家族会議 《no side》
「………ん」
フェイブルが目を覚ますと、自分が座りながら寝ていたことに気がついた。木製の、細工の凝らされた椅子だ。細かな模様の彫りを、背中で感じる。
目の前には、円形のテーブル。その上には、四つの皿がある。自分の皿には、小さいながらも高級感のあるチョコレートケーキが乗せられている。
他に、座っている者は、無論三人。正面にフォークロア、右にアネクドート、左にミソロジーである。それぞれが、目の前に置かれたお菓子を食べている。
(え? どういう状況?)
どうやら、先ほどまでいたフォークロアに殺されそうになった部屋とは異なり、平原にいるようだ。とりあえず、つられてフェイブルもケーキを一口食べる。美味い。
(たしか、クロアに追い詰められて…どうなったんだっけ)
「ん、ようやくお目覚めか、フェイ」
苺のショートケーキを食べていたアネクドートが、フェイブルの目覚めに気付いた。同じく、ミソロジーやフォークロアの視線も、フェイブルに移る。ミソロジーの皿にはスープが、フォークロアの皿にはアイスが乗っている。
「…えーと…」
「じゃ、始めるか」
「そうですね」
食器を置き、アネクドートは頬杖をつく。
「───第二回家族会議、開催」
気怠げに目を細めて、そう言った。
「議長は我、アネクドートが務める。聞かれたら答えろよ」
そして、フェイブルははっと思い出した。自分達が『喧嘩』したあの時も、こうやって終わったのだ。
「さて、発端は我の発想だ。『そうだ、異世界いこう』。いや、思いつきだったが、なかなかいい提案だったと思う。そして我々はいともたやすく、この異世界に辿り着いたわけだ」
アネクドートがテーブルに手をかざすと、ブゥンという音と共に、地図のような物が現れた。二つの大陸が上下にある。
「これがこの世界の形。で、こっちが北の大陸な」
そして、上の大陸の中心あたりに、一本の国境線が通る。右の国には『pairrule』、左の国には『eyeless』と英語で記されている。その他にも、小さな字でいくらかの地名がある。
まず、ペアルールの方に、赤い点が灯った。
「我が着いたのは六日前、場所はペアルールのとある森だ。お前らは?」
「私とフェイ君は、二日前、アイレスの…えーと、ここですね、優雅樹です」
「…」
「クロアは?」
仏頂面で黙っていたフォークロアだが、アネクドートに急かされ、渋々、北の大陸の北端を指差した。
「…ここ、崩殂城。三日前よ」
「おう。さて、我々が別々に着いてる時点でわけわかんねえけど…今回のゴタゴタは、三日前スタートかな? クロア」
「…そうね。まぁ、幸運のアイテムを手に入れたのは、ある程度のきっかけでしかないわ。四年ぶりに独りになって、思ってた以上に、寂しかった」
「ふむ…」
フォークロアは、必ず長時間独りにはならないように、地球での生活の時も心がけていた。寝るときでさえ、誰かのベッドに潜り込むことが多々あった。
「…いや、今回は、僕もきっかけになってるよね、クロア」
「…そうね」
(二人とも服が可愛くなって最高に可愛いですねえ。並ばせて写真撮りたいなぁ)
「だから真っ先に、僕を狙ったんだろ?」
「…だって、フェイの言うとおりじゃない。皆、可哀想だわ。皆──」
「幸運、されど幸福に非ず…かな」
「…うん」
アネクドートが、フェイブルに目配せをする。『言ってやれ』と。あの時、アネクドートがフェイブルを説き伏せたように。
「…クロア、そう感じるのは、僕達の人生が保証されているからだ。初めから失敗することは有り得ない、強くてニューゲームみたいな味気のなさ。スリルのなさ。それを指して、『幸福ではない』と、思うんだろう?」
「そうよ。このまま生き続けても、何も変わらないわ」
「じゃあさ、今回、クロアは何をしたんだい?」
「…」
唐突な質問に、フォークロアは少し口ごもる。
「…あなた達を殺そうとしたわ」
「それってさ、最高のスリルじゃないか」
「…え?」
にっと、アネクドートとミソロジーが笑い、お互いを見る。
「愉しかったよな?」
「はい。久しぶりに頭使いましたし、『生きてる』って感じでした」
「…ええ?」
フォークロアは怪訝な顔をする。だが、何となく、彼らの思考が読めてきた。
