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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
15/82

崩殂城 《side folklore》

フェイブル以外が主人公の話は、三人称視点になります。

 フォークロアこと、グロリア・オールウェイという10歳の少女は目を覚ましたとき魔物に囲まれていた。


「ん…着いた?」


 とりあえずの状況を把握するために、寝ぼけた目を擦りながら周囲を見渡す。

 空が赤黒い。土が紫色だ。木も草も苔も何も生えていない。何じゃこりゃ、とフォークロアは思う。まるで下手な絵画の世界に入り込んでしまったかのようだ、と。

 無風、気温は体感で20℃ほど。湿度は低い。どのくらい時間が経ったのか、よく判断できない。


「ひひひィ、可愛い女の子が現れたぞゥ」

「腕はオレのもんだぞゥ、ひひひィ」


 そこに、聞くだけで不快感を与える声が周囲から聞こえた。フォークロアは仕方なくその声の主を確かめる。ヘドロのような肌の色の、人間のような何かだ。尖った耳、剥き出しの歯、ギョロっとした緑色の目、獣の皮で作られた簡素な服、小さな角。身長はどれも大人の男ぐらいある。ゴブリンの最上位種、ブルートゴブリンだ。一体でも上位冒険者が手こずるモンスターである。

 それが、約二十体、フォークロアを取り囲んでいる。ゴブリンということは、何となくフォークロアも気づいた。


「ふーん…ま、こんなモンスターごとき大したことないわ。フェイ、マイ、アネク、やっちゃいなさい」


 ゴブリン達は、フォークロアの発言の意図が読み取れず一瞬硬直する。だが、何も起きないことを確認したうえで襲いかかる。


「え?」


 フォークロアは、何も起きずただゴブリン達が迫ってくるその展開に愕然とする。涎を撒き散らしながら走るゴブリン、フォークロアの周りにいる者は、それだけであるという展開に、茫然とする。

 そして。




「WHAAAaaaァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」





 金切り声を上げた。

 極彩色の髪をブンブンと振り回し、狂ったように叫ぶ。ゴブリン達は、途端に静止する。自分達が何故止まったのか、いや、何故止まろうと思ったのかも解らずに。




「ザFUuuuuuァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア○K!!!!!!!!!!!!!」




 ド畜生、と叫んだ。ゴブリン達は止まったままである。


「い、い、い、い、いいない!? いないいないない?!? いないっていないって独り? この私が? 天に愛され神に愛され人に愛され世界に愛されるこの私が? 何でよ何でよ何でなの!!!」


 ベラベラとまくし立てるフォークロアを、ゴブリン達は訳も解らず眺めている。踏み出せばいいのに、つかみかかって首をもいでしまえばいいのに、そう思えない。そんな感情になれない。


「嘘っ、いやっ、こんなことが起きるって、私が皆から嫌われたってことじゃない! そんなのって有り得るの!? ないないないないないないない……ああ! お前らうぜぇんだよとっとと失せろォ!!」

「ァ…ひ、ひィィィいいいいいィ!!」


 フォークロアの言葉を聞き、ゴブリン達は一目散に駆け出した。最早究極の混乱状態に陥っている。何故この人間のガキの命令を聞こうとした? 聞かなければならない気がした? 全てが分からない。そして、50メートルほど離れたのを見た後、フォークロアは再び命令する。


「そして死ね」


 死んだ。自らが自らの首を絞め死んだ。数匹が一匹をリンチし死んだ。その数匹も自らを殴りつけ死んだ。


「あたしの周りで内容物ぶちまけられちゃたまんないわ。…さて、どうしたもんかしらね」


 グッと、足に力を込め、ビョンッとバネのように、自分の身長よりも飛んだ。類い希なる身体能力の成せる技である。そして空中で辺りを見渡す。木一本も生えていない。本当に何もない。しかし、数キロ先に一つ、人工物のような物を発見した。


「何あれ。お城?」


 自身の目線の高さ、周囲の岩などの大きさを計算に入れ考えると、かなりの大きさであることが分かる。別段凶悪そうなデザインではない、普通の城だ。こんな場所よりは、むしろ、フォークロアの祖国にありそうなデザインである。しかし、纏っている謎の『嫌な感じ』に、フォークロアは興味を惹かれた。


「ま、きっと今ごろ私のことを三人は必死に探してくれてるに違いないわ。そうに決まってる。見つけてくれるまで、私は面白い物でも探すとしましょ」


 ふん、ふんと鼻歌混じりにフォークロアは紫色の大地を駆ける。ここは北の大陸の北端、冒険者でさえ殆ど近づくことの無い超危険地帯、『終の荒れ野』。向かう城は勿論、魔王の封印されている『崩殂城』である。




「…でかっ」


 ついフォークロアの口から驚嘆の言葉が漏れる。

 城はどこまでも深い崖のような掘に覆われており、唯一の入り口は架けられた橋の先にある巨大な城門のみである。

 現在フォークロアのいる橋からは、城の全貌は把握できない。だが、見たところ要塞としての機能はあまりない、とフォークロアは判断した。


「鋸壁が無いわ。必要ないのかしら」


 鋸壁とは要塞等によく見られる先端に凹凸が作られた壁である。弓や大砲を設置し敵を迎撃するためのものだ。それが無いということは、別の手段で敵を迎撃しているか、敵を迎撃する必要がないかの、どちらかということになる。


