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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
13/82

浴場(欲情)

「さぁ、フェイ君。行きましょう」

「え、えーっと…」

 

 今日一番悪い笑顔でマイさんが僕の手を引く。


「遠慮することはないだろう?」

「そうですよ! 行きましょう行きましょう! 楽しみだなー!」

 

 リルちゃんよ、リル・ピルグリムちゃんよ。君ってそんな明るい感じの子だったんだね。村の人が助かると分かったとたん、すぐ前向きになったね。好きだよ、僕、ポジティブな子。でも今はちょっと控えてほしいかな…

 いや、今の今までわりと余裕ぶってた僕も、さすがにこれはピンチというか、大ピンチだ。まさか、この素敵な女性達と、お風呂に入ることになるなんて。




「とりあえず、寝る前に風呂に入ろう。今日一日皆相当疲れただろうしな」

「いいですね」

 

 ザイネロさんとマイさんがそんなことを話しているのを、僕は何となく聞き流していた。あ、風呂あるんだ、ぐらいの感想しか持ってなかった。しかし、風呂と言えば必然的に男女に別れているわけであって、今の僕は、悔しいが誰が見ても女の子にしか見えないらしい。

 だから、こうなる。


「わー誰もいませんね!」

「そうだな。皆今は宴会か寝てるかだ」

「フェイ君、そろそろ目を開けないと滑りますよ?」

「ぐぅ…」


 マイさんに言われて仕方なく下を向きカッと目を見開く。僕の足とマイさんの足が見える。床はタイル張りだ。

 脱衣場では目をつむって何とかやり過ごしていたが、ここはどうする。少なくとも、この胸まで巻いたタオルを死守しなくては、これからザイネロさんやリルちゃんと旅をするにあたって死活問題だ。

 いや待てよ。見られるのは死活問題でも、見るのは別に、問題じゃないんじゃないか? そうだ、僕もそろそろ慣れなきゃいけない。共同生活でも風呂上がりのアネクドートやら、布団に潜り込んでくるフォークロアやら誘惑が多かった。彼女らに言っても直らないだろうし、ここは僕が変わるべきだ。堂々としなければ、逆に怪しまれてしまう。顔を上げよう! 今だ!


「わっ、急に見ないでくださいよぅ」

「ぐはっ!」


 なんでタオル巻いてないのマイさん! 

 結局顔を上げた勢いそのままに天井を見上げてしまった。僕のヘタレめ。

 というか、髪を下ろしたマイさんが艶やか過ぎて…大変だ。風呂の湯気で潤ってより一層髪の黒さが際だっている。これは直視できない。あと、バストサイズが神運の四人の中でトップなのでこちらも直視できない。理由は…もちろん察してほしい。よく考えたら『見たら』駄目じゃないか。あれがああなってバレちゃうよ。

 まぁ、とりあえず全員風呂に入ってしまえば後は何とか顔を凝視していれば平静を保てると思うので、そこまでがんばって乗り切ろう。

 まずは体を洗うぞ…

 

「あ! フェイさん、お背中洗いますよ!」


 おっと、いきなり障害が発生した。


「いや、大丈夫大丈夫」

「遠慮なさらずに!」 


 促されるままに座らされてしまった。まずい。


「タオル失礼しますねー」

「あっ」


 まずいまずい。何がまずいって僕の目の前に鏡があるのだ。タオルを奪われてしまった今、隠す手段がない。そんな僕の内心も知らず、リルちゃんは鼻歌混じりに泡を立てている。


「あれ、フェイさん…」

「うっ! な、何だい?」

「肌すべすべですねー! 羨ましいなー」

「はは…ありがとう」 


 バクバクと心臓の音が聞こえてくる。二体の巨大な竜を相手したときとは比べ物にならない緊張感だ。


「マイさんも綺麗ですけど、フェイさんは睫毛長いし髪もふわふわしてるし、可愛いって感じですよね!」

「そうかな? 僕なんかよりリルちゃんの方がよっぽど可愛いと思うよ」

「えっ、あ、ありがとうございます…」

 

