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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
22/82

UAG

「ウ」


 一瞬で、ウアグは距離を詰めてきた。

 その刹那ぎりぎり目で追えたのは、漆黒の拳を振りかぶるウアグと、ウアグの体の形が歪むほどの蹴り上げを炸裂させたザイネロさんだった。足が180度開脚する美しい蹴り上げだ。

 ウアグは、落下するようなスピードで天に打ち上げられる。どういう力で蹴ったらそうなるんだ。

 

「…流石に、強すぎるな。死力尽くしたら死ぬ」

「えっ」


 あれだけ蹴り上げたのに、と思ったが、どうやら蹴り上げた方の足に、かなりダメージを受けているようだ。そして、落下の勢いを殺さずウアグはこちらへ向かってくる。


「エイドールは私の補助。フェイは隙を見て例の魔法を頼む。リルも隙があれば攻撃してくれ。無理はするなよ」 

「おう!」

「はい!」

「分かりました」


 言い終わるや否や、隕石のようにウアグがザイネロさんに衝突する。

 

「らッ!」


 地面には大きな窪みができている。どうやらインパクトの瞬間、ザイネロさんがウアグの攻撃を地面に流していたようだ。

 そのままの勢いで、隙のできたウアグに蹴りを追撃しようとするが、ウアグの肩からもう一本の手が生え、足を掴まれ、地面に叩きつけられてしまう。紫色の髪が振り乱れる。体に損傷は見えないが、苦しそうな表情だ。

 助けねば。

 

「『100(ファンブル)』」


 ゴブリンに撃ったとき、つまり10では可視化されなかったが、今度は明確に黒い銃弾が僕の人差し指から発射された。ウアグの肘に当たる。

 ビキッという音と共に、ウアグがザイネロさんの脚を離した。


「ウクッ」


 そしてギョロリとこちらを見るウアグ。まずい、つい反射的に助けてしまったけど、もう少し距離とってからやるべきだった。4メートルぐらいか。腕っ節には毛ほども自信はないな…


「ウッ、ウクッグググ?」

「ん?」


 だが何かウアグの様子がおかしい。僕を見て、というか今のを食らって動揺している、ように見える。


「な…」

「フェイちゃんあぶねぇ!」




「────────────!!!」




 爆音と衝撃、一瞬で意識がブラックアウトした。

 目を覚ました僕の目に飛び込んできたのは、30メートルほど離れたところに立っているザイネロさんだった。辺りには黒い粘液のような物が飛び散っている。


「…これは、痛ッ」


 腰や節々に鈍い痛みがある。これ、ザイネロさんが移動したんじゃなく、僕が吹っ飛んだんだな。

 

「うぅ…」

「大丈夫か、フェイちゃん」


 どうやらエイドールさんが僕を守っていてくれたらしい。


「あ、ありがとうございます」


 僕の周りには、リルちゃんも立っていた。さほどダメージは受けていないようだが、同じく飛ばされていたようだ。


「二人とも、大丈夫ですか?」

「ああ、何が起こった?」

「いや、私もよく…とにかくザイネロさんを見るに戦いは終わったみたいですよ」

「そうだな」


 リルちゃんがたたっとザイネロさんに駆けていく。


「すみません、加勢すらままならなかったです!」

「……」

「へ? どうしたんですか?」


 慌てて僕達も近づく。こちらはこちらで、なんだ、様子がおかしいようだ。ザイネロさんはその場に硬直し、目を見開いたままだ。脚は紫色に染まっているが、内出血などではなく、むしろ明るい紫色の血液が凄まじい勢いで流れているように見える。


「どういう、ことだろう。何か心当たりはありますか、エイドールさん」

「んー、まぁ当たりはついてる。とりあえず回復系のやつをかけてくか」


 エイドールさんがザイネロさんに向かって手をかざす。


「『治癒再生リジェネレーション』『呪詛破壊カースブレイク』『解毒デトックス』『生気回復リゲインバイタリティ』」


 様々な色の光の玉がザイネロさんを覆っていく。すると、徐々に紫色が薄くなっていき、焦点の合っていなかった目も、生気を取り戻した。


「…ん、すまないな、エイドール」

「いいってことよ。それより、何がどうなったんだ?」

「あぁ、急速に力が上がったようだったからな。とりあえずお前達を遠ざけ、応戦したよ。剣では歯が立たなかっただろうからな。脚の反動が来ていたようだ」

「そういうことか」

「どういうことですか?」


 エイドールさんがザイネロさんの腰から剣を引き抜いた。赤い剣だ。フリジコルとの戦いで火柱を発生させていた。


「この剣は、ザイネロを制御するためのもんだ。脚を酷使しすぎないためにな。ザイネロは剣使ってた方が弱いんだよ」


 つまり、フリジコルと戦っていた時は、全力ではなかったということか。まぁ確かに、普通に考えて闘いづらい。それにしても、神の配下からもらった強さというのが、あの紫色の血液のことなのだとしたら、かなり危険そうだが大丈夫なのだろうか。


「私自身あまり力の制御に慣れていなくてな。今回は、剣でも使おうものならやられていた。しかし、思ったよりも、呆気なかったな」

「そうなんですか?」


 飛び散った黒い液体を見る。これが残骸か。


「ああ、予想外に早く決着が付いた。ウアグは再生能力や耐久力がに優れているはずなのだが…かなり損傷していたようだ」

「それは、運が良かったですね」


 ひょっとして誰かが関わっているのか。マイさんとかが道中会って戦ったのかもしれない。


「ああ、全くだ。さて、再出発かな。予想外の事故だが、私の消耗以外損失はない」

「よし、じゃあささっと行って帰ってこようぜ。いきなりウアグに会うなんて、不吉極まりねぇ」


 そして、馬車に乗って再出発する。また何かヤバいのが来るんじゃないかと警戒していたが、道中はあまり強い魔物には出会わなかった。だから、僕達は戦わず、リルちゃんの訓練の時間となった。


