民話(フォークロア) 《side folklore》
「ふーん…封印、ねぇ」
「そう、六百年前勇者に封印された」
「勇者もいるのね。まぁ、そりゃそっか」
「ところで、何故平然と食卓に混じっている」
現在、フォークロアはテーブルの空いた一席、バルニコルの隣りに座りステーキを食べている。アスタルトとは、向かい合っている。
「いいじゃない、別に。お腹空いたんだし」
「そういう問題じゃない」
「まぁまぁ、アスタルトさんここは抑えて! 食事終わった後色々聞きましょーや!」
「…陥落した、バルニコル」
バルニコルに言われ、アスタルトは仕方なく食事に戻った。アナトはぼんやりとフォークロアを見ながら、サラダを食んでいる。カリロエはステーキを食べ終え、パスタに手を伸ばした。三人同時に。
「ところで、これ誰作ってんの? バルニコル?」
「はは、俺がやったら炭しかできねーよ。呼ぶか?
グラ!」
「はい」
フォークロアが初めに入ってきた扉から、一人の男が食事が乗せられたワゴンを押しながら入ってきた。その相貌にフォークロアは驚く。人間よりも大きな黄色い目に縦長の瞳、緑色の鱗に肌は覆われており、鼻先は尖っている。食材の汚れのついたエプロンと毛髪のない頭に置かれたコック帽から、料理人ということは判断できる。
「お呼びで…その方は?」
「あー、まぁ客人、かな?」
「客人ではない」
「はぁ…?」
バルニコルの言葉を即座に否定するアスタルトを不思議そうにグラは見る。
「ねえ、あなた魚なの? 蛇なの?」
フォークロアがグラに話しかけた。
「…蛇人です」
蛇人、という単語にフォークロアは首を傾げる。リザードマンとは違うのだろうか、と。蛇人はリザードマンよりも高い知能と文化を持った上位種なのだが、フォークロアは種族については詳しく聞かなかった。
どちらにせよ、この城に来てから漸くモンスターらしいモンスターが来たのでフォークロアは満足げだ。
「私フォークロア。これ美味しいわね、何の肉?」
「極地トニリです。昨晩わたくしが仕留めて参りました」
「へー…極地トニリね」
味は、以前フォークロアが親に連れられて食べたやたらと高級な豚肉を思い出す。脂がしつこくない。肉の繊維が柔らかく非常に食べやすい。味付けが塩のみというのも好感が持てた。
「あんたが、番外?」
「いや、こいつは『八名とその他』のその他だ。料理長グラ・グラル・ラ」
「よろしくお願いします」
「よろしくー」
そして、フォークロアはグラの料理を堪能した。地球に居たときよりも刺激的な味が多い気がしたが、美味ではあった。
「さて、じゃあ色々聞かせてもらうぜ、フォークロア」
食事が終わった後、質問責めが始まる。
「いいわよ」
「まず、お前はどこから来たんだ?」
「こことは別の世界。この世界に来たのは四時間前ぐらいじゃないかしら」
別世界の者である、という文言に魔王軍の者達は驚く。確かに、こんな風に魔王軍を制圧できる者が冒険者などの人間陣営にいるとは考えづらい。しかし、ここにいるフォークロア以外の者はかなり長い時間を生きてきたというのに、別世界の存在など聞いたことも無かった。
「別の世界、気になるな」
「あー、まぁシケてるわ。私たちはあの世界に飽きたからここに来たわけだし、大したこと無いわよ」
「私たち?」
「お前、仲間がいるのか?」
「お前みたいなのが、他にもいるのか?」
カリロエが矢継ぎ早にフォークロアに問う。
「そうよ、あと三人。会いたいなぁ、今すぐ」
「一緒には来なかったのか?」
「なんか、はぐれちゃって。きっと皆今頃私を探してると思うんだけど」