 本当に意外な発言だったらしく、リルちゃんは黙り込んでしまった。あまり会話が弾むのもまずいが、沈黙が続くのもまずい。何か話題を…


「えーと…リルちゃんフリジコルと戦ってたときとだいぶ違うよね」

「フリジコル…?」


 あわあわと僕の背中を洗いながらリルちゃんが不思議そうな顔をする。


「あ、名前聞く前に気を失っちゃったのか。あの氷の女の子だよ」

「あー、あいつですね! いや、あの時は、本当に村の皆殺されちゃったんじゃないかって思ってて、殺すしか頭に無かったんです」

「ふむ、それにしても、今は全然気にしてなさそうだけど」

「まー、あいつ殺せば皆助かるって聞いて、あぁ、なら大丈夫かなって思いまして」

「でも、皆氷付けにされちゃってるよね?」


 ん、とリルちゃんは一呼吸置いてから、僕の肩からお湯を掛け、泡を流してからにこっと笑って言った。


「でも生きてるじゃないですか! 人間、死んだらお終いですけど、逆に言えば死にさえしなければどうとでもなれますからね!」


 普通に、純粋な子なのかと思っていたが、どうやらこの子、けっこう修羅場くぐってきた感じの悟り方をしているな…


「そっか。ま、それもそうだね。あ、背中洗ってくれてありがとう」

「はい! 前も失礼しますねー、よいしょっ!」

「えっ、ちょぅっ!?」


 ぎゅっとリルちゃんが体を寄せてきた。フォークロア以上僕未満の年齢(フォークロアは10、僕は17)のある程度育った胸が押し付けられる。

 これは駄目だ。もう無理だ。蔑まれながら冒険を続けるしかなくなってしまった。


「あ、あれ…フェイさん…」

「はは…何とでも言ってくれ…」

「ごめんなさい!」

「え?」

 

 急に謝られてしまった。どうしたというのだろう。


「あの、私より…すみません、気にしてますよね。なのに私…」


 あ、どうやら僕のぺったんこの胸の方に意識が向いたようだ。助かった。でも何故だろう、この気の使われかたは、虚しい。


「う、うん…じゃあ僕もう入るね。リルちゃんも体洗ったら?」

「あ、はい! 髪ボサボサでした…」


 そして、何とか困難を乗り切り僕は浴槽へ向かった。街の人がいつも利用しているという風呂だけあって、とても広い。

 つま先で湯の温度を確かめる。40℃くらいかな。ちょうどいいや。徐々に体を浸けていき、肩まで浸かるとふうっと自然にため息がでた。体にじんわりと熱が広がっていく。


「はぁ…やっぱり1日の〆は風呂だよね…」

「そうですね…」

「! マイさん」


 マイさんが僕の後に続いて入ってきた。湯に浸からないようにするためだろうか、髪をタオルで巻いている。体にタオルは巻いていない。

 …おい、どこを見てるんだ僕、顔を見るんだよ顔を。もしくはタオルで巻かれた美しい髪を見るんだ。すごいなぁ、オニキスの作り物みたいだ。


「フェイ君、タオルを巻いたまま入浴するのはマナー違反では?」

「いや…ここ異世界だから多分セーフ。というか巻いておかないとアウトだよ、色々」

「残念です」

「マイさん、髪にタオル巻くんだね」

「えぇ、我が家のフェイ君やアネクやクロアのエキスが染み出た湯に浸けるならまだしも、見ず知らずの人間の浸かった湯に髪を浸けるのは吐き気がしますから」 

「そ、そうなんだー」


 お湯に価値を見いだすってそれ結構上級者がやるやつじゃないか。大丈夫かマイさん。


「お。二人とももう入ってたのか」

「あ、はい。お先してました」

「ん? どうしたフェイ、顔を背けて」

「な、何でもないですよ~」

「…あぁ、すまないな。見苦しい物を見せてしまった」

「え? あ、いや。そっちではないです!」


 ザイネロさんが自分の肩を見て申し訳無さそうな顔をする。しまった、変な勘違いをさせてしまった。


「? そうなのか」


 ザイネロさんは風呂にざぷっと浸かってふうっと息を吐いた。しかし、言われてみると気になってくるな。何故、ザイネロさんの腕は魔法でも生えないのだろう。じっと見てみると、本当にあったのかと思うぐらい、切断面が綺麗だと分かる。