「さて」


 フォークロアは城門の前に立った。重厚感、といった言葉では言い表せない程巨大で圧迫感がある。十数メートルほどの高さだ。一体どんなサイズの者が通ることを想定しているのかフォークロアは興味を持つ。

 しかし、押してみても開く気配はない。引こうにも取っ手が見つからない。途方に暮れたフォークロアは、仕方がないのでノックを始めた。


「開けろー! 誰かいるんでしょー!」


 バンバンと門を叩く。

 バンバンバンバンバンバンバン。七回。

 すると、ぎいいっという音ともに、十数メートルの扉が開いた。フォークロアは門を開けた主を確かめる。


「へいへい…随分可愛い挑戦者ちゃんだな」


 若い男だ。赤いジャケットのような服に赤いズボン。そして短く切られた髪も赤い。身長は170センチほどで、痩せ型の体型である。顔は彫刻のように彫りが深く、凛々しい。


「Hello. It's really nice weather, isn't it?」

「ん? 何だって?」

「その顔で日本語って、シュールなんだけど」

「んん? ちょっとよく分からないな」

 

 しばらくフォークロアはその男の顔を眺める。男は自分を眺めるフォークロアを不思議そうに眺める。


「あんた、名前は?」

「バルニコル。焼死竜バルニコルだ」

「ふーん、変な名字」

「お嬢ちゃんは?」

「…フォークロア」


 何となく、一番初めに出てきた名前がそれであることにフォークロアは満足感を覚えた。グロリア・オールウェイとは決別したのだ、と満足する。

 バルニコルは、どうしたものか、と考える。いつも通り、宝や名誉を目当てにしてやってくる冒険者ならば、焼いて食料にしてしまおうかと思っていたが、余りにも可愛らしい少女が来たので面食らってしまった。人間なのか魔物なのかも、判断が難しい。奇怪な服に、奇怪な容姿。髪の色は魔力の影響を受け様々に変化すると聞いたことがあるが、このようなぐちゃぐちゃな配色の髪は見たことがない。


「入れてくれる? 歩き疲れたわ」

「ん、んー、そうだな。…入ってくれ」


 とりあえず、バルニコルはこの正体不明の少女を招き入れることにした。人間だろうと魔物であろうと、脅威になると判断した段階で処分すればよい、そう考えた。それは、間違いだったのだが、この時の彼を誰も責めることはできまい。どちらにせよ、『この城に入る』というフォークロアの目的は達成されるのだから。


「…へぇ、中は割と、いいわね」


 様々なオブジェに彩られた玄関を通り、大きな部屋に出る。天井は見上げる程高く、数個の豪勢なシャンデリアが付けられている。床は鮮血がにじんだような眩しい赤色の絨毯が敷かれ、大きな木製のテーブルにこれまた血のように赤いテーブルクロスが掛けられており、様々な料理が乗せてある。

 そして、豪華な椅子が十脚。右に四脚、左に五脚。奥に一脚。奥の一脚は一際豪華だ。五脚の方の席は、三つ埋まっている。


「…おい、バルニコル」

「誰だ、その小娘は」

「冒険者は即刻殺処分という取り決めだろう」


 同じ声が順番に三つ聞こえた。フォークロアがそちらを見てみると、甲冑を着た女性が三人、椅子に座っている。灰緑色の短髪の髪を後ろで小さくまとめ、食事を取っているようだ。驚くべきは、その動きと容姿である。一糸乱れずナイフとフォークを使い、ステーキのような物を口に運んでいる。噛むタイミングも同じだ。そして、その顔は、鏡で映したようにそっくりである。


「あー、まぁそうなんだけどよ」

「何? この人達」

「俺の上司…かな?」

「ふーん」


 フォークロアが三人の女性の前に立つ。


「別にいいでしょ? 私が居て何か問題ある?」

「ちょっ」


 バルニコルはフォークロアが殺されてしまう、と思った。あの三人の女性はそこまで寛容ではないし、人間に対して強い恨みも持っている。

 しかし、三人は少し硬直した後 


「…まあ」

「脅威には成り得ぬだろう」

「別に構わん」


 と一同に許諾した。


「あなた達、名前は?」


 続けてフォークロアが問う。


「カリロエ・サオール」

「カリロエ・サオール」

「カリロエ・サオール…貴様は?」

「フォークロアだけど…あなた達どうやって見分けんの?」

「別に見分ける必要はない」

「この三体全てが私だ」

「精神は一つ、体は三つ。それが我々ゲーリュオーンという種族だからな」

「…あー、ゲーリュオーンね。聞いたことはあるわ」


 いよいよファンタジーらしくなってきたな、とフォークロアは感心する。フォークロアは次に、空席が多いことが気になった。食事が置いてあるのは、カリロエで三つ分、バルニコルで一人分、そして、あと二人分ある。