「へー、大変だな。どんな…」
「そんなことは、どうでもいい」
アスタルトが会話を止めた。
「…お前、私たちに何をした」
そして、 アスタルトが最も引っかかっていたことを聞いた。明らかに先ほどから異常としか思えない様々なことを、全員が若干受け入れ始めていることが、アスタルトの不安感を煽った。
「私は何もしていない」
フォークロアはナイフに付いた肉汁を舌で舐めとりながら、どうでも良さそうにそう答えた。
「ただ、私があまりにも運がいいから、あなた達がたまたまそういう気分で、私を許容しただけ。たまたま予感がして、悪寒がして、虫に知らされて、行動を止めただけ」
情動も、現象である。
『人形劇作家』、『アービトラリィ・オペラグラス』などと呼ばれるフォークロアの最大幸福。起こす現象は、『情動』、そしてそれに伴う『行動』である。直感、不安、気まぐれ、錯覚、動揺、集団心理、傍観者効果など、あらゆる心理的現象がフォークロアの望んだ通りに起こる。結果として、どんなに確率が低い行動も、普通はしないことも、気まぐれや『魔が刺す』などして、してしまうのだ。
「発動条件は…まぁあって無いようなものなんだけど。一応私の発した音が届いたタイミングにしてるわ。例えば…挙手」
舐めとって綺麗になったナイフで、フォークロアが皿を叩いた。カシャンという鋭い音がする。その場にいた全員が、静かに手を挙げた。
「!」
「こんな感じよ。だから私はあなた達を好き放題できるけど…まぁ今の所は、しないわ。あなた達、人間じゃないみたいだし」
「…あら、人間は嫌いなの?」
初めて、アナトがフォークロアへ語りかけた。
「別に。嫌いって、好きの一種でしょ。人間は、本当にどうでもいい。心底気にならない。あなた達はけっこう気になるわ」
そして、がたっと席を立つと、キョロキョロと部屋を見渡した。
「ん? どうした?」
「お風呂」
「ああ、それなら…」
「いや、大丈夫よ。アスタルトに案内させるから」
心底嫌そうな顔をするアスタルトの顔を、フォークロアが覗き込む。
「断る。何故私が」
「あなたが一番反抗的だからよ。ついでに一緒に入るわよ。ほら、立って案内しなさい」
「ぐぐぐ…」
顔は反抗しつつも、足はしぶしぶと風呂場へ向かっていった。フォークロアもその後に続いていく。心なしか楽しそうである。
後に残されたのは、アスタルトを除く全員である。しばらく黙り込んだ後、アナトが口を開く。
「…似てるわ」
続いて、全員が同意する。
「似てるな」
「似ています」
「確かにあの娘は」
「酷似している」
「魔王様に」
能天気で横暴な振る舞い。歯に衣着せぬ物言い。理不尽な強さ。そして、アスタルトとのやり取り。フォークロアが幸運を使わなくとも、彼らは彼女を受け入れていたかもしれない。それぐらい、ベールゼヴヴを彷彿とさせていた。
「あいつは、もうすぐ戻ってくるんだっけか?」
「はい。もうすぐだと思います」
「そうか、最弱ちゃんは成功できたのかね」
「まぁその点に関しては、問題ないんじゃないかしら。あの子、やるときはやる子だから」
魔王軍の幹部は、それぞれ最たる物を持っている。最古にして最新、四死竜。最堅にして最要、三乗騎。最愛にして最強、二院。
そして、最弱にして最速、番外。
ひゅっと、室内に風が吹いた。
「お待たせっす」
「おっ、噂をすれば」
浅緑色のコートを着た少年が、いつの間にか席に座っていた。まだあどけなさが残る幼い顔立ち、そして軽く跳ねているベージュの髪をフードで覆っている。
「ヤイハ・ヤーヌス、只今帰還しました」
「御苦労だったわ。指輪は?」
「へい。こちらっす」