「ただ、運がいいから一緒にいるんじゃないよ、僕らは。一緒にいると楽しいし、危険だから一緒にいるんだ。一人だと、確かに簡単な人生かもしれないけど、四人でいたら、きっと危険だし、上手くいかないと思う。だから、良いんだ」
「う…」
(アネクの言葉、丸パクリだけど…僕が言うと違和感あるな。僕は一人だと困るから一緒にいる訳だし…まあ、いいか)
フォークロアが、二の句がでなくなったところで、フェイブルが矛盾を少し感じたのを察し、ミソロジーが口を開く。
「『便器のクモ』、という話があります」
「…便器?」
「ある学校で夏休み期間に特別授業を行っていたネーゲルは、校舎のトイレで1匹のクモに遭遇します。クモは便器という汚い場所に住んでおり、とても生を楽しんでいるようには見えなかったとのこと。数日後、ネーゲルはクモを助けだそうとしますが、誤って殺してしまいます。息絶えたクモは1週間後に掃除されるまで、床に放置され続けました…というものです」
「……???」
フェイブルの頭に大量の疑問符が湧いた。フォークロアは、ミソロジーが何を言わんとしたかを理解したようで、少し涙目になり俯く。
「クモが幸福だったかどうかは、クモにしかわからねえ。他の奴が本当に望んでいることを、してやるってのは不可能に近いってことだ。…遠回しに、余計なお世話だよって言ってんの」
「あ、ああ…なるほど…」
「…じゃあ、私、これからどうすればいいの?」
「決まってんだろ。お前がお前を幸せにするために、全力を尽くせ。我らもそうする。だからここに来たんだ。…お前はちょっと、我らに対して優しすぎるからな。もっと、利己的になれ」
「…………わかった」
フェイブルが感じていた、フォークロアに対する違和感。それは、表面的には横柄で子供らしいわがままさがあるというのに、何故か一歩引いた立ち位置にいること。彼女は常に、他の三人が幸せになるにはどうすればよいのか考えていたのだ。
「…一つ、聞いて良いかしら、アネク」
「ん?」
「何で、あの時私に攻撃できたの? マイが手に入れたのは、まあ分かるけど、アネク、探してすらいなかったじゃない」
「…お前、ここにきたその日に、指輪手に入れただろ?」
「うん……って…」
アネクドートが得意げに、マントをたなびかせた。さらに、地図の上に、赤いマーカーが示される。ペアルール王国の首都、カリオイドだ。
「我もだよ。お前らが来る前から持ってたんだ。『吉兆衣』っつーマントだ」
「えー…」
「まあ、お前と会った後、お前がすぐに遺跡に行ってなけりゃ、殴り込みに行ったんだがな」
「み、見てたの?」
「当たり前だ。お前が我をのぞき込むとき、我もまたお前をのぞき込むんだよ。…で、誰だ。幸運のアイテムについて、お前に教えた奴は」
アネクドートが聞きたいのは、それだった。フォークロアが、今回のようなくすぶりを抱えていたことは、かなり前から分かっていたことだ。しかし、状況さえ揃わなければ、そのくすぶりが爆発することもなかった。
吹き込んだ奴がいる。自分たちを同士討ちさせようと、画策していた奴が。
「魔王の…配下の、ヤイハ・ヤーヌスってやつよ」
「なにっ!?」
「ふぇっ?」
「…ハイエルフの、女か」
「え? いや、男よ。種族は、ちょっとよく分からないけど」
(同姓同名…? いや、だとしても、怪しすぎるぜ)
「やっぱ、今回は何かが、背後にいるな」
「…ですか、やはり」
「え…マジで?」
「ああ。クロアに我のマントの情報を伝えてないところをみるに、狙いはフェイの暴走だったのかもしれん。もしくは、成功の可能性を用意していた、のかもな」
少しの間、フェイブルが目を丸くした後、えっ、と立ち上がる。
「僕が、暴走した!? あの時のアネクみたいに!?」
対するフォークロアは、そうなることは予見していたようで、余り大きな驚きは見せない。
「そうだよ。やっぱ覚えてないか、最後の記憶は?」
「えっ…クロアが迫ってきて、ああ、死ぬんだな…最後にマイさんの胸もんどきゃよかったなぁって思ったのが、最後の記憶だね」
「何で死にかけると私の胸に意識がいくんですか? フェイ君」
余計なことを口走ってしまったと思い、フェイブルは口をふさぐ。その茶番を見てアネクドートはため息をつき、話を戻そうとする。その時、フォークロアに視線がいった。
