魔法 《side anecdote》
「まず魔法の体系が確立されたのが今から2400年前、魔法の祖とされるヅプレ・イヅクレが世界に存在するおよそ九割の魔法を解明し、命名、分類したと言われています」
「ほぉ、九割ねぇ…。つーかまず前提として、魔法っていうのは具体的に何を指す言葉なんだ?」
「魔の神ドロソフィアと法の神パフの共同製作物というのが有力な説ですね。この世界の至る所にある魔力を媒介としてあらゆる現象を引き起こすものです」
「…気象もか?」
「えぇ、この世界の気象も、魔法の一種だと言われています」
アネクドートは顔をしかめる。自分の本分を取られたから、ではない。自分がどうやらあらゆる魔法を使えてしまうようだ、ということを確信してしまったからだ。
(このままいったらあと百年ぐらいで死ねるかと楽観的に思っていたが…無理そうだな)
「…? どうかしましたか?」
「いや、何でもない。ところで、我が心配するのもなんだが、あいつらほったらかしにしていいのか?」
アネクドートは先ほどの面々を思い出す。特にヤイハのことを。
「あー、あの人達自分の知識欲に歯止めは聞かないですけどせっかちではありませんから。ちょっとくらい話してても問題ないです」
「そうか。えーとじゃあそうだな…根本的な質問だが、魔力ってなんだ?」
その質問を受け、ミャージッカの表情が僅かに曇ったことにアネクドートは気づいた。
「魔力は…正直なところ、まだ正確に解明できてはいませんね。極小の粒なのか、はたまた光のようなものなのか…そうなんですよ! そこが困ってるんです!」
そして、くわっとミャージッカが表情を変えた。ミャージッカと出会ってから初めて怒るミャージッカを見て、アネクドートはぎょっとする。本当に長い間不満に思っていたようだ。
「皆魔法の利便性や応用ばかり考えて、より厳密な魔法の構造についての究明を怠っているんです! 魔力なんて神からの恩恵って言葉で片付けている人もいるし…いえ、たしかに上下水道の整備や汚物の処理、作物の育成、魔物への対抗手段等、魔法の発展は火急な課題を解決するためにそちらが優先されていたのは分かります。ですがそろそろ、もっと私達は魔法について知らなければならない時期だと思うんですよ! でも王宮の貴族達は自分達の利益ばかり考えて本質的な学問としての魔法なんてまるで興味がない…だから私達『十聡会』はこうしてひっそりと研究するしか…あ、すみません…」
ミャージッカがかなりの勢いで喋り倒すが、アネクドートは嫌な顔をせず聞いている。むしろ興味深そうにしている。というのも、アネクドートにとって今の話はかなり興味深いものであったからだ。
(そうか…当然といえば当然だが、優先されるのは生活の根幹に関わる魔法なんだな。まだこの世界の文明は…まぁ街の様子から察していたが、その程度の段階にいるということか)
「いや、気にするな。興味深かった。さっきの奴らもお前も、十聡会とかいう団体なのか?」
「あ…はい、そうです。性別、種族、年齢を問わず優秀な者だけで構成された集団です。表向きはより生活を豊かにする魔法の開発という建前ですが、基本的に魔法そのものの解明が主たる目的ですね」
「ほう、なるほど。面白いな…税金をもらいつつ自分の知識欲に没頭する我らの世界の科学者そっくりだ」
「は、はぁ…?」
アネクドートは再び「気にするな」と言いつつ、少し考える。次に何を質問すべきか。そして1つのことに気がついた。
「魔法を使える奴と使えない奴の違いはなんだ? 魔法が分類されてるってことはその存在自体については誰でも知れるんだろ?」
「そうですね、理由としては2つ。1つはその魔法の構造を頭の中で理解し処理できないこと、もう1つは単純な魔力不足です」
「魔力不足ってのはなんだ? 世界に魔力は溢れてんだろ?」
「あ、すみません。それについての説明が抜けてました。生物の中に存在する魔力と、自然界に存在する魔力には根本的に違いがあります。生物の中の魔力は、自然界にある魔力に『指令』を出し、現象を引き起こすために使われるんです」
「なるほど。その生物内の魔力には許容量が個別にあるということか」
