落下
そして今に至った。至ってしまった。
カウントダウン前に全員が『行こう』って思っちゃったんだな……心臓に悪い。
というか、ここはどういう世界なんだろうか。今僕達が木の上にいるとして、果たして下に降りたら陸地があるのかどうかすら怪しい。なんせ異世界なのだから、木が空中に浮いていることもあり得る。
「では、飛び降りましょうか」
「正気ですか」
ついつられて敬語になってしまった。
「木登りは得意ではありませんから。あ、この場合は木降りでしょうか」
マイさんはよっこいしょと立ち上がって進んでいく。仕方なく僕もそろそろと立ち上がる。ミシミシと不気味な音がしたが、気にしないことにした。
「ほら、下は陸地ですよ」
「確かに……そうだね」
木の枝の縁に着いたようで、下の景色が見えた。薄黄色の土にまばらに緑がある風景が続いている。遠くの方には何やら街のようなものも視認することができる。
「でもマイさん、これ高さスカイツリーくらい」
「どーん」
「うわぁぁぁああああ!!」
下を覗いた瞬間突き落とされた。さっきと似たような落下の感覚だ。胃の奥が持ち上がって全身から血の気が引いていき、風で目が思うように開けられない。
いや、冷静に分析している場合ではない。マイさんの行動はいつもアグレッシブで驚かされるが、今回ばかりは普通に殺しにかかってきているようなものだ。
「それっ」
数秒遅れてマイさんも飛び降りた。マイさんは空中で気をつけの姿勢をとり、ぐん、と加速して手足をバタつかせている僕にすぐに追いついた。
「マイさん! 流石の君でもこの高さは……!」
全力で叫んだが凄まじい風の音にかき消され恐らく届いていないようだ。というか、そうこう言っているうちに地面が近づいてきた。死ぬのか、僕。異世界来て早々に。いつ死んでも後悔は無いと思っていたがいざ死に直面すると後悔しかない。もっと青春したかった。普通に彼女とか親友とかと登校したり下校したりしたかった。
「クソッ! こんなことならキャビアとか食べたりスタバとか行ったりマイさんの胸揉ん……あれ?」
しかし、しばらく経っても地面に激突することはなかった。恐る恐る目を開けてみると、荒涼とした景色が徐々に近づいてきている。
「う、浮いてる……?」
「どうやら、この羽のお陰みたいですよ」
マイさんの手には、先ほどの銀色の巨鳥の羽があった。さっき通り過ぎたときに落としたのだろうか。その羽は煌々と光り、僕達の周りを薄い膜のようなものが覆っている。にしても…いつの間に拾ったんだ。
「……魔法ってやつかな」
「アイテム、でしょう。『銀鷹の浮羽』とでも名付けましょうか」
「おお、カッコいいね」
「ところでフェイ君、私の胸がどうかしましたか?」
「ナンデモナイヨ」
聞こえちゃってたようだ。危ない危ない。
地面に足が着くと、薄い膜はシャボン玉のようにパチンと消えた。僕は改めて今までいた木を見てみる。幹の太さは目測で二十メートルほど、そして高さはまさにスカイツリーのそれである。注目すべきは、枝が木の頂点にしか広がっていないことだろうか。紫色の光が葉を透過して木の幹を彩っている。
「綺麗な、木だね。有り体に言って」
「地球の木だとセコイアに似ていますね。あれとは比べものにならない大きさですが」
「あ、あの」
その時、第三者の声が会話に入ってきた。落下の恐怖や木の美しさに気を取られて気がつかなかったが、僕達が着地した地点に人がいたらしい。振り返ってみると、僕と同い年ぐらいの女の子のようだ。日本人離れしたはっきりとした美しい顔立ちで、綺麗な金髪。着ている服は幾何学的な模様の刺繍が施された綺麗なものだ。
「あなた達は……今優雅樹から降りてこられたのですか?」
優雅樹って言うのか、この木は。言い得て妙な気もするが、大仰な名前だ。
「うん、そうだよ」
「あっ、そ、それは、『銀鷹の浮羽』ではありせんか!?」
「そうですよー」
名前合ってたんだ。どんな偶然だ。いや、当たり前の偶然か。
「す、すごいのですね! さぞ、名のある冒険者さんなのですね!」
冒険者、という単語にとても異世界感を感じるが、ここは何と答えるべきなのだろう。まぁ別の世界から来ました、と答えるのもアレだし、ここは適当に濁しておこう。
「はは……まぁね、君は?」
「あ、申し遅れました。私、ペシテロ・スプレツネなのです。今丁度、優雅樹を見たいと使用人に頼み込み、来たところなのです」
不思議な口調の子だ。それにしても、使用人ということは、この子は貴族とか富豪とかそういうところの娘さんということだろうか。
「えーと、僕はフェイブ……フェイだよ。あと、こっちは」
「マイです。初めまして」
一応あだ名で自己紹介しておいた。呼びにくいからね。
「はい、初めましてなのです。えっと、お二人とも、これからどうされるのですか?」
「んー……」
そういえば、どうしよう。フォークロアやアネクドートと合流したい気もするが、色々見て回りたい気もする。
「近くの街に寄ろうかと思っています。ですがそこまでの道程の地図を無くしてしまいまして……」
おお、それとなく教えてもらえそうな説明だ。いや、僕達が熟練した冒険者? というものならそんなミスをすることは有り得ないのかもしれないが、この子はそんなことには気がつかなかったようで
「それなら! 私どもの馬車でお送りするのです!」
と溌剌とした声で遠くにある馬車を指差した。シンデレラで出てくるような豪華な馬車だ、多分。ここからじゃよく見えないけど。
「ありがとうございます。では荷物を整理してから行きますので、ペシテロさんは先に馬車に乗っていてください」
「分かりましたなのです!」
てくてくと馬車の方へ向かっていくペシテロさん。何で僕達にここまで好意的にしてくれるのだろうか。あの『優雅樹』を登ることがここでは偉業なのかもしれない。エベレストみたいな。にしても、荷物の整理ってなんだろう、僕達手ぶらだけど。
「さて、どうしましょうか? フェイ君」
少し前を歩くペシテロさんを追いかけつつ、マイさんがひっそりとした声で話す。
「あ、相談の時間か。そうだね、せっかくの好意だし、受け取っておこうか。徒歩疲れるし」
「そうですか。それにしても、興味深いですね」
「? 何が?」
「異世界の人を、仮に異世界人と名付けるとして、異世界人である彼女は日本語と英語を使っていました」
「あ、確かに!」
当たり前のことと受け入れていたが、よく考えてみれば言語が僕達と一緒だというのは、おかしな話だ。日本語にせよ英語にせよ、それなりに成因というものがある。例えば彼女が漢字や平仮名を使うのだとすれば、中国から伝来した漢字を日本人が使い崩していくというプロセスを飛ばしていることになる。どういうことだろう?
「まぁ、これは簡単ですね。つまり私達の運が良いから、偶然私達とそっくりな言語を使う世界に来たというだけです」
「な、なるほど」
運を前提条件とするのはまだ慣れないが、納得できる。
「そういえば、この世界では私達の運はどれくらい発揮されるのか試してませんでしたね」
「え、いや、あの落下で大分試されたと思うけど」
「まだ肝心の『あれ』は試してませんよ」
「……あれを、今?」
マイさんは前を歩くペシテロさんの方にすっと手を構えた。その手は、見慣れた指ぱっちんの形だ。いや、待てよ。あれを、今やるってことは、ペシテロさんを……
「試して、みますか」
そして、マイさんはその指を──