(クロア、思ったより食いついてこないな、陰謀説。やっぱまだ凹んでるな。仕方ねえ…茶番すっか)
「まぁ…大きな犠牲はあったが、我とマイの死闘の末、何とか止められたぜ」
「そうか…それは本当に、申し訳ないね。…ところで、大きな犠牲って?」
「お前の体で唯一『男』を主張してた部分」
フェイブルは青ざめる。
フェイブルは、暴走し、幼児化した時の対処法を知っている。よって、アネクドートが何をしたかも、予想が付いてしまった。
股間に触れると、つるつるしていた。
さらに、青ざめる。
それを、横目で見るフォークロアの、口角がつり上がったのを、アネクドートは横目で確認する。これは予想外だったようだ。
「いやいやいやいや、やばいってこれは!」
(おいしかったですねえ)
ミソロジーの皿にはスープが乗っている。
「大丈夫大丈夫、後でちゃんと取り付けてやるから…………子宮を」
「悪化してる!」
「そんなことより、アネク。ここにフェイ君の暴走時の台詞と魔法名を記載したノートがあります」
「Молодец」
「何それ!」
「どうぞ」
「おう……ん?」
受け取ったアネクドートは、しばらくペラペラとめくり、怪訝な顔をした。
「…え? 何このスケッチ…自作エロ漫画?」
「おっと間違えましたこっちです」
「何描いてんのマイさん…」
恥ずかしそうにノートを仕舞い込むミソロジーを見つつ、アネクドートは話題を転換する。
「…あー、あ、そういえばこいつ暴走時マイにキスしてたぜ」
「ふぁっ!?」
「ん…そうでした。男の子としたのは初めてだったんですよ…? フェイ君」
「えええ!?」
「我にも迫ってきたからな…こりゃ責任取らなきゃな…孕めよ、三人分」
「な! 何その地獄のような──」
「ぷ、アハ、あはは!」
にわかに、フォークロアが笑い出した。
たどたどしい笑いだ。
「あはは、ひ、あははは! あはは! あは! …あー…ふふ、笑わせるわね、アネク。あなた達、やっぱり、好きだわ……フェイ!」
「えっ?」
そして、勢いそのままに、ガバッと席を立ち上がり、フォークロアはフェイブルに抱きつき、キスをする。驚いてフェイブルは目を見開いた。
「!?」
「あら」
「あれま」
「…ぷは、あはは、お揃いよ、私も! 混ぜなさい!」
アネクドートの意図を読み、フォークロアも、頑張る。そういう場だ。遺恨を無くし、元の鞘に、収まるための場だ。
「…へっ、そうだな、まだ時間も止まってるし、いっちょ飲み明かすか!」
カランと、小さいグラスに並々注がれたウォッカがアネクドートの手に握られる。
「えっ!? 時間止まってるって何!?」
「フェイ君が余りにも美しいということです」
「あはは、やっぱり四人が一番──」
困惑するフェイブル、妖しく笑うミソロジー、無邪気に甘えるフォークロア、そして、満足げなアネクドート。その、あと僅かで完成するところだった平和の風景に、それは訪れた。
「…そろそろ、宜しいですかな?」
きゃいきゃいと高い少女達の声の中に、嗄れた老人の低い声が入り込む。リアクションを取ったのは、つまり驚いたのは、フェイブルとフォークロアのみであり、残りの二人は、即座に攻撃に移る。
「おっと!」
「!」
「ちっ」
しかし、二人の拳は、老人の前に現れた青年に受け止められた。力を込めても、動く気配はない。
「まーまーまーまー、落ち着こうじゃん、来訪神の方々」
ひょいっと、老人と青年が後ろに下がる。そこには、さらに二人の姿があった。老人と青年が加わり、四人並び、神運の四人と対峙する。
「…アネク」
「ああ、早いな。もう仕掛けてきたか」
(止まってる、我らが止めた時間の中で、動いてやがる)
改めて、現れた四人を、注視する。
一人目は、老人。白と金色と赤で構成される神官服を身に纏い、巨大な白い木の杖を、右手に持っている。妙齢ながらも体に衰えた様子はなく、ぴんと背筋をのばしている。
二人目は、青年。顔は少年のような端正な顔立ちながらも、その体は筋骨隆々であり、至る所に傷がある。上半身には何も着ておらず、紫色の入れ墨のような模様が張り巡らされている。さらに、額には二本の角があり、腰には猿のような尾が生えている
