日ばかりの付き合いになってしまったというわけだ。
『何か助けが必要になったら連絡するよ。その時は頼むぞ』
『次会う時は立派な勇者になってますから、楽しみにしておいてください!』
『ま、また会えるよな! 今回はあまり良いとこ見せらんなかったが俺はもっとこう……』
それにしてもエイドールさんの食い下がり方が異様だった。初対面の時の紳士的な振る舞いは完全にキャラ作ってたんだな…。僕が何かに唐突に目覚めない限り、彼の希望に応えることは難しいけど。
それにしても、一人である。独りだ。あの後、マイさんやアネク、クロアはそれぞれ自分達の拠点に帰ることになり、僕もまた、新たに幸せを探す旅を始めることとなった。バイソラでは半ば有名になってしまったが故に、とりあえず来てみたこのテリジオンだが、やはり首都というだけあって、活気は段違いだ。
「さあ、皆さん! 今なら魔鋼石が大特価10G! 防具にも武器にもこれさえあれば大丈夫!」
「寒帯地トニリだよー! 味もしまってるよ!」
「旅のお供に戦闘犬はいかがー、よく噛むよー。エサは魔物の肉だけだよー」
バイソラよりも店の種類や数も豊富だし、単純に人の数も多い。冒険者らしき人の割合も高いな。流石首都、といったところか。
その活気の中で、大きな噴水の前にかなりの人だかりができているのが目に留まった。そちらに行ってみる。
「もう直ぐか?」
「ああ」
彼らは、何かを待っているようだ。
少し待つと、大きめの書状を抱えた、くたびれた服の女性が歩いてきた。そして群集の前に立ち、書状を開き、読み始める。
「本日の、お知らせでございます! まず、巷を騒がせている魔王復活騒動について!」
おお、と声が上がる。なるほど、この都市にもこの話題が広がり始めたのか。
「斥候の調査によれば、魔王の居城である崩殂城に、夥しい数の魔物が集結しているようです! 恐らく、魔王の復活は事実であると思われます!」
群集は騒然となった。皆口々に不安を述べる。ここは大丈夫なのか、魔王側の戦力は人間と比較してどれほどのものなのか、と。
「ですが!」
そのどよめきを、女性が制した。
「光明はあります! バイソラからの報告によれば、バイソラ、及びその近隣の村を襲撃した死竜二翼が、相次いで撃退されたそうです! まだ確認できてはいませんが、勇者もまた、この世界に誕生したのかもしれません!」
恐怖と不安の色から、期待と不安の色へと群集の表情が変わった。ぽつぽつと、勇者…という呟きが聞こえてくる。あ、撃退したの僕です、なんて口が裂けてもいえないな。それにしても、やはり、リルちゃんが勇者であるという情報は広まっていないらしい。
その後は、ペアルールの首都が襲撃されただとか、ペアルールの平原で原因不明の大爆発が起こったとか、心当たりのある事件に加え、強奪団に不審な動きがある、貴族の某が殺された、王宮から姫様が脱走したなど、様々なニュースが伝えられた。色々、起きているようだ。できれば関わらないようにしたい。
それが終わった後、散っていく人々を眺める。彼らはまた、自分の生活のために活動し始めた。立ち返って、僕はどうしようかと考える。アネクドートも、マイさんも、フォークロアも、自分の好きなことをやり始めた。
僕も今は、この指輪があるから、一人で行動しても問題ない。好きにやっていいのだ。
うんうんとうなった末に、一際大きな、一際人の出入りの激しい建物へと辿り着いた。
「…せっかく来たしね、異世界」
大きく、冒険者ギルドと書かれた看板をくぐり、中へ入る。既に扉から漏れていたが、かなりの喧騒だ。巨大な掲示板には大量の紙が貼られており、何人かが立ち止まって眺めている。大部分を占めているのは沢山のテーブルで、冒険者達がわいわいと話している。
受付は…あれかな。
「あの、すいません」
「は……ーい! どういったご用件ですかぁ?」
受付らしき女性は、僕の風貌を見て一瞬硬直したが(何故だ)、快活に対応してくれた。
「えと、冒険者になりたいんですけど、どうすればいいでしょうか」
「あ、初めての冒険者さんですねぇ。それでは、こちらの用紙に署名してください」
「わかりました」
想像してたより業務的だった。受付の奥を見てみれば、何人かの女性が棚に所狭しと並んだ紙を見たり、整理している。こういう仲介みたいな場所なのか。
えーと、氏名…フェイ・ブルでいいや。身長、体重、測ったのだいぶ前だからな…㎝、㎏でいいのかな。羽ペン書きづらっ。こんなに魔法とかあるんだから誰かいいの考えてよ…
「…はい」
「ありがとうございまぁす。お一人で冒険なされますかぁ?」
「ん…いや、それはちょっと」
「では、あちらの席でお待ち下さぁい。下位冒険者の方でフェイ様のパーティーとなる方を紹介します」
