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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
25/82

 落とし穴に落ちた、と頭では分かってはいたものの恐怖感は凄まじく、何も対処できなかった。ぼんやりと、異世界に来てから落ちてばかりだなと思っていた。

 二秒ほど落下したところで、僕の体は地面に激突することなく静止する。どうやら、エイドールさんが何か呪文を使ったようだ。


「…だ、大丈夫か、フェイちゃん」

「はい…すみません。罠踏んじゃいました」

「ああ、き、気にすんな。これくらいよく、あるある」


 妙に、エイドールさんがよそよそしい。何かしてしまったかと思い出していくと、一つ思い当たることがあった。

 落下の勢いで、スカートが捲れた。

 …これは恥ずかしい。幸いにもマイさんはご丁寧に女性用の下着も買っていたし、あまり密着度の高いものでは無かったので、多分バレてはいないのだが…。


「えーと」 


 とりあえず話をしなければ、気まずくなってしまう。

 落とし穴は筒状になっているのかと思っていたが、エイドールさんの灯りに照らされたそこは、僕達が初めに着いた広場のような場所だった。後方には壁があり、前方にはまだ続いている。さらに、上にいたときには聞こえなかったゴウンゴウンという何かの機動音もする。


「ここは…」

「…ん…結構奥まったとこに落ちちまったな。戻ってもいいが…何となく、こっちで合ってる気がするぜ。何となくな…それより、気づいたかい?」

「え? 何にですか?」

「死体が無えのさ。血もな。落とし穴の下には溜まるもんだろ?」


 たしかに、僕たちが降り立ったところはほぼ落とし穴の真下だが、辺りに血だまりや骨などは見当たらない。石が続いているのみだ。

 

「僕達が第一号ってことですかね」

「うーん…ここはさっき言ったとおり冒険者の出入りが激しいからな。何人かは落ちてる可能性が高い。だとしたら…掃除している奴が、いるってことだ」


 そのエイドールさんの言葉を待っていたかのように、広場に次々と灯りがつき始める。上にあった松明のようなものではなく、電球のような球体状の器具が明かりを発している。また、白い1メートルほどの円柱が等間隔で配置されていた。本数は数え切れないほどある。なんだここは。


「…エイドールさん」

「ああ、まずは連絡だ」


 そう言ってポケットから小さな青い水晶を取り出した。連絡魔法の水晶だ。


「『連絡コネクト』」


 しばらくして、ザイネロさんの声が聞こえる。


『ん、エイドールか。どうした?』 

「いや、ちょっと落とし穴に落ちたんだが…」

『奇遇だな、私達もだ』

「…嘘だろ」


 まさか両方とも落とし穴に落ちていようとは。

 というか、んん? ザイネロさん達は魔法が使えないだろうに、どうやって安全に降り立ったんだ?


『白い小さな柱が何本も並んでる場所にいるんだが、お前もそうか?』

「そうだ。どう思う?」

『ここが何にせよ、このまま進むのは危険だな。一旦開始地点で合流しよう』

「よし、わかっ…」


 にわかに、エイドールさんの表情が強張った。視線のその先を、僕も追ってしまう。そこには、こちらに近づいてくる人影があった。ザイネロさんでもリルちゃんでもない、誰かだ。


「悪い、ザイネロ。集合は無理そうだ。お前達も俺達の入った穴に入ってくれ。…まだ開いてるみたいだからよ」

『…! 分かった、急ごう』


 近づいてくるにつれ、その何者かの姿が明らかになってくる。身長や肩幅から、外見年齢はマイさんぐらいの少女であると思う。一瞬何か分からなかったが、その格好は、エプロンと三角巾、持っているものは、バケツだった。水色のポリバケツのようなものに、雑巾のようなものがかかっている。まるで今から雑巾がけでもするみたいだ。

 …訳が分からない。


「…エイドールさん、ここ、遺跡、でしたね」

「…そうだな。かつて人間よりも前に繁栄していた種族が作り上げた、らしい」

「なるほど…」


 そして、その少女は、僕達の目の前まで来た。

 こっちは臨戦態勢だが、相手は僕達のことなど意に介さず、地面に視線を向け、さらに近づいてくる。


「………」

「おい、お前」

「………」


 無反応だ。そして、僕達の横を通り過ぎ、地面に座り込むと、雑巾がけを始めた。とても反応に困る。


「いましたね、掃除している奴」

「いや俺は捕食的な意味で掃除って言ったんだが…」


 丁寧に水を絞り、ツルツルした表面の床をさらに拭く。床は、水分によって幾らか光沢を増したように見えた。危険が無いと判断したエイドールさんは、再び連絡魔法の水晶を使おうとした。

