発端
およそ30分前。日本のある限界集落に、一軒の家がポツンと建っていた。ポツンという表現を使うには如何せん大きすぎるその家には、四人の人間が住んでいる。
現在、リビングらしき場所にその四人は集合している。中央のテーブルを囲むように配置された四つのソファーで、それぞれが自由に過ごしている。
「ん……そこ取るか……オイ」
スラリと足の長い女性は、タブレットを操作してオセロに勤しんでいる。相手はおそらくコンピューターなのだろう。ベリーショートの銀髪を乱暴に掻きながら思考を巡らしている。
「ふぁ~」
一方、こちらで欠伸をかいて寝ているのは小さい女の子だ。白を基調とした水玉模様のパジャマ姿で何とも可愛らしいのだが、その長い髪はスカイブルー、レモンイエロー、ショッキングピンクと目が痛くなる極彩色で彩られている。
「……」
「……」
あとは無言でゲームをしているマイさんと漫画を読んでいる僕の二人だ。
この奇妙なシェアハウスは、僕達がしたくてやっているわけではない。その説明のためにもまず、僕達が『何』なのかの説明に入らなければならないだろう。
『神運の四人』、各々は、アネクドート、フォークロア、ミソロジー、フェイブルと呼ばれている。この呼び名は自分達で決めたわけではないが、気に入って使っている。フェイブルこと僕にも祝島幸利というちゃんとした名前があるのだが、最近は呼ばれた記憶がない。他の三人の本名も知らない(ちなみにマイさんという呼び名はmythologyの頭二文字を取っている)。
今、僕達は世界人類から恐れられている。絶対的に力が強いわけでも、頭が良いわけでもない。テロリストでもないし革命家でもない。ただ、運が良すぎるだけの四人だ。
僕は少し例外なのだが、他の三人はそれはもう、居るだけで周囲に多大な影響を及ぼす程に運が良い。生まれてこの方信号に止められたことはないし、怪我も病気もない。宝くじでも買おうものなら必ず一等賞だ。極めつけに、内戦地帯に入ったら、銃弾が一発も当たらないとかいう次元ではなく、踏み込んだ瞬間内戦が終了したという話もある。
その三人が、それぞれの理想と思想を持って始めた『争い』は、僕を、いや世界を強引に巻き込み大混乱を招いた。あの事件は今思い出しただけでも頭痛でのた打ち回れる程だ。
そして、その『争い』が僕の尽力の結果一応終結し、今に至る。全核保有国家が核を撃ち尽くした等の混乱は世界に多大な損失を及ぼした。最終的に、世界の偉い人達の話し合いで、僕達は日本の片田舎に暮らすことになった。要するに「何もしないで大人しくしててくださいお願いだから」ということだ。まぁ、妥当なところだろう。なにせ例えどんな戦力を以てしても、僕達には銃弾一発すら当たらないのだから。
と、回想に耽っていると、フォークロアが何か言いたげな目でこちらを見つめていることに気がついた。
「フェイィ、なんか面白いことしなさい」
気の抜けた声で無茶ぶりが飛んでくる。新入社員歓迎会のようだ。いや、確かにこの四人の中では一番僕が新人なんだけど。
「え……じゃあアメノウズメ踊りでもしようか」
「なによそれ」
「ジャパニーズエンシェントストリップダンス」
「うわぁ……クレイジージャパン……」
このやり取りから分かるだろうが(分かるか?)、正直暇だ。欲しいものは言えば届けてくれるが、外出が許可されているのは100メートル圏内(草原しかない)。初めの一ヶ月こそはゲームしては草原を駆け巡っての繰り返しだったが、もう全員飽きた。端から見れば美女美少女美幼女に囲まれあらゆる性癖をカバーしたうらやまけしからん空間に見えるだろう。でも、この人達とは本当に、本当に色々あり過ぎて、そんな目では見れないのだ。
「暇だ」
オセロの試合は終了したのだろう。アネクドートが分かりきったことを言い出した。
「何を今さら」
「耐えられん、なんとかしよう」
「なんとかって……」
凄く不安な発言だ。今までアネクドートがなんとかしようと言ってなんとかならなかったことがない。少なくとも人類を脅かすことは確かだ。
「ちゃんと決めたじゃないか。もうヒトを許すって」
「それとこれとは話が別だ……まぁ聞きな。確かに我らは人類や地球に迷惑をかけたし、かけられたけど許した。だがな、やはり我らは人類の手に余っている。だからこんな風に遠回しに封殺されている」
「じゃーどうするの?」
フォークロアが気の抜けた声で入ってきた。
「別の世界に行くとか~? わたし達がいても問題ないくらいの。……なんてね、アハ、フィクションとかファンタジーじゃあるまいし」
「いや、その通りだ」
「……どういうこと~? ドラッグでもキメちゃうってわけ?」
「違うよ、クロア。文字通り、異世界に行く」
フォークロアとアネクドートの会話が有り得ない方向に飛び始めた。さっとマイさんを見た。僕一人では手に負えないと思ったためだ。しかしマイさんが送ってきたアイコンタクトは──『面白そうなので傍観』。
「考えてもみろ、我らが悪いのか? いいや違う。許容できない人類、ひいてはこの世界が悪い。だったら、もっとちゃんとした、異世界に行けばいいじゃないか」
「ちょ、ちょっとごめん、アネク、さっきから異世界異世界言ってるけど、行く方法にアテはあるのか?」
「無きゃ言わんさ。といっても、方法という程大したものでもない。我々全員が異世界に行きたいと思うだけでいい。あらゆる可能性は、0ではないのだから、な。何度も言ったろう、幸運ってのはな、現象を引き寄せる力なんだよ」
ここで、ようやくアネクドートの考えが理解できてきた。つまり、何らかの要因で異世界への扉が開くという偶然を、僕達の運を最大限利用して引き寄せようということか。一般論から言えば荒唐無稽だが、この場合はそうでもない。なぜなら、僕達は似たようなことを、一度成功させているのだから。
「面白そうですね。協力します」
そう言ってマイさんはゲームを置いて目を閉じた。
「え~アホらしい~」
「何だ、怖いのか?」
「そ、そんなわけないでしょ~」
フォークロアもアネクドートの口車にのせられて目を閉じる。そしてアネクドートが目を閉じたのを確認した後、僕も目を閉じた。
「よし、じゃあせーのでいくぞ。せ」
そして言い終わる前に、僕達を落下する感覚が襲った。