決戦のキス
「あの、フェイを殺す瞬間しか、クロアをぶん殴れねーから仕方なかったんだが…そのせいで、今フェイの幸運の上昇は、止まらねえ。死という停止が行われなかったからな」
限界まで追いつめられて、限界まで幸運が上昇しても、殺されるはずだった。しかし、ミソロジーとアネクドートがその停止を阻止した。一旦上昇が始まってしまった幸運は、上昇し続ける、
現在フェイブルは、自我以外を失い、最大幸福の根本にある、フェイブルの幼児期の意識まで後退している。
「まぁ、早い話が、強制幼児退行防衛モードってやつですか。培ってきた良心も理性もかなぐり捨てることで、自己の生命を防衛する本能。アネクも経験済みですよね」
「ああ、エグいぜ。大抵我らの子供の頃って黒歴史だろ。ましてや、フェイのは…よく知らないが、最大幸福の特性的にも、マズいだろうな」
フェイブルの胸の赤い宝石が爛々と輝きだし、ギョロリと、瞳のようなものが浮かんだ。それはまるで生きているかのように、キョロキョロと辺りを見回す。
(あんな機能あったのかよ、あの服)
アネクドートは、フォークロアの持っている幸運のアイテムをゴゾゴソと回収する。
「マイ、クロアのアイテムは回収した。フェイと我を飛ばせ。スウォーズィ平原だ」
「はい」
「『悪意』はもつなよ」
「分かってます」
パチン、と指を鳴らした途端、辺りの景色は一変し、褐色土の野原になる。空は厚い雲に覆われており、恐らく昼間であるのに薄暗い。
そこに、フェイブル、向かい合ってミソロジー、アネクドートが立っている。
「ん、マイ」
「はい? あぁ」
よく見れば、空を飛んでいる鳥型の魔物が、空中で固定されている。翼を大きく広げたその状態のまま、停止している。
「まだ成功してるみたいだな」
「意外と、簡単に止められるものですねぇ、時間」
「馬鹿言え。我とお前が協力して、ギリギリだ」
フェイブルの周囲にあった濃い黒い靄のようなものは、次第に幾つかの箇所に密集していき、形作られていく。浮いているもの、地面から生えているもの、それは複雑な形状の殻のような骨のようなものであり、フェイブルを守るように包み込んだ。
「…どうやったら勝ちなんだ、これ」
「クリア条件は、意識を失わせることです。それで上昇は止まり元に戻ります。方法は何でも」
「なるほど、単純でよろしい。負けは?」
「まず、タイムオーバー。つまり私達の現存の幸運で対処できないぐらいフェイ君の幸運が上昇した場合。そしてもう一つは、フェイ君の放つ不幸によって、私達が死ぬ場合です」
「きっついな、オイ」
改めて、ミソロジーはフェイブルの様子を確認した。靄はフェイブルのゴスロリを取り囲み、一層妖艶さを醸している。いつ攻撃してきてもおかしくはなさそうだ。
(今、戻してあげますからねぇ)
「アネク、腕ください」
「あいよ」
じゅわっと、即座にアネクドートの手の上に女性の腕が現れる。アネクドートはそれをぽいっと投げ、ミソロジーが受け取り、無くなった腕に接着した。それを確認した後、アネクドートはフォークロアの持っていた二つのアイテムを手渡す。
「まずはあの覆ってる外殻を削っていきましょっか。何製ですかね、アレ」
「ま、攻撃しつつ解析…って、そんな簡単には、いきそうにないな」
すっ、と、手を挙げたのは、フェイブルだった。
『 1000×1000』
赤く縁取られた黒い流星群が、二人に降り注ぐ。
「うへー…1000か。食らいすぎたらヤバい」
「私は避けられますよ」
ダッ、と二人は正反対の方向に駆け出し、二人を正確に狙う黒い隕石を避ける。
「気をつけろ! 追尾機能あるぞ!」
「分かってますよー、見てましたから」
隕石は地面に触れるとばちゃっと水風船が割れるような音がして、周囲に黒い溜まりができる。
そこから、白く巨大なツルツルした腕が現れた。着弾した隕石すべてからそれが現れ、二人を追い詰める。
「あー、バイトイン…インバイト? 何でしたっけ」
ミソロジーは空中で瞬間移動を連発し、華麗に天と地からの猛攻を避ける。相手が実体であるので、避けつつ、指を鳴らしその白い腕をバラバラにした。
「うらっ」
アネクドートが全速力で駆けつつ、ぶんっと空中を殴るように腕を振ると、鋭い衝撃波のような物が発生し、かまぼこのようにその白い腕は千切れていく。
それをしばらく繰り返すと、次第に黒い流星と白い腕の猛攻は収まっていった。
アネクドートとミソロジーは再び元の場所に戻る。
「ふう…結構愉しいぜ」
「それは重畳」
「さて……何でもアリだからこそ、迷うが…」