「はーい」
言われたとおりに、席について待つ。
僕と同様に、他の冒険者の人も待機している。
この街の全体の人口に対して、冒険者の割合ってどれぐらいなんだろうか。かなり多い気がする。僕の世界の冒険家(山など危険なところに行ってその冒険譚で稼ぐ人)と違って、この世界の冒険者はサラリーマン級に主たる職業のようだ。
さて、けっこう待ったけど…どんな人が来るかな。まぁ下位の冒険者って言ってたし、同年代ぐらいだろう。そうであってほしい。ムキムキのおっさんとか紹介されたら大変だ。
「…フェイ・ブル?」
「あっ、はい!」
名前を呼ばれ反射的に立ち上がる。そこに立っていたのは、同年代どころか、僕より何歳か年下の少女だった。
「わたしは、ティカ。ティカ・オルコットだ」
髪の色は白黒のストライプで、服は首もとまですっぽり覆う灰色のローブだ。袖もダボダボで、確実にサイズをミスってるんじゃないかとさえ思う。
「僕はフェイブル。フェイでいいよ、よろしく」
「うむ。で、早速だがフェイ」
ぎっ、とティカは僕の目の前に腰掛ける。
「申し訳ないが、わたしは冒険者になったばかりなのだ。戦いには自信があるが、右も左もわからない」
「……えっ…それは………それは、僕もだ」
「…そうなのか」
二人の間に沈黙が流れる。いや、人選ミスだって。なんでド素人二人くっつけちゃったんだよ、と文句ありげに受付の方をチラ見すると、こちらに歩いてくる人物がいた。
「やあ、可愛らしい冒険者お二人。話、聞こえてたよ、
お困りのようだね」
背は僕より少し高めの、白地に金色の刺繍の燕尾服のような服と、ぴったりとしたズボンを着た少年…恐らく少年だろう。多分同年代だ。特徴的なのは、仮面舞踏会でつけるような仮面、ベネチアンマスク、だったっだろうか。それをつけていることだ。
「おっと、自己紹介が遅れたね。私はメティー。ニアニ・メティーだよ。中位の冒険者だ。よければ、私が冒険者について、教えてあげよう」
「あ、それは是非とも、お願いしたいな」
「…そうだな、頼む」
渡りに船とは、まさにこのことだ。僕はそう考え、快諾した。ティカちゃんも、少し考えた後、了承した。
「まず、これだね。クエストボード」
メティーは僕たちを巨大な掲示板の前に案内した。
「ここで全てのクエストが受けられる。赤い紙がギルドからのクエストで、青い紙が個人、もしくはギルド以外の団体からのクエストだ」
「えーと、クエストっていうのは…」
語義は知っているが一応聞いてみる。ひょっとしたらこちらとズレがあるかもしれない。
「まあ簡単に言えば、『頼み事』かな。主に魔物の討伐や、アイテムの収集が目的だね。個人で自由にやるよりも危険が少ないし、報酬も安定しているから、ほとんどの冒険者はクエストを受けているよ」
「なるほど」
「…この上中下という印は、上位中位下位の冒険者用のクエスト、ということか?」
「ああ、いや、絶対ではないんだ。推奨だね。命を懸けること自体はご自由に、といったところかな」
ふと、ザイネロさんのことを思い出す。彼女は上位よりも上、殊位の冒険者だったはずだ。
「殊位の冒険者推奨のクエスト…は、ないみたいだけど」
「おお、殊位冒険者は知ってるんだ。たまに出るけど、その時は凄い騒ぎになるよ。上位の冒険者はこぞって我こそはと挑戦するけど、結局成功するのは殊位の冒険者だけさ。憧れちゃうよね」
わあ、やっぱすごい人と旅してたんだなぁ…。僅かな時間だったのが惜しい。
「さて、私が察するに、君たちテリジオンに来て日が浅いだろう?」
「うむ。先刻着いたばかりだ」
「同じく」
じゃあ、と言ってメティーは赤い紙を二枚取る。
そこには、『脱走した姫の捜索』『貴族殺害者の捜索および捕縛』と書かれている。
「テリジオンが範囲のクエストでもやりつつ、案内してあげよう」
そして僕たちは、テリジオン内を散策することとなった。
「何で、メティーは僕たちにここまでしてくれるの?」
大通りから外れた、水路の脇を通りながら、メティーに質問してみる。太陽は天頂まで上り、ぽかぽかとした陽気を感じる。
「私は、二つのものが好きだ。一つは冒険、もう一つは、この街、テリジオン。その二つの入り口に立っている君たちに、何かしてあげたいと思うことは当然じゃないかな?」
「ん…なるほど」
「それより、君たちのことを聞かせて欲しいな。ティカは、どこから来たんだい?」
僕の背後を歩いていたティカが、急に話を振られて驚きながらも答える。
「プロボスキだ」
「極北の街か、それはずいぶん遠くから…フェイは?」
「あ…バイソラ、だよ」
「あのバイソラか! 死竜の襲撃があったっていう…いや、待てよ、ということは君は、見たのか!?
