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哀れな異世界と神運の四人 ~幸福のアポリア~  作者: 神話さん
一章:イントロダクション
12/82

対策

「とりあえず、ここにまとめてあります」


 マイさんはアネクドートに自分の手記を手渡した。さっきザイネロさんから聞いたことをメモしたやつだ。


「ふーん……」


 アネクドートはそれをパラパラと捲りながら、またにやっと笑った。今度の笑みはなんというか、少し呆れが混じっている。


「お前も趣味悪いな」


 凄まじく気になる呟きだった。

 スリーサイズ? いや、そんなことを気にするアネクドートじゃないな。一体マイさんはあれに何を書き連ねているのか。もし僕への陰口とかだったら僕はもう立ち直れなくなっちゃうよ。


「あー、これはどうなんだろうな」

「どれですか? あぁ、言語ですね」 

「いや、主たる言語として日本語が使われてること自体は、間違いないんだけどよ。実際、アイツに全部試してみたし」


 アネクドートがちらっとミャージッカちゃんの方を見て言う。ミャージッカちゃんはザイネロさんと何か話しているようだ。どういう子なんだろう、あの子。いや、それよりも。


「ちょっとごめん、全部って何?」

「あぁ? 全部って言ったらってうおおぉっ!? なんだお前そのコスプレ!?」

「えー…」


 気付くのがあまりにも遅過ぎる。アネクドートはどうでもいいことは本当に目に入らないな…


「イイねぇ、随分可愛くなったなぁ…寒くねーの?」

「いや、大丈夫な装備みたい」

「『保温付呪ウォームエンチャント』か。けっこう良いの着てんな」


 この効果はそんな名前だったのか。なぜ知っている。


「…で、何だっけ?」

「いや、ミャージッカちゃんに全部試したってどういうことかなって」

「あぁ、全部ってのは勿論、我が話せる全ての言語だ。ロシア語、中国語、スペイン語、アラビア語とか、有名どころも攻めたし、シンハラ語、タミル語、クルド語とかの少数言語も試した。結局通じたのは英語の一部と日本語だけだったけどな」


 そういえば、アネクドートの数ある趣味の一つに、絶滅寸前の少数言語を修得するというものがあったな。恵まれた者の当然の義務、とか言ってた気がする。


「なぜ日本語なのでしょうね。私たちに都合よく合わせてくれたというのがそこに書いた推測なのですが」

「今使ってる言語ってことか。その場合、けっこう英語が混じってきてんのは気になるな。もし母国語だとしたら、もっとキリル文字と簡体字を目にしても良さそうだ」

「ふむ、なるほど。フェイ君はどう考えますか?」

「えっ」


 話を振られてしまった。この二人の議論に僕がいくら口を出したところで何の成果も得られない気がするのだが…あぁ、だが、天才が故に、というか、恵まれてるが故に気づかないこともあったな。 


「…まぁ単純な話、僕だけは3人みたいにマルチリンガルじゃないからね。3人はどんな言語だろうと苦労しないだろうけど、僕は日本語じゃなければ相当不自由な思いをするから」

「あ、そうか。悪いな、お前の不器用さを考慮に入れてなかった」


 辞書を一回流し読みしたり、現地の人をしばらく観察しただけで言語を修得する能力を器用と表現していいのかは微妙だが、とりあえずはこの話はそれで落ち着いた。


「にしても、フェイはともかくマイがこれしか分からなかったってのは、意外だな」

「ふふ、半日ではそのくらいが限界でした」

「…ん? お前らひょっとして、今日着いたのか?」

「え、そうだけど?」

「我が着いたの五日前くらいだぞ」

「そうなの?」


 どうやら、着くタイミングにラグがあったようだ。ひょっとしたらフォークロアも、少し前に着いていたのかもしれない。そうじゃなきゃあんな状況に半日ではならないだろう。

 そして、話題は次に移る。 


「あ、ところで、お前らは最大幸福使えんの?」

「うっ」

「アネク。それをそう呼ぶのはフェイ君に酷ですよ」

「ん…そうか」


 最大幸福。

 それは、僕がしきりにあれと呼ぶものだ。

 神運の四人(ミストレス)の一人一人が持っている、最も思い入れのある現象。例えどれだけ確率が低かろうと、起きろと思えば起こる、アイデンティティの根幹にあるものだ。

 アネクドートの気象。

 フォークロアの心象。

 ミソロジーの万象。

 そしてフェイブルの…不祥。

 最も幸福が使われる現象だから、最大幸福と呼ぶのは仕方がないのだが、他人を不幸にすることが最大幸福なのだと言われると、どうしても抵抗があるのだ。だが、もうそんな理屈は駄々だと薄々感じている。