「はい。多くは血脈で決定しますね。ですから魔術師の子は魔術師になることが多いです」
「ほう」
血脈、という言葉にアネクドートは期待する。血脈ということは、即ち遺伝だ。この世界にも独自の遺伝系統があるのかと思うと、いち学者として好奇心がくすぐられる。
(遺伝による知能の継承も一役買っていそうだな)
「よし。我としては大体理解できた。まだ説明するべきことはあるか?」
「ええと、後は分類体系についてですかね。魔法は大きく分けて8系統に分類されています。水、火、雷、風、命、無、光、闇の8系統です。さらにそこから、先ほども説明したようにその魔法の危険度や習得難易度から、甲乙丙丁に分類されます」
「…無ってなんだ?」
ミャージッカは手を広げ、「『自由創製』」と唱えた。すると、何も無かった空間に突如として球形の何かが現れた。見たところ材質は金属で出来ているようである。
「属性的要素を持たない魔法ですね。このような『自由創製』や『空間転移』、『裁先端』などがこれに分類されます」
「ふむ。ちょっとそれ見せてくれ」
アネクドートはミャージッカが作り出した球を手に取ってみる。重さは約500グラム、直径は約10センチほどだ。質感と色、そして密度などからアネクドートは銀製であると推測する。
「この魔法の構造はどんなもんなんだ?」
「『自由創製』は丁級の無属性魔法で、魔力を物質に変化させ形作る魔法です。必要な知識はその物質と作りたい形状です。後は如何にしてそれを鮮明に頭に思い浮かべるかですね。ここは経験や直感が大きく左右します」
「ふぅん……なるほど、そうだな。いいことを思いついた」
「おお、何でしょうか?」
「いや、今から我の説明をしようと思ってな。何故魔力を持たない魔法を我が使えるのか」
「あ、是非! よろしくお願いします!」
そしてアネクドートは、机の前に立った。先ほどミャージッカが行った魔法を見よう見まねでやってみる。
「『自由創製』」
すると、大量のブロックが現れ、机の上にガラガラと落ちてけたたましい音を立てた。ミャージッカはそのブロックを見る。一辺5センチほどの立方体で、一つの面にそれぞれ『あ』や『な』などの平仮名が彫られている。ミャージッカは一つを手に取り、驚愕した。それの彫りが精細なこと、そしてそれが木製であることに。
(私でさえ木の創造は難しいのに、それを話を聞いただけで再現した…!?)
「その言葉は読めるよな? ヰ(yi)、ヱ(ye)、ゐ(wi)、ゑ(we)、を(wo)。いとえとおとは違う発音だって分かるな?」
「あ…は、はい」
「よし、じゃあそこに五十音順で50個並んでるその文字ブロックを、我に見えないように並び替えてみろ。我は後ろ向いて耳塞いでるから」
そう言ってアネクドートは後ろを向いた。目的が分からず、とりあえずぐちゃぐちゃに並び替えてみる。並び替えながら、アネクドートの言ったことの一つが気になった。
(耳を塞がないと、どういう風に並べたか分かるってことなのだろうか。そうだとすれば、人間の範囲を大きく逸脱しているが…)
「はい、並べ終わりました…ってああ、聞こえないのか」
肩をトンと叩くと、アネクドートは振り向いた。
「並べ終わりましたよ」
「お、そうか。じゃあお前は文字が見えるところに居てくれ」
「わかりました」
そしてミャージッカが文字の見える位置、アネクドートが文字の見えない位置に立つ。一呼吸置いた後、アネクドートが口を開いた。
「…なヱねさほふやたにこえきおゐらるんまひしそのくろあみむをいつりヰねけすうゑてへれちよもふめかせとはぬりゆわか、だろ?」
「………はい、そうです。…!?」
「よし、では計算だ。50個の異なる物を無作為に並べた物を全て言い当てられる可能性は何分の一?」
「えっ、ええと…」
ミャージッカは紙と羽ペンを取り出し、すらすらと数字を書いていく。その様子をアネクドートは見る。
(さて、数学はどの程度に発達しているのか。階乗自体は12世紀ぐらいからあったはずだよな…)
しかし、ミャージッカが紙に書いたのは数式ではなく、回答だった。この計算スピードにはアネクドートもかなり驚いた。コンピューター並である。
「このぐらい…ですね」
「ふむ…正解だ」