ヤイハは、ポケットから指輪を取り出した。金色に輝き、複雑な紋章が刻まれている。
「これが…『永劫の栄光』ね。これでベルを復活させられるのね…やっと、やっと!」
アナトは恍惚とした笑みを浮かべ、指輪を眺めている。他の者達も、同様に、ベールゼヴヴと会える喜びを噛みしめている。フォークロアが崩殂城を訪れたこの日は、奇しくも魔王軍による魔王復活計画の、最終段階の日であった。
一方その頃、アスタルトはフォークロアと入浴していた。
「けっこう広いわね~気に入ったわ」
緑色の湯をちゃぱちゃぱと波を立て、フォークロアが呟く。浴場は、床にモザイクタイルが敷き詰められ、いくつか精巧な彫刻が飾られている。
「ここは私が設計した。装飾も私がやった」
「いいセンスしてるじゃない」
「当たり前。…そろそろヤイハが着く頃」
「誰それ」
「…番外」
「あー、会いたいわね。今日はさっさと寝ようと思ってたけど、そいつに会ってから寝ましょ」
ざぱっと湯船から出たフォークロアは、濡れてさらに煌めいている極彩色の髪を床に垂らしながら歩いていく。
「そういえば、あなた、運がいいと言っていた」
「ええ、そうよ」
「ひょっとしたら、手伝ってもらうかもしれない。ベルの復活を」
「ふーん…いいわよ。私もそいつと話してみたいし」
こうして、魔王の復活は確定した。フェイブルの不幸によってではなく、フォークロアの幸運によって。
時間は、フェイブル達が到着する12時間ほど前である。フォークロアと魔王軍幹部が魔王の封印されている部屋に集まっている。
「これが、本当に幸運のアイテムってやつなのね」
「ああ、そうだ」
「ふーん…」
バルニコルは、フォークロアが『永劫の栄光』の話を聞いているうちに徐々に雰囲気が変わっていたことを感じていた。あどなけない無邪気なものから、得体の知れない企みを孕んだものに。
「部外者にやらせるのは、少し腹立たしいけど」
「しょうがないわ。私達じゃだめだったんだから」
「じゃあ、やるわよ」
手を青い水晶にかざした。すると、ピシッとひびが入る。青い光が、勢いよく漏れ出した。
「魔王様の復活だ!」
バルニコルが興奮した様子で叫んだ。次の瞬間、水晶は完全に砕け散った。
「おお…!」
「……む」
ベールゼヴヴは、徐々に状況を把握し始める。視界には部下たちと、見知らぬ少女が立っている。
「…アナト」
「…おはよう、ベル」
「あれから、何年経った」
「六百年と、少しよ」
「そうか…悪いな」
アナトは少し目に涙を浮かべながら、首を小さく横に振った。ベールゼヴヴは次に、フォークロアに目を向ける。
「お前は…人間だな。お前が封印を解いたのか」
「ええ、そうよ。私はフォークロア」
「ベールゼヴヴだ」
「じゃあ、早速だけど…」
にやっと、フォークロアは笑った。
「私の言いなりになってくれない?」
『人形劇作家』を使った。
だが、ベールゼヴヴはにやっと笑い返す。
「お断りするぜ、お嬢さん」
フォークロアは、少し驚愕するが、すぐに持ち直し
「へぇ…じゃあ」
パチンと、指を鳴らした。すると、魔王軍幹部全員が、己の武器を己へと向けた。バルニコルは炎の剣を、カリロエは剣と槍と盾を、アスタルトは杖を、アナトは爪を。自らの首もとへと。ベールゼヴヴとフォークロア以外の者は、何が起きているのか分からない。
「これなら…どう?」
「おっと…そうだな、ではこちらから条件を出す。それでいいか?」
「構わないわ」
ここに、フォークロアと魔王ベールゼヴヴの奇妙な同盟が成立した。全ては、フェイブル達が異世界に到着する前に、始まっていたのだ。




