七十億の感情
「ま、タネ明かしちゃえば簡単なんだけど」
テコテコと、こちらに歩きながらフォークロアは話し始める。服装は、あの可愛らしいパジャマから、白いレースのドレスに変わっている。所々に煌めく様々な色の刺繍が入っており、まるで彼女の髪を編み込んだかのようだ。
「キッカケは、私が崩殂城、魔王の封印されてるところに着いて、この指輪を手に入れたことかしらね」
「…永劫の栄光だっけ」
「そ、グローリーオブ…永劫って…イーオン? 何にせよ、完全に名前負けだけど、いいヒントになったわ」
ゴソゴソと、懐から何かを取り出した。それは、青白い水晶だ。それをフォークロアは上へ放り投げる。すると、水晶は巨大化し、空中に浮かんだ。
その水晶に映っていた光景は、衝撃的なものだった。
「ま…マイさん…アネク…」
二つに分かれている映像の一方には、鬱蒼とした森の中で、夥しい量の、そして馬鹿げた大きさの蛇に追われているマイさんが映っていた。マイさんが指を鳴らして蛇をバラバラにするが、直ぐに別の蛇が迫ってくる。これは、苦戦している。あのマイさんが。
さらに、もう一方には、街…のような場所、屋根の上にアネクドートは立っていた。対峙しているのは、黒い衣装に身を包んだ、男と女と怪物だった。よく見れば街は赤く燃えており、アネクドートはどうやら、その街を守ろうとしているようだ。
「うふふ。大丈夫、こんなのに殺されるような奴らじゃないでしょ?」
「…」
「私、嘘ついてたの。ゲームの期間、四ヶ月じゃないわ。三日よ。それと、ゲームの内容も嘘。宝探しじゃなくて、争奪戦。だって、幸運のアイテムはこの世界に四つしか無いんですもの」
「……!!」
そういうことか。僕達に宝を探させることが目的だったんだ。そっちに運を使わせることが。だから、四カ月というそれっぽい期間を提示した。リードしてるなんて、フォークロアは言ってたけど、ほぼ王手じゃないか。二つ手に入れれば、勝ちがほぼ決まってしまう。
「アネクも、何だかんだで探そうと思ってたんでしょうけどね。残念、間に合わなかったわ。これで、私の勝ち。今からあなたを殺して、それからマイを殺して、もう一個のアイテムも手に入れて、終わり」
二個の幸運のアイテムがあれば、僕を殺せるだろう。そしてそれからマイさんのところに行ってマイさんを殺害、三個目のアイテムを手に入れれば、どうやったってアネクドートはフォークロアにかなわない。
「…何故、僕が一人でここに来るって知ってたんだ。マイさんと来てるかもしれなかったじゃないか」
「あはは、それはないわ。ちゃんと見てたんですもの」
ちょいちょいと、フォークロアが指を振る。すると、水晶の映像が二分割から三分割になり、新しくできたそこには、僕が映っていた。
これは、エイドールさんの使っていた…
「『遠隔知覚』…」
「それよりも強力な、マークした対象を監視し続けられる魔法よ。…ずっと、見てたの。ずーっと…両目を見開いてね。お風呂も…寝るときも…ここに入ってくるときもね」
「音は…会話は聞き取れなかったはずじゃ…」
エイドールさんが使っていた時は、音は聞こえなかった。
「それは下位だからね。私の使わせてもらったのは好きな情報を得られるやつなの」
完全な上位互換ということか。全く、予想ができなかった。ずっと監視されてたなんて。こっちの情報や行動は、全部筒抜けだったってことじゃないか。
「マイの手紙…多分それ、定位魔法の発動陣でしょうね。あなたが私に襲われるときまでにアイテムを手に入れて、来るつもりだったんでしょうけど、間に合わなかったみたいだわ」
「…そんな」
「じゃあ、動かないでね」
「!」
体が、動かない。まさかこれは…『人形劇作家』。
最大幸福は、僕達同士に敵意を持って、悪意を持って行使することはできないはずなのに!
「ふふ、効いた効いた。よっこらせ」
ずるっと、ドレスのスカートの中から、彼女の手には合わない無骨な短剣が出てきた。刀身が鈍い紫色になっており、毒々しい気配がする。
「…まぁ、これは後で」
それをフォークロアは床に置いて、僕の所まで来た。
「口は動くでしょ?」
「…うん」
「もう、お別れね」
「…どうかな」
じわりと、体に汗が出る。
「ふふ、強がっちゃって。…まさかこんな幕切れになるなんてね」
「君が幕を切るんだろ?」
「まぁ、そうだけどね。最後ぐらい、笑ってるとこみせてもいいんじゃない?」
「あれ、そんな笑ってなかったっけ、僕」
「んー…どうだったっけ」
「なんだよ」
さらに、汗が出る。フォークロアが、僕の頬、唇に触れる。
「…ようやく…あなたをこの幸福の牢獄から解き放てるわ。死という救済に漸近する度、倍加する幸福によってそれをねじ伏せられる牢獄から」
「頼んではないけど…ね」
「ふふ。思えばこの異世界の地も、あなたの終わりには相応しいかもしれないわね。まだあなたは、この世界で誰にも疎まれていないんですもの。この瞬間が、収穫期だわ。せめて、あなたをある程度の真の救いの中で殺してあげられる」
いやに詩人じゃないか。やはり、人はそれっぽい状況になれば、それっぽい言葉が出てくるのかななんて、茶化してみようかと思ったけど、不思議と、何も言い返せなかった。
僕が何も言わないのを見て、フォークロアは会話を止め、再びナイフが置かれているところまで戻った。そしてナイフを拾い、構える。
「このナイフ、刺されたら確実に死ぬナイフよ。どんな魔法でも、命は戻らないわ」
「…周到だね」
「勿論。…じゃあね」
ダッと、フォークロアは駆け出した。僕とフォークロアしかいない空間に響く、たったっという足音が異様に単調でコミカルに聞こえる。その思い詰めた顔は笑顔なのかよく分からない表情で歪み、涙が流れている。
「っ!」
足を動かす速さがぐんと増し、何かが堪えきれなくなって、フォークロアは口を開く。
「…ふ、ふ、ふ、ふぇ」
さらに、僕の名前を叫ぶ。
「ふぇ え え え え え え え え え い い え え え え え え え え い ぶ r r r r r r r r r r r r r r r る う あ ぁ ぁ ぅ う う う ぅ う う う う う う う う ぅ ぁ ぁ ァ ァ ア ァ ァ ァ ア ァ ア ア!!!!」
七十億人に向けるはずの感情を、その名前一つに乗せて、彼女はひた走る。その様は、哀れだ。哀れ過ぎる。
そうだね、君は本当に、僕を殺したいんだね。
だったら、僕もちゃんと君を、殺してあげよう。
僕の最大の幸福を以て、君を。
『 原罪と神罰』──僕の最大幸福だ。
最後に見えたのは、泣き笑うフォークロアでも、後ろの水晶で停止している光景でもなく、僕の底から沸き上がってくる、僕の姿だった。