死竜を撃退した者を!」
「えーっ…と………」
反射的に答えてしまったせいで窮地に追い込まれてしまった。ど、どうする。
「ちょ、ちょうど殊位冒険者の人が通りかかってね。倒したんだよ」
「成る程、どうりで殊位冒険者のことを知っていたわけだ。是非とも、見たかったな」
うまい具合に会話が運べた。よし、その調子で頑張れ、僕の幸運!
「…ん? どうかしたのかい、ティカ」
後ろをちらっと振り向くと、ティカが不思議そうな表情をしていた。いや、不思議そうというよりは、怪訝そう、といった感じか。
「いや、バイソラという街の名に、聞き覚えがなかったのだ」
「プロボスキは北、バイソラは南だからね。馴染みがなくて当然だ。…お、着いた着いた」
そして、僕達は一つの、かなり大きな屋敷へと辿り着いた。その近辺では、街の住民であろう人や、特徴的な格好の人、警察、いや、衛兵か。うろうろと辺りを調べていた。
「ここは…っていうか、ここが」
「そう。貴族、カンダバルラが殺された邸宅だ」
『貴族殺害者の捜索および捕縛』、か。冒険というよりは自警団みたいなクエストだ。衛兵の人々がせわしなく動いてはいるが、冒険者にクエストが出ているということは、難航しているのだろう。
「カンダバルラは、あまり評判の良い貴族ではなかったからね。殺されてもおかしくはなかった。ただ、今回の事件は異様なんだ」
「異様?」
「うん。一つは、殺された者。カンダバルラの家には勿論使用人がいて、彼らも被害に遭っているんだけど、殺されたのは、男だけだった。そしてもう一つ、これがギルドにも依頼が来ている理由だね。殺され方が、ナイフで刺されたとかじゃなく、頭から真っ二つとか、粉々に粉砕されていたりとか、明らかに普通の人間の所業じゃない」
つまり、人間ではなく、魔物の仕業である可能性があるということか。確かに、冒険者に依頼すべきクエストだ。
「ふむ、では、繋がっているのだな」
「?」
「クエストの範囲がこのテリジオンであるということはまだ、下手人はこの街に潜伏している可能性が高いということ。その街に脱走した姫がいるとあっては、一大事であろう」
「正解。察しが早くて助かるよ」
『脱走した姫の捜索』。メティーが2つのクエストを選んだ理由はそれか。上手くいけば2つのクエストを同時にこなすことができるから。それにしても、脱走する姫って…おてんばだなあ。
「ん。じゃあ私はちょっと衛兵に話を聞いてくるから、二人は待っててくれ」
そう言って、メティーは邸宅へと入っていった。
取り残された僕達に、微妙な沈黙が訪れる。
参ったな…僕こういうのに弱いんだよ。何か喋らなきゃ、何か……と、ティカをよく見てみると、かなり可愛らしい顔立ちであることがわかる。この子は何で、冒険者になろうと思ったんだろう。
「怪しいな」
「ぅえっ、いや! 何もやましいことは」
「あの、メティーという者だ」
「えっ」
「私達以外にも、あの場に素人の冒険者はいた。あのギルドの方針として、素人同士をくっつけるところから、冒険者の資格を問う試練になっていたのは見てとれた。0から行動できる人間を選別していたようだ」
「そ、そうだったんだ」
全然気付かずに文句たらたらだった自分が恥ずかしい。じゃあ、メティーの目的は一体…まさか、何かとんでもないことに僕達を利用…
「おい」
「きゃあっ!?」
後ろから唐突に野太い男の声が聞こえ、悲鳴をあげる。お恥ずかしながら僕の悲鳴です。ティカちゃんは気配を察知していたようで驚いてはいない。
振り返ってみると、銀色の鎧を着た若い騎士のような人だった。
「驚かせてしまってすまない。お前達、冒険者だな。姫を見かけたか?」
「え? あ、僕達も探し始めたばかりで、まだ何も」
「そうか…参ったな…」
そして、背中に哀愁を漂わせながらその男は去っていった。姫様の護衛とかそんな感じの人なのだろうか。全身から苦労がにじみ出ていた。
「お待たせー」
