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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
24/82

遺跡

「『 100×100(スクランブル)』」


 僕の頭で思い描いた通りの軌道で、大量のレーザー状の不幸が飛んでいく。フォークロアと競争している以上、あまり時間をかけている場合ではないので省くところは省く。雑魚の相手は得意だ。

 一瞬の断末魔が聞こえ、森のざわめきは消える。


「ザイネロさん、起きてください。見張り交代の時間です」

「…ん、あぁ、分かった」

「それと、魔物は全部殺しておきました」


 ザイネロさんはあまり驚かずに、「そうか」と答える。元より、リルちゃんが休息をとるためにわざわざ遺跡前の魔物をほったらかしにしただけだ。彼女の為であると彼女が知れば、気を遣わせてしまうことになるので、ザイネロさんは上手くごまかしたが。

 

「フェイ、まだ夜は長い。少しいいか」

「あ、はい。何でしょう」

「さっきの、ウアグとの戦いで、一つ疑問に思ったんだが、何故、死竜達に使った魔法を出さなかった?」

「…ん、それは」


 隙がなかったから、余裕が無かったからではない。

 手に、『1000(ハードラックパラブル)』を出してみる。対象がいなくとも、出ることには出るようだ。しかし、僕の手を、離れない。


「殺意が、足りなかったからだと思います。僕の……あれは、相手に対する憎悪や殺意に比例しますから」


 僕の不幸が一瞬解放された昨日、僕の前に現れたあの竜達は、明確に不幸による結果だと、判断できた。それでもかなり無理やり彼らを恨んで、怒って、発動できたわけだが、今回は、少し迷ってしまったのだ。誰かへの不幸なのか、僕への不幸なのか、そして、殺すべきなのかどうかを。


「憎悪、殺意か…なぁ、フェイとマイの話を聞く限り、フェイはその魔法をマイやリルにも使っているのだろう?」

「ええ、そうですね」

「そこにも、憎悪や殺意は含まれているのか?」


 言われて、はっとした。昨日までは、長い間、意識して普通の生物に不幸を押し付けていなかったから、その限界値に違和感を覚えていないかった。マイさんやリルちゃんに押し付けている不幸は、桁が違う。ならば僕は彼女達を、桁違いに憎んでいるのだろうか。

 多分、違う。今までぼんやりとしか考えていなかったが、聞かれてみて分かった。『不幸にしてやる』と『不幸にしてあげよう』では、大きく意味が異なってくる。意味というか、含まれる感情が、憎悪ではなく、憐憫だ。


「それとはまた、別ですよ。僕は彼女達を恨んでいません」


 感情に大きく左右されるこの最大幸福が、憐憫によって強く発動するというのは、妙に僕の心象を表しているようで、少し悲しい。


「…そうか、ならいいんだ。それと、もう一つ」

「何でしょう」

「クロア…だったか? あの少女との決着が着いたら、栄華の証明書を、私に譲って欲しい」

「それは、勿論構いませんけど、要るんですか?」

「魔王の件とは別件でな。私は、もとより栄華の証明書を取りに行く為にバイソラに寄っていたんだ」


 確かに、ザイネロさんがあの街にいた理由についてはまだ何も聞いていなかったな。


「栄華の証明書が、魔王と同等の件に必要なんですか」

「ああ、というより、一般的な冒険者からすれば幸福のアイテムは、生涯を賭して手に入れたい宝なんだ。目標と言ってもいいな」

「ふむ」


 そんな大事なものを、僕たちは遊び(殺し合いだけど)の道具に選んでいたのか。何だか申し訳ない気もする。


「つまりは、手に入れるのは容易ではないということだ。これから攻略する北の遺跡は…攻略者は今まで確認されていない」

「え」


 マイさんの方がキツいと聞いていたから、てっきりこっちの方の難易度は高くはないのだと思っていたが、そんな甘い話ではないようだ。


「よく、リルちゃんを連れて行く気になりましたね」

「無論守るさ。だが、魔王と戦うことになった以上、甘いことは言ってられない。リルが強くなるのが少し遅れるだけで、国が滅ぶこともありえるからな」


 勇者と、魔王の戦いは、ゲームや漫画の中でけっこう見てきたけど、大体は王様的人物が勇者に魔王討伐を依頼して、後は特に支援はないのが殆どだったな。リルちゃんが勇者になったってことは、あまり知られてなさそうだけど、魔王が復活したって噂は、あの死竜の襲来でけっこう広まっていくんじゃないだろうか。