「じゃあ俺、お二人をお呼びしてくるよ」

「私もいくわ」

「お、そうかい」


 スタスタとバルニコルとフォークロアが部屋の隅の階段を上っていくのを、カリロエは不思議そうに見る。


「随分、仲が良さそうだな。ついさっき会ったばかりのはず」

「バルニコル、人間に対してあんなに笑顔を見せるとは、変わったな」

「いや、私も私だ。六百年前なら、人間と判断したその瞬間首を飛ばしている。月日は憎悪すらも磨耗させるのか?」


 そう自問自答しながらも、カリロエは心の中の妙な不安感を拭いきれずにいた。




「あんたらって、何なの?」


 長い廊下を歩きながらフォークロアが尋ねる。


「俺達? 魔王様の配下だよ。そんなことも知らないで来たのか?」

「…なるほど、いきなりラスボスんとこ来たってわけね」

「ラスボス?」

「気にしないで。えーと、それじゃ…具体的に、配下ってどんな感じなわけ? 構成とか」

「人間達は魔王軍って呼んでるな。まぁ俺達からしたら、魔王様に真に忠誠を誓ってるのは八人とあと数名。他の奴らは恐怖で従ってるだけだ」

「九人ってあの…テーブルにあった椅子?」

「そうそう。あれは…まぁ七人分だがな」


 会話しつつ、テーブルは通じるのか、とフォークロアは困惑した。ラスボスは日本人の完全な造語だから仕方ないとして、シュールは通じずテーブルは通じるとなると、よく分からなくなってくる。とりあえず、名詞はある程度知っているのだろう、とフォークロアは考える。


「四死竜、三乗騎、二院、番外一名で八人。これが魔王軍直属親衛隊だ」

「カリロエが一人で三乗騎?」

「そうだ。察しがいいね。そして今から迎えに行くのが、二院のアスタルテ様とアナト様だ」

「へー。そんで、四死竜って、あんた以外の奴どうしてんの? 料理、無かったみたいだけど」

「…あー、まあ今はいないな。そのうち帰ってくるさ」

 

 そして、バルニコルは足を止める。城門とまではいかないが、豪勢な扉だ。フォークロアは直感で理解した。この城から漂ってきた『嫌な感じ』は、この部屋が発生源であると。


「失礼しまーす」


 扉を開ける。中は薄暗くよく見えない。唯一の光源は部屋の中央にある巨大な青い水晶だけだ。そこに、一人の女性が立っている。


「アスタルト様、食事の時間ですよ」


 くるっと振り向いたその顔を見て、フォークロアは少し驚いた。可愛い。というか、フェイブルにかなり似ている。髪の色は濃い緑色で、服装は胸元の大きく開いた青いローブ。所々破れた箇所やその胸元からは肉感的な肌が覗いている。背中に添えれられた大きな杖も、先端に様々な色の宝石が付けられており存在感を放っている。


「…分かっている。その前に」

「ん? えッ!?」


 流れるような動作で、アスタルトは持っていた杖を構え、バルニコルは部屋の外へと突き飛ばされた。そして、扉が勢いよく閉まる。


「敵を…排除。アナト!」

「ええ」


 どこからともなく声がした。フォークロアがその声の方向に目を向けるとほぼ同時に、黒い紐のようなものがフォークロアの体を縛り付けた。


「あら…女の子ね」


 薄暗い闇から姿を表したのは、アスタルトよりも少し大人びている、美しい女性だった。黒いドレスに身を包み、それ以外は何も着ていない。髪は淡いピンク色をしている。


「バルニコルが私たち以外の者を城内に入れるのは、通常有り得ない。それに加えて、カリロエが城内の侵入者を見過ごすのも、有り得ない。こいつ、相当な精神操作型魔法の手練れ」

「どんな者であろうと、ベルの安寧を乱す奴は皆殺しよ」


 じり、じりと動かないフォークロアへと距離を詰めていく二人。アスタルトは杖を構え、アナトは手に黒い何かを纏わせる。そして、二人が一斉に襲いかかろうとしたところで、フォークロアが口を開いた。


「止まって」


「!」

「!?」


 二人の動きが止まった。アスタルトは動揺する。

 精神操作系の魔法は、相手に通用すれば強力だが、ある程度の手練れともなると殆ど通用しなくなる。強力な精神力で弾き返すにしろ、魔法で防御するにしろ、対策が容易なのだ。

 アスタルトは、精神力でも魔力でも、精神操作を受けるほどヤワではない。それは、アナトも同様だ。


「ふーん…私を縛るぐらいには、あなた達も運があるってことかしら」


 辛うじて動く首を曲げて、フォークロアが水晶を見上げる。そこには、若い男が閉じこめられている。眠っているようでもあるし、死んでいるようでもある。


「…そいつが、魔王ね」


 斯くして、現存する魔王軍の主戦力全てを数分で鎮圧し、フォークロアと魔王ベールゼヴヴは邂逅した。フェイブルとミソロジーが異世界に到達する、一日前の出来事である。

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