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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
14/82

神話(ミソロジー)

 僕は慌ててゴスロリを着た後、マイさんを迎える。


「意外ですね。もう少し抵抗するかと思ってました」


 部屋に入ってきたマイさんはベッドにそっと座った。変わらず黒ジャージ姿だ。だがよく見ると背中の文字が『背徳』に変わっている。


「はは…まぁちょっと今日は寝れないだろうなって思ってたから。色々あったし、ほら、僕慣れたベッドじゃないと寝れないでしょ?」


 これは半分嘘だ。確かに慣れないベッドは寝づらいが、今は相当疲れているので、寝れる。


「おや、知りませんでした。萌えますね…あ、ではフェイ君、少し雑談しましょう」

「いいよー」

「では、ちょっとリルちゃんに不幸預けてもらっていいですか? 隣の部屋ですよね」

「ん、了解」


 僕が不幸をリルちゃんに預けたのを確認してから、指をパチンと鳴らした。景色が宿屋の部屋からバイソラの夜景へと変化する。ここは…宿屋の屋上か。石の感触が伝わってくる。移動してもらうのは、久しぶりだ。


「ふふ、さすがに不幸を貰いながら私やフェイ君を移動させるのは気が引けますからね。『ぐちゃぐちゃ』に、なってしまうかもしれません」

「…そうだね」


 そう、これがマイさんの最大幸福。

 地球では、『アーストゥダスト』とか『塵の星』と呼ばれていた。多分、神運の四人の中ではダントツで危険で、恐ろしい現象だ。 

 僕も、クロアも、アネクも、頑張れば人類を脅かすことはできるだろう。だが、地球を破壊できるのは、マイさんだけだ。

 『トンネル効果』、というのをご存知だろうか。量子力学の専門的な話であり、門外漢なので僕も詳細な説明はできないのだが、俗説的に言えば、「ボールが壁をすり抜けるアレ」または「手がテーブルをすり抜けるアレ」だ。マイさん曰く、どうやらすり抜けるわけではないらしいが。

 不確定性原理──ミクロの世界では、「ある粒子がどこにいるか」は定まっていない、というものがある。この辺にいる確率が何%、あの辺に何%、といった感じに。その存在の確率の中には壁の向こう側も含まれており、ごく僅かな可能性で粒子が壁の外側に存在することが観測されることがある。それが、トンネル効果。


「フェイ君? 考え事ですか?」


 ボールが壁をすり抜けるのが日常においてほぼ絶対に有り得ないのは、可能性が低すぎるからだ。ボールを構成する粒子全てが、壁の向こう側に移動し、さらに、再びボールと同じ形を構成する確率。それは、限り無く0に近い。

 それを、マイさんは自由に起こせる。壁にぶつからなくとも、粒子があらゆる場所に存在する確率は常にある。つまり、この世界に存在するあらゆる粒子を、いつでもどこにでも再配置できるのだ。だから、転移魔法ではない。ある人を構成する粒子をバラバラにして、ある一点に再びその人の形に収束させる。それがあの時起きていた現象だ。

 マイさんが自分や僕を移動させないのは、不幸が影響したとき、正しい形に再配置出来ない恐れがあるからだ。アクシデントがあった場合、即死は免れない。

 そして、範囲はマイさんの認識の及ぶ範囲、つまり観測できる範囲全て、この現象の恐ろしい所はそこにある。地球を構成する粒子を、全て宇宙空間に散らすこともできるのだ。やろうと思ったことは、一度しかないらしいが。


「…マイさんって、最大幸福を間違った使い方したこと、ある? あの『争い』以外で」

「ふふ、突然ですね。少し話しましたが…あ、あれは話してませんでした。10歳の頃ですね」

「10歳」


 フォークロアと同い年か。とすると、その時僕は8歳だ。


「若気の至りというやつです。まぁ私たちは必ず通る道ですね。全能感に酔いしれて、暴走しました。私の出身が中国、中華人民共和国だと言うのは、知っていますね?」

「うん」

「当時の私は正直アジアの、特に中国、韓国、日本等の人の顔が好きではありませんでした。西洋の人に比べると、平べったくて、地味ですから。だからせめて私の目に付く人は、綺麗な顔にしたいなぁと思いまして。私の住んでいた街の人全員の顔を作り変えてしまいました」

「作り…変える」


 顔のパーツを構成する粒子を、綺麗に再配置したということか。骨格を揃え、筋肉を誂え、皮膚を設える。


「その頃はまだ、人間の体について学が浅く、機能不全を起こさせてしまったりして…あれは本当に、黒歴史ですね」

「…スケールが大きいね」

「ふふ、若いときは大きいことをやりたがるものですからね。どうしたんですか?」

「ちょっと、気になっただけ」

「そうですか」


 しばらく、2人で夜景を眺める。月は大きい。石造りの家々には殆ど明かりは灯っていない。一つ、先ほどの宴会の場だった料理店の明かりはまだ光っていた。何だか、今になって思うが、どうも酒場とか宴会の雰囲気は慣れなかったな。あの喧騒は、肌に刺さる。

 思い返してみるとフォークロアと風呂の記憶が鮮明に残っている。せっかく異世界に来たんだから、もう少し色々見て回りたかったが、まぁそれは明日からでもできるだろう。ひょっとして、マイさん明日から別行動だから何というか、寂しい、のかもしれない。