今度はこっちの番だと言わんばかりに、アネクドートが天に手を掲げる。空を覆っていた雲の隙間から、光が漏れ出した。アネクドートのマントが、大きくたなびく。
「『隕石爆発』!」
巨大な隕石が、天から一直線に、鋭い入射角でフェイブルを目掛けて飛んできた。数秒で直撃し、その周囲に蝶の形の爆炎が巻き起こる。その熱は距離を取ったアネクドートやミソロジーですら、強烈に感じる。
「懐かしいですね、それ」
「おう、まあちょっと原点回帰だ」
しかし、しばらくして炎が失せると、凄まじい速さで回転する外殻が見えた。熱に損傷を負っている様子はなく、回転が終了すると、傷一つ無いフェイブルが現れる。
「んー、熱は効果薄いな。酸欠も無理か」
「一点集中でいってみましょう」
ミソロジーは、周囲の土中の石英を移動させ、フェイブルの真上に集める。そして形成されたのは、巨大な逆さ向きの円錐の底面に、球と円柱が複雑な配置で無数に乗っている石英の塊だった。
「『自然超解釈尖形』」
それは、真っ直ぐ自身の重さによって加速しながら、フェイブルへと落ちていく。
(さて、どうなりますかね)
その先端が、フェイブルの頭上に迫ると、フェイブルの覆う外殻もまた、円錐形になる。
先端と先端が衝突すると、バキバキバキ、という連続の音と共に、石英の塊が粉々に割れた。雲からの僅かな光を乱反射し、キラキラと落ちていく。
「固い。というか、何でしょうあの割れ方」
轟音と共に、破片が地面に四散する。
(一昨日、あいつが出してた槍みてえなのには、実体がなかった。つーか、気体だった。だが、今までのを見るに、あいつ、固体化させてやがる。濃縮してやがる。あいつの運がそれだけ上昇してるのか)
「魔法だな。あいつ、やっぱ魔法使ってるわ。あの外殻も相当高濃度の魔力で構成されてる実体だ」
「うーん…魔法についてはちょっと。壊し方分かります?」
「あいつが幸運で魔力を動かしてんなら、我が直接ぶん殴るしかないな」
「ふむ、何故ですか?」
「我もあいつも、幸運で魔力に影響し魔法を使ってる。幸運は距離が遠ければ影響力が薄れるのは、知ってるだろ? 物理的な距離は、即ち心理的な距離だからな。遠距離恋愛が破綻しやすいのと同じだ」
「ええ、私も月までは動かせませんでした」
「つーことで、あいつの外殻があの位置にある
以上、遠距離の魔法攻撃は効果が薄い。かといって我が竜巻ぶつけても、お前が何かぶつけても、壊れなさそうだ。直接我がゼロ距離で魔法をぶつけなきゃ、あれは壊せんだろう」
「…ということは」
「そうだ、あいつも我が直接やるしかねえ。皮膚になんか細工してるかもだからな」
「んー、仕方ないですね…譲りましょう。援護します」
「おう」
その二人の話が聞こえたのかは分からないが、フェイブルが次の行動に移る。
『 1000×360×360』
手をばっと広げると、黒と赤の入り混じった球体が浮かび、ミラーボールのように赤と黒のレーザーを照射する。そのレーザーは周囲一帯を薙ぐように、縦に横に回転する。
「うおおっ!? やべぇこれっ」
アネクドートは、サーカス団のような身のこなしで、縦横無尽に迫り来るレーザーを身をかわして避けるが、かなり辛そうである。
「私は避けられますよー」
対してミソロジーは、レーザーが通過しても、体の触れそうな部分のみを移動させ、易々とレーザーを避けている。
「それ、我にも使え! 今から走る!」
「そのつもりです」
そして、アネクドートは駆け出した。
茶色の地面が抉れ、後ろに弾け飛ぶ。全身への強化魔法、さらに加速魔法で速度を急激に上昇させていく。
レーザーがアネクドートの腹部を横断せんと狙う。しかしその刹那、その部分だけが空洞となり、レーザーが通り抜けた。
(やっぱ便利だな、あいつの)
奇妙な感覚を味わいつつ、フェイブルへの距離を詰める。
瞬間移動で一気にフェイブルの目の前まで移動させるわけにはいかない。中心部分に迫るほどレーザーの速度は増すため、移動した瞬間に不幸を食らう可能性がある。そこまではミソロジーの処理能力が追いつかないのだ。だから、できるだけ速く、徐々に近づく必要がある。
(一撃で決める。全部乗っけてワンパンだ)
考えられうる最大威力を、右拳に込める。
(接触まで三秒…二秒…)
ギュウウッと、アネクドートの右手に様々な魔法がかけられていく。レーザーの隙間が見えた。ここだ。
(一びょ「やぁ、こんにちは」
フェイブルが口を開く。
「ッ!」
やけに明瞭な声で。
(動揺…っ、するかっ、馬鹿が!)