「いや、ごめん。最大幸福でいいよ。僕もそろそろ、受け入れなければいけない時期だ」

「お、そうか。じゃ、どうなんだ?」

「うん、使えるよ。僕もマイさんも。アネクは?」

「ガンガン使えるぜ。ここに来たときも使ってただろ?」

「え」


 アネクドートの最大幸福は、気象。地球では『気性気象』とか『エクストリームウェザー』と呼ばれていた。

 あらゆる自然現象を、アネクドートは任意のタイミングで起こすことができる。気に入らない国に竜巻を起こしたり、ピンポイントで落雷を起こしたり、どのくらいの確率なのかは分からないが、恐らくほぼ0%に近い異常気象を起こすことができる。あれは本当に、無茶苦茶だった。

 だが、あれは…まるで魔法じゃないか。あれも自然現象だと言うのだろうか。


「あー、どうやらこの世界の自然現象って、魔法と原理が一緒らしいんだわ。だから、風とか雨とかみたいに、魔法現象も起こせるみたいだ」

「…それってつまり」

「おう、どんな魔法も使い放題ってことだ…な!」


 アネクドートがブンッと手を上に振り上げた。すると、夜空に大きな火の玉が形成され、花火のように爆散した。パラパラと火の粉が降ってくる。

 

「…みたいな?」

「…チートだね」

「オイオイ、止せよ。チートって表現は好きじゃないな。まるで我がズルしてるみたいじゃないか」

「うーん…」


 やはりとんでもないことになっていた。確かに、僕達の世界では魔法使いみたいな扱いをされていたアネクドートだが、まさか本当に魔法使いになってしまうとは。


「あのミャージッカは魔法の研究してるらしいんだが、どうやら我をとんでもない魔術師だと思っちまってるようだな」

「…可哀想に」

「あ、そういえばフェイ君。あの赤黒いのは?」

「あっ」


 そういえば、そうだった。再び手に『1000』を出してみる。まじまじと見てみると、本当にこの世の物とは思えない。何だろう、これ。


「ん、何だろうな…ちょっと待ってろ」


 アネクドートが両目に指を当てると、ぼうっと、とアネクドートの眼球が発光し始めた。


「何それ」

「『魔力可視化マジックビジュアブル』。…この槍っぽいやつは、魔力で形成されているな。これを見て誰かに驚かれなかったか? 魔物とか」

「うん。ドラゴン二匹が不気味そうに見てた」

「そいつらは見えたんだな。通常こういう形成タイプの魔法は人間の体か、もしくは空気とか大地とかから魔力を引っ張ってくる。だが、これは何もないところから魔力が出てきてるっぽいな」

「つまり、どういうことなの?」

「んー…多分お前の不幸に魔力が何らかの反応起こしてるんだな。空気の流れが煙で分かるみたいなもんだろうよ」

「なるほど」

 

 とりあえず危険なものじゃないようで安心だ。

 

「さて、じゃあクロアの方だが…お前らに任せて良いか?」

「え? アネクやらないの?」

「我はまだまだ調べたいことがあるからな。お前ら2人でもいけるだろ?」

「いや…僕の不幸を勘定に入れると負けそうなんだけど」

 

 僕を殺せるレベルの幸運がどのくらいかは分からないが、それを手にしたフォークロアが狙撃でもしてきたら、流石に死ぬだろう。


「簡単だ。お前の不幸より幸運が上回るぐらいアイテム手に入れれば良いんだよ」

「ムリゲーだな…」

「ムリゲーほどやりがいのあることはありませんよ?」


 ワクワクとした顔でマイさんが言う。そういえばゲーム大好きだったなこの人。


「それに、あの子もそれなりに運があるようだしな」

「あの子?」


 アネクドートが見た先にいたのは、リルちゃんだった。あの子が? 何で分かるんだろう。


「いや、今気づいたんだけどよ。我らぐらいの運があると、周りの魔力の挙動が変になるんだよ。不安定になるっつーのかな。それがあの子の周りにも、ちょっとある」

「勇者だからなのかな?」

「へえ? 勇者か。なるほど、神に選ばれた系のやつかね。神の御加護かもな」 

「じゃあ…ギリ互角ってとこか」

「ま、分かんねえけどな。あいつ、我ら三人に勝つつもりだっただろ? 十中八九なんか用意してるぜ」

「えー…」

 

 そこまで言うと、アネクドートは立ち上がった。


「ま、あいつもまだ子供だ。あいつの愛を、優しく受け止めてやれよ」

「ああ、それはもちろん。任せてくれ」

「マイ。何かあるか?」

「そうですね…あ、ハエ、ですね」

 

