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ラードーン 《side mythology》

 時は少し遡る。

 何十匹もの巨大な蛇と、ヴィットとミソロジーは遭遇していた。

 いや、何十匹ものという表現はあまり正しくはない。それぞれの蛇の頭は、一つの胴体に繋がっているのだから。


「こいつが…ラードーン…」


 場所は、北と南の大陸の間の海に浮かぶ、ハンチバック諸島。その中で、最も巨大で、異様な気配を放つ島、セグメントポラリティである。まだ昼時であるというのに、渦巻く暗雲が太陽を遮っている。

 ミソロジーに連れられて、ヴィットはこの島の主、最強の魔物と恐れられる百の頭の蛇、ラードーンと戦うことになってしまった。


「とりあえず、しばらく持ちこたえましょう。しばらくね」


 目的は、ラードーンの守護する林檎の木に生っている幸運のアイテム『黄金の果実』だ。何故それをミソロジーが欲しているのかはヴィットには分からなかったが、それを手に入れれば頼みを聞いてくれるというのでついてきた。


「…倒せるのか」

「どうでしょうねえ。やってみなければ何とも」


(多分倒せるでしょうが、フェイ君が紙を開いてアネクから魔法発動の連絡が来るまでは苦戦しておきましょう


「…フム、二人カ」

「二人ダネ。今回ノ挑戦者」


 2つの頭が、会話を始めた。違う声だ。


「如何様ニ考エラレルカ?」

「油断デキンニャア、自殺志願者ニハ見エニャイ」


 さらに違う声が聞こえてくる。


「じゃ、死にそうになったら言ってください。私は適当にやっておくんで」

「お前は…俺に何をさせたいんだ?」

「ええと、時間稼ぎですかね。私が林檎を手に入れられるために」

「…お前が作ったこの体でも、それはかなり難しいぞ」

「いいのです。では」


 そして、ミソロジーはヒュッと移動する。島の上空へ、林檎の見える位置へ。

 即座に、何匹かの蛇が迫ってきた。

 それぞれが、火を噴きミソロジーを追い詰める。


「…面倒ですね」


 火炎は避けづらい。熱は目に見えないし、範囲が満遍ない。瞬間移動にしても、どこまで避ければいいのか分かりづらい。


「仕方がないので…あ、何か名前付けますか」

 

 えーと、と頭を捻る。炎は眼前まで迫ってくる。


「よし、『静止点デッドポイント』」


 ミソロジーを中心とした半径二メートルほどの球の外側が、静止した。全ての粒子が、熱運動すらも停止する。炎は一瞬で勢いを失い、蛇たちも凍り付いていく。


「A地点に断続的に移動させ続けることで、静止させます。氷系の技は気持ちがいいですねー」


 そしてそのまま、凍っている蛇たちの隙間を縫い、地面に降り立とうとしている時だった。キラリと、ミソロジーの視界の端に何かが映る。凄まじい勢いで向かってくるそれは、黄金に光り輝く蛇だった。


「ん…」


 ミソロジーが反応しようとしたそのとき、既に蛇はミソロジーの横を通り抜けていた。異様な感覚が指先に走る。ちら、と見てみると、ミソロジーの人差し指、中指、薬指の第一関節が、消失している。

 

「!」


 それだけではない、さらに、第二関節、付け根までいけば、今度は残された親指と小指までもが消失していく。


「わっ、わっ」


 慌てて、ミソロジーは肘から下の腕を切り落とす。

 落とされた手は、そのまま消失していった。


「ふう…超痛い。何ですか、今の」


 ミソロジーは驚いていた。自分が攻撃されたことに。あの黄金の蛇も、幸運なのだろうかと、ミソロジーは蛇の動向を確認する。それとも、自分が今苦戦したがっているからなのだろうか。

 黄金の蛇は再びこちらへと向かってきていた。


(意外と、苦戦の()()じゃ、なくなってしまうかもしれませんねえ)


「全く…私の体を傷つけていいのは三人だけですよ」


 そして、ミソロジーは防戦一方の戦いを開始する。




「う、おおおお!!」


 その頃、ヴィットは必死の戦闘を続けていた。


(強い! 速い! 多い!) 


 ラードーンは二人の力量の差から、10の頭をヴィットに、90の頭をミソロジーに割り振った。それでも、非常に厳しい。

 まず、剣が弱い。幾ら切り裂いても、表面の鱗を剥がすのみで、肉まで到達しない。

 四本の腕による剣さばきは、流れるような滑らかな動きだ。その他にも、体が軽い、可視領域が広いなど、格段に上昇した身体能力といえども、決定打に欠ける。


「アッチ、30本ヤラレタラシイワヨ」

「ツヨイ」


 そんな蛇達の会話が聞こえてきたが、ヴィットにはそれについて考えている余裕はない。それどころか、突進を避けきれずに、鎧に損傷を追ってしまった。


「ぐあっ!」


 少しかすっただけなのに、体は勢い良く弾き飛ばされてしまう。巨大な筋肉の固まりが、全身をしならせ、体当たりしてくるのだ、その衝撃は激烈である。鎧は幾つかの部分が破損し、肌が露わになる。