 それにしても。


「…魔王って、何が目的なんでしょう。封印されてたってことは、以前にもいたってことですよね」

「そうだな。六百年前は、同様に北の大陸に現れ、国を二つ支配したと聞いている。何が目的であるにせよ巨悪であることは確かだ」


 支配という単語に、僕は少し違和感を覚えた。人間を滅ぼして魔物の世界にしようとするのに、人間はとっておくのか。奴隷とか食料みたいにするのかもしれない。


「さて、では休もう。明日からは過酷だぞ」

「わかりました」


 そして、僕はテントに入り、寝転がる。魔物の唸り声は聞こえなかった。寝返りをうつリルちゃんや、外で見張るザイネロさんの衣擦れの音を聞きながら、眠りについた。ゴスロリで寝るのも、少し慣れた。




「よし、では入ろう」

「あの魔物はどこに行ったんでしょう…」

「不思議なこともあるもんだ…なんて楽観的には捉えられねぇが、ひとまず幸運だな」

「そうですね」


 入り口は、ピラミッド型の遺跡の正面、小さく開けられたそれは地下へと続いていた。奥には明かりは見えない。暗い階段のみが目視できる。


「内部の構造については、浅い知識しかない。今のうちに伝えておくぞ」


 ザイネロさん曰わく、階段を降りるとそこは広場のようになっており、幾つか先へ行く道があるという。大半の冒険者はそこを拠点として攻略に挑むらしい。


「明かり点けるぞ、『灯明キャンドル』。」


 ぽうと、先導する灯りに階段の先が照らされ、僕たちは降りていった。いくらかの湿気で苔が生えた階段を降りるのは、滑りそうで、まして今の僕はそういうことが起きやすいので、慎重に降りていく。


「…あっ、ここが広場…おお」


 しばらくして出ると、そこには明かりがあった。内部は壁や床が、敷き詰められたら石でできており、まさにピラミッドの内部といった感じだ。広さは縦横奥行き20メートルほどで、壁には大松のようなものがかけてあり、炎にしてはやけに明るい光でその広場を照らしている。


「さて、見れば分かると思うが、道は四つ続いている」


 見ると、仰々しい紋章のようなものが付いた扉が四つあった。


「ここのうち3つは、ある程度内容を把握している。私とリルでその中の最もアイテムに辿り着けそうな道を、エイドールとフェイで不明の道を進む。これがとりあえずの指針だ」

「四人一緒には行かないんですか?」

「如何せん道は狭いからな…四人だとむしろ動きづらいだろう。ここに出てくる魔物は私やフェイなら対応できる程度のレベルだ。連絡魔法を封じた水晶を持ってきているから、それで連絡を取り合おう」


 エイドールさんが、持っていた大きい袋から、幾つかの道具を取り出した。小さめの青い水晶が二つ、赤い木の実が四つである。


「じゃ、食っとくか」


 そして、水晶のうち一つを懐に入れ、木の実を一つ口に含んだ。続けて、ザイネロさんやリルちゃんも木の実を食べる。


「これは…?」

「…ん、ああ、知らないのか。排泄を止める木の実だよ。こういういつ魔物が襲ってくるか分からない所では、僅かな隙が命取りになるからな」


 素直に感動した。そんなすごいものが出てくるなんて、あの光る石といい、この異世界はなかなか驚かせてくれる。そう思いながら、僕も勇んで木の実を口に含む。意気揚々と。


「…!」


 水銀みたいな味がした気がした。食べたこと無いけど。 

 