そこには、304140932017113378043612608166064768844377641568960512000000000000分の1と書かれている。
「さて、ここから分かるように、我は途轍もなく運がよい。この程度の『高確率』ならば、幾らでも成功させられるだろう」
「運…ですか」
「そうだ。絶対的な幸運。幸運ってのは現象を引き寄せる力、思い通りの展開にする力、脅威を弾く力、世界に保護されるための力…様々な見解があるが、ここは最後の見解を使おう。我は、世界、ないしは神のようなものに接待されている。そういうことだ」
ミャージッカの頭に大量の疑問符が浮かんだ。
「え…っと、それと魔法にどういう関係が…」
「本来は気象なんだが…とにかく、我は気象を気に入っている。起きて欲しいときに起きて欲しいし、見たいときに見たい。もし我が起きて欲しいときに起きなかったりしたら、我は気分を著しく害するだろう。かなりヘコむ。だから、世界は、我の機嫌を取るために、必ず気象を起こすのだ」
がらっと窓を開け、アネクドートがくいくいと手を招いた。途端に風が部屋へと吹き込む。
「こういうことだ。この世界の気象は魔法現象と同じなんだろ? だから応用が効いたってことだ」
「な、なるほど……?」
「悪いな、元々運自体が曖昧な概念だからよ。説明もふわふわしちまうんだ」
「いえ、何となくは、分かりました。何だか不思議な気分ですね…」
と、説明が一段落したところで、プルプルという電子音のようなものが、ミャージッカの懐から鳴った。ミャージッカが何かに気づいたように慌ててそれを取り出す。それは小さい水晶のようなものだ。
「しまった! ヴェグエ抹殺任務の報告忘れてた! すみませんアネクドートさん、1日ほど離れますので皆と話したりしててください!」
「おう、いってこい」
慌てて窓から飛び出していくミャージッカを見送り、アネクドートは、はあと溜め息をついた。
「…で、いつまでこそこそ聞いてるつもりだ?」
指をぱちんと鳴らす。すると扉が勢いよく開き、五人の人がなだれ込んできた。アネクドートが先ほど避けた十聡会の面々だ。
「す、すまない、盗み聞きする気は無かったんだが…」
「どうしても気になっちゃって…」
「滅茶苦茶せっかちじゃねえか…まぁいいや。今の聞いてたんだろ?」
「ああ、実に興味深かった」
アネクドートは申し訳無さそうに立ち上がるその五人、その中の金髪の耳の尖った女性、ヤイハをちらっと見る。
(さて、手の内は半分ほど晒したぞ。どう出る?)
「じゃあ、聞きたいことがあるよな? こっちもある。つーことで一人一人の質問タイムに入るから、一回その金髪の奴以外出ていってくれ」
「え? 私ですか?」
「分かった。ではその間我々は質問を練っていようか」
四人がすたすたと出て行き、部屋にはアネクドートとヤイハのみが残された。ヤイハはまだ状況がよく理解できていない、という顔をしている。
「さて…」
ひょいひょいひょいっと先ほどミャージッカが並べたブロックの中から3つ取り、ヤイハに見せないように並べる。
「適当に三文字、言ってみてくれ」
「あ、それ、先ほどやられていた遊びですよね」
「おう。そうだよ」
「ええと…持っているのを当てればよいのですね」
うーん、とヤイハが頭をひねる。アネクドートが取ったブロックは、『ふ』『あ』『ゆ』である。
「じゃあ…そうですね、『い』『あ』『む』で!」
「おっ、惜しいな、一文字正解だよ」
「あら、残念ですねー。でもあなた様のような強運な方のを1文字当てれただけでも御の字です」
そして、ヤイハは何気ない質問をしてくる。どこから来たのか、ミャージッカと知り合ったのは何故か、などである。それにアネクドートは当たり障りのない事実を述べながら、確信した。
(こいつは…我らみたいな『何か』だ)
もし、ヤイハがアネクドートの持っているブロックを当てられるほどの運を持っていたとしたら、まずその者にはその文字が頭に浮かぶはずだ。だから、質問を作った。
ふあゆ。
つまり、Who are you?である。
そして、ヤイハは答えた。『い』『あ』『む』と。
いあむ。ローマ字にすればIAMU。
つまり、I am you、である。