「フェイ君、これから私たちは何をすると思いますか?」

「え…とりあえず、クロアを止める、かな」

「では、その後は?」

「魔王を、何とかする」

「その後は?」

「…んー」


 どうなるんだろう。まず前提として、僕達がここに来たのは、居ても問題ないぐらいの世界を探すためだけど、もうこの時点で大問題なんだよな。また四人揃って元の世界に戻っても、また軟禁になっちゃうし、ここに留まるのがベストとは言わずともベターだとは思うけど。


「多分、魔王やクロアよりも厄介なことが、起きると思います。アネクも、薄々気付いているようです」

「…そうなんだ」

「そこまでは、予想できます。ですがその後、私達がどうなっていくのかは、本当に解りません。これって、すごく楽しいですよね」

「そうかな、不安じゃない?」

「ここに来るまでは、私はあの家で死ぬんだろうと思ってました。いえ、しばらくすれば軟禁も解かれるんでしょうが、どちらにせよ、もうあの世界でやれることとって無いじゃないですか。学問を究めたり、芸術を極めたり、そういうのって、もうミニゲームみたいなものですし」


 学問や芸術という地球の多くの人が生涯の目的としているものをミニゲーム呼ばわりするのは、よくわからない感覚だが、多分、展開が予想できてしまう、ということなのだろう。


「そうなると、あの家に閉じこもって皆で子供でも作って死ぬのかなぁと漠然と思ってましたから」

「こっ…」


 さらっととんでもないことを…


「だから今、ワクワクしてます。全然、予想付かないですから。この世界の仕組み、開始点、終着点、何も予想できないですから」

「…そっか」


 なら、良かったのかな。

 僕は、期待と不安が混在している状態だ。

 また人を不幸にするんじゃないかという、盲目的な恐怖が僅かに心にある。あの軟禁生活ではなかったものだ。


「そういえば、一つ聞いていいですか?」

「もちろん」

「大体2ヶ月くらい、私達共同生活してましたけど、一度も、誰にもフェイ君手を出しませんでしたよね」

「う、うん」

「私達全員、女性としての魅力は持ち合わせていると思うのですが、風呂も覗かなければ下着も回収しませんでした。何故ですか?」


 いや、例がだいぶ変態寄りだな。まるで常習犯であるかのような物言いだ。


「…童貞だから、かな?」

「ふふ、はぐらかさないでください。そんな単純な理由ではないでしょう?」

「ん…まぁ、何しても咎められないじゃないか。一度そういうことしちゃったら、本当に堕落した生活になっちゃいそうだし、それに…うん」

「言ってください」


 ちょっと気が引ける。まぁ、マイさんなら許容はしてくれるだろう。


「クロアやアネクは、人類を殺そうとした。君は、地球を殺そうとした。僕はアネクを、クロアを、そして君を殺そうとした」


 そう、今のこの状況、クロアに殺されそうという状況は、殺意の連鎖の延長上なのだ。僕の考えに、間違った考えに感化されてしまったクロアの、当然の発想だった。

  

『こんなに幸せだなんて、可哀想に』


「あの時の僕は、本当に殺すつもりだった。それは事実だ。だから何て言うのかな、罪悪感、だね。肉体は、そりゃ男だから反応するけど、精神の方はまだ、踏み出せない感じ」

「…そうですか。わかりました」

「ごめんね。いつかは、変われると思う」

「いえ…謝らないでください。時間はありますから。とりあえず、今はこの世界に集中することにしましょうかね。クロアを止めなければなりません」


 ごそごそ、とマイさんはポケットを弄って、便せんを取り出した。封がしてある。さっきのメモもそうだが、マイさんはそこら辺の物から様々な物を作り出すことができる。『塵の星(アーストゥダスト)』はこんな使い方もあるのだ。


「これは?」

「開けないでください。ザイネロさん達と探索中、遺跡に入る前か、できれば『栄華の証明書』というものを手に入れるギリギリ前で、こっそり見てください」

「…了解」


 何かあるな。深くは聞かないでおこう。


「あ、フェイ君、寝る前に最後に一つ」

「ん、いいよ」

「どうですか、この世界は」 


 木の上で目を覚ましたところから始まったこの異世界での半日。色んなものを、見れた。


「自然が綺麗だね。植物にも空気にも、活力がある。それに、人も僕たちの世界より活き活きしてるし、絶望していないと思う。だから…今のところは、結構好き」

「私もです。では、ベッドに戻りましょうか」


 パチン、と指が鳴ると再び部屋へと戻った。僕が先にベッドに入る。続けてマイさんがベッドに入ってくる。密着はしない。5センチぐらい離れている。

 

「…寝れそうですか?」

「うん、話したら、落ち着いたから。…おやすみ」

「おやすみなさい」


 あ…ゴスロリ脱ぐの忘れてた。まぁ、いいか。今脱いだら確実に変な感じになるし、皺になったところで元々フリルってしわしわだし。

 目の前には、マイさんの顔がある。以前、「自分の顔に手は加えてない」と言っていた。「必要がなかった」とも。僕も、そう思う。

 男としての僕は、とても彼女達を求めている。だが、多分、そういうことじゃないんだろう。僕は彼女達と添い遂げるつもりだ。それは、責任でもあるし、希望でもある。全てと向き合わなければ、責任の方は、果たせないだろう。

 ぼんやりと、フォークロアとアネクドートの顔を思い浮かべる。二人は今、どんな感情でこの夜を過ごしているのだろうか。二人は、一体今までどのような時間を、異世界で過ごしていたのだろう。


次話からフォークロア編、アネクドート編に入ります。投稿の間隔が少し大きくなると思います。申し訳ありません。

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