「…流石に、手も足も出ないか」


 しかし、ヴィットにはある種の安心があった。信頼があった。この蛇の計り知れない力よりも、あの女、ミソロジーの方が計り知れない。

 そしてヴィットの目の前に、何かが飛んできた。


「!?」


 それは、弾き飛ばされたミソロジーだった。 

 一応受け身の体勢はとっているが、体にかなりダメージを負っているようである。さらに、右腕がない。


「お、お前…」

「ヴィットちゃん、生きていましたか。よしよし」

「だ、大丈夫なのか」

「ふふ、勿論です。林檎の場所も、確認できましたし。後は、機を待つだけです」


 ラードーンの百の頭が、森のそこら中から集まってくる。そして、二人の目の前に、金色の大蛇の首が現れた。


「ナカナカヤルジャナイカ、挑戦者ヨ。シカシ、不死ノ身デアル我輩ニ正面カラ挑ンデモ甲斐ハナイ。貴様ハ右腕ヲ失ッタガ、我輩ハ百ノ頭全テガ健在ダ」

「あら…そうですか。それは残念です」


 ミソロジーの懐の水晶から、小さな音がなった。それは、アネクドートからの合図だ。もうすぐだ、という。


「サテ、本来ナラ殺スカ、有望ナラ逃ガシテヤルカノドチラカナノダガ、貴様、ソシテ貴様ノ連レハ…美シイナ、気ニ入ッタゾ」

「はあ、そうですか」

「我ガ妻ニシテヤル。我ガ子ヲ孕マセテヤルゾ。光栄ニ思エ」 


 ミソロジーは直感で決める。今だ、と。恐らくあちらも、きっとそう思っているだろうと、思い。指ぱっちんの構えをとる。


「驕らないで下さい、金蛇かなへび


 そして、手筈通りに、彼女の中心から、あらゆる粒子は()()()()に静止する。それと同時に、この世界の別のある一点で発動した魔法は、粉塵爆発のように瞬間で世界を包み込んだ。

 世界の時間が止まった。


「私を孕ませていいのは、三人だけです」







 ヴィットは一瞬何かとんでもないことが起きた気がした。 


「ん?」


 それほど強烈な衝撃がこの世界に走っていたのだ。ただ、ヴィットが今居る位置は、距離的に非常に離れているのでその衝撃は届かない。物理的には。

 しかし、別の意味での衝撃が、ある者に届いていた。


「ハ!」


 唐突に、ラードーンが声を上げる。百の頭全てが。

 蛇ゆえに表情は全く分からないが、口をあんぐりと開けたその様から驚愕が読み取れる。


「コ、コレハコレハ…ハ、イエイエ、私ハ貴方様ノオ申シツケドオリ、挑ム者達ニ試練ヲ…」


 よく分からないが、相手はラードーンの主人のような者らしいな、とヴィットはミソロジーの反応を伺う。

 が、いない。


(!!?)


 先程までいたミソロジーの姿が、忽然と消えている。

 声を上げそうになったが、なんとか堪えた。不味い。状況は読めないが不味い。今なら、今だけはラードーンの気は他を向いてはいるが、それが終わったその時は、死ぬかもしれない。


「ハ、ソレハ…ツマリ、ハ、ワカリマシタ。直チニ、帰還イタシマス!」


 そう身構えていたヴィットだったが、ラードーンは、突如としてその百の頭全てを、ずるずると退散させ始める。


「………命拾イシタナ…」

「覚エトキナ」

「ヤットコノ番蛇ノ仕事モ終ワリジャナ」


 そして、辺りには静寂が訪れた。


「な、なんだ…?」

「お疲れ様です。ヴィットちゃん」

「うおっ!?」


 いつの間にかヴィットの背後には、ミソロジーが立っていた。しかし、その体には傷一つなく、なくなったはずの右腕も回復している。

 さらに、どこか満足げな表情だ。


「今、ラードーンが退散したぞ、お前、今何を」

「よいしょーっ!」

「うぎゃあっ!?」


 唐突にミソロジーに押し倒されたヴィットは、そのまま後頭部を強打し悲鳴を上げる。それに構わず、ミソロジーはヴィットのその豊満な胸に顔を思いっきりうずめた。


「ほわりまひたー…」

「そこに顔を入れながら喋るなっ! 何があったんだ、一体!」


 むくっとミソロジーは顔を上げる。


「いやー、それはもう色々…キスされたり死にかけたりとめちゃくちゃ(楽しかった)でしたよう。あー、やわらか」

「な、何だかよく分からないが、お前の言っていた目的が達成できた、ということでいいのか?」

「そーいうことです。まあこれからは、ちょっとペアルール寄ったり、貴方のお姉さん助けたりといきましょう」


 お姉さん、という単語にヴィットは驚愕する。


「お前」

「寝言、で言ってましたよ。姉さん、助けるーって。どういうことになってるかは、まぁ追々説明して下さいな。…嗟、亜人ちゃん達と戯れるのはまだ先ですねぇ…」


 ぽふぽふぽふと連続で顔を突っ込むミソロジーからは、深い安堵の色が窺える。ヴィットは、とりあえず、頭に手を置いてみた。

 上を見上げると、雲は晴れていた。

 

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