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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
17/82

興奮 《side anecdote》

 場面は、日本の家に戻る。現在最低限の家具が置かれたリビングには、二人の人間が立っている。


「まさか足元に来るとはな」


 一人は身長180㎝ほどの女性。白無地のTシャツにタイトなジーンズを履きこなしている。その顔は凛々しく美しく、銀髪が日光に照らされて煌めいている。


「ええ、驚きました」


 もう一人は身長は160㎝ほど、黒いジャージに身を包んだ黒髪のポニーテールの少女である。銀髪の女性とは対照的に、女性的な美しい顔立ちである。

 部屋の中心。四つのソファーと、テーブルがあったそこには巨大な穴が存在している。穴というよりは、黒。あらゆる物を飲み込みそうなそれは、窓からさす日光にも照らされない。


「フェイ、クロアは落ちたか。まぁ、落ちていいんだろうけどよ」

「流石に足元に穴が開いたら反射的に避けてしまいますね」


 ミソロジーは玄関に向かい、黒のスニーカーを持ってきて履いた。アネクドートも適当に庭へと通じる窓からサンダルを取ってくる。


「クロアは習慣的に履いてたからいいが、フェイあいつ裸足だよな」

「まぁあちらで用意しましょう。どういう所かは分かりませんが」

「我の想像通りだったらありがたいね」


 そして、二人はその穴に飛び込む。

 ぎゅうっという引き伸ばされる感覚、下に落ちてるのか横に落ちてるのか上に落ちてるのか分からない奇妙な感覚。アネクドートは自分の心拍数が上がっていくのを感じた。久しぶりにワクワクしているのだ。

  




「よっ」


 しばらくの浮遊感の後、地面に降り立った。徐々にぼんやりしていた五感がはっきりとしてくる。ざわざわという人々の声、肌で感じる妙な空気の流れ、嗅いだことのない奇妙な臭い。アネクドートは自分が今いる状況を理解できずにいた。

 

「ハハハハ! 一足遅かったな。預言は現実のモノとなった! ここに、災厄が召喚されたのだ!」


 アネクドートの傍らには、黒地に紫色の刺繍が施されたローブを着ている男がいた。目は血走り、手には大きな本と奇妙な杖が握られている。どうやらここは森の中に作られた広場のような場所で、アネクドートは現在魔法陣の中心にいるようだ。空は、黒々とした暗雲に包まれている。


「あ…あれが…法華卿の預言にあった『肆災』の一つ…」

「何という…美しさだ…」


 そして少し離れたところでは、相当な数の人がアネクドートを見ている。20人ほどだろうか。全員がファンタジー系のゲームに出てくるような装備、鎧やローブなどを着込んでいる。


「さぁ行け! この世界に破壊と終焉を齎すのだ!」

「…あ?」


 ざわっと周囲の空気が凍り付く。文字通りの意味でだ。先ほどまて森特有の生暖かさがあったアネクドートの周辺の気温は、急速に低下した。


「何言ってんだ、お前」


 ぎろり、と男を睨みつける。美しく凛々しい顔がその剣幕をさらに際立て、男の足が竦む。男は慌てて杖をアネクドートへと向ける。


「そ、操作呪文が必要だったのか…はは、こ、『統制コントロール』!」


 バチっという音がして、短い電流がアネクドートを襲った。しかし、アネクドートは気にする素振りすら見せずズカズカとサンダルを踏み鳴らし男に詰め寄る。


「き、効かないか、それもそうだな、世界を破壊しうる災厄なのだからな。よし、『全生物統パーフェクトコントロ

「うるさい」


 その場に居る者が全員見とれるほど綺麗な右ストレートを、アネクドートは男にお見舞いした。地球の人類の中では、運動能力においてアネクドートの右に出る者はいない。その右ストレートを食らった男は、地面に叩きつけられ、意識を失った。