 その時だった。ゴウンゴウンゴウンと、再び何かの機動音がして、白い円柱が床に埋まっていく。しばらくすると、床は完全に平らになった。


「…お二方は」

「!」


 喋った。

 雑巾をバケツに掛け、こちらを向く。


「番人を倒されたのでしょうか?」


 質問の意図、そして意味が理解できず、僕もエイドールさんも、一瞬硬直する。


「…番人、さて、どんな奴だったかな? ここに来る道中の魔物は全て倒したからな…ところで、お前は?」


 機転を利かせ、エイドールさんが会話を持続させようとする。ザイネロさんが到着するまでの時間稼ぎだ。


「…私は、プーぺ。この地下墓地の管理者です。また、このカショーの運営者でもあります」


 カショー? 何を指して言っているんだろう。この遺跡の名前だろうか。


「…ふむ。プーぺ、俺はエイドール。この遺跡を攻略し、栄華の証明書を手に入れんとする者だ。お前はそんな俺を前にして、どうする?」


 エイドールさんが踏み込んだ質問をした。つまり、戦闘態勢が整いつつあるということだ。頭上の遠くの方から、扉の開く音がした。


「はい。審査をします」


 そうプーぺが言い、立ち上がると、ゴウンゴウンと音がした。今度はどこからかはっきりと分かる。このプーぺという少女の内部から、機動音がする。何やら、熱がプーぺの全身から発せられているようだ。近くのバケツが溶けたのが、ちらっと見えた。


「お二方はどうやら番人には接触していないご様子。しかしこの地下墓地に降りてこられた。ならば第二の条件は満たしております。しかし第一の条件、すなわち強さは、まだ計られておりません。私が、審査をします」


 スッ、と、プーぺは腰を低く落とし、戦闘の構えを取る。


「フェイちゃん、下がっててくれ。かなり」

「は、はい」


 かなり、と念を押されたため、僕はかなり後ろに下がる。何かエイドールさんは狙っているようだ。

 プーぺは、どちらの足も引かず、カエルのジャンプをするような態勢から、ボンッという爆発のような音を立て、蹴り出した。速い。例えるなら、バッティングセンターで野球ボールが迫ってくるような感覚だ。


「さて…」


 対するエイドールさんは、何も構えない。肉弾戦は得意そうではないのだが、余裕だ。

 そのまま、プーぺは右手の指先を揃え、槍のようにその手をエイドールさんの胸に───突き立てた。


「えっ」

「!」


 驚いたのは、僕と、プーぺだった。スカッと、何の音もせず、その手、いや、勢い余って体ごと、プーぺはエイドールさんを貫通した。


「…くく、真正面から戦う訳ねーだろ? 俺は回復役だ」


 僕の隣で、エイドールさんの声がする。

 そして、プーぺの頭上、つまり落とし穴から、流星のような勢いで落ちてきたザイネロさんの足が、プーぺを捕らえ、地面に叩きつけた。

 めりっ、と地面が凹む。


「良い、丁度良かったな、エイドール」

「おう。魔法は使いようだからな」

 

 いつの間にか、エイドールさんは僕の隣りに立っていた。


「今のは…?」

「『幻投影プロジェクション』っていう光魔法で自分の姿を別の場所に投影して、さらに『透明化ヴォイドライト』っていう光魔法で姿を消しつつ、本当の自分は後ろに下がっておいたんだ。1対1だと結構使えるんだぜ」

「仲間の存在が前提となるのだがな」


 得意げなエイドールさんをたしなめるザイネロさんを僕は改めて見て、その背に負ぶさっているリルちゃんに気づいた。


「そちらも、落とし穴に落ちたんですよね」

「ああ、リルが罠を踏んでしまってな」

「面目ないです…」


 ふむ。僕とリルちゃんが落とし穴を踏んだのか。単なる経験不足からくる不注意と考えるのが妥当だが、プーぺが言っていた、この地下墓地に降りてくるのが第一の条件というのが、気になるな。と、僕が突っ伏しているプーぺをちらっと見たその瞬間、プーぺの指が、動いた。


「……解析が終了しました」

「!」

 