 唐突にマイさんが言った。ハエ? っていうと、蠅、フライのハエ? どうしたんだ急に。


「そこは気づいたか。まぁ流石だな。それも調べとくよ。とにかくお前ら、この世界の『神』には注意しておけよ。なんか、今の今まで、我らじゃない奴らの都合のいいように展開が進んでる気がしてならん」

「了解」

「じゃ、またな。あ、そーだ。今度会うときまで各自ハーレム作っておこうぜ。四人で仲良く肉体的パーチーでもしようや」

「了解です」

「了解しないで」

  

 発言がいちいち危うい。アネクドートもマイさんも。というかハーレムって…僕以外女だろ。


「よし…ミャージッカァッ!!」

「ひゃいっ!?」


 さっきよりも大声でミャージッカちゃんを呼ぶ。そしてミャージッカちゃんはさっきよりも大げさにビクッと反応する。


「帰るぞ。眠い」

「あ、了解です!」


 そして二人は、ここに来たときと同じように飛んで帰って行った。便利だなあれ。残されたのは、僕、マイさん、ザイネロさん、リルちゃんだ。


「ん、終わったようだな」

「すみません。待たせてしまって」

「いやいや、リルの治療もしてくれたしな。…それにしても、君達の仲間はとんでもないな」

「あぁ、はい、その点に関しては全面的に同意します」

「魔王の近くにいたあの少女もなかなかとんでもないが、あの女性。連れていたのは恐らくミャージッカ・マグルル・ルルムだな」


 下の名前はもっとすごかった。マグルルルルム…ル多いな。


「どんな人なんですか?」

「魔法研究の最高峰、『十聡会』の一人だ。史上最年少で入会した神童だと言われている」

「ひえー…」

 

 魔法研究してるみたいっていうか、ガッツリ最高峰じゃないか…めっちゃこき使ってたけど。アネクドートもなかなか、奇縁に恵まれているようだ。


「それと、朗報だよ。あの氷漬けにされた村の人は死んでない」

「えっ! そうなんですか?」

「ミャージッカ殿が調べてくれた。『氷牢責コキュートス』という丁級の封印系魔法だ。術者を倒せば、彼らは無事解放される」

「なるほど…よかった」

 

 さて、今の状況を整理してみようか。

 まず、目下の脅威。フォークロアに殺される。止めるためには、この世界に散らばる幸運のアイテムを手に入れなければならない。期限は4ヶ月。アネクドートは他にやることがあるらしい。だから、動けるのは僕とマイさんだけだ。それが、僕達の問題。

 そして、この世界の人々の脅威。魔王が復活した。それがどのくらいの事なのかはまだ分からないが、あの魔王ベールゼヴヴ。あの男は、強いだろう。それに僕達がフォークロアとの勝負に負ければ、それはそれで、この世界はおしまいだ。

 …えっぐいな。とにかく、今は相談しよう。


「マイさん、これからどうしようか」

「幸運のアイテムを集めることが第一の目的になりそうですね…ザイネロさん、何かご存知ですか?」

「あぁ、君たちの話は聞こえていたからな。2つほど、心当たりがあるよ。ただ…」

「ただ?」

「その2つがある場所は、かなり離れているんだ。制限時間がある以上、手分けして探さなければならない」

「それは…キツいですね」


 かなり、大きな問題である。とりあえず今いる人達だけで考えてみるなら、僕とマイさんは一緒にいなければならない。でなければ僕の余剰の不幸を押し付ける場所がなくなってしまう。

 しかし、もう一方を別の人に取ってきてもらうとして、それは成功するだろうか。幸運とは自分にとって都合のいい展開に物語を進行させる力だ、というのはフォークロアの持論だが、僕やマイさんが取りに行かなければ、フォークロアの幸運によって何らかの妨害が入る恐れがある。

 どうすれば…


「では、私は一人で、フェイ君はザイネロさんと一緒に行動しましょう」

「その場合、僕の不幸は?」

「リルちゃんに、どうですか? アネクの話を聞く限り、彼女もそれなりに幸運のようですし」

「なるほど」

  

 果たして彼女が20000の許容量があるか、少し不安だが、今は試せないな。


「よし、とりあえず行動するのは明日からとして、今はバイソラに戻ろう。ここはかなり冷えるからな、リルもまだ意識は戻っていないし」

「そうですね」


 ということで、僕達はヒイラギ村を後にした。

 まだこの世界に来てそれほど時間は経っていないが、なかなかに壮絶だったな…とこの半日を振り返って終わった気でいる僕は、甘かった。この1日で本当に大変なのは、むしろこれからだったのだ。

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