それにかまわず、殴りつける。直接は触れない。これも不幸の塊だ。密着して、魔法をぶつけた。
めきっ、と、まさに骨が折れるような音がして、外殻が粉々に粉砕される。それと同時に、レーザーの照射も止み、赤と黒の球体は消滅した。
「おしっ! ……!」
そして、フェイブルを攻撃しようと、足を一歩踏み出そうとした、その時、アネクドートの全身を、ナメクジが這うような悪寒が包んだ。
(……踏み出せねえ。隙が、ねえ)
目の前にフェイブルはいる。しかし、数々の格闘技や武道を経験したアネクドートだからこそ分かる。全く隙がない。強い。殴りかかっても、こちらが殴られてしまいそうだ。
(そういえばこいつ、自分で脳にリミッターをかけてるんだったか。自分に不幸をぶち込み続けて、弱く振る舞ってるんだった)
「非道いな。挨拶ぐらい返してもいいじゃないか」
やれやれ、と大げさに肩をすくめる。
「…話せるのかよ。じゃあ今どういう状況か、分かるのか?」
「分からないよ。僕はまだ、三歳だから」
「…」
(やっぱ、話しても意味ねえよな。どうすればぶん殴れる?)
「ところで、背の大きなお姉さん」
「…『雑音遮断』」
「人って、哀れだと思わないかい?」
聞こえる。
思考を巡らせるアネクドートを後目に、フェイブルは語り続ける。
「人は醜い。人は傲慢だ。人は殺し合う。人は資源を浪費している。人は強欲だ。人は娯楽のために他の生き物を犠牲にするおぞましい存在だ。人は愚かだ。人は屑だ。人なんか、滅んでしまえばいい───とかさ、思ってるの、人だけだろ?」
挑発だ。そんはことは分かっている。
しかし、いやでも入ってくるその言葉に、アネクドートは、神経を逆撫でされる。腹が立つ。
「別にいいじゃないか、他の生き物を滅ぼしたってさ。進化の歴史は絶滅の歴史だ。醜くても、傲慢でも、資源を浪費しても、愚かでも、屑でも、どうせ何も変わらないんだから、変わってないんだから、別にいいじゃないか。なんでそんな些細なことで、自らの種族に絶望してるんだい?」
(…聞くな。詭弁だ)
「考えるから、苦しむんだ。恵まれてるから、矛盾に感じるんだ。満たされてるから、欠落を恐れるんだ。賢いから、余計なことを悩むんだよ。哀れすぎる。我を思う故に我ありっていうか、我思う故に哀れありって感じだ」
カアッと、アネクドートは赤面した。
「うる──」
「アネク、落ち着いて」
「! マイ」
アネクの異変を察知し、ミソロジーは移動してくる。
「赤子の戯言です。聞く意味はありません」
「…赤子の戯言だからこそよー、腹立つぜ」
自分と重なるから、腹が立つ。他を見下し、己を見下し、生物を見下していた過去の自分に。騙ることに差異はあれど、調子づいた表情や語り口が、幼く愚かな自分を彷彿とさせる。
(あとちょっと上手いこと言おうとしてるのも似てるから腹立つ)
「ふふ」
その様子を、フェイブルは笑う。
「君たちは、とびきり哀れだ。恵まれすぎて、何が幸福かも分かりかねている。今この瞬間を生きていることも可哀想だから、僕が殺してあげよう」
再びフェイブルの周りに靄が湧く。
『アネク』
「!」
アネクドートの内耳に音が響いた。密談だ。ミソロジーは喋っていない。アネクドートの鼓膜を震わせ、ミソロジーが音を作っている。
『何がくるか分かりませんが、優先して私が食らいます。強力な不幸を撃った後は、フェイ君の運は乱れるはず。そのチャンスを、逃さないでください』
『…わかった。死ぬなよ』
同じく、アネクドートも鼓膜を震わせた。
とりあえず、二人は距離をとる。フェイブルの手には、一冊の分厚い黒い本が開かれていた。
周囲の空気は一変する。光をねじ切るように黒いその本を中心に、世界が崩れていくようだ。