「ザイネロさんは何故腕を失ったのですか?」

「ちょっ」

 

 マイさんが単刀直入に聞いた。ザイネロさんは特に感情に波は立っていないようで、懐かしそうな目で話す。


「失ったわけではないんだ。戻そうと思えばいつでも戻せる。私の知り合いに神の配下がいるって話をしたろ?」

「ええ」

「そいつに『貸してる』。代わりにそいつからは力を『借りてる』。そういう取引をしたんだ」

「ほほう、それまたどうして?」

「もっと力が必要だからだよ。私の目標を達成するためにな。強くなるためには、まず強くなることがこの世界では一番の近道なんだ」


 なるほど。強くなればより多くの高額な魔物の肉を食べることができ、加速度的に強くなっていくわけか。


「あぁ、これはリルには秘密にしてくれ。戦いに生きる者にとってはズルをしたようなものだからな」

「わかりました」

 

 それを言い終わると同時に、リルちゃんが来た。


「失礼しまーす…あ、温かい」


 ふう…と予定調和で息を吐くリルちゃん。この世界の人も風呂に入る時は大体同じのようだ。しばらく、全員湯を堪能する。

 そして、ザイネロさんが口を開いた。


「さて、ではリル。お前も落ち着いただろうし、聞かせてもらおう。お前が勇者というのは、本当か?」


 そうだ、リルちゃんは勇者だった。ザイネロさんも知らなかったようだし、最近決まったということか。


「…はい、本当だと思います。今日、うたた寝してたら夢の中で、女神様に言われました。『リル・ピルグリムを勇者に任命する、魔王を討ちなさい』と」


 随分急な神託だな。


「ふむ…女神、か。名前は名乗っていたか?」

「あ、えっと…『オレスティア』と、言ってました。それと、『私の加護を授ける』、とも」

「オレスティア…勇気と善行の神か」 


 オレスティア。これが神の名前か。ザイネロさんの知り合いの上司、とはまた違った神なのだろう。


「知ってるんですか?」

「ああ、主に市民に信仰されてる神だ。リル、続けてくれ」

「はい、それで、目を覚ましたら。全てが…凍ってて、外に出たら、あのフリジコルって奴がいて、それからは…」

「そうか…分かった」

「魔王を討つ…ですか。リルちゃんがやらずとも私がやって差し上げますよ?」


 マイさんが自信有りげに言う。確かに、出来そうだ。それでは駄目なのだろうか。


「いや、伝承で聞いたことがある。魔王にとどめを刺せるのは勇者だけらしい。フリジコルの話していたことを考えると、逆も同様のようだが」


 そういえば、「殺せない」とフリジコルは言っていた。勇者への加護と同様に、魔王も何らかの加護を受けているということだろうか。


「あの…魔王ってどんな感じの奴でしたか?」

「ほぼ人間だったよ。けっこう強そうだった」

「そうですか…勝てるかな…」

 

 この少女が、あの魔王と戦うのか。何というか、できるのだろうか…


「リルちゃん、君って今、どのくらい戦えるの?」

「え、えぇと…」


 ちらっとザイネロさんの方を見た。


「剣の腕は立つ方だ。私が直々に仕込んだからな。だが、野良の魔物には対応できるが、魔王の軍勢にはまだ到底かなわないだろうな」

「はい…」

「だからまずは、君たちの宝探しに同行させて経験を積ませようと思う。君達の話ではリルがいた方が良いようだしな」

「なるほど。それはこちらとしてもありがたいですね。フェイ君、リルちゃんに今試してみては?」

「ん、あぁ」


 余剰分の20000。大丈夫かな…1000でも、死竜が死ぬぐらいだ。ちょっとずつ送ってみよう。


「リルちゃん、何か嫌な感じがしたらすぐ言ってね」

「? はい」

 

 10。


「大丈夫?」

「はい、特に何も」


 100。 


「どう?」

「大丈夫ですよー」


 よし、じゃあ次は…1000。


「……大丈夫?」

「はい」

「おお…」


 死竜は平気で越えるようだ。では思い切って。

 10000。


「んっ」

「!」

「あ、いや、全然大丈夫です」

「そ、そう」


 これは、多分20000までは大丈夫なパターンだな。よし、20000!