「我の華々しい異世界デビューを邪魔するんじゃない…ん、あれも邪魔だな」


 蚊でも払うかのような素振りを見せると、立ちこめていた暗雲が、まるでアネクドートに気でも使うかのように裂けていき消えた。そして、快い日の光が辺りを照らす。


「んーっ…」


 のびーっと背筋を伸ばし、その光を浴びてアネクドートは大きく深呼吸をした。日本も味わえなかった澄んだ空気が、アネクドートの肺を満たす。


「はぁー…なかなか良い世界だ。んで」


 ちらっとアネクドートは自分を怯えた目で見つめる集団を見やった。その集団はアネクドートがこちらを見た途端一様に武器を構える。


「お前ら、何なの?」

「き…貴様こそ、何だ」


 集団の中の男が恐る恐るアネクドートに尋ねた。


「答える義理は無いな。無理矢理聞き出してみろよ」


 と、戦闘してみたいが故に煽ってみるアネクドートだが、何となくの察しは付いている。伊達に異世界を提案してはいない。


(おおかた何らかの魔術的召喚の儀式に巻き込まれたんだろう。あの我がぶん殴ったひょろい男が魔術師か。で、目の前のこいつらはそれを阻止するべく派遣された戦士…冒険者? まぁそんなとこだろ)


「どうする…戦う必要はあるのか…?」

「いや、あいつが本当に『肆災』ならば、討伐すれば多大な報酬が出るはずだ。やろう」


 じりじりと5人が前に出てきた。他の者達は様子を見ている。その5人は全て鎧を着込んでおり、斧や剣、槍、棍、メイスなどそれぞれが大きな武器を持っている。アネクドートはそれを興味深そうに眺める。


「よし、人型用のでいくぞ」


 そして、呼吸を合わせて五人が同時に攻撃する。対人型用に編み出したフォーメーションである。どの方向に相手が回避行動を取ろうとも、必ず攻撃は当たる。手で武器を掴もうとも、全ての武器を制することはできない。全ての攻撃一つ一つは次の攻撃へと繋がり、相手に反撃の隙を与えない。人型の魔物でこれを凌いだ者はいなかった。

 しかし。


「…な」

「馬鹿な」

「いや…馬鹿だろ、お前ら」


 アネクドートが対応したのは3つ。向かってきた剣と斧を、両手で強烈に弾く。弾かれた剣と斧は、槍と棍に当たり、その軌道を逸らした。アネクドートはそれによって出来た隙間をぬってメイスを持った者の懐に潜り込み、向かってくるメイスを奪う。

 そして、五人の後ろに回り込んだ。


「ほい」


 がんがんがんがんがん、と間髪入れずにそのメイスで全員の頭を叩く。少し前までのアネクドートなら殺すところだったが、今のアネクドートは脳震盪を起こし気絶する程度に収めて叩く。男達は、その場にどさっと倒れ込み、動かなくなった。


「さて、どうする?」


 にやっと笑って残りの者達を見る。残った者達は今の動きを見て確信した。この人間らしき者は、恐らく殊位の冒険者か、それに匹敵する魔物であると。じりじりと後退し、ある程度距離を取ったところで一目散に駆け出した。

 後には、アネクドートの仕留めた六人の男しか残っていない。アネクドートは一呼吸置いて、思考に入る。


「…幸運発揮される程度の相手でも無かったのか。いやまぁ、当たりどころとかは神がかり的幸運補正がかかってるかもしれんが…あ」


 アネクドートは手をぱたぱたと扇いだ。すると、どこからともなくひゅうっと風が吹く。


「最大幸福は…まぁさっきもやったが使えるよな。だから、こっちでも我は幸運か」


 ホッとしたようなガッカリしたようなよく分からない感情になりながら、アネクドートは周りを見渡す。周囲半径20メートルほどは、草のみのギャップ(森林の中で木が倒れたり枯死したりして形成される広場)のようなものである。四本、四角を描くように魔術師の男が持っている杖のような物が刺されている。