「『種の起源・主の紀元』」
「…魔王とかと戦ってた方がまだマシな気がするぜ」
「異世界に来てまで身内で喧嘩となると、宿命めいたものを感じますね」
そして、フェイブル、ミソロジー、アネクドートを含むように、巨大な黒く光る円が現れる。
「…出るなよ。今はこいつに近づきたい」
「分かってます」
ぺらりと、ページを捲る。赤黒い文字が、ぼうっと浮かぶ。
『インフラマブル』
すると、ゴウッと黒い炎がその円をなぞるように燃え盛った。さらにページを捲る。
『グランブル』
さらに、バリバリと、黒い雷がケージのように円の範囲を覆う。現在は、ミソロジー、アネクドートは炎と雷によってその空間内に閉じ込められている。
(確実な一撃を狙ってるな。ならばこっちも、合わせるしかねえ。あいつが仕掛けてくる時に)
また、ページを捲る。
『ディブル』
すると、爆発音ともとれるガガガガという音とともに、土が見えない何かによって削られていく。アネクドートとミソロジーは危険を察知し、空中へと非難した。
『バブル』
ゴボゴボと、地面の底から黒い水が湧き出す。それは円一帯を飲み込み、地面は完全な危険地帯になった。さらに、ポコポコと、黒い粒をフェイブルが蒔いている。
『ランブル』
アネクドート、ミソロジーの周囲を何かが通過する。太く黒い棘のあるつるだ。囲われた空間に、張り巡らされていく。
「ああん?」
「ふむ…」
二人が予想したのは、範囲を狭くしていき、徐々に削っていくという展開だ。それならば、勝機はある。消耗戦ならば、人数が多いこちらが有利だ。
しかし、予想は大きく外れる。 地面に浸っていた水が、一気になくなる。さらに、茨の蔓が、搾られるように細くなっていく。
フェイブルは、黒い本を、閉じた。
『ブランブル』
そして、フェイブルの傍らに、一粒の小さな黒い苺が実った。黒い蒂に、黒く光る実だ。
大きな現象の後の小さい変化に、自然と、二人は目を凝らしてしまう。
フェイブルは、それをもぎ取り、一口かじった。ぐじゅ、という音ともに、美しい唇が潤み、黒く染まっていく。黒い雫が、顎から滴る。
その光景に、二人は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、目を奪われた。
「は」
その一瞬で、ミソロジーの唇はフェイブルに奪われていた。
この一瞬のための、全てだった。大げさなエフェクトも、段階的で壮大な呪文も、全ては、一瞬の隙を作るためのトリックだったのだ。
ぎゅっと、フェイブルはミソロジーを抱き寄せ、離した。力無く、ミソロジーは降下していく。
アネクドートは理解した。自分とフェイブルを結ぶ直線上に、ミソロジーは立ちはだかり防いだのだと。
フェイブルが、瞬間的に目の前に現れる。
美しい相貌が、細い首が、濡れた唇が、近づいてくる。
動きが、スローモーションになっていく。
「ねえ…キス、しよ」
「う………!!」
ぐちっと。
(…今だ)
音がした。
フェイブルの唇が、触れる前に。
「…………フェイ、確かに今のお前は強い」
アネクドートの手には、指輪、紙、そして金色の林檎が握られている。
「この4つの幸運のアイテムを以てしても、お前と我の運は同等だ。それだけ、お前は追いつめられた。だから、お前の敗因はたった一つだよ。それは───」
フェイブルもアネクドートも、一撃必殺を持っていた。一撃で相手を仕留める方法が。ただ、アネクドートの方が、リーチが長かった。足が、長かった。
それだけだった。つまり───
「お前が、男だったことだ」
アネクドートの右足は、深々とフェイブルの股ぐらに、蹴り込まれていた。全力で。