入れ違いになるように、メティーが帰ってきた。
「…」
「ん? どうかしたかい?」
「い、いや、何でもないよ」
怪しいと言われても、そんな不審な様子は微塵も感じないんだけどなぁ…。まあ、今は気にしてもしょうがない。
メティー曰く、犯人はテリジオンの北区画に潜伏している可能性が高いらしい。
「今ここはどこの区画?」
「ここは西区画だよ。北区画はこの道をまっすぐ行けば着くね」
ということで僕達は、現在の西区画から、北区画の方へと向かった。
「北区画は住宅が多いからね…もし戦闘になったら被害はなるべく避けたいところだ」
確かに、周りを見ると住宅が多くなってきた。
あまり出歩いている人はいないが、ドンパチやりたくはないな。
「ここは主にどんな人達が住んでるの?」
「ほとんどは下位の冒険者だね。だから今は、基本的には出払っているよ」
「ああ、道理で」
二階建ての建物ばかりで、道が狭いため薄暗い。ベッドタウンみたいなところなんだな。下位の冒険者の暮らしはそこまで上等なものではないみたいだ。
「そういえば、下位から中位に上がる…というか、位を上げるにはどうすればいいんだろう」
「はは、それは簡単さ。その位の推奨クエストを達成すればいいだけだよ。だから、殊位冒険者になるクエストが出れば全員が躍起になるんだ」
そういうことか。非常に単純だ。だが、それだと僕は一瞬で上がってしまいそうで怖いな…個人的には、コツコツ上げていく感じを楽しみたい。
だが、残念なことに僕は幸運なのだ。目的があるなら、それは一瞬で達成される。目的があるなら、それは簡単に到達できる。
「…おい、何か臭わないか」
「え? …なんだこれ」
えもいわれぬ悪臭。それが、いつの間にか周囲に充満していた。何だろう、どちらかといえば、有機的な、生の肉を一週間ぐらい放置したような臭いだ。
「行こう。全員いつでも戦闘できるように」
メティーはいつの間にか手にレイピアを持っている。ティカは特に構える様子はない。僕はとりあえず、指で拳銃の形を取り、そろそろと二人に付いていく。
近づくに連れて、臭いは強まっていく。死臭なら何度か嗅いだことがあるが、それともまた違った臭いだ。段々と発生源に近づいていく。
「!」
突然、メティーが僕達を制した。その視線の先、道の石畳の隙間を、液体が流れてきている。赤みがかった緑色、限りなく赤に近い色をすべて混ぜ合わせたような液体が迫ってきた。
さらに、べちゃりべちゃりと、水溜まりを裸足で歩くような音が聞こえてくる。
「ららららららららららららららららららららららら」
女性の声、歌ではない、たれ流すような声。
どうやったらあんな平坦な音程で発声できるんだという声。
曲がり角から現れたのは、ほぼ半裸の女性だった。というか、何も着ていないのだが、その体に、青緑に変色した腐肉が貼り付いて、蠢いている。
「らっらっらっ、らーらーらー、らっ」
右手には、おそらく男性のものであろう頭部が握られている。左腕には特に腐肉がくっついており、むしろ腐肉が彼女の手を形成しているのではないかと思うほどだ。そして、その左手には、肉だらけの体と対照的に金属が握られていた。それは臙脂色のナイフだった。ナイフの腹には、赤く輝く宝石が付いている。
「う…」
その異様に、およそ昼下がりの街並みに似つかわしくない何者かに、僕達は圧倒される。
「らはは。ごキゲンよさそな子たちらね」
ナイフをひゅっと振るう。その先端から出た何かが、地面に到達すると、そこから肉が湧き出した。赤くうごめくぐずぐずの筋繊維が、空気に触れて膨張する。
「わらしは、えらばれしものらよ。おおいなるあのお方にえらばれしもの、すぴっと…ぱらーふりー。きみたちも、わらしのからだになろう」
これは、初めてのクエストにしては、少々厄介な相手のようだ。バイソラ出たときもそうだったが、僕は何かを能動的に始めようとすると壁にぶち当たる性分なのだろうか。
まあ、好きだけどね、こういうの。