「…大丈夫です」

「よし、これで僕とマイさんは別々に行動できるね」


 それにしても、死竜にやったときのようなあの赤黒いやつは出てこなかった。よく考えたら、マイさんに不幸を押しつけている時もだ。悪意が含まれていると出るのかもしれない。


「そうですね…」


 気のせいかマイさんは残念そうだ。

 

「では、ザイネロさん。教えてください。今私達はどこにいて、私はどこに行けばよろしいのでしょうか」

「おっと…根本的な地理について説明してなかったか。四つの国についても、まだだったな」

   

 四つの国。よく考えたら僕はどの国にいるのか、そしてその国のどの辺にいるのかすら知らなかった。

 妙にふわふわした感じがしていたが、このせいだったのか。今自分がどこにいるのか分からないなんて、日本では有り得なかったからな。


「まずこの世界は北の大陸と南の大陸に分かれていて、北の大陸にペアルール王国とアイレス王国、南の大陸にはフォーコイド王国とタフツ帝国がそれぞれ東西にある。ここバイソラは、アイレス王国の南端に位置している」


 北と南の大陸。単純で助かる。


「まず1つ目、こちらは私達が行くところだな。北上してしばらく行ったところに遺跡がある。ここに『栄華の証明書』というアイテムがあると言われている。次に2つ目、北の大陸と南の大陸の間、亜人達が暮らす島に『勝利の果実』というアイテムがあるようだ」

「亜人達が暮らす島ですか…私のハーレムはなかなかマニアックになりそうですね」

「はーれむ?」

「あー何でもないです」

  

 やっぱりハーレムの話を本気にしていたらしい。


「マイの方は、相当キツいと思う。一人で大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。私滅茶苦茶強いですから」

「そうか、なら安心かな…よし、では、各自睡眠を取ろう」


 そして、明日の予定を決め、僕達は風呂を上がった。


「途中からフェイ君、顔に注目するの慣れててつまらなかったですね」

「はは…ごめん」


 途中からは何とか話に集中することができた。だが、ザイネロさんが思ったより着痩せしていたらしく、けっこう危なかったんだよな。あと、リルちゃんも無邪気な感じがどうしてもフォークロアと重なって…いや、僕はロリコンではない。 

 その二人は、何やら現在話しているようだ。


「リル、服は新しいのを用意したからこっちを着てくれ。あっちはボロボロになってしまったからな」

「はい! あ、ザイネロさん服着るの手伝いましょうか?」

「はは、このくらい大丈夫さ」


 シャツとズボンを両足を器用に使い着ていく。具体的に描写すると、シャツの襟をつま先で掴み、上に飛ばし、頭をジャストで通す。次にズボンを軽く足に通し、肩立ちのポーズで徐々に履いていった。

 慣れてるのか、元々器用なのか。

 リルちゃんがザイネロさんから渡された服は、パジャマのような、民族衣装のような、無理やり表現するならアオザイの裾が短くなったような赤い服だった。


「よし、では宿屋に向かおう」

「はーい」 

 

 それと、忘れちゃいけないのは僕がゴスロリだということだ。着脱は楽でありがたいのだが、これでこれから生活するのかと思うと気が重い。僕の部屋着はどこかにいってしまったようだし。これで寝るのかな…

 



 そして、宿屋に入り、各自の部屋に入った。ザイネロさんの持っている殊位冒険者証という紙は相当価値があるらしく、かざすだけで大分融通が利いていた。お風呂もタダだったし、宿屋の部屋もすぐ空けてくれた。英雄的な扱いなのだろうか。


「…脱ぐか」


 ごそごそとゴスロリを脱ぐ。シワになったら疲れるしね。ボンッとベッドに倒れ込み、けのびをする。

 疲れた。久しぶりに長距離歩いたし、色々慣れないことをし過ぎた。慣れないベッドだが、今日は熟睡できそうだ…

 コンコン。扉が二回ノックされた。


「フェイ君、一緒に寝ましょう」


 

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