三人目は、女性。純白の鎧に身を包み、巨大な剣を携えている。さらに、背には巨大な翼が幾つもあり、まさに、天使の様相を呈している。その赤い髪の奥に見える瞳は、静かに前を見据えている。
四人目は、何か。黒い靄のような塊が、人の形を成して、そこに存在している。
「では、何事もお互いを知るところから始まりましょう。先ずは自己紹介をさせてもらいます」
老人が切り出す。
「私は、ヅプレ・イヅクレ。法界の学徒長を務めております」
青年が続く。
「俺はマシラオ。戦界のチャンピオン。及び『戦闘卿』」
さらに、透き通った声で女性が。
「天使長、モリエールです。天界から参りました」
そして最後に、何かが。暗い風のような声で。
「…魔界ヨリ、死に至る病ガ一因…ペスト」
全員の自己紹介が終わると、老人、ヅプレが一歩前に出て、何処からか一枚の書状を取り出した。
「来訪神の皆様に、我らが主神、四高神の御方々より、言伝を賜っております。此度、我々各界の長は、それを差し上げる為、参りました」
ばっと広げると、ヅプレは、その文言を読み始める。
「『神運の四人の諸君。先ずは讃辞を贈らせてもらおう。見事、君達は我々が試練を乗り越えた』」
(…神総出で、仕掛けてきてたのかよ)
「『我々は、君達を来訪神として歓待する。特別何かはしてやれないが、我々の創ったこの世界を楽しんでくれ。それと、近々、我々も少し余興をしようと思っている。是非、参加してくれたまえ』」
「…」
「『無論、君達は嫌でも参加することになるだろうがね。何故なら我々は、君達の探し求めるもの────幸せになる為の方法を、知っているのだから』」
神運の四人全員の表情が、硬直する。ホラではない、確かな確証と自信が、その文言にはあった。
「…以上と、なります。それでは、我々はこれにて」
「おい、ちょっと待て」
「…はい」
アネクドートが前に踏み出す。ヅプレとの距離が、近づいた。ピリッとした雰囲気が、その場の八人に一瞬で広がる。
「勝手に試練だの何だのさせられて、言いたい放題言われておいそれと帰すわけないだろーが。うちの可愛いクロアを唆しやがって」
ギロリと、ヅプレを睨みつける。その眼光に一切怯むことなく、ヅプレはゆっくりと口を開いた。
「…我々としては、皆様と争うことは望んでおりません」
「俺は望んでるけどね!」
「黙っていなさい」
おどけるマシラオを、モリエールが制する一方で、アネクドートは乱暴に髪をかき乱し、訂正する。己の怒りを、堂々と口に出す。
「…ちげーよ。我からも言伝だ。そいつらに伝えろ」
「…は」
「てめーらが幸福になる方法を知っていようが、誰かの管理する世界なんてまっぴらだ。まずは、この世界を、我らがいただく」
それは、宣戦布告だった。
「ひゅう、やるねえ…」
「ふむ……」
「……………………………」
場の雰囲気、などと呼べるものではない。空気、大気が、張り詰めた。マシラオ、モリエール、ペスト、各々から覇気のようなモノが滲み出る。
「…承りました。お伝えしましょう」
そして、ヅプレが伝言を受諾すると同時に、その四人は瞬時に消え失せた。場の緊張も、徐々にほぐれ、後には、硬直した世界のみが残っている。
アネクドートは、彼らがいた空間に向かって、ばつが悪そうな顔をした。
「…これから、どうするんだい、アネク」
横に、フェイブルが立つ。
「決まってんだろ、我らは、やりたいようにやる。それだけだ。…ったく、余計な邪魔ばっか入ってロクに楽しめねーぜ」
「まぁまぁ、これもまた一興ですよ。それで、どうです。家族会議も、締めますか?」
「ああ、そうだな…いいか、クロア」
フォークロアは、三人の顔を見て、少し考えた後に、微笑んで頷いた。
「…ええ、そうね。私の中では一応、納得できたわ」
その表情には、後悔も哀れみもない。清々しいものだ。
「そうか…じゃあ、家族会議終了。つーことで、取りあえずは…一件落着だ」
斯くして、神運の四人がこの異世界に来てからの、一連の騒動は一旦幕を閉じた。
(本当は我が解った限りのことを伝えようと思ってたんだが…まあ興醒めしちまうか。後でマイと、話そう)
しかし、まだ、数日しか経っていない。本当の混乱、本当の騒動は、ここからである。
これで一応一章完結です。私事ながら、多忙のため更新頻度が落ちると思います。申し訳ありません。