「召還されたってとこだよな。我一人か。散り散りになってしまったな…まぁすぐに合流できるだろうが」


 アネクドートはとりあえず、色々と調べてみることにした。まず、自分の足元でのびている男達の一人の鎧を剥がす。


「軽いな、青銅や鉄とは違う。しかし固かったな。さっき叩いた感じだと。作りは…ほぼ中世ヨーロッパの物か」


 さらに、男の腕を触る。脈拍や筋肉の質、皮膚の具合などから何かが分からないかを確かめる。


「ん…ちょっと筋肉変だな。固いっつうか…しなやか…違うな…何だこれ。あぁ、皮もちょっと…強度あるな」


 それ以外には特に気になる点はなく、アネクドートは興味を魔術師の男に移す。男に近寄り、体を弄る。痩せ型、というかがりがりで、顔も痩けている。アネクドートのストレートが相当効いたらしく、目を覚ます様子はない。


「これは…杖か。何製だ。黒檀っぽいな」


 ぶん、ぶんと振り回してみる。かなりの重さだがアネクドートは難なく扱うことができるようだ。

 次いで、アネクドートは本を手に取った。何か動物の皮らしき物で装丁されたものだ。かなり厚い。パラパラっと捲ってみると、そこには日本語で様々な文が記されていた。漢字数文字にカタカナでルビがふられ、その下に説明、という項が幾つもある。


「こっちはひょっとすると、魔導書か? いいねぇ、たぎるたぎる」

 

 様々な物を観察し、考察をしていくアネクドート。現在アネクドートは左手に杖を持ち、右手に杖を持つ。そんな状態のアネクドートの前に、突如として何者かが現れた。


「あ?」


 空間の揺らぎとともに、一人の少女が現れた。黄緑色の毛髪、胸に幾つもの×印の刺繍が縦に施されたオレンジ色のローブを纏っている。その少女は、感情のこもっていない目でのびている男達を見る。


「…あれだけ息巻いていたのに…使えないな」


 そして、アネクドートを敵意に満ちた目で見る。


「貴様が、ヴェグエか。女だったとはね」

「…おっと! ちょっと待て!」


 アネクドートはその言葉をその少女にではなく、天に向かって叫んだ。突然の奇行に少女は怪訝な顔をする。 


「やめろよ。勘違いや人違いが解ける幸運は、我にとって幸運じゃねえ。今の幸運は、この訳わかんねー展開を我の手で攻略していくことだ」

「何を…」

「まぁまぁ、気にするな。我はヴェグエだ。お前は?」

「…ミャージッカ。ミャージッカ・マグルル・ルルムだ」

「へぇ…良い名前だ」


 その名前を聞くと、アネクドートはミャージッカへと近づく。異様なプレッシャーを感じ、ミャージッカは自分の周囲に幾層にも防壁魔法を発動させる。その僅かに手前で、アネクドートは足を止めた。


(防壁魔法に、気づいた?)   


「いいね。自尊心に溢れた顔をしている。寵愛したくなるな」

「…軽口を叩けるのも今のうちだ。貴様が犯した罪は死で償ってもらうよ」


 ミャージッカが何かを呟くと、ゴウッと凄まじい音がして、何かが木々を揺らしてこちらへ向かってくる。次の瞬間、アネクドートにその見えない何かが直撃する。


「むっ」 


 それは、風だった。質量を感じる程の暴風。アネクドートは足に力を込めて耐える。ずり、ずりと地面にサンダルがめり込み、土と草の感触が足から伝わってくる。


「おい、ちょっと待てよ。これは…我が攻撃されたってことでいいのか? これは…」


 ざっと目の前に手を出す。すると、アネクドートの背後、すなわち追い風が同じ程度の勢いで吹いた。風と風が衝突し、土が抉れ木が薙ぎ倒される。さらにアネクドートの背後の空には、徐々に巨大な雨雲が形成されていく。遠雷が鳴り響いた。


「面白い! 蹂躙してやるぞ小娘ェ!」


 荒々しい声で啖呵をきる。それは、興奮が最高潮に達したときの声だ。アネクドートは久しぶりに楽しいと思った。ミソロジーやフォークロア、そしてフェイブルと殺し合った時のように、楽しいと心から思った。

 そして、ミャージッカの前に天災が立ちはだかる。

 アネクドート。

 本名、オリガ・イワノワ・ヴォディアノヴァ。

 今年で16歳になる、少女である。

 

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