「では、異常があったらすぐに知らせてくれ」


 そう言ってザイネロさん達は別の扉を進んでいった。ということで、僕とエイドールさんが二人きりだ。気まずいということは、流石にない。


「意外と、魔物いませんね」


 真っ直ぐの道が、ずっと続いている。この遺跡は地下が本体のようだが、かなり規模は大きいのではないだろうか。


「ここら辺は冒険者の出入り激しいからな。奥の方にはうじゃうじゃいると思うぜ」

「む、そうですか」


 しかし、改めて見てみると、エイドールさんはなかなか冒険者じみている。ノリは軽いが、常に周囲に気を配っているし、警戒している。回復役というのもしっくりくる人だ。


「…エイドールさんのこと、まだよく知りませんでしたね」

「おっ…そ、そうだな。えーと、何が知りたい?」

「ザイネロさんと知り合った経緯、とかですね」

「…ふむ、そうだな。俺が冒険者を始めたのが、今から十二年前、俺が十七の時だったかな」 


 二十九歳か、かなり若く見えるが、アラサーだったようだ。 


「その時、初めて所属したのがザイネロのいるパーティーだった。あいつは、群を抜いて戦闘が強くてな。パーティーでも一目置かれてた。そんで…まーそれ以来……色々あって、たまに冒険する仲になったんだ。うん、色々な」

「…色々、ですか」


 そこを聞きたいんだけど、なんだか言い渋っているようだ。どうしたのだろう。


「色々っていうのは…あー、ザイネロの腕については、詳しく聞いたか?」

「あ、はい。神の配下に、貸してるって」

「そうか、そこまで聞いてたなら、話してもいいな。ザイネロ・ペグーについて。多分、十年前、くらいか」


 エイドールさんは、遠くを見るように、話し始める。ミイラのような魔物が数体向かってきたが、僕の不幸とエイドールさんの強い光ですぐに崩れた。


「当時、あいつと俺が所属してたパーティーが、国と魔物の大規模な戦いに雇われたんだよ。その時俺はかなり大きめの怪我をしてて、参加できなかったんだけどな」


 さらに歩を進めながら、話も進む。


「俺は全て後から聞いたから、何が起こったのかは正確には分からないんだが、あいつは、その戦いの唯一の生存者なんだ」

「…え?」

「ああ、そうだよな。おかしいと思うだろう。どっちかの勢力が勝ったなら、その勢力の方には少なくともある程度の生存者がいるはずだ。だが、きっちり、きれいにどちらの勢力も、全滅していた。ザイネロ一人を残してな」


 それは…いったいどういうことなのだろう。両勢力が完全に互角だった、というのも考えづらいし、勝った後でその勢力の者達が自殺、もしくは何らかの要因で死んだというのも、考えづらい。


「とりあえず国や冒険者組合は、ザイネロの孤軍奮闘ということで片づけたんだ。それがあいつが殊位冒険者になったきっかけだった」

「その功績が讃えられた、ということですか」

「ああ…腕も、そのとき失ってたんだ。そして俺に、神の配下に貸した、とだけ言ってきた。その、神の配下ってのが何なのか分からないが、つまりあいつは、あの戦場でそいつに出会ったってことだ。そしてあいつ以外の全員が死ぬ何かが起きたと、俺は推測している」


 神の、配下。聞く限り人間に協力的なのか、脅威となるのかわからないが、ザイネロさんはその配下と契約し、力を得たのだと言っていた。


「なら、今はザイネロさんは何を目的に冒険を続けているんでしょうか」


 僕に昨日語ってくれたバイソラにきていた用件、それが明確に分からなかったため、聞いてみる。

 

「強くなることを目的としているのは確かだな。あいつがあれ以来、強さを渇望しているのは分かる。強くなって何がしたいのか、というのも、一つ心当たりがある」

「心当たり?」

「まあ、あんま確かじゃないんだけどよ」


 そうエイドールさんが前置きしたところで、僕は少し嫌な予感がした。何かが起きる予感が。しかし、歩む足は止まらない。


「酒の席で零した言葉なんだけどな。お前は強くなって何がしたいんだ、って聞いたときにあいつ、言ったんだよ」


 かちりと、足元で音がした。足元のスイッチのような何かが、押される感触がする。

 …おいおい、そんな古風な。


「神を、ころ」


 そして、足元に大穴が開いた。エイドールさんの言った言葉は、よく聞き取れなかった。

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