「リル、剣を振った後次の行動が遅れているぞ。常に攻撃の次を考えろ」

「はい!」


 僕からすれば、あんなに小さい女の子が剣を扱っていること自体がすごいと思うけど、やはりザイネロさんやマイさん、アネクドートの動きと比べると、どこかぎこちなさがある。

 リルちゃんはたった今倒したゴブリンの腹を割き、中から内臓器官を取り出した。グロい。


「えっと、肝に魔力が貯まってるんですよね」

「そうだ」


 かなり冒険者としての知識も豊富なようだ。相当ザイネロさんに仕込まれているらしい。ただの村娘が勇者になって魔王を倒すだなんて、一体何年かかるかと思っていたが、よく考えてみたら冒険者としてトップクラスのザイネロさんに教えてもらっているのだから、スタートラインは高い。


「覚えがいいな! リルちゃんは」

「あぁ、それは昔からだ。村娘をやっているのが不思議なくらい、体も頭も覚えが早い。なかなか、勇者に向いているのかもしれん」


 その後も、動く骸骨や大きな鳥、蛇、蛙など、様々なモンスターをリルちゃんが倒しながら、僕達は進んでいった。ザイネロさん曰く、魔物との遭遇頻度が高すぎるらしいのだが、それは恐らく不幸の仕業だろう。

 今は一旦馬車を止め、食事の時間となっている。


「いやー、ブレイズがあると火打ち石要らずだな」


 ザイネロさんの赤い剣で焚き火を作りつつ、エイドールさんが言う。ザイネロさんは少し哀れそうに調理に使われる自分の愛剣を眺めていた。


「あ、ゴブリンの肝美味しいですね! フェイさんもどうぞ!」

「いや、遠慮しておくよ…ほら、君が倒したんだから、君が食べてあげたら?」

「?」


 リルちゃんは心底分からなそうな顔をしつつも、焼いた肝をもちゃもちゃと食べる。

 僕も、そこらへんで取った鳥っぽい魔物の肉を食べる。味は普通に、鳥だ。調味料が欲しい気もするが、贅沢は言えまい。


「あ、そうだザイネロさん」

「何だ?」

「魔物の中にも、姿が人間に近いのっていますよね。ゴブリンとか」

「うむ、他にもコボルトやオーガも人間に近いな」

「そういう魔物を殺したり食べたりって、抵抗とかあるんですか?」

「いや、ないよ」


 端的に、そう答えた。その答えはエイドールさんやリルちゃんも、言わずもがなといった感じだ。

 うん、まぁそうだよな。

 むしろ、地球で、というか日本で現代を生きる僕たちの倫理観というもののほうが、異様といえば異様だろう。他の生物より、上に立ちすぎてしまって、距離感が掴めなくなっているんだ。


「ひょっとして、フェイの世界ではそういう感覚があるのか? だったら嫌な思いをさせてしまったな。すまない」

「いえ、まあ…大丈夫ですよ。そういえば、あとどのくらいで着くんですか?」

「もうすぐだと思う。だが、妙だな、強い魔物が殆どいない。ウアグに殺されたのかもしれないな」


 それは、怪我の功名というか、不幸中の幸いみたいで何とも僕らしい展開だ。

 

「まぁ一応遺跡の方に魔物がいないか見てみようぜ。『遠隔知覚リモートパーセプション』」


 エイドールさんがそう唱えると、エイドールさんの右目に魔法陣のような形のレンズが出来た。


「それは?」

「遠くの景色を見るための魔法だ。えーと、こっちの方角だよな…って、おい!?」

「どうした?」

「集まってやがる! 遺跡の入り口に大量に、色んな奴が!」


 エイドールさんが魔法で見えた視覚情報を僕らにも繋いでくれた。そこは、薄暗い森の中で、南米でよく見られるピラミッド型の遺跡が建っている。そしてその手前に、その魔物たちがいる。

 四本の首を持った蛇や、大きな翼を持った鳥など、今まで見かけていた魔物よりも一回りも二回りも大きく、獰猛そうなのが何匹もいる。


「うわ…これはすごいな」

「これは夜のうちに突入は難しいな。奴らの方が夜目が効くぜ」

「ああ、だが、それよりもだ。よく見てみろ。ヒュドラとヘルハウンドが同じ場所にいる」


 リルちゃんが器を持ちながら近づいてきた。


「それは、変ですね。競争関係にある種族同士が一緒にいることになります。それにこの様子だと、見張り、してるみたいです」

「つまり、既に中には何者かが侵入して、魔物達に命令したということになる。かなり強いぞ」  


 よく分からないが、殺すのと言うことを聞かせるのでは、要求される強さが違う、ということだろうか。


「『統制コントロール』か? いや、にしても様子が変な気もするが…」

「気にしても仕方ない。どちらにせよこいつらを倒し、中にいる者も退けなければならないからな。とにかく、今日は休息を取り、明日に備えよう」


 ザイネロさんに言われ、僕達は交代で休息を取ることになった。

 しかし、ここで僕はエイドールさんの小さな疑問を問い詰めるべきだったのだ。こと言うことを聞かせるということに関しては、フォークロアが専門であるということを、思い出すべきであったのだ。

 

 

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