 ザイネロさんが飛び退く。

 足蹴にされているプーぺが起き上がった。あんな勢いの蹴りをもらっておきながら、プーぺの体に目立った外傷はない。


「あなた方の強さ、そして運の良さは条件を満たしております。栄華の証明書に挑戦する権利があると思われます」


 そのまま、真っ直ぐ、前方に向かって歩き始める。


「付いてきてください」


 四人で顔を見合わせる。少し経って、ザイネロさんが首をくいっとやる。行ってみようということだ。


「…なあ、プーぺ」


 歩きつつ、エイドールさんが質問する。


「お前のその格好と、俺達が来たときの行動は何だったんだ?」

「私は基本的に掃除係ですので。上から何かが落ちてくれば掃除するように設定されています」

「…じゃあ、番人って何だ?」

「番人とは、皆様が入った各扉の最奥に待機している魔物、もしくは魔機です。皆様の強さを測定します」

「魔機…旧文明の遺跡に眠っている、魔法で動く命無きもの、か。お前も?」

「はい。私は偉大なる先住の方々によって造られた魔機です」


 原動力が魔力の機械ということだろうか。それではあの機動音も、魔法だったのか。しかし、こんな精巧で高度な機械を造れるなんて、旧文明とやらは僕達の文明より進んでいたようだ。なぜ滅んだんだろう。


「それにしても…入って、まだ殆ど経っていないな。こんなに早く攻略できてしまうとは」

「何で誰も攻略できなかったんだ?」

「それは、条件を満たしていないからです」


 条件、とプーぺは繰り返し述べていた。強さと、運の良さだと。


「強さは…まぁ番人とかお前を倒せば良いってのは分かったけどよ。運の良さなんてどうやって計ったんだ?」


 プーぺは、そう聞かれて、スッと上を指さした。

 

「落とし穴です」

「…落とし穴に落ちたら、合格なのか? 矛盾してないか?」

「いえ、落とし穴を開くのは、至難の業です。上の番人までの道は、石段で構成されておりましたね」

「ああ、そうだったな」

「あの石段の中には、踏んではいけない石段が、多数存在しています。その石段を踏んだ時点で、落とし穴は開きません。皆様は、それらの石を一つも踏まず、そして落とし穴起動の石のみを踏んだのです」

「ほお…なるほどな。そりゃあ確かに、ツイてるわ」

「しかし、エイドール達の方はお前がいたから良いとしても、私達が落ちたのは何だったんだ? 魔機もいなかったぞ」

「ハズレです。四つの扉のうち、正解の落とし穴があるのは一つのみです。番人を倒す度に、踏んではいけない石の数は減っていきますが、今までの挑戦者の皆様はその過程で死んでいきました」


 つまり、四つの扉の番人を倒しても、落とし穴が起動しないこともあるし、仮に落とし穴に落ちたとしても、最悪の場合あと三回は落とし穴に落ちなければいけないということか。無理ゲーじゃないか。


「私達は、その過程をすべて省略したということか。うーむ…釈然としないな。リル、一応帰りに番人は全て倒していくぞ」

「は、はい!」

「確かに、全く訓練になりませんでしたね」

「ああ、食糧や道具も無駄になってしまったしな…」


 ついに、プーぺは歩みを止める。そこは、巨大な扉の前だった。何か文字がびっしりと刻まれている。見たことがあるような、ないような文字が。


「ここが、証明書の間です」

「…あ、マイさんの手紙、一応読んどこう」


 ゴソゴソと、ポケットに入れておいた手紙を取り出す。それを待たずに、ギギギと、扉が開いていく。

 さて、ここで僕は再び、嫌な考えが頭に浮かんでしまう。

 何故、こんなに早く着いたんだろう。バイソラを出て、1日かけてこの遺跡にたどり着いた。もっとかかると、思っていた。

 何故、こんなに早く攻略できたんだろう。この遺跡に入って、僅かな時間で攻略してしまった。もっとかかると、思っていた。

 だって僕は、不幸なんだ。もっと苦労していいはずじゃないか。


「では、行ってらっしゃいませ」


 ガシリと、プーぺが僕の手を掴んだ。そして、脱臼するんじゃないかというほどの力で、僕をその開いていく扉へ放り投げる。


「…!」


 驚いた顔をするリルちゃんと、虚ろな目をしているザイネロさんとエイドールさんが見えた。

 完全に、理解できた。

 そうか。これは、このダンジョンを攻略し、ここに辿り着くという展開は、彼女にとって、都合が良かったんだ。


「ハァーイ、フェイ」

 

 鈴の鳴るような声がする。

 後ろの扉が、バタンと閉じた。

 信じられないぐらい広いその部屋の、一番奥に、彼女は立っていた。一つの指輪を左手に付け、一枚の紙切れを右手に持っている。


「チェックメイトね」


 フォークロアは、ドロリと微笑んだ。


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